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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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32


 会場と渡り廊下の間にある、中庭に出られる小さく目立たない色の扉を開けて、エレジア様は「ほら、ここから出られる」と言って、僕を置いてそのまま外に出た。


 ちょっと待ってほしい。

 展開が早すぎて、ついていけそうにない。


 「お話しましょう」からの流れで彼女の後を歩くべきか悩む。

 誰もいないこの廊下で、走り去ってもいいんじゃないか? と考えるのはおかしいことじゃない。


 ……いやいや、外に出て行った人を思い出せ、僕。

 伯爵夫人だろうが、この城の主人だ。しっかりしろよ。


「早く出てきなさい! 勝手に出たのバレたら私も怒られるのよ!?」


 くよくよと悩んだせいで、扉の向こうから顔だけを出したエレジア様に叱られる。

 なんで僕が怒られないといけないのか。勝手に出たのは彼女の方なのに。

 

「どうするの? 来ないの!?」


 扉を叩いて急かしてくる彼女に、もう僕の意見は聞いて貰えそうになくて「すみません!」と返して、すぐ彼女の後を追った。


「ホントにしっかりしてよね? おなかが減って元気がないとか言わないでよ?」


 思い付いた僕の言い訳は、先に潰された。それも知ってか知らずか、聞こうとすら思えない。

 さすが貴族様。

 やることがえげつなくて、僕は泣きそうだ。


 本当になんで、最後の最後にこんなことになるのか。

 ずっと踊ったまま、夜を明かしてほしかった。建国祭だろ? みんなで夜更かしでもできるんじゃない?




 苛立って立ったまま、膝を揺らしているエレジア様が扉の向こうに見えるところまで走った僕に「早く出てきなさいよ」と外から声をかけられた。


「は――」


 はい、すみません。と言おうとして詰まった。

 目の前に広がる夜景に、肌が縮み上がる感覚で足も止まる。


 二段ほどしかない階段は扉の外にあって、それを下りた先に彼女はいる。

 それよりも、その奥の花畑はこの世ならざる美しさで、見惚れた。いや、ここまでのものを見るとゾッとした。


「凄いでしょ。ここで働いてる彼らの結晶ね」


 こともなげに肘を持つことなく、腕を組んでいる彼女は「もう、早く下りなさいよ」と続けて「扉もちゃんと閉めて」と言った。


 


「じゃあ、歩きましょう」

「東屋には?」


 彼女の言った通りに扉を閉めて、階段を下りた僕より先にいるエレジア様は、僕の言葉に首を傾げる。

 あれ? 僕、変なこと言った?

 怪訝そうに眉間にシワを付けた彼女は「あぁ」と言って笑った。


「ここ、山でしょ? 夜露で濡れるのよ。だから夜の東屋はダメなの」

「すみません。無学で」

「どうでもいいのよそんなこと。ほら、付いてきなさい」


 腕を組んでいる彼女は顎を使って僕に合図をする。

 さっきよりも幾分柔らかい雰囲気になってくれるのは助かるが、歩くのか。

 こんな時間に腹も減った状態で……歩くのかぁ。


 濡れてもいいから東屋に座りたいけど、無理そうだな。相手が悪すぎる。






 * * *






 雲が一つもかからない月明かりが照らす花畑の散歩道。前を歩く彼女は咲いている花を一輪ずつ見て止まっては、「綺麗に咲いてるわね」と言ってまた歩いて行く。


 ただ花を愛でているというより、問題なく咲いているか観察している彼女は、僕に話そうともせず、また歩く。

 もう、ずっと歩いている。

 お話よりも花のことが気になるのなら一人でしてほしい。僕を巻き込まないでくれ。

 晩餐会でなにか食べたいのだ。残っているかは分からないけど。


「君、この花、知ってる?」

 

 彼女が花畑の一部を指差して僕に聞いた。手の先には、白く透き通った花が咲いている。話はその花のことか?


 馬鹿にされてるのか分からないが、何度も見たその花の名前を「ハクメイの花ですよね」と彼女に返すと、「よく知ってるわね、向こうじゃ見ない品種なのに」と驚いた。


「植物図鑑で、見た事がありまして」

「そういうことか。……でも、よく覚えていたわね」


 昼間は透明で、夜になると白く透き通る花は『ハクメイ』しか知らない。初歩的なことでも褒められた僕はただ、「ありがとうございます」と返す。

 他にもたくさんの綺麗な花が植わっているのに、その花だけを僕に聞くとは、何もないのかもしれないが、何かあるのかと身構えてしまう。


「楽しい晩餐会だったけど、あなたは楽しかった?」


 『ハクメイ』を手に取ろうとして手を伸ばした彼女は「綺麗なのにいけないわ」と伸ばした手を引っ込めた。

 月明かりにその花はよく映えている。


「はい、こんな豪華な会は初めてでした」


 いい雰囲気だと思って、それなりに当たり障りない返事をすると「嘘ね」と指摘して僕を見た。

 真正面から、輝く黄金色の目が僕を射抜く。

 途端に月が三つに増えた気がして、下に咲く『ハクメイ』の花がかすかに黄金色に染まって見えた。


 答えを間違えたらしい。どこに爆弾があるのか分からない。ため息が漏れ出そうになるのを抑える。


「目がザックと一緒ね。面白いわ、あなた」


 さっきまで晩餐会にいて、会場の中心で踊るところまで見た彼女が、今は僕だけを見ている。それが空恐ろしかった。

 惚れたとかの次元ではない。多分、見ている視点が違い過ぎて怖くなったのだ。

 子どもの時に接した母さんの雰囲気とよく似ている。


 だとすれば、エレジア様は母さんに似ている。

 言ったらどうなるか分からないから、絶対に言わないけど。



 前に立つ彼女は僕が言葉を返さないことに首を傾げた。


「え? なに? 拗ねてるの?」


 心配してくれたのか、僕をからかっているのか。エレジア様の心の内は分からない。

 口角が少し上がっているところを見ると、多分後者か。


 僕がそんな売り言葉を本気で受け止めるわけがないだろ。

 子どもの時であれば話は違ったのだろうけど。


「いえ、さっきまで酔った父と話していたので」


 似ていることに腹を立てることはない。

 あんな酔っぱらいに似ていると言われても、あいつと母さんの間に生まれたのだからどうしようもない。


「想像できないって?」

「まぁ、そんなところです」


 想像できないよりも諦めているが正しいが、そんなことは彼女にはどうでもいいことだと思って、適当に返した。


 それよりも、僕に話とは何なのか。

 それが知りたい。

 休憩室で寝ているあいつのことなどどうでもいいのだ。




 エレジア様は『ハクメイ』はもう見なくてもいいらしく、また散歩道を歩き出す。

 声をかけるなら今か。


「あの、すみません。私と話とは?」

「え?」


 僕の言葉に足を止めた彼女は、振り返って困った様子で僕を見る。


「お話をしようと言われたので、なにか用があるのかと思いまして」

「あぁ、それね」


 それだ。僕はそれに付き合わされているのだ。

 なにもないんだったらどうしよう。

 今から晩餐会なんて間に合うんだろうか。

 そもそも……晩餐会ってまだやってる? 大丈夫だよね?


「暇だったからよ。レイベルもロベットも皆して、会が終わっても話しているから、困っただけよ」


 あぁ、晩餐会終わったんだ。……気が遠くなるな。食べ損ねてるじゃん。


「そうですか」

「そうよ。だから、暇つぶしにザックの息子と話してるの。分かった?」

「ありがとうございます。私に時間をいただいて」


 違うことに気を取られて、エレジア様にちゃんと返事をできているだろうか。

 あと、レイベルって名前は……ケイドリン伯爵の名前か。言われるまで忘れてた。御者の印象が強すぎるのがいけない。


「固いわね。あなた」


 肩をすくめる彼女は面白くなさそうに僕から目を逸らして散歩道を歩こうと足を出した。


「身の程を弁えておりますので」

「後見人の息子でしょ? あの金髪の彼の方が、よほど身の程を弁えてるわ」

「申し訳ありません」


 鋭く僕を見る彼女に会釈程度で頭を下げる。全然反省とか謝罪の気持ちは籠もっていないけど、気分を害したかもしれなかったら僕の頭くらい何度も下げられる。

 後でとんでもないしっぺ返しを食らうより、何倍もいい。


「まぁいいわ」


 散歩道もまだまだ全て歩いていないが、エレジア様は歩き出そうとした足を僕の方に向けた。


「あなたも、私に聞きたいことがあるんじゃないの?」


 僕に近づこうとはしない彼女は愉快そうに顔を緩めて「何でも良いのよ?」と続けた。

 会って二回目の僕とエレジア様とで共通の話題などそう多くない。ディオネと父さん、あとはおじいさんのことくらいだ。


 おじいさんの話を聞けばいいじゃん。なんでもいいって言ったし、彼女がおじいさんをどう思っているのか教えてもらう絶好の機会だ。


 腕を組んで僕を見るエレジア様に、一度咳払いをして口を開く。話したくなかったらそのままでいいや。そんなに期待しないでおこう。


「では、おじいさん――んん、ゼクラット・ライフアリーについて教えてもらえますか?」

「……あなたも知ってるんじゃないの?」

「いえ、エレジア様から見た彼の話が聞きたいんです」


 ケイドリンに来てからというものの、思い出の中のおじいさんと、父さんから聞いたおじいさんの印象が、違うように感じるのだ。

 優しくて雲のように受け止めてくれた彼のことを、最近になってちゃんと知りたくなったのだ。


「もしかして、ザックにあのじじいのこと悪く言われた?」


 そういうことじゃないけど……そうかもしれない。

 父さんのせいではないのだ。僕の個人的な疑問というか思い出の中の彼に自信がないのだ。だから――。


「図星ね」


 違ぇよ。それと、そんなしょうがないって顔で僕を見るな。

 伯爵夫人じゃなかったから、倍にして言い返してやってるところだぞ。


「いいわ。あいつのこと話してあげるけど、その代わり」


 顔つきは変わらずそのままだが、満月のようだった彼女の目は、僕の方に近づくにつれて下弦のように欠けていた。

 僕が何を話してほしいのか分かっているようで、『代わり』と言った彼女は一呼吸置いて、ふう、と息を吐いてから続けた。


「あなたはディオネちゃんのことをどう思ってるの?」


 ……おばさんは他人の恋愛話が大好きというのは、デミストニアでもケイドリンでも変わらないようだ。


 逃さないと訴えかけている彼女の目からは僕は逃れられそうにない。

 中庭に出ているはずなのに、些か窮屈に感じた。


 もう、誰でもいいから乱入してくれないかな。

 助けてくれ、僕を。

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