19、勇者の渋い試練
「わっちが直々に取ってきてやったぞ。
この実の産地は、瘴気に飲まれて全滅してしもうた。
なんとか枯れていない木があったのじゃが、
あの様子じゃもう持たんじゃろう
これが最後の実じゃ」
そう言って、次の日にはロウェナがガキの実を、かごにひと盛り持ってきてくれた。
俺は昨日の症状がさらに悪化し、もう起き上がることもできなくなっていた。
アナスタシアの侍女に、一つだけ皮を剥いてもらい、一口大の大きさに切り分けてもらった。
藁をもすがる思い出ひと切れ口に含み咀嚼する。
カリッとした食感が心地よく、噛むたびに控えめな甘さがじわりと広がる。そして、どこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐり、まるで幼い頃に戻ったかのような感覚に包まれる。さらに、口内に広がる独特の風味は、まるで未知なる果実を味わっているかのようで、その全てが脳神経に到達し、やがて……
「うげえぇぇ!渋ーーーい!」
口の中を支配する圧倒的な不快感、まるで全ての細胞が悲鳴を上げながら収縮し、砂漠どころか宇宙空間のように水分が完全に蒸発してしまったかのようだ。舌は石のように固まり、喉は絶望的な渇きに襲われる。
侍女がすっと水を差し出し、俺はそれを一気にがぶ飲みした。しかし、口の中にこびりついた渋みは頑固に居座り、呪いのように消えない。この感覚……俺は覚えている。幼い頃、好奇心でかじった「渋柿」そのものだ!だから「ガキの実」なのかーーー!
「あっははは!
まさかそれを食すとは
相変わらずリオンはおもしろいのう!
そんなもの、家畜でも食わぬぞ?」
一方、初見のものには目がないはずのアナスタシアは、ちらりとガキの実を一瞥しただけで、全くの無反応。まるで本能的に危険を察知したかのようだった。
「うるさいわーい、
俺だって、
食いたくて食ってるんじゃねー……よ?」
あれ、俺叫んでる。さっきまで息も絶え絶えだったのに、ほんの一欠片が胃に入っただけでこの効果。アルゴに「この世界に一種類だけあるよ!」と言われたのを思い出し、これを食べるしか方法がないのか……と絶望した。
俺はアナスタシアの専属侍女、ツバキ・シラヌイさんにお願いした。
「ツバキさん、すみません。
これ、もっと細かく切ってもらえますか?」
ツバキさんは無言で頷くと、次の瞬間、手元が霞むほどの速さでナイフを振るった。まるで舞うような動きで、ガキの実は一瞬にして均等なみじん切りに。その太刀筋は、俺なんかが到底目に追えるものではない。
俺は覚悟を決めて、そのみじん切りを一気に口にかっこみ、水で流し込む。それでも喉を通るたびに喉を焼くような渋みによって、何度か嘔吐感に見舞われたがぐっとこらえた。
「「うげぇ」」と変質者を見るような眼差して、ロウェナとアナスタシアは顔をそむけつつ俺を見つめた。
今回の吸収で、俺の反マナがどれぐらい復活したのかわからないが、可能であればもう二度と口にしたくない。これは早急にマナ料理の開発を急がねば……と息も絶え絶えに俺は決心したのだった。
*****
「リオンよ、昨日の約束忘れておるまいな?」
気がついたらロウェナの顔が俺の真ん前にあった。逃げたかったが、いつの間にかベッドの上に四つんばいで俺をまたいで押さえつけており、身動き一つできなかった。
「前もそうだったけど、
なんで距離感がおかしんだよ?
あんた王女様だろ?
恥じらいとかはどうしたんだよー!」
と叫んで見たが、ロウェナはウキウキした顔で微動だにしない。
淑女教育はどうしたと爺の方をちらりと見るが、爺は一瞬で目をそむけ、その顔には「儂に振るんじゃない!!」とでも言いたげな表情が現れていた。
「ちょっと、あんた離れなさいっ!
王女として恥ずかしくないの?」
アナスタシアは腕まくりをしながら、ロウェナを引き剥がそうとしたが、力では到底かなわない。リオンを取られるとかそういうのではなく、その王女らしからぬ行動に本気で案じているようでもあった。
ロウェナは満足したのか、ゆっくりと後退した。その瞬間、バランスを崩されたアナスタシアは、「きゃっ!」と短い悲鳴を上げながら後ろにひっくり返った。
「わっちは用意があるゆえ、
一旦国に戻るが、
次に会うまでに新居の準備、
怠るでないぞよー」
とロウェナと爺は飛び去っていった。
アナスタシアが「いたたたたー」とおしりをさすりながら体を起こし、やれやれ、とロウェナの後ろ姿を呆然と見送る。
「そんな新居が簡単にポンポン建つかーい!」
とリオンはアナスタシアの肩につっこみを入れていた。




