研究所へ潜入せよ
「アテンションプリーズ。本日はアレイ・スーノ航空を御利用いただき、有り難うございます。当機はまもなく目的地上空を通過いたします。赤いランプが点灯しましたら、お手元のフックをアンカーラインへお掛けください。現在の天気は快晴。風も吹いておらず、降下には最適といえるでしょう」
パイロットのスーノが、おちゃらけた声音で言った。彼の言葉は、各員が装着しているイヤホンに因って伝えられる。
「了解した」
宮崎寒利が答え、正面の赤いランプが点灯するのを確認した。彼はこのチームの隊長であった。
「全員立ち上がれ。フックをかけろ」
宮崎は、隊員達の方を向いて、指示を出した。五名の隊員は、降下口に近い方から、藤、寺崎、平、足代、三浦の順で並んでおり、又、その順にフックを掛けた。
それを確認した後、宮崎自身もバックパックに繋がったフックを掛けた。後はランプが緑色に変わるのを待つだけであった。
男達は、所謂PMSCsであるジャパン・セキュリティ・サービス社の社員であり、今回の依頼は、アラビア半島の南に位置する研究所に侵入し、研究中のデータを盗み出すことであった。
この研究所は、二〇二七年にイエメン政府に対しクーデターを起こし、独自の国家をつくった企業集合体からの資金援助を受けており、大量破壊兵器を開発している可能性が高いと見られたが、
「あそこって本当はアンドロイド開発してるんだろ?」
と、平の様に、その他の可能性を考えている者も居た。
平に話しかけられた寺崎は、一瞬だけ眉をひそめた後、
「何の目的で?」
と答えた。寺崎は、平の話を全く信じていなかった。
「そりゃあ分からないけど、たぶん科学への好奇心って奴かな。御前だって、あんなんできたらいいな、とか思うだろ」
寺崎は首を振って、答えた。
「まあどっちだっていいけど。アンドロイド、というよりはガイノイドが仮に存在するなら、三体ぐらい買って使用人にしたいね」
「そりゃいいね」
平が、言葉を更に続けようとした時、降下口が開いて、宮崎がゴーゴーゴー、と叫びだした。すでにランプは緑色に光っていた。
先ず藤が外に飛び出した。それから二秒間隔でパイロットを除く全員が輸送機を飛び出し、二十秒後には、六のパラシュートが、空を舞っていた。
宮崎は、下から吹き上げる風に難儀しながら、隊員が大きく位置を離れていないかを確認した後、外れかけていたマイクを頬に押し当て、指示を出した。
「今は一〇〇〇時だ。前方の街で協力者と落ち合わせてて、一一二〇時に研究所に向けて出発だ」
口々に了解と返信をした隊員は、パラシュートを操作してできるだけ歩行距離が短くなる様に、町の方向へパラシュートを向けていた。
宮崎達は、街の大通りを歩いていた。大通りといっても、通行人はただ風に運ばれる砂だけであり、道の両端に建っている煉瓦の建物だけが、周りの砂漠との相違点であった。
宮崎を先頭にした一団は、服の上から強化外骨格を装着し、全員がPDWに属する銃を手にしていた。又、頭部のヘッドギアやゴーグル型のHUD等各種の装備は、企業から実験目的で提供された物だった。
宮崎は、ある建物の前で立ち止まった。それに続いて隊員達が宮崎の周りに集まった。
「此処に今回の協力者が居る」
そこは、何とも小さい小屋のような建物であった。
建物に入ると、一人の男が居た。その男は白衣を着ていた。名をドブラートフといった。彼は協力者であり、こんかいはチームを研究所まで連れて行くことになっていた。
「ああ、やっと来たか」
それだけ言って、ドブラートフは入ってきた客達を建物の地下に招待した。
地下室にはいくつかのモニターが展開しており、それらにはそれぞれ別の、どこかの映像が映っていた。又、その他にも機械が多くあった。そのためか、地下室には、金属と、油の臭いが充満し、室温は高かった。
「じゃあ早速だけど、行ってもらおうかな」
そう言って、ドブラートフは部屋の奥へ歩いて行った。宮崎達もそれについて行った。
部屋の奥には、横一列に並んだ、六つの背もたれの大きい椅子があった。椅子は、座る側の数カ所に窪みがあり、背もたれの背面から、数本のケーブルが延び、それらは各椅子の横に配置された縦三〇センチ、横一〇センチ高さ三〇センチの箱に繋がれていた。箱自体は、モニターもケーブルの類もついておらず、地面に置かれているだけだった。
「なんだこれ?」
平が興味深そうにそれに顔を近づけて言った。それは回答を期待しての物ではなかったが、ドブラートフは急にしゃべり出した。
「これは物質転移装置だよ。君たちにはこれを使ってもらう」
「そんなこと聞いていないぞ」
宮崎は、ドブラートフの説明に対して疑問を呈した。
「俺はここに来れば研究所までいく通路があると聞いたんだが。きちんとした説明が欲しい」
「え、聞いてないの?まあいいや。これだって通路っちゃ通路だし。一応目的地まで行くんだからね」
この時点で宮崎は今回の依頼への信用を無くしていた。ただ、それには慣れていた。
「これって安全なのか?」
藤が話を遮って訊いた。
「それは、まあ動物実験はしてるから大丈夫、だと思うけど。絶対ってのは期待しないで欲しい」
「要は分からないってことかよ。俺は危険は嫌なんだけど」
この藤の発言をきっかけに、隊員から、数々の不満が出た。宮崎は不満を口に出しはしなかったが、隊員と同じ様に思っていた。
「じゃあこうしよう。君たちは地下の通路を通るといい」
ドブラートフは苦い顔をして言った。
「了解した」
宮崎はそう答え、彼の部下達を集めた。
地下通路はクーデターが起こる以前に研究所と街を繋ぐ通路として作られた物である。それが何故建物で隠されるように作られたかは諸説あるが、代表的なものとして高い身分の者が秘密裏に研究所へ病気の治療へ行っていたというものがある。兎も角、その通路はクーデター後、研究所側には忘れられてしまったようだ。
通路の端まで進むと、宮崎達の前にコンクリートの壁が見えた。壁は、通路を塞いでしまっている。
「これじゃあ移動できないな。どうする」
宮崎が言って、後ろに付いてきていた部下達の方を向いた。
「現在位置が研究所の真下なので天井を破壊して進入すればよろしいと思います。」
藤がそう提案した。現在位置は航空写真から得られた位置情報と通路の位置情報を合わせることで判断できる。
ただし、屋内のマッピングは行っていない為、研究所内がどのようになっているのかは現時点では判断できなかった。
「それだと火薬を大量に使うが、それはどこから出てくるんだ」宮崎はそう言って藤の案を拒否した。
「それなら、通路を戻りますか?」
寺崎が発言し、三浦もそれに同調した。
結局、ドブラートフのところへ戻ることとなった。
「あれ、戻ってきたのか」
宮崎達が戻ってきたとき、ドブラートフは机に向かって何かを書いているところだった。
戻ってきた宮崎達はドブラートフへ事情を説明した。それで、どうにかしてくれと頼んだ。ドブラートフは話を聞き終え、ひとしきり悩んだ後
「やっぱり物質転移するしかないかな」
と言った。今度は、不満の出ることはなかった。皆がドブラートフの指示に従い、物質移転装置の椅子に座った。
一番端の椅子に腰掛けた平は、深く背もたれにもたれかかりドブラートフが操作を実行するのを待った。その間も、平は全く落ち着くことが出来なかった。
やがて物質移転が始まった。最初に移転する者は平と決まっていた。そのため平は自分の身に何が起きるのかが分からなかった。ただ、平は内心で、何か大仰な動きがあるのではないかと期待していた。しかし、呆気なかった。装置は何の動きも平に見せることなく、物質移転を完了した。
物質移転をして、平の目に初めに写ったのは数人の白衣を着た人間だった。次に見えたのはガラスで、それは平の視界全体で認識された。
平が自分は閉じ込められていると気付いたのは宮崎が来てからだった。移転先はガラスケースの中だった。
「何故だ!」
と、平は叫んだ。それはまったくもって本心だった。
これにより、潜入作戦は失敗に終わってしまった。
詳しい設定は考えていません。