20、新天地へGO!
リオンは玉座の間に呼び出され、正装に身を包んでひざまずいていた。礼儀作法は一夜漬けで叩き込まれた。
「ではリオンよ、報奨を与える」
そう言われて渡されたのは、郊外にある一軒家の証書で、整備はこれから。本当にこれだけでいいのかと念押しされたが、俺はそれで十分だった。
称号だの領地だのをもらっても全く嬉しくない。むしろ面倒なだけだ。そもそも、あんたらが勝手に呼びつけたんだから、それくらい好きにさせてくれと。
流石に俺を召喚したアナスタシアは申し訳なさそうな顔をしていた。
以前、厨房での料理を見せてもらったことがある。魔法で豪快に炙ったり、熱湯を出しっぱなしにしたりと、とても俺が真似できるようなものではなかった。また、俺が思うような料理方法を誰かに頼んでも、きっとできないだろう。
なので、自分で食べるものは自分で作る必要があり、マナ料理制作のための実験も必要だ。周りに迷惑をかけたくないので、一軒家を選んだのだ。決してロウェナに言われてではない。
それと、侍女を一人お願いした。実は日常生活で大問題があったのだ。
トイレには当然のごとく紙はないし、便器に水を流す機構もない。かと言って、中世のように外に捨てているわけでもない。ではどうするのかと言うと、なんとトイレの部屋まるごと洗浄魔法をかけて下さいとのことだった。誰でもできる簡単な魔法らしいが、俺はそれができない。
貴賓室にいた頃は、用を足すとツバキさんがすっと現れて、部屋の外から魔法をかけてくれていた。紙で拭くどころか、入浴したように全身が清潔になったのだ。まさに気配りの達人だった。
慣れない儀式を終え、すっかりクタクタだ。「いつになったら引っ越しできるんだろうか……」とぼんやり考えながら、実験がそれまでできないことや、またあのガキの実を食べなきゃいけないのかと思うと、ため息が出る。そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
*****
次の日、朝食を取ったあとゆっくりしていると、そこにアナスタシアがやってきた。
「リオン様ー
早速ですが、引っ越しの準備をしましょう!」
「え、もう支度始めるんですか?
でも、まだ工事も始まってないんじゃ」
「え?もう完成してますよ?」
そうだったー、ここは俺の常識外の魔法世界。瓦礫の山をただの町民が、魔法であっさり元に直せる世界だったー。「そんな新居が簡単にポンポン建つかーい!」「いや建つんかーい」とちょっとワンランク上のツッコミを披露できなかったのが悔やまれる。
俺の荷物といえば、こちらに転移してきたときの衣服とガキの実ぐらい。いまは城下町に溶け込むような、庶民的な服を用意してもらってそれを着用している。いかにもお貴族様の服は断った。
庭には馬車の客室のみが用意されており、アナスタシアに案内されるまま乗り込んだ。
「さあ、行きましょうか」
「あの、馬がまだ繋がれてないのでは……」
リオンの言葉にキョトンとした表情を浮かべ、少し考え
「あー、そんなのとっくに使ってないですよ?
いまはこうやって移動するんです」
そう言うとおもむろに御者台に立ち、そこにある固定具に杖をセットした。
「じゃあしっかり掴まっていてくださいね!」
アナスタシアが杖をしっかり握りしめると、中世の雰囲気とは似合わない、ジェット機のタービン音のようなものが「キュィィィーーン」と聞こえだし、「ゴォォォーーー」という重低音が空気を震わせ、客室はゆっくり浮遊を開始した。
アナスタシアが口をパクパクと動かし、俺になにか話しかけているようだが全く何も聞こえない。聞こえないとゼスチャーをすると、片手で何かを払うような動作をし、すぐに轟音はピタッと止んだ。
「すみません、
防音魔法忘れてました!久しぶりに使うから、つい……
うるさいからか、
お父様があまり使わせてくれないの」
後で聞いたんが、これも一般的な魔法らしい。ただ、風で周囲があまりにも散らかるので、滅多に使われることはないらしいが。
「じゃあ行きますよー、それーーー!」
アナスタシアの掛け声とともに、客室は急上昇し、次の瞬間には鋭い旋回をかます。俺の体は座席にめり込み、ものすごい G を腹部に感じた。視界の周囲がだんだんと暗くなり狭まっていく。最後に見えたのは、アナスタシアの横顔に浮かぶ、冷静な目と余裕のある半笑いだった。
「ああ、ハンドル握ると性格変わるタイプなんですね……」と心の言葉を最後に、リオンはブラックアウト(失神)した。




