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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 仰々しく並んで待った検査は思っていたよりも、大したことはなかった。


 後ろで延々とオーレリアの話をするマインさんに比べれば、全然時間もかからずに城の中に入ることができたのだ。

 魔道具を取り扱っている商会だったら僕も興味があったけど、マインさんも僕と同じような出版業の商会だと聞いて以降、相づちをうつくらいしか出来ていない。


 僕もディオネを注意できないくらいには、興味が無いことに対して冷たくなっているかもしれない。


「それでですね。可能でしたら――」

「私もですね――」


 検査が終われば、思いのほかすぐに城の中に入れた。


 僕を中心に話しかけてくる彼らの相手をしながら、ぼんやりと天井を見上げる。

 僕の背丈よりも何倍も高い天井に、煌びやかな照明がいくつも吊されていた。

 これを見るだけで、歴史が違う。としみじみ思う。


 ライフアリー商会がすっぽり収まるくらいか。

 ここのことをマイケルに話せば、信じられないと鼻で笑われるかもしれないが。


「商圏は確実に大きくなって、ゼクラット書店さんも――」

「おいおい。そんなことは彼だって知ってるだろ。比べて私たちの商会では――」


「そうですね。ですが、ディオネはウチと専属作家の契約がありますので」


「でしたら、ディオネさんと一度食事させてもらえたり――」

「ウチの娘もファンなんです。一度レミドまで足を運んでもら――」

「めちゃくちゃに遠いじゃねぇかよ。あの、私達は、ウチはライフアリー通運さんと縁もありまして――」


「可能でしたらディオネさんの署名をいただきたいんですが――」

「あ! 私、『名探偵メイル』を読みました! 続編はないんですか?」


「そのあたりは、機密事項なんでお話できません」


 もう『名探偵メイル』が国外に行ってるのか。通運のみんな頑張ってるんだな。

 あと、検査が終わってからゾロゾロと僕の後ろについてきたマインさんと他数名。

 五人にも満たない程度ならどうとでもなるかと、たかを括っていたが、検査が終わって時間は経っているけど、目線を振るだけで十人以上の頭が見える。


 できることなら、何故か招待客の集まりが途中でも始まっている会場まで歩きたかった。

 ただ、彼らに肩を叩かれて、腕を掴まれては止まって話を聞くしかない。


 あぁ、ディオネのやつは一人で晩餐会の会場に行ってしまった。

 興味のないことは僕に任せて、「じゃあね!」なんて後ろの人集りにも目もくれず、跳ねるように歩いて行ったのだ。

 調子良いことだな。と冷めた目で見送っていたけど、僕も彼女と同じように跳ねて歩いて行けば良かった。


「そういえば……あなたのお名前を聞いてなかったような?」

「ファビオと言います。よろしく」


 入り口の扉と、賑やかな声が聞こえてくる会場の道半ば。

 天井も高いし広いんだけど、この廊下みたいな場所で話し合うってどういうことだよ。ケイドリン伯爵に失礼だろうが。


「ファビオさんですか。よろしくお願いします」


 一番近くにいるマインさんが、油を塗りたくった茶色の頭を僕に向けた。

 微かに清涼感のある香りが、僕の鼻をくすぐる。

 晩餐会に来て一番初めの匂いが男の髪留め脂(かみどめあぶら)の匂いか。

 ……一丁前に良い匂いなのが腹立つな。


「ディオネさんは先に行かれたようで、私たちも後をついていった方が――」


 彼の後ろから別の男が周りの同業者に提案したようだが、彼らの反応はいまいちだった。

 僕が中心の人集りは変わらないようで、背中越しに壁がある状況では抜け出そうにもどうしようもない。

 人気なのはディオネだし、マインさんも含めてこの人集りの標的は彼女だ。

 彼の言う通り、僕もあいつを追いかけたい。そして、この人集りを移したい。


「まぁまぁ、作家さんは難しい人が多いですから」

「そうですよね。ウチも真似してみたものの商売っ気のない連中ばかりで――」


 僕のことなどお構いなしに話す彼らの話も、端から聞いているだけなら面白いんだろうけれど、晩餐会などどうでも良いようだ。

 今日の用事は奥の会場だろ?




「そういえば、ファビオさんよろしいですか?」


 もう抜けても良いかなって思って壁伝いにゆっくり歩こうと道筋を考えていれば、マインさんが僕の腕を掴んだ。

「よろしいですか?」と聞いてくる彼に、「どうぞ」と返事をすると「すみません。腕を掴んでしまって」とすぐさま手を離す。


 だったら、なんで腕なんか掴むのか。

 僕の服じゃないからシワになろうがどうしようと構わないけど、おじいさんの服なら激昂ものだからな。


「……大丈夫ですよ。借り物の服なんで」

「申し訳ないですよ、これから良い商売をさせてもらうんですから」


 彼には悪気はなかったようだが、マインさんだけが話し相手ではない。

 四方八方から聞こえる「ウチと取引しませんか」という言葉にどうしたものかと頭が混乱した。

 

 別に商談しようとはしてないんだけどな。

 頭に手を当てて『やっちゃった』と言いたげな雰囲気を作っている彼に呼び止められただけなのだ。

 ディオネのせいで、晩餐会の始まりがとんでもない事になった。




「あれ? なにしてんの? 会場の前でたむろって……」


 この調子では、晩餐会には行けそうにない。もう楽しげな声がちらほらと扉に近いこの廊下にも聞こえ始めた途端、聞き慣れた声がした。


 二日前に見た短い金髪の頭が、人集りから少し離れたところに見えた。


「そんなに晩餐会が嫌なの? ……ここまでいったら病気じゃん」




 誰が病気だ、この野郎。

 僕の顔を見れば分かるだろ。晩餐会よりもこの人集りの方が嫌だ。

 強いて言えば、今日の晩餐会も出ずに帰りたい。


「ちょっとごめんねぇ」


 金髪の頭もとい、デュランの声に人集りを作っていた商人は「すみません」と道を空けていく。

 僕がそうしようとしても、誰かに遮られて終いだったのに、デュランの奴はスルスルと僕の方まで歩いてきた。


「おぉ、ライフアリー商会のご子息ですか」

「いやぁ、素晴らしい体躯ですな」

「私も見習わないといけないな」


 デュランがここまで歩く最中に聞こえた商人の声。

 あいつのことをライフアリーの人間と知っているのは、さすがひとかどの商人と言えるが、僕もそうだけどね。

 あまり言いたくはないけど、デュランの髪と目の色は母さんのそれと同じで、僕の目の色だけは父さんに似ているからわからないかな?


 少しは人間観察したらどうだと言いたい気持ちを抑えて、僕の前に深い藍色のジャケットと同じ色のパンツを着たデュランを見る。


「行かないの? 晩餐会?」

「行くよ。全然行く」


 ここで行かないと言っても、無理矢理にでも連れて行こうとするのは試さずとも分かる。

 何度、僕が駄々をこねたところを取り押さえられたか。あ、あれのほとんどはエリー姉さんが僕にいたずらをしたからだったか。


「すみません。うちの弟はこのような素晴らしい晩餐会に初めて来たものですから」

「そうですか! っと、弟さんということは」


 デュランは僕の隣に立って、肩に手を回す。

 人集りを形成していた頭の視線は全部デュランが持っていった。




「そうですよ。こいつもライフアリーです」


「おぉ」と人集りから驚きの声が上がった。……え? なんで驚きの声が上がるの?

 マインさんも何で掴んだ手と僕を交互に見ているんだよ。気持ち悪いぞその仕草。


「ほら、ちゃんと自己紹介」


 そう言ったデュランは僕の肩を強く掴む。どことなく僕がちゃんと自己紹介をしていないと分かっているようで、やむなく口を開いた。


「ザノアールの末息子、ライフアリー商会の末席を務めます。ゼクラット書店のファビオ・ライフアリーと申します」


 一言一句噛むことなく、誤ることも脱することもない自己紹介は子どもの時から仕込まれたものだ。

 この挨拶は仰々しくて、嫌いだ。






 デュランのおかげで何とか人集りから抜け出せたが、奥の会場に着くまでマインさんたちはどうしているのか振り返ると、僕のことなど忘れたようにまた輪になって話していた。


 商談がどうとか言っていたけど、僕がちゃんと話していたのはマインさんだけだ。

 それも大して商談の類いではない。

 勝手に群れになって、勝手に僕が中心になっただけのこと。


 隣を歩くこいつに連れられて、会場にようやく足を踏み入れれば、賑やかな笑い声が会場全体を包んでいた。

 廊下から見ただけではなんとなくしか分からなかったが、広い間口に連なるカーテン窓は夜を感じさせないように閉じられている。

 

「まさか、ファー君が商談をするとは」

「なんだよ」

「いやぁ、大きくなったなぁって思ってさ」


 会場の中央には空いた空間が一番明るく、そこには二人一組で踊る人がいた。

 遠くから見る限り、知っている人はいなさそうで、いきなり踊りに誘われることはないみたいだ。

 もしディオネが誘ってきたらどうしようと、一瞬頭をよぎったが、答えはすかさず拒否だ。こんな面前で汚い踊りなど見せられる訳がない。


 音楽とか色々あればもっと華やかだと感じるが、ケイドリン伯爵の晩餐会は少しばかり違うようだ。

 中央から徐々に暗くなっている会場には、椅子が並んだ場所もあり、休みたいところだったがもう全部埋まっていた。


 学園でもそんなに講義を受ける授業など無いからほとんどが空いている部屋が多かったのに、やっぱりこの晩餐会に招待された人は多い。


 少し横目に、座る彼らを見ると近くに小さな机もあるようで、軽食を摘まんで談笑する派手な服装を着こなした御仁が多かった。


「あのさ、貴族の人は踊らないの?」


 結局、僕とデュランは立ったまま会場の一番端、この会場で一番暗い壁際いる。


「踊らないんじゃなくて、あの様子なら休憩中だね。あと今踊ってるのは……」


 そう言って頭を振り、背伸びをするデュランは「そうそう」と腕を組んで頷いた。

 

「あの人たちは踊り子さんだね」

「何で?」

「会食で見た子がいたから」


 それはそれは楽しい会食だったんでしょうね。

 どうせ父さんもいる会食だろうから、次は父さん抜きで僕も呼んで欲しい。


「あ!」


 と隣で少し大きい声を出すバカは僕の肩を叩いて会場のある部分を指差した。

 軽食の置いてある場所のようで、僕が見えるところでは特に何もないけど。


「どうかしたの?」

「ディオネちゃんがぁ……立ったまま動いてないな。……どうかしたみたい」


「なんだよ。どうかしたって――」


 意味が分からない。と言おうとする前に、視界の中にディオネの姿が目に映った。

 こいつが言った『立ったまま動いていない』と言う言葉に目を凝らして見てみる。


 確かに上を向いたまま、無防備なくらい動いていない。

 なにかやらかしたようではなかったが、とりあえず合流した方が良さそうに見えた。


「ちょっとディオネのところまで行ってくるよ」

「分かった。あぁ、具合が悪かったら会場の向こうに中庭に出られる廊下があって休憩室もあるから」


「なんでそんなに知ってるんだよ」

「三回目だからね。ケイドリン伯爵の晩餐会は」


 デュランはそう言ってから「楽しんで」と一言言って会場を歩き始めた。

 明るい場所に歩いて行くあいつに一言二言話しかける他の招待客もいて、すぐに集団を作っていった。


「まぁ、いいや」


 言いたいことはあるけど、まずはディオネだな。

 彼女の具合が取り越し苦労だったなら、休憩室とやらで一緒に休ませてもらおう。

 晩餐会には出席しているのだから、誰にも怒られることはないだろ。


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