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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 扉の前で立って、誰も入れないように見張っている僕の前に現れた少女。

 ディオネの介抱で時間は経ってはいるはずだけれど、ボーッと考えごとをしていた僕が悪いのか?


 まぁ、目の前の彼女は大人と言うにはあまりに幼いから、誰が悪いか分からなくてもしょうがない。

 ただ僕を見上げ、頬を膨らませてるその様子では、しっかり機嫌を損ねている。


「じゃあ、その部屋って何?」


 鈴のような甲高い声が彼女の口から鳴る。

 彼女は精一杯のおしゃれをしているようで、頭に二つの束で結んだ金髪は丁寧に巻かれ、そこまで長くない毛先に赤く大きなリボンがついていた。


 そして、その髪と同じ色の輝く大きな目は、僕を見据えている。


「聞いてる? ……これが……不敬ってこと?」

「聞いてるよ! もう一回、もう一回言ってくれないかな?」

「……だから、あんたが立ってる後ろの部屋は何?」


 僕の態度が気に入らない様子の彼女は、軽はずみに不敬なんて言う。

 ケイドリン伯爵じゃなくて、位の高い貴族の子どもだったりするんだろうか。だったら、少しばかりまずいな。

 今日のこの場所には、そういった人が沢山いるはずだから。

 商人連中に絡まれていたから、どんな人たちがいるか知らないけれど。




 袖の大きな黒の上着を着ている少女は、腕を袖に入れて組んでいる。

 初めて見たその服に着られている、まだまだ線の細い彼女を見ていると、あの双子が怒っている時の姿と重なった。


「ごめんね。この部屋はね」

「不敬よ。早く答えなさい」


 苛立っている様子のまま、今度は貧乏ゆすりを始めた。


「ここ、控え室って言ってね」

「休憩する場所ってこと?」


「そうだよ。だから」

「私も休憩するから開けてくれる? そんな所で立っているのは邪魔よ。……あなた不敬よ?」


 ……少し、少し深呼吸をしよう。

 酔っていないはずなのに、頭に血が上り始めている。

 こんな一回りも下であろうこいつに苛立ってはいけないだろ。


 大人の余裕ってものを――。


「ねぇ? 考え事は眠る前にしてくれる? お母様から教えてもらってないの?」

「……大人はね。考えることが仕事だから、仕方ないんだよ」


「なに? 口答え? 不敬よ」




 何だぁ、こいつぁ?

 不敬不敬ばっかり言いやがって、てめぇの態度もしっかり不敬だろうが、クソガキ。


「……口答えかもしれないけど、そういう大人もいるんだよ?」

「そうなの? あなたが?」


 そう言って、少し僕を見下すように見上げる少女。……見下すように見上げる、ってなんだ。


 とりあえず、このガキを控え室から追い払うべきだ。

 こういうガキは遊び始めたら大人を巻き込む。エリー姉さんと長年生活していた僕がはっきり言うのだから間違いない。


 というか、晩餐会にガキを連れてくるな。親は何をしてんだ。


「ちょっとさ、今控え室で体調の悪い女の子がいるんだ。だからさ」


 僕の言葉にキョトンとする彼女は、目をパチパチと瞬かせる。

 何か余計なことを言ったか?


「ど、どうしたの? お兄さん変なこと言ったかな?」

「あたしも女よ?」


「そ、そうだよね。でもさ」

「でもって? あたしも疲れてるんだからそこに入って良いでしょ? それに女の子が辛いのなら、あたしが静かに寝てても良くなくって?」


 まるでからかうように話す姿に、エリー姉さんとの嫌な思い出が僕の脳裏を過ぎ去っていく。


「そうだけどね、本当に体調が良くなくてさ」

「だったらなんで? あんたが一緒にいないの?」


 ……痛いところを突いてきやがって。

 ディオネと一緒の部屋にいるのが知られたら、エレジア様にあることないこと言われるのは目に見えている。

 それに父さんもいるんだ。

 面倒事は巻き込まれたくない僕にとっては、面倒事を作るのは大罪ですらあるんだよ。


「ほら、開けなさいよ。あたし、庭遊びして疲れたんだけど?」

「庭遊び?」

「そうよ。じいやと追いかけっこしてたのよ」


 まるで、エリー姉さんそのものじゃん。

 生き写しみたいな子どもだな。

 あ、あいつはまだ生きてたか。


「それじゃあ、そのじいやさんは? どこにいるの?」

「まだ庭にでもいるんじゃない?」


 煌めいている彼女の目は一気に輝く。城の照明なんて比にならないくらいで、一段と深く息を吸う彼女は続けた。


 「あたし、追いかけっこ得意だから!」


 そう言って、少女はまだまだ寂しい胸を張った。

 一番の笑顔でそう話す彼女に僕の頬はピクピクと震えた。


 だが、得意げな顔する彼女のさっきまでの不機嫌さは、数回の言葉のやり取りで飛んでいった。

 このまま退散してくれれば、大いに助かるところだけど。

 ……無理だろうな。本当にエリー姉さんに似ているよな。


「それじゃあ、あれだね」

「なによ? ようやく部屋に入れてくれるの?」

「いや、違うんだけどさ」

「はぁ!? 意味わかんないんだけど!」


 コロコロと機嫌が変わって細い足で地団駄を踏む。

 まだ大丈夫。

 もし、エリー姉さんと同じ種類であれば泣かない。というか、大人が僕しかいないここではこの子は嘘泣きなんてしないだろう。

 意味がないって分かっている側の子どもに見える。


「もしさ、君が部屋に入ったらそのじいやさんは君に追いつくかもね」

「……なんで?」


 食いついた。

 けれど、このまま誰かをからかうことが生きがいになったら良くない。

 将来は魔獣になる。大変だよ? 周りの人が。


「だって、じいやさんは君を探してるんだろ?」

「そうよ。困らせてあげてるの!」


 可哀想に。顔も名前も知らないじいやさんの心中はお察しする。


「じゃあ、じいやさんは君が部屋で寝ているところを捕まえるかもしれないね」

「なんで寝てたら捕まるの?」


 ……このガキ馬鹿か?

 まぁいいや、説明すれば分かってくれる。

 多分。


「この部屋は休憩するところだからだよ」

「休憩するからなによ。休憩中は追いかけっこしないのよ?」


 まるで僕が間違えているかのようにこいつは首を傾げるが、その謎理論に頭を抱えたい。

 言ってることのほとんどがエリー姉さんと一緒なんて、おかしくなりそうだ。


 それに加えて、何も言い返さない僕を見て勝ち誇った顔をしていた。

 嫌になってくるな。本当に。


「それで? まだ何か言いたいことある? 無いなら――」


 手を腰にあって口角を上げている彼女の口元から、八重歯がチラリと見えた。

 確信した少女の様子に負けてやるなど、あってはならない話だ。

 負けてやる必要なんて無い。


 こういった手合いのガキは、そうして最後はあれになるのだからここで矯正してやろう。


「あのさ、そうやって自分の思い通りに世の中が動いていくと――イッタァ!」


 面と向かい、腰を低くして目線を合わせて話す。

 少しでも心の何処かで悪いことをしていたら、僕は分かる。だって、金色の目が少しぶれて動揺したようだったから。


 このままの調子で説教たれてやろうと思った矢先だ。

 

 扉の取っ手が僕の頭にぶつかってきた。


「え?」


 少女の唖然とした顔に漏れたような疑問の声。

 確かにいきなり大人が大声をあげたら何が起こったか分からないのは当然だよね。


 でも、僕も何があったか分かってない。

 金属の取っ手が僕の頭に当たったことだけしか分かっていないし、首と頭の間に当たったから衝撃が頭に響いた。


「なに? なにかあった?」


 開いた扉から声が聞こえた。

 取っ手を僕にぶつけた本人は顔を出して困惑しているようだ。振り返って見上げると、ディオネの顔色は良くなっていた。


「なんで屈んでるの?」

「……なんで一言もなく扉を開けたんだよ」


 僕の言葉に分かってない様子の彼女は「え? 開けるよって言ったけど?」と怪訝な顔で僕を見る。

 この感じでは、本当に何があったか分かってないようだ。


「取っ手に頭をぶつけたんだよ」

「そうなの?」


 屈んだままの姿勢から立つが、目がチカチカする。

 首を押さえてディオネを見れば、僕の言葉にまだ理解できていない様子で、顔の表情を変えないまま僕を見ていた。


「お前が開けたせいだよ。あと、外に全然聞こえなかったんだよ」

「あぁ、そういうことか」


 ようやく分かってくれたようで、「ごめんごめん」と笑って謝る。

 反省というか謝罪の気持ちなんて、これっぽっちもなさそうだ。



 

「ねぇ! あたしのこと忘れてない? 勝手に話さないでほしいんだけど!」


 ディオネが休憩室から顔を出してから、少し時間経って唖然としていた少女はようやく状況を理解したようで、一人置いてけぼりなことにまた声を張った。


 というか二人してなんで相手見えていないのか。

 扉越しのディオネと僕の前に立っている少女が見えないはずがないんだけ――って僕が二人の間にちょうど立ってた。

 僕が一歩横にずれればいいだけか。


 なるほど。じゃあ、そうしようとすると、ディオネは扉から体を半身程度出て小さな彼女の姿を見た。


「うわ! 羽織着てる!」


 しっかり腹から出た声に少女の肩が跳ねた。

 彼女は半身で見るには物足りないようで、もう一歩どころか彼女の目の前まで颯爽と移動した。


「めっちゃ可愛いんだけど!」


 ディオネはそう言って、怯えてすらいる彼女の服の袖を軽く摘んでは「絹みたい!」と断りもなく一人、場違いな程に気分を昂らせている。

 晩餐会の会場に跳ねて歩いていくときと同じかそれ以上の昂りだった。


「え? え! 人形さんみたい! こんなに可愛いなんて国宝だよ!」

「あのー、ディオネさん?」

「どこから来たの? ケイドリン伯爵のお子さん? 隠し子? こんなに可愛い子がいたら自慢するはずだから違うか!」

「かくし? え?」


 矢継ぎ早に話し続けるディオネに、険しくなっていた少女の顔は口を開けて呆然としたまま見ていた。

 初めて遭遇した類いの大人に頭の中は混乱しているようだった。


 ……とんでもないこと口走ってなかったか?

 え? 隠し子?


「おい! それは――」


 混乱したままで訳が分からなくなっている少女は、僕とディオネを交互に見ている。まだまだ彼女に対応力がなくて助かった。

 ディオネ、ちゃんと見てやれ。目が潤み始めている。

 

「え、あぁ、え?」


 言葉すら出てこないらしい。

 ここまでくると生意気だった彼女も可哀想に見える。


「声すら可愛い! もう完璧じゃん!」


「すっごいよ! ホントにすっごい!」


 ディオネの褒め言葉も表現がなくなり始めているが、両手は少女の袖を掴んだままだ。

 彼女たちの横顔しか僕には見えていないが、二人とも大きな目を見開いているけど全然意味合いが違うように見える。

 片や混乱が治まっていなくて、片や物珍しい格好に興奮している異常者。

 僕にはどうしようもないな。


「もう! 晩餐会なんてどうでもよくなっちゃった!」


 少女の目線に合わせて屈んでいたディオネはいきなり立って、元も子もない言葉を吐いた。


「お茶しましょ! 休憩室にお茶があるか分からないけど! 水しか見てないけど!」


 ディオネは袖を引いて休憩室に入れようとするから「良かったな、休憩室に入れて」と扉の取っ手に手をかけたディオネに連れられた彼女に言う。

 僕の声が聞こえたようで、こっちを困ったように見ている。


「ほら! 早く! こんな時間まで起きてたら辛いよね! お姉さんの膝で寝てもいいよ!」

「い、いや、ちょっと待って。待っ――」


 生意気な子どもとの邂逅は、ディオネの乱入から二人が休憩室に入ったことであっけなく終わった。

 まぁ、名前も知らない少女は望み通りに入れたから、僕の負けでいいか。

 全然負けた気がしないけど。


「ファビオも休んだら!」


 扉越しに聞こえるディオネの声はここ最近で一番大きく聞こえた。

 元気があったりなかったり、差が激しいのはなんとかしないとな。こっちの身が持たない。

 このまま見張っていたい気持ちを飲み込んで僕も扉の取っ手に手をかける。

 何だよ。『後悔したくない』って、今が一番楽しそうだぞ、あいつ。


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