17、勇者のチート魔法
神が世界を作ったとき、最初はただ静かな世界が広がっていた。
あるとき神は、その世界の理とは全く違う次元を見つけ、虚次元と名付けた。それは、物質も時間も存在しない、無の空間のような場所だった。この次元に神の力を与えると、相反する二つの状態のエーテルが生まれた。二つは互いに引かれるように合体し、消滅した。そして、神の力を一瞬で放出した。合体しないように離してみても、ゆっくりと同時に消滅した。神はこの二つのエーテルを便宜上、陰と陽と呼ぶことにした。
次に神は、陰と陽を大量に生成し、隔離してみる。二つどのような法則があるのか興味があったのだが、蝶の羽ばたくがごとく、フラフラと動き続け、その挙動にはなんの意味も見いだせなかった。
いつもはこの二つを別々の容器に保管していたが、ある時、陽のみ開放し、陰を容器にそのままにしてしまったことがあった。
すると、驚くことに、陽は陰と一定の距離を保ち、まるで見えない糸で繋がれているかのように安定したのだった。
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リオンは貴賓室のバルコニーからぼんやり城下町を眺めていた。
先日の危機を救った礼として、王から報奨を用意するとの話だったが、魔族との協定を結ぶのに忙しくなるから、しばらく待つように言われた。特に何もしてないからと遠慮したのだが、
「手柄を上げた者への褒美を怠れば、
臣下たちの士気が下がり、
国政に支障をきたす恐れがある。」
という王の言葉に押し切られた。あれから 1 週間ほど立つが、特に連絡はないため、のんびりとさせてもらっている。
ロウェナの姿もあれっきり見ていない。あんな馬鹿げた決闘なんて忘れてくれてればいいのだが。
そういえば 3 日ほど前から立ちくらみがするようになった。食事はきちんと取れているのだが、栄養になっている気がしない。満腹感は満たされても、飢餓感は日に日に増していく。キクリには一応調べてくれと連絡してある。何か原因がわかるといいのだが……
「リオン様、今大丈夫ですか?お茶でも一緒にいかがですか?」
「ああ、アナスタシアさん。いまそちらに……」
部屋に向かおうとした瞬間、目の前が暗転し、ぐらりとリオンはその場に倒れた。
「リオン様、リオン様!……」
アナスタシアの声が遠くなるのを感じながら、意識は闇に沈んでいった。
*****
気がつくと俺は神界にいた。
「おおリオンよ、気がついたようじゃの」
「ここは?神界ってことは、リセットしたのか?」
話を聞いてみると、今俺の体は意識を失って倒れているらしく、直接会話ができないため夢の中でコンタクト取っているとのこと。ちなみにこの方法は神界のマニュアルにはないらしく、アルゴに調査してもらって見つけた方法じゃ!とキクリが自慢していた。
「お主の体調不良のことだがのう、
理由がわかってな、
アルちゃん、説明してくれぬか」
《キクリちゃん、任せて!
あのねリオン、簡単に言うとね、
あなたの体を構成する反マナがね、
どんどん減ってるの!》
しばらく沈黙ののち、
「省略しすぎだろ、それじゃどうしていいのか全然わかんねーーーよ!」
アルゴによると、まず俺をマナから守っている「保護膜」や「マナ反転機能」は、発動するために俺の反マナを常時使っている。そして食事の際、マナを反マナに反転させ、栄養として吸収しているらしい。現在の体調不良は、補充が全く追いついてないってことだった。
《つまり、
リオンは反マナをエネルギーとした魔法を
常に使っている状態ってこと!》
「そこで妾は、
『保護膜』を『マナ・シェル』
『マナ反転機能』を『マナ・ロンダリング』
と名付けたのじゃ。
どうじゃ?かっこよかろう!」
《キクリちゃんと私で一生懸命考えたの!
良かったね、リオンにもチート魔法があったよ!》
「やかましーい!
そんな地味なバフ魔法、
ちっともチートになっとらーん!!」
そもそも「シェル」はわかるとしても、「ロンダリング」って何なんだよ。資金洗浄みたいで、なんかちょっぴり悪いことしている気分になるぞ?普通に「コンバート」とかで良かろう?と突っ込みたいが、ここで話を広げたら終わりが見えない。俺は深呼吸して、なんとかその衝動を抑え込んだ。
「名前とかどうでもいいから
で、なんで食事からの反マナ補充が間に合わないんだよ
そっちが本題でしょ!」
《それはね、
リオンの元いた世界の反マナ密度はとっても濃くて、
今の世界のマナ密度はとっても薄いの!》
「つまりじゃ、
この世界の食材はほぼマナが薄いと言うこと
リオンは濃いマナ食材を手に入れるか
自分で作るしかないってことになるのう」
《ちなみにアップルパイの反マナはとっても濃かったの
それをマナに変換したから、
あれはとっても濃いマナ料理になっちゃってたってこと!》
リオンは頭を抱えた。アップルパイの話題を聞くだけで、あの時味見すらできなかった悔しさが蘇る。
「アップルパイの話はするなーーー!」




