豪商の末っ子の、後悔は先に立たない。36
「それで? なんで、僕が先にデミストニアに戻ってきたわけ?」
「手紙に書いたけど?」
書いただけじゃ分からないから、こうしてお前に聞いているのが分からないのか?
「言っただろ。ディオネの利き腕に何かあったら困るって――」
「大丈夫だって、ディオネちゃんは全然元気だったよ!」
そういう話ではないのだが。
山師組合に行ったはずのマイケルを連れて書店にやってきたデュランは、今日デミストニアに戻ってきたばかりだと言った。
山師の事務所に戻るか、ライフアリー商会に顔を出すか、馬車の停留所で迷っていたこいつが、いそいそと山師組合の直通馬車からマイケルが下りたところを見て、ゼクラット書店に顔を出そうと決めたらしい。
第三の選択肢って良いよね! と意味の分からないことを自慢げに話すデュランからマイケルは逃げて、今、休憩室に僕はデュランと面と向かって座っている。
目を腫らしたマリーさんはデュランが来たから売り場に戻ってもらった。
後からアンナさんに注意を受けようが何されようが、もうどうでもいい。だってデュランに比べれば、まだ話が分かる人だから。
座って部屋を見回しているデュランは「ちょっと狭くない?」と僕に聞いてくるが、最初からそうだ。知ったことじゃない。
「じゃあ、とりあえずさ」
「なに? 旅行記の話?」
こいつに水を出す気もなれない。だからさっさと僕が聞きたいことを済ませて、実家でも山師の事務所でも帰って欲しい。
小さな休憩室で男二人で話すのは気が滅入る。
なんで今日も、連続して面倒ごとが押し寄せるのか。
晩餐会の時と同じ構図のような気がすることが、大いに僕のやる気を下げてくる。
せっかく、ぐんぐんと陽が上るように上がっていたのにな。
「そう、それのこと」
旅行記というか、なんで僕より遅れて帰ってきたのか。
その理由と詳しく聞きたいのだ。
「いいよ。……でも、ディオネちゃんから聞いた方が面白いと思うけど?」
「いいんだよ。って、そもそもあいつはちゃんと帰ってきたんだよな?」
「うん、今は孤児院で荷解きしてるんじゃない? 土産とかいっぱい買ってたし」
それなら良か――良くねぇよ。
父さんの魔道車で帰ったはずのお前らがそうなるんだよ。
僕が思った通りじゃないか。運転士の人が可哀想なことになったんだろ? これではデュランとディオネの二人で、どこかに行かせるのはもうやめた方が良いな。
道中なんてまともに進まないのは、容易に想像できてしまう。
ケイドリンへの行き道に、魔法でやらかしたこと僕は忘れてないからな。
……切り替えよう。あっけらかんと頭の後ろで両手を組んでいるこいつに何を言っても響かなさそうだし。
「……話を聞かせてよ」
「しょうがないなぁ」
僕の言葉に嬉しそうに目を細めたデュランは、「じゃあ! 発表しましょう!」と組んでいた手を広げた。
そんな大げさに語ってもらう必要はないが、調子良く語る邪魔はしないでおくか。
水も出していないのに、よく喉がかすれず語れるものだ。
少しも語りの速度が落ちないのは、色濃い出来事を経験した三十日以上の間を楽しんだ証拠だと思えば、僕もまだ聞いていられる。
「それでね、レミド領まで行ってきたんだけどさ。魔道車が故障しちゃって」
「逆によく帰ってこれたな」
「まぁね、オレって界隈では有名人だからな!」
魔道車がどうやって故障して、そしてどんなことをして直したのか。
この旅行記を面白おかしく物語にすれば、読み物として悪くないんじゃないかと思った。
ただ、デュランの言ったその界隈の有名人という話は大げさだと思う。こいつが有名人とか世も末だ。
まぁ、ディオネとデュランが楽しく過ごして帰ってきたのは良かったか。
ただ、男女のそういう仲になった感じは、欠伸をしながら背伸びをするこいつからはしない。
……一応、ディオネにも聞いておこうかな。
「もういいや。とりあえずおかえり、デュラン」
「ただいま、ファー君」
デュランは「そう言えば熱は治まったんだね」と肩を回しながら僕に聞いた。
欠伸をしながら座るこいつは眠たそうで、いつもより瞬きが多かった。
「そうじゃないと帰ってこれないよ」
「それもそうだね!」
呆気にとられた様子から一転、声を上げて笑ったデュランは「こんな感じでディオネちゃんを連れ回した? っていうか連れ回されたんだけど、他にある?」と聞いた。
「何もないよ。とりあえず無事で良かった」
「オレが一緒にいるんだから、大丈夫なんだって」
そう言ってまた笑うデュランは椅子から立ち上がった。
「じゃあ、オレは実家に挨拶に行ってくるけど、ファー君は言っておくことある?」
「ないよ」
もう実家に行くようで、「そっか」と呟くデュランは最後に首を回した。
「それじゃあ、またね!」
何をしに来たのか聞きそびれているけど、二人とも無事ならそれでいいやと「また今度」と座ったまま彼を見送る。
扉を開けて出ていこうとしたデュランは扉の端に何かを探すように顔を向けた。
別になにも無いはずだけど、と不思議に思えば「すみません」とマイケルの声が聞こえた。
「おっと、また盗み聞きしてたの? マイケルの手癖は治りそうにないね!」
「そ、そうっすね」
ずっと楽しそうに笑っているデュランと、申し訳なさそうな声で話すマイケルの二人は休憩室からは見えないが、それなりに親交がある二人は場所など関係なく、くだらない話をした。
あとでアンナさんに小言をもらいそうだが、助け船は出してやるか。
だって、マイケルはデュランのこと苦手らしいし。
「それじゃ、二人ともまたね」
男同士のくだらない話はそこそこに終わったようで、部屋から出てマイケルと話していたデュランは顔だけを休憩室に入れて言った。
その後すぐ、顔を引っ込めてカウンターの方に一人だけの足音が聞こえた。
あいつも相応に自由なやつだ。と思った矢先、もう一人の足音が聞こえないことに、まだ休憩室の前にいるだろうそいつに向けて声を出した。
「マイケル? どうしたの?」
僕の声にすぐさま「入っていい?」と言いながら、部屋に入ってデュランが座っていた椅子――まぁ、マリーさんも座っていた椅子にドカッと腰を下ろした。その後、机に少し分厚い紙束を置くマイケルを見て、お前もマリーさんも同類の様な気がした。
「けど、大変だったんだね」
「そこまでかな」
マイケルが言うには、もう今日は仕事をしていない自由時間らしく、僕が「売り場に行ったら?」と聞いても「アンナさんにちゃんと了解もらってるから。大丈夫」と腕を組み片方だけ口角を上げて返してくるから、無視した。
さっきからデュランに聞いたケイドリンでの話を僕に聞いてくるのも、正直鬱陶しい。
「でも、僕たちも大変だったよ。というかファビオはいっつもあの頭のおかしい係員を相手に申請してるんだね。少し見直したよ」
腕を組んでソワソワと落ち着かない様子のマイケルに声をかけられた。
突然持ってきた紙束を『見て欲しい』と言うから見てやっていたのだが、それから目を離してマイケルを見る。
「別にマイケルに引き継ぐよ。給金も弾むしさ」
「拒否しまーす」
組んだ腕を外して、両手を僕に向けるマイケルの顔に今日一番、腹が立った。
しゃくれた顎と右斜め上を向いた目と顔には、温厚な僕でもクルものがあった。
チッと口から漏れた舌打ちが、目の前で変な顔をするマイケルにも聞こえたようで、「なんで舌打ち!?」と驚いた様子で僕に聞いた。
こいつの顔を見て時間を潰すより、文章の体裁は前に見た原案に比べて多少マシになっている何かの原稿らしい紙束を読んだ方が、幾分有効な時間の使い方に思えた。
「いや、腹たったから」
ただ、聞かれたそれには返しておこうと思って、短くそれだけを戸惑っている様子の空頭野郎に言った。
「そっか」
「うん」
「それでさ」
「うん」
僕の苛立ちなど、こいつにとってはどうでも良いようで、またソワソワとしだしたマイケルは僕の方を見ている。
「……どうかな? 『名探偵メイル』の新しい謎解き」
「どうって言われてもさ」
僕と目を合わせては、すぐに下を向くこいつが持ってきた『名探偵メイル』の新しいアイディアをさっきまでペラペラと読んでいた。
ちょっと、よく分からない点がいくつかあったが、何より聞いておかないことがある。
「何人死ぬのこれ?」
「船に乗ってる人たちだから……十人以上?」
「十人じゃ足らないだろうが」
最初の時にも言ったはずだが、そういう話はなしにしたいことを忘れているのだろうか。
……忘れていた方がまだ良いかもしれない。覚えていてもこんなアイディアを出してくるこいつの図太さに僕の方が跳ね返されそうだ。
「あのさ、何回も言ってるけど人死にの話は重すぎるって。もっと優しい物語はないの?」
「いやいや! 重いのがいいんじゃん!」
わざとだった。それも好んでそういうアイディアを出している。
この調子では説得するのに骨が折れそうだ。また、メイリーちゃんに協力してもらうのは気が引けるんだけどなぁ。
最終手段にしよう。あれは何度も使えないから。
「……万人受けしないよ? 売れ方も今までと違うかもしれないよ? いいの?」
マイケルは何も言わない。
「というか、ディオネがこんな話を書きたがるかも分からないのに、僕が決めることじゃないんじゃない?」
僕が言ったとおりのことを前にも言っている。
いい加減、分かって欲しいところではある。だが、口を尖らせて眉間にシワを寄せるマイケルは僕を見て口を開く。
「一応、ファビオも確認するからさ。……先に感想をさ」
「じゃあ、もうちょっと温かい感じの物語で行こう」
「……まぁいいよ。僕も君たちがいない時に考えた物語がたくさんあるからね」
いじけているようだが、話が通じない訳ではなさそうでよかった。
徹夜明けの頭がおかしいディオネを相手にするより全然良い。
ま、色々と考えているらしいマイケルには悪いけどって、え? たくさん?
「欲を言えば、全部ディオネに書いてほしいけど、最低でも一つは書いてもらうからね」
いじけた顔は芝居だったようで、上着の懐を僕に開いてみせるマイケルのそこには手に持っている紙束と同じ厚さの束がパッと見た感じでも五個以上はあった。
どこでやる気を出しているのか。
そこまでして自分のアイディアで『名探偵メイル』を出したいなら自費出版すれば良いのに。
でも嫌なんだろうな、全部の作業と申請を一人でするのは。どうせ原稿料が欲しいってだけの理由で、ここまでやる気があるのだ。
それなら、僕の代わりに仕事をしてくれればそれだけ給金を上げるってさっき言ったのに。
それは嫌なんだよね。分かってるさ。……でも、僕にはお前が分からない。
「こんな時を想定してやりきった僕には後悔なんてものは存在しないんだよ」
自信ありげに、懐に入れていた紙束を一つずつ出していくマイケルは、不敵に笑った。
「……ディオネが乗り気だったらな」
「分かっているさ」
もう、マイケルを説得するのは僕には無理そうだ。あとはディオネと、最終手段——メイリーちゃんにマイケルを叱ってもらう——しかない。
でも、今のこいつを見ているとおじいさんの言った『備えあれば憂いなし』とかいうことわざによく似ている気がした。
「知ってる? それ、『備えあれば憂いなし』って言うんだって」
僕の話に目を輝かせたマイケルは、急に立ち上がった。
「知ってる! このマイケルに後悔なんてものは先にも後にもないってことだろ?」
まぁそういうことかもしれないけどさ。
僕にとっては『後悔先に立たず』だ。
こんなことなら、ちゃんとマイケルの事を備えておけば良かった。
どうするよ。こんな時に肝心のディオネはいないしさ。本当に勘弁してくれ。
後書きを活動報告に投稿しました。
良かったらどうぞ。




