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俺は異世界で異物です!  作者: masatus
第一章 なんで召喚にこんな時間かかんだよ!
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13、勝敗の行方

爺はロウェナの異変に気づき、険しい表情で声を張り上げた。

「おのれ毒を盛りよったな! この神聖な儀式でそのような態度、許さぬ!」


その言葉に場が凍りつく。普段は優雅な姿を見せる爺が、一気に閻魔のような形相を浮かべ、覇気を放つ。その見えない圧力に、周囲の者たちは吹き飛ばされそうな錯覚を覚えた。


「はやく治療を施すのだ!!」


「すでにやっております。しかし、治療魔法、解呪魔法、蘇生魔法……すべて効きません!!!」


その報告に場の緊張がさらに高まる。王国側も処置に参加し始めた。決闘の場で毒を盛るような卑怯者を召喚したのが王国だと知れ渡れば、外交問題として周囲から格好の標的にされるのは必至だ。なんとかこの事態をなかったことにしたい、王国は無関係だ!!――そんな思いが場を支配していた。


「お、おのれぇぇぇl!」


王国側の騎士団長までもが勇者に向かって剣を抜き、事態はさらに悪化する。

リオンがいた世界では、本気でこちらを殺そうとするような殺気を浴びることなど、まずありえなかった。

いくら仕事でやらかしても、「命までは取られないから、謝りにいってこい!」って非情な命令を下した上司の田中さん。そのとおりでした……と、一瞬リオンは現実逃避した。


「毒なんて何かの間違いだ! 絶対に毒なんて!毒なんて盛ってな……」


リオンは必死に否定するが、その脳裏にある可能性がよぎり、言葉を失った。

マナに変換して無事に爆発しなかったとして、この世界で安全と言いきれるとは限らない……


*****


「ロウェナ様……どうか!どうか目を開いてくださいませ……」


その時、静かに「ゴクリ」とロウェナの喉がなり、涙に濡れた面々は顔を上げる。


「今、確かに喉が……!」


一人が声を上げると、周囲の空気が一瞬で変わり、誰もが息を呑み、次の瞬間を見守っていた。


やがて、ロウェナは背もたれからゆらりと姿勢を正し、カッと目を見開いたかと思った瞬間、手づかみでアップルパイを豪快にかぶりつく。


さくりと崩れる生地の感触、指先に広がる甘やかな熱。(かじ)るたび、熱を帯びた果実はその圧力から逃げようと試みるが、それを(こぼ)すまいと、彼女は口を大きく開き、甘い滴りを逃さない。それすらも回避した甘美な雫は、その下で待ち構えた指にすくわれ、やがて皆と同じ運命をたどる。


「「「……ロウェナ様……」」」


治癒部隊の涙はすっかり乾ききり、先程までの悲壮な表情はどこかに置き忘れたかのごとく、半眼でその姿を呆然と見つめている。


リオンを取り囲み、今にも飛びかかろうとしていた爺たちは、後ろの方から感じる異変に気づき、何事かと振り向いた。

そこには、ひと切れでは飽き足らず、ホールのアップルパイに手を伸ばし、周囲の視線を全く意に介さず、豪快に食べ進めるロウェナの姿があった。

拘束されたアナスタシアは「ああああ、やめてーー! 私にも少し残してーーー!」と猿ぐつわ越しに声にならない叫びを上げ、ジタバタと拘束から逃れようと必死にもがいている。


そして、決して聞き取れないはずのその叫びにリオンは突っ込んでいた。


「それは俺のセリフだーーーー!」


*****


ロウェナはすべてを食べ終えた。指にからみついたアップルパイの甘露の雫を丁寧に舌できれいに拭い去り、ほんのり顔を紅潮させる。そして、目の前からそれがなくなった現実にため息をついた。


「はっ」と我に返るやいなや、ロウェナはテーブルに土足で乗り上がると、ひと蹴りで跳躍、その勢いで剣を構えた者たちを軽々と飛び越える。そして、爺の顔面にふわりと着地、「ぐぇ」と鈍い声が響き、胸ぐらを掴まれ同じ目線まで釣り上げられたリオンは「ひいぃぃ」と声を漏らす。


ロウェナは目を輝かせながら、機関銃のように語り始めた。


「このサクサクとしたパンに似て非なる生地、


そしてこの熱を帯びたこの果実のようなもの。


果実に火を通すなんて聞いたとないぞよ!!


口の中でほろりと崩れ、甘さと香ばしさ、


そして鼻の奥に広がるなんとも言えぬ香り


そしていくら食べようともスルリと喉を通っていく


なめらかで、決して自己主張せず、しかしながら力強い甘さ


どれをとっても完璧じゃ!」


幼い子どものように口の周りにはベタベタとパイの欠片と甘い蜜。その姿は王女の気品などどこへやら。リオンの顔の真正面、わずか 10cm の至近距離で『おかわりはないのか』とまくし立てる。食レポと同時に放たれたパイの欠片と甘い蜜は、まるで散弾銃のように飛び散り、リオンの顔面はそれをすべて受け止めていた。


その顔は先程と同一人物かと思えないほど幼く無邪気な笑顔で、つり上がったアーモンド型のきれいな目を見開き、リオンを射抜く。リオンは必死に視線を逸らそうとするが、あまりにも近すぎて逃れることはできない。


リオンはどちらかと言うとコミュ症だ。ロウェナの笑った顔は映画のヒロインかとも思えるほど華やかで、かつ全く遠慮なしに至近距離に踏み込んでくる。先程剣を向けられたときとは全く違う混乱が彼をおそった。リオンは今どのような状況だったかもすっかり忘れ「あわあわ……」としか声が出なかった……。


*****


一方アナスタシアの侍女たちは、ロウェナの勢いに圧倒され、思わず拘束を解いてしまっていた。


自由の身となったアナスタシアは、空になった木のトレイを恨めしげに見つめる。やがて、わずかばかり残されたアップルパイの残骸を指ですくい取り、名残惜しそうに舐めていた。


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