第一話 「HENTAI×HENTAI」
考えたら負け
日が暮れて、街灯も少なく人気の無い道を、活発そうな女子高生が一人で歩いていた。
家路を急いでいる訳ではないが、その歩みは早く僅かに息が荒れている。
“痴漢に注意”
電柱に貼られた警告のポスターが目の端に映ったが、歩みは止まらない。
なぜなら、それは噂になるほど有名で、彼女も当然それを知っているからだ。
―――だからこそ、早く大通りに出るために、青いリボンで纏めたポーニーテール強く揺らし、小走りに近い速度で歩いていた。
胸の前に両手でカバンを抱き、周囲を警戒しながら彼女は大通りを目指す。
そんな彼女の前に、コートを着た男がフラリと現れる。
「きゃあー!?」
「げへへへへへへへ―――お、お嬢さん。これを見てくれ、どう思う?」
驚きながらも彼女は、反射的に眼鏡のズレを直す。
その目に飛び込んで来た光景は、コートの前を開け、男の象徴と呼ぶには些か小さめのモノを、自慢げに見せつけようとしている、コートを着た、裸ネクタイ男の姿であった。
「すごく……小さいです」
だからこそ、思わずポツリと呟くように答えた少女に罪は無いと思われる。
「……」
「……」
時が止まったかのように一陣の風吹く。
少女が己の失言に気が付き、慌てて口を手で抑えると、それに答えた男の絶叫が裏通りに響いた。
―――
――
それは、いつもの学校の帰り道で起こった出来事でした。
彼女にとって、一生忘れることのない―――むしろ、忘れたい!
一連の事件の始まり。
巷を騒がせる“連続わいせつ犯”との出会いと、思いもせぬ人物との再会でした……。
――
―――
「ふ、ふざけるな!!!! 俺の90mmキャノンが小さいだとぉ!!!」
「え、え?! あ! ご、ごめんなさい……?」
「ゴメンで済んだら警察、要らねー!! 俺は深く傷ついた! 謝罪と賠償を要求する!!」
「ええええー!?」
全裸にネクタイ&コートのみと言う、変態紳士の論理は破綻していた―――倫理も破綻してるのだから当然かもしれない。
対する少女は、混乱していた。
新聞部に所属する彼女は、現役警官の父を持ち、社会正義に関心が高かった。
さらに好奇心も強く、行動力もある彼女は、痴漢の噂を知っていたからこそ、この道を、この時間帯に通ることにしたのだ。
準備は万端だった。
催涙スプレー。防犯ブザー。ICレコーダー。デジカメ。スタンガンを隠し持っていた。
心構えも万端のはずだった。そう―――“はず”だった。
予想も想像も、現実には及ばない。
部外者と当事者には温度差があることは知っていたが、理解してはいなかった。
甘い幻想と厳しい現実。若さゆえの過ちであったが、その代償はあまりにも大きい。
「お、お金なんて持ってないわよ!」
混乱と恐怖に身体を強張らせながらも、彼女は懸命に答えを返した。
真っ白になった彼女の頭からは、事前に行った痴漢対策シミュレーションも、数々の防犯グッズの存在も完全に抜け落ちていた。
「そうかそうか、だったら体で払って貰おうか!!」
「そ,そんなー!? いやァァァあああ!!?!」
逃げようにも足がすくんで動けない。
助けを呼ぼうにも、辺りに人気は全く無い。
激昂のあまり、露出魔から暴漢にクラスチェンジした男に片手を捕まれる。それに逆らうだけの胆力は彼女には無かった。
そのまま、道の脇にあり、中が見えなくなってる工事現場へと強引に引きこまれた。
乙女のピンチに颯爽と現れるヒーロー。
それは夢であり、憧れであり、浪漫である―――つまり、現実的ではない。
「そこまでだ!!」
だからこそ、婦女暴行現場に響いた声は、どこか現実感を欠いていた。
「だ、誰だ!?」
乙女のピンチに颯爽と現れるヒーロー。
それは夢であり、憧れであり、浪漫である―――やはり、現実的ではない。
だからこそ、現れたヒーローが非現実的な存在なのも、当たり前ではなかろうか?
骨組みとなった鉄骨の上に立ち。月光をバックに薄汚れたマントを羽ばたかせ。
キラリと光るメタリックなボディに、紅白のバイザーを被った謎の人物は、露出してる下顎に手を当て、口角歪ませると名乗りを上げた。
「天は呼ばない! 地も呼ばない! 人が呼ぶ? 俺が呼ぶ!!
そして、お前は誰だと、鏡に向かって自問する!!
助けを望まれずとも―――パンツァーGOJIー!! 即見参!!!
さぁ……俺の罪を数えろ!」
「「……え?」」
―――
――
これが、彼女―――“被害者”『柳怜子』と“連続わいせつ犯”『パンツァーGOJI』”との出会いである。
そして、これから始まる、日本全土を揺るがす爆発感染の初動でもあった。
――
―――
「な、なんなんだてめーは! 妙な格好しやがっ―――」
「……変態が増えたー!?」
「「―――なん……だと?」」
彼女の声に、二人が同時に反応する。
お互いに相手を指で指し示し、言葉を放つ。
「「こんなのと、一緒にするな!!」」
「「「……」」」
沈黙、静寂、天使が通る。
静まり返った工事現場で睨み合う二人の男と、一人の被害者。
方や、コートに裸ネクタイの元・露出魔。
もう一方は、薄汚れたマントを翻す、光沢のあるメタリックなスーツに、目元を隠す紅白のバイザーを付けた謎の男。
突然の展開とシュールな光景に、少女は唖然としている。
―――っと、その時。少女が僅かによろめき、足元にあった空き缶を転がした。
「なんだ!?」
「隙あり!! ホァタッー!!」
ガラガラと転がる音に、謎の男が気を取られた瞬間。
最初の変態が、謎の男に襲いかかった。
コートと股間の息子が、ひらり舞う。身を捩り、大仰な動作で上段回し蹴りを繰り出す。
それを辛くも避ける謎の男。
「俺をただの変質者だと思ったか? 格闘経験者を舐めるな!!」
元・露出魔は、ニヤニヤと笑みを浮かべ、早くも勝ち誇る。
「変態の自覚あったんだ……」
「ホァッ! チャ! ヘルバ……なっ!?」
少女のつぶやきを黙殺した変態一号は、上段回し蹴り、中段回し蹴り、足払いの三連続コンビネーションを繰り出す。
それに対する謎の男こと。変態二号は、ひょいひょいひょいと、頭を振って、身を躱して二連撃を捌くと、そのまま、足払いに合わせてヒラッと宙を舞い、ローリングソバットを叩きこんだ。
「甘い!」
「グハッ!?」
綺麗にカウンターを喰らい、無様に倒れるた変態一号は、ココに来てようやく悟る。
格闘経験者は自分だけではないと言う、至極当たり前に現実に……。
「く、来るなー!?」
「……」
劣勢に喘ぎ、後ずさる変態なヘタレ一号。
無言で指をポキポキと鳴らし、歩み寄る変態二号。
どうすれば良いのかと、視線を彷徨わせる少女。
その時ふと、ヘタレ一号と少女の目線が合った。合ってしまった。
「コレだ!」
「きゃあ!?」
少女に駆け寄り、首に腕を回して拘束する、へたれ一号改め、外道一号。
「つまらない真似をしてくれる……」
呆れたように肩をすくめる変態二号。だが、バイザーに隠れた瞳は、怒りの色に染まっていた。
「はははっ!! どうだ!」
人質を得たことで、再び勝ち誇る、二度改め、下衆一号。
「どうだと言われてもな……纏めてぶった切るだけだが?」
こちらも改め、外道二号がマントをサッと翻すと、手に白い棒が握られていた。
「なっ!? き、貴様! 幼気な少女を見捨てると言うのか!? それでも貴様は正義の味方か!?」
その言葉に絶句する少女。そんな幼気な少女を盾にしている下衆な一号の言葉は、辺りに空々しく響いた。
「いつから俺が正義の味方だと錯覚していた?」
下衆の言葉を一笑に付し、右手に持った白い棒を、胸の前に翳す。
それを左手で一撫でしながら、振りかぶると幻想的な青白い輝きを放ち始める。
「レーザーブレード……だと?!
その銀に輝くのメタリックなスーツ。そして、レーザーブレード……まさか!? 宇宙k……」
「いや、違うから」
「ならば機動k……」
「それも違う」
「そう…なのか……違うのか……」
「(なんかすごく残念そう……)」
これは現実逃避か? それとも素なのか? 何処か間の抜けた会話が交わされる。
「な、ならば、お前はなんなんだ!」
「名乗った筈なんだがな?
それにぶっちゃけ、俺は、お前に用は無い。さっさと消えろ」
「あ、あれ? 見逃してくれるのか?」
「言っただろう? 俺は正義の味方でも、警察でもない
捕まりたくないなら、早く逃げるといい」
「ちょ、ちょっと!? 痴漢を野放しにする気なの!」
「そ、そうか? それじゃ私はこれで……」
信念が強いのか? 状況把握が甘いのか? 通じぬ正論を喚く彼女から離れ、下衆一号は背を向け逃げ出した。
「隙あり!」
「ゴハッ!?」
「えっ?!」
その背を向けたコートの男の背中に蹴りをぶち込む、まさしく外道二号。
「ちょ、ちょっとまてー!! 見逃してくれるんじゃ無かったのか?!」
「逃げろとは言ったが―――見逃すと言った覚えはない!」
「ちょ、おま!?」
「人質を取るような下衆を、そう簡単に逃すわけ無いだろ?
さあ……断罪の時間だ! GOJIー!! ダーイナミック!!!」
カシャーン!
「ギャァァァァ!?」
逃げる背中に、光る棒が振り下ろされる。
辺りに乾いた音と、下衆一号の断末魔っぽい叫びが響く。
「ちょっと! いくらなんでもやりすぎよ!!
悪党にも人権はあるわ! ここは日本。法治国家なのよ!」
「法治と言うより、放置国家と言ったほうが正しい気もするが―――それはどうでも良い話だな」
「どうでも良いって……人が死んでるのよ?!」
「誰が死んだんだ?」
「たった今、あなたが殺したじゃない!!」
「この程度で、死ぬわけないだろ?」
「う、うう……」
「この程度って、あなた一体、何を言って……え!?」
「これは、レーザーブレードじゃない―――ただの蛍光灯だ」
「え? ええー!?」
少女の目に、半分に割れて折れた蛍光灯が映る。
これはアレだろうか? 静電気で光らせる―――小学校の理科の実験のアレ?!
「うおー!? 全身がチカチカして痛ぃぃぃぃ!!!?」
「服を普通に着ていれば、大惨事は避けれたんだが……自業自得だな」
「それはそうかもしれないけど、やっぱりやりすぎよ!
ああ……こんなに血が出てる。早く救急車を呼ばないと!!」
「安心しろ、救急車は呼んである。ついでに警察もだ」
「え!? そ、そうなの?」
「ああ、だから時間がない」
「え? それはどういう……きゃっ!」
GOJIは、少女の顔に向けて、さっと手をかざし少女の視界を覆う。
そして、その一瞬の隙を縫うように少女の横を、風のように駆け抜ける。
慌てて少女が振り向いた時は既に、鉄骨の上へと移動していた。
「え? 嘘ォ! いつの間に?」
「じゃあな、玲……少女よ。気をつけて帰れよ」
「あ、ちょっとまって!―――え!? そ、その手に持ってるのは……」
恩人?の名を聞こうと呼び止めた彼女だったが、その恩人が手に持っているモノに気づくと、そこで思考が止まった。
目に映るは、月に向かい鉄骨の上に立つ男。
登場時と逆にこちらに背を向けた状態で肩越しに振り向き、男は別れを告げた。
月光を影にはためくマントと、さり気なく指に掛けられた白い布。
ブルーバックに輝くメタリックなシルエットは、まさにヒーローを思わせる幻想的で非現実的なものだった。
―――だが、現実は非情だった。
彼女の視線の先。それは、男が指にかけ手に持った、見覚えのある小さな純白の布に注がれていた。
そして、ふと気づく違和感。
あるべきものがあるべき場所に無いこと。それを裏付ける様に下半身に感じる清涼感。
「ちょっと、それ?! え!……きゃああああああああああ!?」
―――否、現実は非常識だった。
状況を悟り、悲鳴を上げながらスカートを抑え、その場でうずくまる少女。
血まみれで満身創痍ながらも、鮮やかな犯行現場しっかりと目撃。親指を立て、良い笑顔を浮かべる露出狂。
それに反応した少女は、頬を真っ赤に染め、スカートを抑え座り込んだまま、存在を忘れていた防犯グッズを全力で投げつけた。
本来とは違う使い方をされたグッズは、本来とは違う効果を与える。
ゴスッと鈍い音が響き、痙攣しながら崩れ落ちる血まみれ全裸男。
明らかに拙い倒れ方をした全裸男に向かって、さらに、辺の小石を拾い、追い打ちをかけ続ける錯乱した少女。
その二人を一瞥した変質者は、あれ、死んだんじゃね? やばくね?とばかりに小首を傾げ、指に掛けている僅かに湿った布をクルクルと回す。
でも、救急車も呼んでるし、まあいいかと、騒がしい少女とモノ言わぬ……言えなくなった男から目を背け、本来の目的を果たすために指に掛けた布を、改めてぎゅっと握り直すと、反対側の手を自身の面前にかざす。
「………審神……奉……て……急……律令……!」
面前に立てた二本指を、締めの言葉ともに“不浄なるモノ”を握りこんだ手の拳に振り下ろす。
何処かで何かが軋んだような小さな音が鳴り、握り込まれた拳の指の隙間から闇より濃いモヤが立ち登る。
ソレが空へと霧散して消え往くのを見届けることなく“不浄だったモノ”を懐に仕舞いこむ。
そして、メタリックカラーの怪人は、辺り一面に響き始めたサイレンと赤色灯から逃れるように、闇の中へと姿を消した。
―――こうして、現実が担う“常識”は、音も立てずに崩れ始めたのだった。
第一話と銘打ってるけど、続くかどうかは、気分しだいです。
気が向いたら続きますw
あと、蛍光灯で人を殴ると、確実に大怪我させるんで、真似しないようにね♪
以下、出落ち的な予定タイトル
第二話「メタボリックヒーロー」
第三話「対リア充 カメラ―」
第四話「魔法少女に花束を(マジカル・ブーケ)!」
第五話「美少女戦死? ブレザーナイト!」
第六話「いろはにほへ、とが無くて死す」
第七話「抵当物語」
第八話「誤認揃って、護レンジャー!」
第九話「鬼道刑事ジパング」
第十話「假面ライター RX」
第11話「銀紙英雄伝説」
第12話「パパは小学四年生」
最終話「ハッピーエンド? 異議ありッ!」