昏睡中、夫が私の名前でAI小説を書いていました
◇◇◇
無機質な白い天井。耳障りな機械音。
どこか霞がかったような、ぼんやりとした視界に、思わず目を細めた。
(ああ、そうだ、眼鏡がないんだ)
──めがね……どこ……
声を出そうとして、違和感に気が付く。口にはまった物のせいで、声を出すことができない。
(なんだろ、これ。なんだっけ……)
沈み込むように重たい体。腕を持ち上げようとすると、ほんの少し、ぴくりと指先が動いた。
(ああ、良かった。指が、動く……)
そのとき、カチャリと音がして、誰かが入ってきた。
「楠田さん。失礼します。血圧を……」
ゆっくりと瞬きをする私と、パチリと目が合う。
「楠田さん!目が、覚めて……先生……先生!!!楠田さんの意識が戻りました!」
パタパタと去って行く靴音。
ああ、そっか、ここ、病院。
(ああ、ヤバい。原稿、落としたな)
◇◇◇
「良かった。もう、本当に目覚めないかと……」
夫の言葉にポリポリと頭を掻く。
「アハハハ、ごめ〜ん。まさか八カ月も昏睡状態だったなんてね〜」
目覚めてしばらくは意識が朦朧としていたものの、幸いなことに、脳に深刻なダメージは残らなかった。ただ、筋肉はすっかり落ちていて、退院後も、当分の間はリハビリが必要な生活になりそうだ。
私は会社員の傍ら、趣味で細々と作家業をしていた。ヒット作には恵まれていないものの、これまでに何冊か出版している。
けれど、根を詰めるあまり、深夜まで執筆を続けることも多かった。倒れる前は特に、書籍化作業のため睡眠時間を削っていた。
「心配かけてごめんね。職場の皆にもご迷惑おかけしちゃった」
あまり大きくない会社だ。いつ目覚めるか、目覚めたとしても、いつ働けるようになるか分からない人間を雇う余裕なんてなかっただろう。
夫が代わりに退職の申し出をして、受理されたと聞かされたとき、私は素直にしかたのないことだと思った。動けるようになったら、一度きちんとご挨拶に行こう。
無職と言うのは将来的に不安だが、動けるようになったら、また働けばいい。今は体をしっかり治して、頑張らなきゃ。
私は夫からスマホを受け取る。まずは、ご迷惑をかけた出版社にお詫びのメールを送ろう。急病とは言え、原稿を期限までに仕上げることができなかった。私程度の作家はごろごろいる。一度信頼を失えば、もう二度と、声を掛けて貰えないかもしれない。
まぁ、元々趣味でしていたものだ。そうなったとしても、生活が困ることは無いのだけれど……
「え?何これ……」
出版社にお詫びのメールを送り、普段小説を投稿しているサイトを開いてみる。
今までに書いた作品は、5年間で100作品ほど。けれど、そのほとんどが短編で、連載作品は10本程度だ。しかし、画面のマイページには、300 本を超える連載作品がずらりと並んでいる。それも、完結済みで。
どれもこれも。見覚えのないタイトルばかり。
開いてみると、理路整然とした、美しいけれど、どこか無機質な文章で、物語が紡がれている。
「え、やだ。何これ。違う!こんなの、私のじゃない!アカウント、乗っ取られた!」
真っ青になって叫んだ私の手元を、夫が覗き込む。
「ああそれ、俺が書いたやつだよ」
「……は?何言って……あなた、小説なんて書けないでしょ……」
「いや、会社で使ってるAIに、適当なタイトル入れたら小説書いてくれるから、面白くてさ。ほら、このタイトル、お前がタイトルだけ考えてたやつだろ?AIだと一瞬で書いてくれるんだよ。便利な世の中になったよな」
あっけらかんと笑う夫が、信じられない。何を言っているのか、全く分からない。
「ほら、これ知ってる?お前が寝てる間に、収益化とか始まったんだよ。そしたらさ、書籍化しなくても、読まれるたびにポイントが貯まって、お金が貰えるんだってさ。結構いいお小遣い稼ぎになっててさ。ちょっとした副業って奴?俺、結構凄くない?」
(待って、待って、待って……私のアカウントで、ずっと、こんなの投稿してたの?今まで私の作品を読んでくれてた人は?こんなの、私の作品じゃないって分かってくれてるよね。どうしよう。AI作家だって思われて、もう、誰も、私の書いた話なんて読んでくれないに決まってる!)
「凄い人気なんだぞ。毎回ランキングに入ってるしさ。ほら、感想も一杯来てるぞ」
「面白かったです!」「読みやすいです!」「さすが猫田にゃん先生!」 ——短い称賛の言葉が、画面いっぱいに並んでいた。
「……嘘でしょ……」
見たことのない多数の感想。見たこともないほど多いPV数。そして、大量のポイント。それは、私の書籍化作品を上回るほどで。
すっと、心が冷えるのが分かった。
「やっぱり少なくても書籍化した作品があると、集客力が違うよな。な、お前も自分で書かずに、こうやってAIを使ったら良かったんだよ。そしたら、倒れずに済んだのに。タイパってやつだよ」
◇◇◇
退院を待たずに、私は夫と離婚した。闘病中の私を支えてくれた夫と離婚することに、周囲は理解を示さなかった。私のことを、恩知らずと罵り、夫があまりにも気の毒だと責め立てた。
分かっている。
けれど、けれど、どうしても、許せなかったのだ。私の、作家としての矜持を平気で踏み躙る、その神経が。私が、どんな思いで作家として作品に向き合ってきたのか。どんな思いを、その作品たちに込めてきたのか。
誰に理解してもらわなくても構わない。底辺作家が偉そうにと、笑ってくれて構わない。
でも、もしあなたが、作家ならば。
私の気持ちを、分かってくれるだろうか。
おしまい
読んでいただきありがとうございます!
実話ではありません。ご安心を!この物語はフィクションです。
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