第六話:王宮舞踏会~公開処刑と、氷の公爵の『初』の照れ顔~
舞踏会当日。公爵邸の鏡の前に立つ私は、自分の姿に呆然としていた。
白金からアイスブルーへ流れる最高級のドレス。腰には深い藍色のコルセット。そして首元には、ヴァイス様の瞳と同じ色のサファイア。……どこからどう見ても、私は「オルディス小公爵に染められた女」だった。
「……完成だね」
背後から、低く甘い声がした。
振り返ると、そこには軍服風の夜会服に身を包んだヴァイス様が立っていた。胸元には、私の髪と同じ色の薄紅色の飾り布。完璧なまでの『お揃い』だ。
しかし、ヴァイス様は私を見た瞬間、彫像のように固まった。
その瞳は限界まで見開かれ、氷の奥で暗い炎が渦巻いている。
(えっ、どうしたの? 怖いくらい無口だけど……)
沈黙は数分も続いた。ヴァイス様は、拳をぎゅっと握りしめ、何かを耐えるように微かに震えている。
「ご、ごめんなさい! やっぱり、私なんかがこんなドレス、似合っていませんよね……」
「…………っ!!」
「職人さんの無駄遣いになっちゃいましたよね。わたくし、着替えてまいりま――」
私が逃げ出そうとした瞬間、ヴァイス様が弾かれたように私の肩を掴んだ。
「違うんだメリア! 逆だ、逆なんだ! あまりにも美しすぎて、他の男の目に触れさせるのが嫌でたまらないだけなんだ! 正直、今この瞬間も、舞踏会を中止にして君を隠し通したい……っ!」
必死にとりなそうとして、うっかり本音を漏らすヴァイス様だった。
でも、私は「まあ! さすがヴァイス様、もう『溺愛する恋人』の演技の予行演習ですね! 迫真の演技ですわ!」と、一人で納得して満足げに頷いた。
「安心してください、ヴァイス様! 本番でもしっかりお供しますわ!」
「……ああ。そうだね。……行こうか」
ヴァイス様は深いため息をつき、複雑な表情のまま私の手を取った。
◇◇◇
王宮の舞踏会場に私たちが現れた瞬間、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
噂に聞いていた「氷の小公爵の恋人」の登場に、貴族たちが一斉に色めき立つ。
ヴァイス様は、私の腰に回した手にグッと力を込め、周囲を威圧するように、けれど私にはこの上なく甘い眼差しを向けた。
「……一曲、いいかな。俺のメリア」
「はい、ヴァイス様。完璧にリードについていきますわ!」
始まったのは、厳かで、けれど情熱的なワルツ。
広大なフロアの中央で、私たちのステップが重なる。白金とアイスブルーのドレスが、ヴァイス様の深藍の軍服と溶け合うように翻った。
「……見て、あの二人。まるで一つの宝石のようだわ」
「閣下が、あんなに愛おしそうに女性を見つめるなんて……。あれはもう、単なる同伴者の距離じゃない。婚約は秒読みね」
周囲の賞賛と溜息をBGMに、私は「よしよし、皆さんにそう思わせたらこっちの勝ちね!」と内心でガッツポーズ。
至近距離で重なるヴァイス様の視線があまりに熱く、射抜くような執着を孕んでいることには、気づかない振りを決め込んで。
「メリア、君しか見えない。……このまま、二人で異世界へ消えてしまいたいほどだ」
「まあ、ヴァイス様! さすがですわ。その囁き、吐息の混ぜ方、100点満点の溺愛演技です!」
「……演技、か。……ふふ、そうだね。君がそう思うなら、それでいい」
ヴァイス様が少しだけ切なげに、けれど陶酔したように目を細め、私の指先にそっと唇を寄せた。その完璧な「絵画のような一幕」に、会場からは悲鳴に近い感嘆の声が上がった。
ダンスを終えた私たちは、興奮冷めやらぬ会場の視線を浴びながら、王太子殿下の前へと進み出た。
「やあ、ヴァイス。彼女が噂の君の恋人かい?」
楽しげに笑いかけてきたのは、ヴァイス様の直属の上司でもある王太子殿下だ。
「ええ。メリア・バートン。……私の、かけがえのないパートナーです」
ヴァイス様が、いつにない真剣な眼差しで私を見つめる。
王太子殿下は、ニヤニヤと笑いながら私に問いかけた。
「へぇ。バートン嬢、大変な奴を恋人にしたね。こいつは冷徹で、仕事以外に興味がない氷の男だろう?」
殿下の茶目っ気たっぷりの問いに、私は「お仕事モード」のスイッチを入れた。ここでヴァイス様を立てるのが、私の任務なのだ。
「いいえ、そんなことございませんわ! ヴァイス様はとても素晴らしくて、優しくて……。わたくしのような者の願いもすべて叶えてくださる、文句のつけようのない方(雇用主)です! 私は、彼に出会えて本当に幸せですわ!」
演技のつもりで、私は心からの「ホワイト職場への感謝」を言葉に乗せた。
すると――。
「…………っ、……メリア」
なんと、あの「氷の小公爵」が、耳まで真っ赤にして顔を伏せたのだ。
あまりにも予想外のヴァイス様の反応に、王太子殿下が目を剥いた。
「……お、おい、ヴァイス。お前、今照れたのか? あの氷のヴァイスが、お嬢さんの一言でこんなに……!? うわぁ、これは本物だ……」
「……殿下、茶化さないでください」
顔を真っ赤にしたまま、それでも私の手を離さないヴァイス様。
私は(よしっ、ヴァイス様の『照れ演技』も完璧! 殿下を完全に騙せているわ!)と、内心でガッツポーズをした。
――しかし、そんな幸せな時間は、無粋な乱入者によって切り裂かれた。
「お、お姉様っ!! どこよ、お姉様はっ!!」
会場の扉が乱暴に開かれ、異様な一団が乱入してきた。
キラキラと輝く私たちとは対照的な、ボロボロの夜会服。チリチリに焦げた髪。
それは、見るも無惨な姿になったバートン伯爵家の一同だった。
「お姉様! あなた、小公爵様に媚びを売っていい気になりおって! あなたが壊した国宝、今すぐ直させてもらうわよ!!」
リリアンが血走った目で私を指差す。
私はそのあまりにも汚い姿に、思わず目を瞬かせた。
「……リリアン? それに、ダレンお父様……? 一体どうしたの、その姿。魔道具の修理に失敗でもしたの……?」
ほんの少しだけ、「可哀想に」という同情が脳裏をよぎった。……が。
「――衛兵。その不潔な者たちを捕らえろ」
ヴァイス様の絶対零度の声が、私の同情を光の速さで刈り取った。
彼は私を背後に庇うように立ち塞がると、懐から一束の書類を取り出し、ダレン伯爵の足元に叩きつけた。
「ダレン・バートン伯爵。そしてリリアン。……君たちが王家から預かった『極光の魔導核』を自身の無能さゆえに破壊した事実は、すでに騎士団が確認済みだ。さらには……」
ヴァイス様が、獲物を屠るような冷酷な微笑を浮かべる。
「過去十年に渡る魔石の横領、および不正輸出。そして、メリア嬢に対する虐待と、不当な軟禁。……すべての証拠は、私の側近イザークが揃えておいた」
「な、何だと……っ!?」
「今この瞬間、バートン伯爵家の爵位は剥奪された。君たちはもはや貴族ではない。……連れて行け。二度と、私のメリアの視界に入れるな」
悲鳴を上げる父と妹が、衛兵たちによって引きずられていく。
私はその光景を、ヴァイス様の背中の後ろから眺めていた。
(……うわぁ。お父様たち、本当に真っ黒だったのね。……ちょっと引くわぁ)
同情なんて、一瞬で雲散霧消した。
ヴァイス様は、冷え切った瞳で彼らを見送ると、私の方を向き、先ほどまでの冷酷さが嘘のような、蕩けるような笑顔を向けた。
「すまない、メリア。見苦しいものを見せたね。……さあ、汚れはすべて消えた。俺と踊ってくれるかい?」
「はいっ、ヴァイス様! お仕事、最後までしっかり務めさせていただきますわ!」
こうして、私のブラックな過去は、ヴァイス様の手によって粉々に粉砕された。
光溢れる舞踏会場で、私は最高の「雇用主」の手を取り、再び眩い光の中へとステップを踏み出したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ヴァイスとメリア、すれ違う二人の恋を楽しんでいただけてましたら嬉しいです。
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また、3月14日(土)12:00より、新作連載開始しました。
新作:『君の静寂が愛おしい』〜殺された記憶を持つ令嬢が沈黙を選んだら、ヤンデレ騎士の最愛になった件〜
https://ncode.syosetu.com/n8101lw/
かつて自分を殺した騎士に嫌われようと「沈黙」を選んだ令嬢。
けれど、感情が「音」として聞こえてしまう彼にとって、その沈黙はこの世で最も心地よい癒やしの旋律だった――。
今回は「お昼の12時」という新しい時間帯でのチャレンジとなります。
「朝・昼・晩」と、皆様の日常のどこかで私の描く「執着と溺愛」を楽しんでいただけるよう、全力で更新してまいります。




