【短編版】筋肉vs魔法~筋肉と魔法が二極化した世界で禁断の恋をする~
大陸は、長い歴史の中で真っ二つに分かれていた。
西側は「筋肉領」。そこに住む人々は、生まれた瞬間から肉体を鍛えることを生き甲斐とし、魔法などというものは「弱者の言い訳」と一蹴する。
筋肉は裏切らないと信じ、朝から大声で気合を入れ、夜は星空の下でさらに鍛錬を重ねる。
そんな国で、今最も名を馳せているのが、17歳の少女――ニヒルだった。
「よっしゃー! 今日も限界突破するぞー!!」
朝焼けの草原で、ニヒルは両腕を大きく振り上げて叫んだ。
身長165cm。普通の体型と言えば普通だが、その一撃は山をも砕くと言われている。
「せいや!」
ニヒルは掛け声とともに、周りに立てられた10本の木を一瞬でへし折る。
村の子供たちが周りに集まってきて、目を輝かせる。
「ニヒル姉ちゃん、今日もすげー!」
「いつか俺もあんな風に強くなりたい!」
ニヒルは満面の笑みで子供たちの頭をなでなでする。
「もちろん! 筋肉があれば何でもなんとかなるからね! みんなも毎日ちゃんと食べて、ちゃんと動いて、強くなろうね!」
彼女の笑顔は太陽みたいに明るく、誰もが自然と笑顔になる。
でも、戦場に出れば話は別だ。
「最強」と恐れられる女戦士――それがニヒルのもう一つの顔だった。
一方、東側は「魔法領」。ここでは魔力がすべてを決める。
生まれ持った魔力量と、それを操る技術が地位を決める世界。
肉体を鍛えるなんて「原始的で無駄な努力」とされ、近接戦闘は笑いものだ。
そんな魔法領の首都近くの人里離れた高台にある、ちょっと古びたけど立派な屋敷。そこには18歳の少年――アペイロンが暮らしていた。
窓辺に立ち、朝の光を浴びながら、彼は静かに呟く。
「……今日の魔力の流れも、完璧だな」
アペイロンは、誰が見ても整った顔立ちの少年だ。
身長177cm。細身だが姿勢が良く、白髪がさらりと揺れる。
生まれつきの膨大な魔力量と、誰もが認める天才的な頭脳。周囲からは「天才魔導士」と呼ばれていた。
ただ、少しだけ……いや、かなり……カッコつけたがりなところがある。
彼は自分のマントを軽く翻し、鏡に向かって小さく微笑む。
「ふっ。この魔力なら、今日のショーも最高の出来になるはずだ」
アペイロンは今日、首都の劇場で「魔導パフォーマンス」を披露する予定だった。
派手な魔法の演出と、美しい光のショー。
彼にとっては、自分の魔力を一番自由に表現できる場だ。
「おはようアペイロン」
「練習で部屋を壊すのだけはやめろよ。この間、俺まで怒られたんだから……」
「それはすまなかったな」
会場に着くと、同僚と共に開演の準備を進める。こうして今日も、穏やかな日がスタートしたのだった。
このように2つの国は、別々の文化を持ち、数千年にわたり「筋肉と魔法は交わってはならない」という掟を守ってきた。
血さえ混じっていない。
わずかな国境地帯で小競り合いが起きることはあっても、大規模な戦争は起こっていない。
――少なくとも、今までは。
◇◇◇◇◇◇
ある日の夜。魔法領の首都にある大劇場は満員だった。
アペイロンが所属する魔導部隊が行う「魔導パフォーマンス」は、魔法領でも評判のイベント。客席には貴族も平民も、子供も老人も、皆が息を呑んで舞台を見つめている。
舞台中央に現れたアペイロンは、ゆっくりと手を広げた。
「今宵、君たちに贈るのは……光と闇が織りなす、永遠の舞踏だ」
アペイロンが指を鳴らすと、劇場全体が淡い青い光に包まれる。
星のような光が舞い上がり、螺旋を描き、花火のように弾ける。
観客から歓声が上がる。
隊員たちは、魔法は戦いのための道具ではなく、人々の日常に彩りを与えるものだと、そう伝えるために定期的に様々なイベントを行ってきたのだった。
「よーし、今日も行きますか」
だが、魔導部隊の本来の仕事は国の防衛。イベントが終わった後、大劇場の裏手にある薄暗い通路で、アペイロンはいつものように仲間たちと軽い足取りでパトロールを開始した。
魔導パフォーマンスの余韻がまだ体に残っている。指先から淡く光が漏れ、歩くたびに小さな星屑が舞うように散る。
アペイロンにとってはこれが"平常運転"だ。
「ふぅ……今日のショーも完璧だったな。客の歓声、最高潮で終わったぞ」
隣を歩く同僚の魔導士、レイトが肩をすくめて笑う。
「はいはい、アペイロン様の独壇場でしたね。でもさ、毎回毎回『永遠の舞踏』とかカッコつけたタイトルつけるの、やめない? ちょっと恥ずかしいんだけど」
「芸術に恥ずかしいも何もない。美は正義だ」
アペイロンはさらりとマントを翻しながら答える。いつもの調子だ。
後ろからもう一人の仲間、ガルドがため息混じりに口を挟む。
「まあいいけどよ……それよりさ、今夜の気配、ちょっと変じゃね?」
「ん?」
3人は足を止めて、夜風に耳を澄ませる。
魔法領の首都から少し離れたこの辺りは、普段なら静かな森と丘が広がっているだけだ。
だが今夜は、遠くから微かに地面を震わせるような重い足音が聞こえてくる。
「……筋肉領の連中か?」
レイトが眉を寄せる。
「また偵察かよ。しつこいな、本当に」
アペイロンは小さく鼻で笑った。
「なんでアイツらって、わざわざ人を送り込んでくるんだ? 遠距離観測や隠密行動とかの概念がないのか?」
ガルドが肩を回しながら続ける。
「アイツらはバカだから、そうすることでしかこちらの情報を取れないんだろうよ。『気合いでなんとかなる』とか思ってんだろ」
「魔力がないやつなんて、一般人は騙せても俺らは騙せないからな」
レイトがクスクス笑いながら魔法陣を指先に浮かべ、軽く周囲をスキャンする。
「ほら、案の定。丘の向こう、木陰に5人。筋肉バカ特有の、魔力ゼロなのに存在感だけデカい気配だよ」
アペイロンはため息をつきながらも、どこか楽しげに口元を緩めた。
「ふっ……せっかくいい気分だったのに、興をそがれるな。どうする? お仕置きして帰すか? それとも、ちょっと遊んでみるか?」
「遊ぶって……また派手な魔法ぶっ放して『芸術的制圧』とか言い出すつもり?」
「芸術は戦場でも輝くべきだ」
「はいはい……」
3人は顔を見合わせて小さく笑い、静かに丘の方へ歩を進めた。
◇◇◇◇◇◇
――半日前。筋肉陣営にて。
領域境界線付近で、作戦会議が行われていた。
「よし、今日の作戦を説明するぞ」
隊長格の男が地面に棒で簡単な地図を描く。
「魔法領の連中は、朝に弱く夜に強いらしい。だから朝に奇襲をかけられないよう見回りを強化し、夜は手薄になる」
「なるほど!」
「つまりそれを逆手にとって、夜にスパイを送り込むということですね!」
戦士たちは力強く頷いた。だが一人の若い戦士が首をかしげる。
「でもよ隊長、魔法とかでバレたりしねぇのか?」
隊長は胸をドンと叩いた。
「安心しろ。俺たちには筋肉がある」
「「おおーっ!!」」
その場にいた全員が納得した。
「だが、大人数で行くと流石にバレるから、行くのは5人までだ。隊長はお前だ。ニヒル」
「了解です!」
――こうしてニヒルを含めた筋肉陣営5の人は、魔法領へと、足を踏み入れたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「くらえ! 天光の鎖!!」
ガルドは5人に近づくと、即座に拘束魔法を発動した。
「うぉ!?」
「くそっ、バレたか!!」
5人の足下に展開された魔法陣から、黄金の鎖が飛び出し、ガッチリと拘束する。
「くっ、この程度の鎖……」
捕まった戦士たちは、自慢の筋肉で拘束を解こうとするも、ビクともしない。
「ふっふっふ。相手が悪かったな。魔導士の中でも最強と名高い我ら3人組に見つかるとは」
完全に捕らえられた5人の戦士を見て、アペイロンは笑みを浮かべる。
「いや、最強なのはお前だけだ」
「勝手に巻き込まないでくれ」
「うるさい! ちょっと言ってみたかったんだ!」
しかし、アペイロンたちが油断していると、
――バキバキッ!
と、鎖がちぎれる音がした。
「なッ!」
「最強ね……それはこっちのセリフだ!!」
次の瞬間、鎖を引きちぎった女戦士が地面を一蹴り。その衝撃で土埃が舞い、物凄い勢いでアペイロンたちを襲った。
「ぐわっ、目が……風魔法――風神!」
レイトが視界を晴らした時には、既に逃げられた後だった。
「くそっ、天光の鎖を引きちぎる化け物がいるとは……」
そう漏らすガルドの横で、アペイロンは静かに息を吐き、仲間たちに視線を向けた。
「あの女は僕がやる。お前らは他の雑魚4人を連れて行け」
それを聞いて、レイトが少し心配そうに眉を寄せる。
「本当に大丈夫か? あいつ、鎖を引きちぎったんだぞ」
「誰にモノを言っているんだ。僕は――」
「それフラグになるからヤメロ」
「フッ」
アペイロンは軽く微笑み、夜の森へと身を躍らせた。
白髪が風に揺れ、マントが優雅に揺れる。アペイロンの足取りは軽やかで、まるで散歩でもしているかのようだった。
一方、ニヒルは全力で森を駆け抜けていた。
「くそっ……仲間たちが! でも、ここで捕まったら終わりだ……!」
息を切らしながらも、彼女の目はまだ燃えていた。筋肉領の誇りとして、絶対に情報を渡すわけにはいかない。
木々の間を縫うように走り、背後の気配を感じ取る。
――来てる。
背後から、淡い光の粒子が追ってくる。それはまるで流れ星の尾のように美しく、夜の闇を優しく照らしていた。
「逃げても無駄だよ」
静かな声が響き、アペイロンが木々の上に現れる。彼はゆっくりと手を広げ、指先から小さな星屑のような光を浮かべた。
「流石、逃げ足だけは速いね。今の短時間で数kmも移動した」
「そりゃどうも」
「僕の名前はアペイロン……君の名前は?」
ニヒルは足を止め、構えを取る。
「ニヒルだ! 魔法なんか使わずに、正々堂々勝負しろよ!」
「正々堂々か……悪いが、魔法を使うのが我々にとっての正々堂々だ」
アペイロンが小さく笑う。次の瞬間、彼の周囲に無数の小さな光の球が浮かび上がった。
それは星のように輝き、ゆっくりと回転を始める。
「星魔法――星辰の舞」
光の球が一斉に動き出し、ニヒルに向かって螺旋を描きながら飛んでいく。
ニヒルは攻撃を避け、光球の1つを蹴り返した。
――ズドォン!
その球は勢いよく飛んでいき、アペイロンの頬をかすめる。
「魔力の球を弾き飛ばすなんて……めちゃくちゃだなぁ」
しかし、アペイロンは軽口を叩くと、即座に次の攻撃を仕掛けた。
「――流星の煌めき」
次の瞬間。無数の流星が大地に降り注いぐ。
天から舞い降りる、色とりどりの光。それは、あまりにも美しい軌跡だった。
ニヒルは全力で避けるも一瞬の隙を突かれ、数個の光が彼女の体に触れる。
「っ!?」
その瞬間、柔らかな衝撃が体を包んだ。
痛みはない。ただ、力が抜けていく。
「な、何……これ……」
まるで全身を優しい夜空に抱きしめられたような感覚。
ニヒルは膝をつき、地面に手をついた。
「これは……なんだ……?」
アペイロンは静かに近づき、彼女の前に立つ。光の粒子がまだ周囲を舞い、森全体を幻想的に照らしている。
「僕の星魔法だ。殺傷はしない。ただ、動きを封じるだけ」
ニヒルは息を荒げながら、顔を上げる。彼女の瞳に映るのは、星屑のようにきらめく光の渦。
そして、その中心に立つ少年の姿。
「……綺麗……」
ニヒルが、ぽつりと呟いた。
「え? 今なんと……」
アペイロンが一瞬、目を丸くする。
ニヒルは膝をついたまま、でも顔を上げてアペイロンを見つめた。
「君の魔法……星みたい。芸術的で、神秘的で……こんなに綺麗なもの、初めて見た。筋肉領じゃ、魔法なんて『弱いヤツの逃げ道』って教わってきたけど……これは、違う。すっごく、すっごく綺麗だよ」
ニヒルの声は素直で、嘘がない。天真爛漫な笑顔が、疲れた顔に浮かぶ。
アペイロンは、言葉を失った。誰もがアペイロンの魔法を「派手だ」「便利だ」「強い」と評価する。
でも、「綺麗だ」「芸術的だ」「神秘的だ」と、こんな風に言ってくれた人は初めてだった。
「君、僕の魔法の素晴らしさが理解できるのか……?」
「えぇ」
「僕の魔法の素晴らしさを、理解してくれるなんて……戦士にも、マシなヤツがいるじゃないか」
アペイロンはその言葉に感動し、表情を緩めた。
ニヒルも、ふっと笑う。
「魔導士にも、素敵な人がいるんだな……って思った。君みたいなヤツがいるなら、魔法ってのも、悪くないかも」
2人は、しばらく無言で見つめ合った。
周囲の星屑がゆっくりと消えていく中、森は静かだった。
ただ、2人の間にだけ、何か温かいものが生まれ始めていた。
ニヒルは立ち上がり、軽く拳を握る。
「……もっと、君のこと知りたいかも」
アペイロンも、照れくさそうに目を逸らしながら、でもはっきりと言った。
「僕もだ……君のことも、もっと知りたくなった」
2人は、互いに一歩近づく。
禁忌の掟が、まだ頭のどこかにあるはずなのに――今、この瞬間だけは、そんなものはどうでもよかった。
「……コイツは俺が直々に尋問する。他の奴らは魔導協会の本部に連れて行け」
ニヒルを軽く拘束した魔法の縄を引きながら、アペイロンは仲間たちにそう告げた。
アペイロンが突拍子もないことを言うのは今に始まったことではないので、レイトとガルドが顔を見合わせて、呆れたように笑う。
「は? お前が尋問?」
「何か面白いものでも見つけたのか?」
「あぁ……コイツからは、良い話が聞けそうだ」
アペイロンはニヒルの方をちらりと見て、口元を緩めた。
ニヒルは少し頰を赤らめながらも、強がって言った。
「尋問って……ちゃんと飯は出してくれよな! 腹減った!」
「ふっ……わかったよ。僕の家で、ゆっくり話そう」
アペイロンはそう言って、ニヒルを連れて歩き出す。
背後でレイトがぼそっと呟く。
「……絶対なんか変なことになるぞ、これ」
ガルドが肩をすくめる。
「あの女戦士、死んだな。アペイロンが本気でハマったら、もう誰も止められねぇ」
2人の背中が夜の森に消えていく。
こうして禁断の出会いを経て、相容れないはずの2人の奇妙な関係が、静かに、しかし確実に幕を開けた。
それからの日々は、まさに波乱の連続だった。
文化も文明も何もかもが違う2人にとって、一つ屋根の下で暮らすというのは、想像以上に大変なことだった。
「なんだこれ!? 家が光ってる!!」
アペイロンの屋敷の廊下に足を踏み入れた瞬間、ニヒルは思わず叫んだ。
壁に埋め込まれた魔導ランプが、柔らかな光で屋敷全体を照らしている。
「魔導照明だよ。魔力を少し流すだけで、ずっと光る」
アペイロンは当たり前のように説明する。
「すげぇ……! 筋肉領だと松明、あっても白熱電球だぞ!」
「原始的すぎないか……?」
アペイロンは少し引く。
筋肉陣営と違い、魔法陣営には生まれ持った頭脳と、魔力というエネルギーがあるため、文明が大きく発展していたため、ニヒルが驚くのも無理はなかった。
他にも、綺麗なお風呂に感動したり、家から見える街並みが輝いていることなど、ニヒルにとって驚きの連続だった。
その違いは、食事でもはっきりしていた。
「うまっ!!」
ニヒルは目を輝かせて皿を見つめた。
「これ何!?」
「保存した肉と香草の煮込みだけど」
「うますぎる!!」
魔法領の料理は、保存魔法や温度制御のおかげで種類が豊富だった。
パン、スープ、焼き物、煮込み料理。
ニヒルは毎回感動していた。
「筋肉領って何食べてるの?」
「肉」
「それは見れば分かる」
「あと肉」
「それ以外は?」
「……肉」
「本当にそれしかないのか!?」
そんな調子で、毎日が騒がしかった。
ニヒルが寝返りでベッドを破壊する度、アペイロンが修復魔法で直した。
ニヒルが庭で筋トレという名の破壊活動を行う度に、近所迷惑だとアペイロンが止めた。
だが、そんな生活も、2人にとっては新鮮で掛け替えのない日常となっていた。
ニヒルは、魔法領のものすべてに感動する。
魔導ランプ。魔導時計。魔導馬車。本。薬。料理。
どんな些細なものでも、目を輝かせる。
「すごいな魔法って! こんな便利なもの初めて見た! 魔導士って天才なんだな!」
その言葉を聞くたびに、アペイロンは少し照れくさそうに咳払いをした。
同棲を始めて2週間ほど経ったある日。2人はアペイロンの自室のバルコニーから星空を眺めていた。
「綺麗だね」
「あぁ。僕の魔法に劣らないほどにね」
「ふふっ、そうね」
そんな他愛のない会話をしながら空を見上げる。
静寂。雲一つない夜空には、満点の星空が広がり、芸術的な夜の魔法領を演出している。
「あのさ――」
そんな中、アペイロンはおもむろに口を開いた。
「何?」
「なんで両陣営って、対立しているんだろう」
「なんでって……優劣をつけるためじゃない?」
ニヒルはアペイロンの言葉に首を傾げる。
アペイロンはそれを聞いて、静かに続けた。
「優劣って、なんのために?」
「なんのためって……」
「優劣をつけたとして、その先に何がある?」
その言葉に、ニヒルは沈黙する。
「僕は正直疑問に思っていた。僕たちは長い歴史の中で、2つに分かれていった。でも、最初からそうだった訳ではない。かつては戦士と魔導士が手を取りあっていた時代があった。両方の性質を持った人々も大勢いたはず。なのに今は――」
アペイロンは言葉を切り、ニヒルに視線を向けた。
白い髪が夜風に揺れる。
「ニヒル」
「ん?」
「僕は、君と出会って初めて思った」
アペイロンは少しだけ照れたように視線を逸らす。
「戦士は野蛮なものではないと。戦士と魔導士は手を取り合うべきだと。そう思ったんだ」
そしてアペイロンは、意を決したように言った。
「……僕は、君のことが好きだ」
夜の静寂が、ふっと止まった気がした。
ニヒルは数秒固まり、
「え?」
と、顔を真っ赤にした。
「僕たちは、生まれ持ったものが違うだけの同じ人間だ。そこに優劣なんてない。僕は君を、1人の女の子として好きになったんだ」
しばし沈黙の後、ニヒルもゆっくりと口を開いた。
「私もアペイロンのこと好きだよ。今まで、魔導士なんて頭が固くてか弱い根暗だと思ってたけど――」
「言い過ぎでしょ」
「――でも、アペイロンと会って、魔法が面白いものだって気づいた。魔導士のいい所も沢山知った。だから、あなたともっと一緒にいたいって思ったんだ」
ニヒルの言葉を聞き、アペイロンはゆっくりとニヒルに歩み寄る。
そして、優しくニヒルを腕の中に包み込んだ。
「――ッ!?」
「僕もだよ、ニヒル」
「アペイロン……///」
ニヒルは顔を赤くして戸惑うが、やがてアペイロンの体に手を回し、互いに熱い抱擁を交わした。
「でも――ここ数千年続いてきた慣わしだし……今更……」
そんな中、ニヒルは不安を露わにする。
だがアペイロンは、いつもの口調で、
「大丈夫だ。僕たちは最強なんだ。両陣営を動かす力を持っている。いざとなったら、2人の愛の力を証明してやろう」
と、言った。
それを聞き、ニヒルも笑顔でうなずいた。
そんな風に、騒がしくも幸せな日々が、しばらく続いた。
だが――この奇妙な同居生活が、永遠に続くはずもなかった。
1ヶ月ほど経つと、筋肉領ではスパイが連絡なしに戻らないことが問題になり始めていた。
そして魔法領でも――
「アペイロンが……筋肉領の女戦士を匿っているだと?」
そんな噂が、少しずつ広がり始めていたのだった。
それから数日後。魔法領の魔導士協会本部から、アペイロンに緊急召集がかかった。
「アペイロン!」
レイトが慌てた様子で部屋に飛び込んでくる。
「大変だ。筋肉領の軍が動いた!」
「……やっぱりか」
アペイロンは小さく息を吐いた。
「偵察部隊が戻らない件だろう?」
「そうだ。かなりの数だ。国境を越えてくる。どうやら本気でスパイを取り戻しに来るらしい」
ガルドが続ける。
アペイロンは一瞬だけ黙り込んだ。
「わかった。すぐ準備するから、外で待っててくれ」
アペイロンはそう言うと、隣の部屋に向かう。
扉を開けると、そこには窓の外を眺めているニヒルがいた。
「……ニヒル」
「ん?」
振り返るニヒル。アペイロンは、いつものカッコつけた笑みを浮かべる。
「ちょっと出かけてくる」
「戦い?」
「あぁ」
ニヒルは一瞬だけ黙る。だがすぐに笑った。
「そっか。じゃあ、頑張って!」
アペイロンは少し驚いた。
「……いいのか?」
「だってアペイロン強いし」
ニヒルは腕を組み、にっと笑う。
「それに、戦士は戦うのが仕事。魔導士だって同じでしょ?」
「……そうだな。君はここで待っていてくれ」
「わかってるわよ。私は捕虜なんだから」
ニヒルはどこか居た堪れない表情で、そう返す。
「……わかった。ありがとう」
アペイロンは軽くそう告げると、
「すぐ帰るよ」
と、言い残し、部屋を後にした。
一方その頃。国境付近では、既に戦いが始まっていた。
「突撃ぃぃぃ!!」
筋肉領の戦士たちが、大地を震わせながら突進してくる。
魔導士たちが魔法陣を展開する。
「迎撃開始!」
魔導士は空中へ舞い上がり、攻撃を開始する。
「すまない、遅くなった! 星魔法――星辰の舞!」
そこにアペイロンたちもやってきて、参戦する。
アペイロンから放たれた無数の光球が空に浮かび、戦場を照らす。
流れ星のような軌跡を描きながら、戦士たちの周囲へ降り注ぐ。
――ドン! ドン! ドン!
衝撃はあるが、傷は負わせない。戦士たちは次々と倒れ込む。
「すげぇ……アペイロンの星魔法、やっぱり反則だな」
レイトが呟く。
しかし次の瞬間、
「うぉぉぉぉ!!」
と言う雄叫びと共に、巨大な岩が空を飛んできた。
「なっ!?」
ガルドが慌てて防御魔法を展開する。
――ドォォン!!
魔法障壁が大きく揺れる。
「なんだあの投擲力!?」
「戦士の筋力なめんなぁぁぁ!!」
次々と岩や木が投げ込まれる。
そして数人の戦士が魔導士の防御を突破し、近接戦闘に持ち込んだ。
「ぐわっ!」
魔導士側にも負傷者が出始める。
アペイロンは大人数を相手取りながら、周囲を見渡す。
(……まずいな)
全員戦えるわけではない魔法陣営と、全員が生まれた時から戦闘民族の筋肉陣営では、人数に圧倒的な差がある。
もはや、これ以上は加減できない。
「仕方ない」
アペイロンは手を掲げた。星が集まり始める。空が光に覆われていく。
「星魔法――」
辺り一面を更地にするほどの大技で、敵を討とうとした。その時だった。
ニヒルの顔が脳裏に浮かぶ。
『戦士にもいいやついるんだな』『手を取り合うべきだよ』
そして、自分の言葉。
(……そうだ)
アペイロンの手が止まった。
(これは……ダメだ)
その一瞬の迷い。
「隙ありぃ!!」
その瞬間、隊長格の戦士が突撃してきた。
――ドォォォン!!
拳がアペイロンの体を直撃する。
「ぐっ……!」
アペイロンは地面を激しく転がり、木々をなぎ倒しながら飛んでいく。
土煙が舞い、アペイロンはその場に倒れ込んだ。
「これで終わりだ!!」
そこへ、隊長格の戦士が追撃をしてくる。
(あぁ、すまない……ニヒル)
アペイロンがもうダメだと思ったその時。
――ドォォォォン!!!
アペイロンに向けられた拳は、何者かによって受け止められた。衝撃が走る。
全員が振り向いた。
そこに立っていたのは――ニヒルだった。
「……そこまでだ」
「ニヒル……!?」
アペイロンが目を見開く。
戦士たちがざわめく。
「ニヒル隊長!?」
「なぜここに!?」
「どうして、そいつを庇ったんだ!!」
ニヒルは静かに言った。
「その人、私の大事な人なんだ」
沈黙。そして――
「は?」
「魔導士と恋だと!?」
「裏切り者か!!」
と、当然、怒号が飛ぶ。
ニヒルは叫んだ。
「じゃあ聞くけどさ!!」
戦場が静まる。
「優劣つけて、何がしたいんだよ!!」
誰も答えない。
「強い方が偉いの? 負けた方はダメなの? それで何が変わるの?」
沈黙。誰も言葉を返せない。
その時。
「……ニヒル」
アペイロンが立ち上がった。
「アペイロン!」
彼は魔導士たちを見た。
「僕も言わせてもらう。戦士は野蛮だと思っていた。だが違った」
アペイロンはニヒルを見る。
「彼女は強くて、優しくて、まっすぐだ。そんな人間と、どうして争う必要がある?」
魔導士たちも黙り込む。
だが、
「今更何を言っているんだ、まだガキの癖に!!」
と、一部の人は猛反発する。
アペイロンは笑った。
「ははっ……どうやら言葉じゃ伝わらないらしい」
そしてニヒルへ手を伸ばす。
「ニヒル。見せてやろうぜ」
「任せろ!」
ニヒルはアペイロンの手を取った。
アペイロンの手から魔力が流れ込む。
すると、ニヒルの体が星のように輝き始めた。
戦士たちが目を見開く。
「な、なんだあれ……」
「アペイロン。一体何をする気だ……」
レイトや他の魔導士も唖然としている。
そんな中、アペイロンが叫ぶ。
「これが!」
ニヒルが拳を握る。
「筋肉と!」
「魔法の!」
2人同時に叫ぶ。
「「力だぁぁぁぁ!!」」
ニヒルが拳を大きく振り上げ、
「「いくぞ! ――愛超新星!!」」
と、大地に拳を叩きつける。
――ズドォォォォォォン!!!!
爆発。光。轟音。
衝撃波が戦場全体を包む。
「ぐわぁぁぁ!!」「きゃぁぁぁ!!」
戦士も魔導士も、まとめて吹き飛んだ。
空間には無数の星の光が舞う。
それは、まるで宇宙にいるかのような光景だった。
誰もがその光を見上げる。
戦士が呟く。
「……綺麗だ。まるで闇に降り注ぐ希望の光のような……」
魔導士が呟く。
「……暖かい。まるで母の腕に抱きしめられているような……」
2人の合体技を前に、戦士たちは魔法の美しさを知り、魔導士たちは筋肉のたくましさを知った。
ニヒルが笑う。
「だろ?」
アペイロンも笑う。
「どうだ? まだ続ける気か?」
しばし沈黙の後、隊長格の男が口を開いた。
「ニヒル……筋肉領で、誰よりも戦士だったお前が、惚れるほど魔法ってものは、美しかったのか」
続けて、齢40歳くらいの魔導部隊の隊長も口を開く。
「元々おかしな奴だったが、まさか戦士に惚れるとはな……だが、2人の関係を見ていると、不思議とおかしなこととは思えない」
やがて、両陣営の代表同士、お互い歩み寄る。
「俺たち戦士は、盲目的になり過ぎていたようだ」
「こちらこそ。戦士と手を取り合い、互いの短所を補い合う。こんな考えが、なぜ今まで思い浮かばなかったのか不思議でなりません」
そして、2人は握手を交わした。
「これからは、二領域の境界線を取り払って、親交を深めましょう」
「えぇ。まだ、すぐにみんなが納得する訳ではありませんが、互いに少しずつ変えて行きましょう」
その光景を見て、周りの戦士や魔導士たちは、自然と拍手を始めた。
「……ありがとな」
アペイロンは静かにニヒルに声をかける。
「いいんだよ。それに言ってたでしょ? 『愛の力を証明する』って」
ニヒルは、アペイロンが告白した夜を思い出し、笑って見せた。
「フッ……だな!」
それを見て、アペイロンも優しく微笑んだ。
こうして。数千年続いた対立は、終わりを迎えた。
筋肉と魔法。二つの力が手を取り合った日。
後にこの出来事は――「愛超新星事変」と呼ばれ、世界の歴史を変えることになる。
その夜。アペイロンの屋敷にて。
――ドゴォォォン!!!
「ニヒル!! ベッド壊すなって言っただろ!!」
「ご、ごめん! 寝返りしただけ!!」
筋肉と魔法の問題は――まだまだ終わりそうになかった。
最後までご一読くださり、誠にありがとうございます。
少しでも「面白い!」と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
今後出す予定の中編版及び、別作品、次回作にご期待くださいm(_ _)m




