40、パンの香りに誘われて
今日はパン作りに挑戦だ。ローストビーフを焼いた簡易オーブンでも焼けなくないだろうが、流石に火の調整をするのが難しい。そう思って、ツバキさんに窯を作ってもらうことにした。と言っても本格的なものではなく、石版と石版を重ねて作った簡易的なものだ。
「石版と石版を挟んで、こんなふうに隙間があるように作って欲しいんだけど……
あと中に出し入れする金属製のヘラをお願いします」
そう言ってジェスチャーで伝えると、ツバキさんはうなずき、魔法でササッと作ってくれた。
そうして出来上がった窯に、着火した木炭を入れ、十分温めておく。
次に、小麦粉にお湯、塩、砂糖、更に発酵生地を混ぜ合わせ、ヘラでかき混ぜる。粉っぽさがなくなったら溶かしたバターをまわし入れ、更にたたむようにこねていく。ここからしばらく寝かすと発酵が進み、炭酸ガスで倍ぐらいの大きさになる。もう一度畳み込むように重ね合わせ、再発酵。
「ふー、まあこんなもんだろう」
通常パン作りと言うと、台に打ち付けては伸ばし、打ち付けては伸ばしと、生地づくりが大変なイメージがあるが、この作り方はそんな必要はない。フランスパンのような、気泡が大きなパンが出来上がる。
いつものように、横でツバキさんが作業工程を見つめている。と思ったら、今日は違うところを見つめていた。なんだろうなと思いそちらに視線を移す……
そこには、真っ白で、胴は長く、手足は短い、動物らしきものが居た。なぜ「らしき」なのか?しっぽは二本あり、その先はなぜか青白い炎が揺れている。俺は記憶の中からそれに似た動物をなんとか探し出した。
「オコジョ?……が服を着ている、のか?
しっぽに炎が……なんだ、これは?」
こちらが硬直していると、その面妖な動物がこちらを向いて、目があった。
「おっこじょーん!」
とそいつは高らかに叫びながら、しっぽの炎を左右に揺らし、得意げにポーズを決めた。
「皆のアイドル、アルちゃんだよー!?
今日も元気いっぱい、よろしくねー!」
「「「……」」」
「あれ、おかしいな
おっこじょーん!
皆のア……」
その妙な生き物は、「シュッ」という音を立てて目の前から忽然と姿を消した。慌てて周りを見渡すと、ツバキさんがその生き物を両手でしっかりと捕まえ、頬にスリスリしていた。満面の笑みを浮かべて。
俺の目の前だというのに、その生き物に夢中で、その笑みを隠す素振りすらない。前々から感じていた疑念が確信に変わった。間違いない。この人の本当の顔は乙女だと。
「ちょっと、リオン、助けてよー」
その声に俺は気を取り直し、そいつの首根っこを捕まえて、目の前に座らせた。ツバキさんは名残惜しそうに見つめている。
「お前、アルゴか?」
「えー、なんで喜ばないのー?
キクリちゃんと相談して、
一生懸命考えたのにー」
「何を参考にした?」
「えーっとリオンの世界の『VTu○er』ってやつ」
俺ははぁーっと深いため息をついた。お楽しみのガジェットってこれのことか……アルゴよ、お前俺の世界のことが好きすぎないか?お前、従順なふりしてキクリを自分色に染めてない?と、色々疑問は浮上するが、パンが発酵中なのを思い出す。
「話は後だ、ちょっと待っとけ」
その言葉と共に、再びツバキさんの手の中に収まった。
俺は発酵が終わったパン生地に小麦粉を掛け、均等に切り分け、上部には切れ目を入れておく、膨らんだときにここから割れるようにするためだ。そうして、窯の中にヘラで放り込み、様子を見ながら焼いていく。最初の方は少し焦げてしまったが、徐々に慣れて、全て焼き上がった。
「すげー、きれいに焼き上がった!
食べるのが楽しみだ!」
そうして、キッチンの入口に振り返ると、案の定アナスタシアが今にもよだれを垂らしそうな表情で立っていた。こいつは霊感でもあるんじゃなかろうかと疑うぐらい、新しい食べ物へのアンテナが敏感だ。
「まだ食うんじゃないぞー
少し冷まして落ち着かせる必要があるからなー」
そう言って先にアナスタシアを牽制しておく。そう言うと、黙ってうなずき、テーブルに着席する。その視線はパンに釘付けだ。さて、話がややこしくなってきた。腹を好かせたアナスタシアに、アルゴを抱きしめて離さないツバキさん。
「おー、これはなんとも香ばしい匂いじゃのー
また、新しい料理かえ?」
そこに真打ち登場とばかりにロウェナが帰ってきた。
俺は深いため息をつきながら、どこから説明を始めるべきか頭を抱えた。




