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俺は異世界で異物です!  作者: masatus
第一章 なんで召喚にこんな時間かかんだよ!
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12、アップルパイの魔力

まばゆい光とともに突如として目の前に現れた、控えめながらも気品を感じさせる食卓用具と家具に対し、ロウェナは少し勇者に対しての見方を改めた。


「ほう……、一応勇者として召喚されたことだけはあるな。


少しはほめてつかわそう。


余興としては十分じゃ。


爺、準備いたせ」


爺は諦めた様子で椅子を引き、ロウェナがそこに座る。


周囲は先程の勇者の奇跡(アルゴノスが転送しただけ)からようやく落ち着きを取り戻し、次にテーブルの上に置かれたものに注目する。フォークや皿などは、様式こそ違えど見慣れたものだった。しかし、その中に一つだけ、見たことのないものがあった。

そこには、派手な色合いや無駄な装飾など一切ない、お菓子というよりはパンに色が近く、そして表面には格子状に並べられたほんのり焦げた色をした生地。その下には煮物らしきものが顔をのぞかせるなんとも奇妙な食べ物らしきものがあった。


「ちょっと待て、アップルパイも反マナじゃないの……、爆発するんじゃ!?」


ととっさにリオンは全身に鳥肌がたった。が、そういえばキクリが勝手にマナに変換してたっけ、すぐに思い出しほっとため息が漏れる。しかし別のところで驚くべきことがあった。


「え、これ、焼き立てじゃん!!!」


そう、リオンは知らなかったが、神界ではこのアップルパイは時間が止まっていたのだ。そして時間は動き出す。

ガスオーブンから取り出したときのように、シナモンとリンゴの濃厚な香りは、全ての意識を刈り取らんとばかりに瞬時に広がり、玉座の間を完全に支配した。


*****


「あぁぁなんだこの脳がとろけるような香りは……」「やべぇ、体の力がぬけていくぅっぅ!!」「もしやこれは勇者の幻覚魔法かっ??」

魔族軍も王族側も、この匂いは目の前に地味に鎮座した食べ物のものだと誰も気が付かない。皆抗うことができずに次々に膝をつく。


騎士団長と思われる人物は、下唇を噛んで意識が持っていかれないように必死に耐えて叫んだ。


「ええい、誰か治療魔法でなんとかせんかーーーー!」


「そ、それが色々試しているのですが、何も効果がありません!!」


先程まで勇者の魔法に妖しい笑みを浮かべてたアナスタシアにも当然その怪しい匂いが届いた。彼女の鼻腔がその甘美な匂いを掴むやいなや、うさぎを狙うライオンが如く一気に目をギラつかせる。野生の本能のようにこの匂いの元は「あれだっ!」と瞬時に理解し、照準をアップルパイにロックオン。「フー、フー」と鼻息高く声を漏らす。

流石にそれに気がついた聖女の侍女たちは、静かにハンドサインを交わすと、瞬時にアナスタシアの脇を固め、両サイドから動きを封じた。

さらに後ろから猿ぐつわを施し、その動きを完全に制圧する。

それでもなおアナスタシアは、必死に身をよじり、未知の食べ物への執念をこれでもかと見せつけていた。


「なんだ、何だこれは?何が起こっている!?」


リオンはアップルパイの匂いが幻覚魔法扱いされているなんて知るよしもなく、ただ状況を把握できずに体を左右に揺らしオロオロするばかりだった。


そんなこととは対象的に、決闘の準備は静かに進んでいた。


爺はアップルパイをひと切れ切り分け、取皿に盛りつけてロウェナの手元にそっと置いた。その所作は流れるように滑らかで、無駄のない動きから彼が優秀な人物であることが一目で伝わった。

しかし、爺は気がついている。この幻覚を誘うような匂いの発生源が、目の前の未知の食べ物であることに。


これはただの菓子ではない。得体のしれない危険な力を秘めている――そう直感した爺の胸は激しい動悸に襲われ、心臓の鼓動が耳にまで響いていた。

だが、いくら説得してもこのロウェナ様は変わらない。幼少期よりずっとそばにいたからこそその性格は熟知していた。頑固で一度決めたら絶対に譲らないことを。


*****


「しかし、なんとも地味な見た目じゃのう……


食欲がちっとも湧かぬわ


うぬはわっちに勝つ気があるのかや


それとも、さっきから漂う怪しい匂い


まさか幻覚を使って勝とうとでも企んだのかえ?


残念だったのう。


そんなもんわっちには効かぬよって。


日頃の鍛錬が違うのじゃ……」


そう言ってロウェナは冷たい視線をこちらに向けた。

俺は周りの様子にうろたえていたが、その刺さるような視線を向けられて、一瞬で我に返った。そうだ、ここは落ち着いて冷静にならないと。アルゴに連絡してリセットしてもらうタイミングを見逃してはいけない。

背中に嫌な汗が流れるのを感じながらリオンはじっと機会を待ち続けた。


ロウェナはナイフとフォークを優雅に使ってアップルパイを一口分切り分け、慎重に口元へ運んだ。

それをじっと見守る俺と、爺。そして恨めしそうに睨むアナスタシア。


ロウェナは目をつむり、ゆっくりと咀嚼を続けたが、やがて止まった。

静かに背もたれに体重を預け、顔を上向きにしたかと思うと両手がだらりと垂れる。

その手の中にあったものはゆっくりと拘束が解かれ、抗うことなく落下した。


フォークとナイフが床に落ちた音は、場の空気を一瞬で凍りつかせるほどの静寂をもたらした。


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