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公爵子息に夢中な悪役令嬢は、今更「もう戻れ」と言われても絶対実家には帰りません!  作者: ましろゆきな
第二部:偽りの盾と、氷の公爵の溶けゆく誓い

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第八話:芽生えた恋心と、残酷な「指輪」の行方

 王宮舞踏会での騒動から数週間。公爵邸での日々は、信じられないほど穏やかに過ぎていた。

 王命によってバートン伯爵家の当主となった私だが、煩雑な領地経営や山積みの書類仕事は、すべてヴァイス様が代行してくださっている。私は今日も、与えられた専用工房で静かに魔道具と向き合っていた。


「メリア。あまり根を詰めすぎないように」


 ふわりと、冷たくも甘い香りが鼻をくすぐる。

 振り返ると、氷のように美しい青い瞳を優しく細めたヴァイス様が立っていた。彼は私の手からそっと工具を取り上げると、テーブルに用意させていた温かい紅茶を勧めてくれる。


「あ、ありがとうございます、ヴァイス様……」


 カップを受け取ろうとした私の手に、彼の手指がわざとらしく触れた。

 ビクンと肩が跳ねる。彼に見つめられるだけで、顔に熱が集まり、胸の奥が甘く痺れるように痛む。


(私……ヴァイス様のことが、好きなんだわ)


 道具として扱われてきた私に、居場所と絶対的な安心を与えてくれた人。最初はただの「偽装恋人」というお仕事だと思っていた。けれど、彼が時折見せる深い熱を帯びた眼差しに触れるたび、「もしかして、一人の女性として見てくれているのではないか」という身の程知らずな夢を抱き始めていた。


「メリア。実は今日、君に渡したいものがあるんだ」


 ヴァイス様が、少しだけ緊張した面持ちで懐から何かを取り出した。

 美しい装飾が施された、小さなベルベットの箱。

 その形を見た瞬間、私の息が止まりそうになる。


(……指輪の、箱? もしかして、本当に……?)


 期待で胸が張り裂けそうになった、その時だった。


「閣下。セシリア・ヴァン・ルージュ侯爵令嬢がご到着です」


 扉の向こうから、執事の静かな声が響いた。

 セシリア様。誰もが振り返るような絶世の美女であり、社交界の花形。そして、ヴァイス様の長年の知己でもある完璧な淑女だ。


 ヴァイス様は微かに眉根を寄せたが、すぐに公爵としての冷徹で優雅な顔立ちに戻った。彼は手の中の小箱を再び懐へとしまい込む。


「すまない、メリア。少しだけ客人と話をしてくる。……この箱は、後でゆっくりと君に開けてもらおう」


 そう言って、彼は足早に工房を後にした。

 残された私は、火照る頬を押さえながら、期待に胸を膨らませていた。どうしても彼のお顔がもう一度見たくて、私は自らお茶を淹れ直し、応接室へと向かった。


 ――それが、残酷な真実を知る引き金になるとも知らずに。


 応接室の重厚な扉の前に立った時、少しだけ開いた隙間から、二人の会話が静かに漏れ聞こえてきた。


『……ふふ。相変わらず、手回しが早いですわね。でも、彼女は気付いていないのではなくて? あなたのその、少しばかり強引すぎる愛情に』

『構わない。……この指輪で、確実に私の妻にする。逃げ道はすべて塞いだ』


 ガチャン、と。私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

 扉の隙間から見えたのは、優雅に微笑む美しいセシリア様と、いつになく真剣な……熱を帯びた瞳で語るヴァイス様の姿。

 そして彼の手には、先ほど私に見せようとしていた、あの『小箱』が握られていた。


(あ、ああ……そういう、ことだったのね)


 一気に血の気が引いていく。

 お互いに愛し合っているのに、家柄や派閥のせいで公には結ばれない二人。きっと、あの指輪はセシリア様に贈るためのものだったのだ。私に見せようとしたのは、ただのデザインの相談だったに違いない。


(セシリア様のような完璧な淑女こそ、公爵様にふさわしい。私は彼女を政敵から守るための……目を逸らさせるための『偽装の盾』だったんだわ)


 当主の座を与え、私を手元に置いたのも、すべては本命である彼女を守るため。

 私なんかが、小公爵様に愛されるはずがなかったのだ。思い上がりもいいところだ。


 視界が涙で滲む。胸が、ギリギリと引き裂かれるように痛い。

 でも。それでも私は、ヴァイス様が好きなのだ。

 彼が幸せになれるのなら、私は心が引き裂かれても、完璧な『偽物の恋人(盾)』を演じ切ってみせる。


「……お任せください、ヴァイス様。私が必ず、お二人の純愛をお守りします」


 私は音を立てないように静かに後ずさると、溢れる涙を拭い、決意の仮面を被った。


 ――そして数日後。

 失恋の痛みを隠し、「完璧な笑顔の盾」としてヴァイス様の隣に立つ私の前に、一人の男が現れた。


 隣国ロセッティ王国の第一王子、アルフレッド殿下。

 眩しいほどの金髪と、周囲の空気を一瞬で華やかにする洗練された笑み。王宮で開かれた茶会の席で、彼は一直線に私の方へと歩み寄ってきた。


「君が噂の特級魔道具師だね。……素晴らしい。噂以上に美しい才能だ」


 彼は優雅に跪き、私の手を取った。その瞳の奥には、単なる挨拶を超えた、狡猾で計算高い光が宿っているように見えた。


「こんな冷たい氷の隣で、君のような才能が埋もれているのは惜しい。どうだい? 私の国へ来ないか。君の望む環境のすべてを約束しよう」


 突然の、他国からの政治的な引き抜き。そしてそれは同時に、隣に立つヴァイス様を揺さぶるための盤外戦術でもあった。


 私は一瞬息を呑んだが、すぐに愛する人(ヴァイス様)と彼の本当の恋人(セシリア様)を守るための『盾』としての自覚を取り戻した。


「光栄なお言葉ですが、お断りいたします、殿下。私にはヴァイス様の隣で果たすべき大切な役目がございますから」


 毅然と答えた私の言葉に、アルフレッド殿下は少しだけ目を丸くし、やがて興味深そうに目を細めた。

 そして、私の腰を強く抱き寄せたヴァイス様の瞳には、かつてないほど静かで、深く、昏い独占欲の炎が揺らめいていた。

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