25
唐突ではあるが、人の体って不思議なものだとつくづく思う。
元気が良すぎるディオネを見れば、僕の思いもよく分かってくれるはずだ。
学園で、死人然とした顔付きを晒している時より怖い。
身振り手振りで何を表現しているのか全然分からないが、とにかく城門前で馬車から降りて以降騒ぐこいつを見ると、流行り病の影響はなさそうだった。
けれど、そんな彼女を見て、そんなに元気になるものなの? と思わずにはいられない。
三日前の夜に治療したデュランとヨハンセンさんは、いったいどんな治療をしたのだろうか。
翌朝に治癒院から看病に来てくれた人も、一日で快復したディオネを見て口を開けて呆けていたから、やっぱりとんでもないことなのは間違いない。
ということがあったから、当のヨハンセンさんを悪く言えない。
僕もお世話になったかららしいからね。覚えてないけど。
ただ、騒いでケイドリン伯爵から招待された方々に、迷惑だけはかけないで欲しい。
僕たちと同じように城門前から歩いて城に入ろうとしている方々も、周りにはたくさんいるのだ。
僕の目の前、まぁ彼女も同じ景色を見ているから昂ぶる気持ちが湧くことは理解できる。
十五日ほど前に、彼女と二人で来たケイドリン伯爵の城は、昼の壮健さと違って、夜闇を下から照らしている様はまさに芸術といっても差し支えなかった。
「間に合って良かったぁ! こんなライトアップ初めて見たよ!」
「ライトアップ? なにそれ」
「この城のことだよ! 知らないの!?」
知っていて当たり前だと言いたげに、ディオネは振り返って続けた。
彼女が着ている淡い青に白い肌が城の明かりに照らされているが、僕の方を向く彼女の顔は幻想的な雰囲気を台無しにしていた。
ドレスに薄い上着を肩にかけている彼女の服装は、『ラ・レビアン・ケイドリン』で実際にディオネが選んで着ている。
病み上がりにも関わらず半日かけて決めた服で、他にもディオネのサイズに合った服がたくさん用意されていた。
そうそう、彼女は断固として認めないが太っていたはずの彼女は、まさかの流行り病で減量していた。
頭の悪いご都合主義にも程があるだろ。
晩餐会の前の日に喜んで試着しては、あれじゃないこれでもないと悩む姿は本当に子どものようで、先日まで寝込んでいたとは到底思えなかった。
今も思えないし、現実離れしているんじゃないか? とすら正直思っている。
「あのさ、せっかくの晩餐会に来られたんだよ? なんでシケた顔してるの?」
「好きでシケてないんだけど」
「いつもより目が死んでるけど?」
「うるさい。さっさと前歩け」
「へーい、言われなくても拗ねたファビオに案内してあげるよ」
眉間のシワが致命的にこの場所と合っていない。そんなディオネに僕の顔のことを言われたくもない。
というか、僕ってそんなに顔に出てる?
それなら仮面を付けてきたら良かった。一人仮面舞踏会的な感じだが、それでも顔で判断されるよりマシだろ。
「デュランさんにあったらお礼言わないとね!」
「別に良いんじゃない? まぁ、礼をするならエレジア様にすれば大丈夫だろ」
「治療費ってザノアール様が払ったんじゃないの?」
「僕は知らないよ。そもそも夜中にいきなり来たんだから」
前を歩く彼女の後をついて歩く。
細かい砂利が一歩ごとに音を鳴らす。
色々と思うところがあるが、ディオネが元気になったことで今日ここに来るまで本当に忙しかった。
そもそもデュランのやつが帰ってくれなかったのだ。やれ「ディオネちゃんの様子を確認したい」とか「治癒院の人に説明しておかないと」とか色々と理由を付けて夜中にヨハンセンさんと来たあいつが帰ったのは翌日の夜である。
あいつにもやることがあるはずなのに、適当にディオネの見舞いを済ませた後はイキイキと宿を探検していた。
その様はディオネと本当によく似ていた。きょうだいだと思うくらいに。
こんな奴が妹とか勘弁して欲しい。
そんな中でも、とりあえずはエレジア様に感謝の手紙を送ることはできたから、最低限の仕事はできたと思う。
よく問題児二人を相手に我慢できたよね。
「結構辛かったんだよ? ファビオは手紙を出したんでしょ? じゃあ、私もお礼くらい言わないとさ」
「それでスッキリするなら良いと思うよ」
エレジア様にとってはディオネが晩餐会にいないことが最悪だったと思う。
だから、緊急で父さんに連絡したんだったら話の整合性は合うのだ。
僕にとっては余計なことをされただけだが、招待されている身では何も言えない。
「そうかな? スッキリするとかじゃないんだけどな」
「じゃあ、何?」
「人として当たり前のことをしないとってやつ?」
「……なんで疑問形?」
前を歩いていたディオネは晩餐会の会場である城の前で止まった。
招待客が一人一人身元の確認と身体検査をされているようで、「結構待ちそうだね」と言う彼女の後ろで「どこもかしこも渋滞だな」と返す。
そんな予感というか、そうなるよなと頷くしかない。
伯爵様を相手になにか危害を加えることなど万が一あってはならないし、そんなことをしでかしそうな相手は入れてはいけない。そう考えると、丘の手前から渋滞が始まっているのも予想通りだった。年配の婦人は服の上から念入りに検査されて、赤ん坊を抱えた年若い夫人に至っては赤ん坊の身ぐるみを脱がして検査していた。
……そこまでするの? ほら、泣いてるじゃん。
周りの大人はみんなして苦笑いしているし、あやしながら検査している使用人さんは、気にせず自らの仕事を進めている。
まだまだ僕たちが検査をされるまで時間がかかりそうだ。
城門からここまで歩いてきたけど、ジャラジャラと鳴り続けるこの砂利では、以前言われた『侵入者の早期発見』などできようはずもない。
今日は警備員を多く動員しているのは周りを見ればすぐに分かるが、それにしても多い。
「こんなことなら、もっと早く出発すれば良かったじゃん」
待つことに嫌気が差し始めた様子の子ども――もといディオネを見ると、肩にかけていた薄い上着が外れるくらいに肩を落としている。
気が抜けて腹の底から出ているため息は、誰に向けたそれかは分からない。
僕に向いてないならいいや。
「仕方ないって、大通りが混んでたのが悪いよ」
「そうだけどさ、頑張って準備した私がバカみたいじゃん」
彼女は口を尖らせて、「ちゃんと化粧もしたのにさ」とまだまだ時間はかかりそうな現状に、つまらない。と言いたげに前の検査を見ている。
彼女の言うことも理解できるが、伯爵家の貸し出し馬車が到着予定を大幅に過ぎていた時点で、今日の出鼻は挫かれていたのだ。
「そんなこと言っても仕方ないだろ」
「でもさ、やっぱり楽しみなんだよね」
「……こどもかよ。ディオネお嬢様って呼んでやろうか?」
「気持ち悪いからやめてね」
彼女の横で順番を待つが、遅々として進まない列には耳を澄ませずとも、誰かのため息に諦めの声と現状に不満を持っている声も聞こえた。
みんな思ってることは同じのようだ。住んでいる国が違っても不満を感じるところは同じとは、社会の縮図の中にいる気がした。
少しずつ進みだした検査の列でディオネと二人はぐれないように行儀良く待っているが、徐々に不満の声が大きくなり始めている。
僕も当然不満たらたらだけど、言っても仕方ないことを言うほど誰かさんみたいに子ども染みていない。
精一杯の抵抗で、ここから見える範囲で中の様子を見ようと背伸びをしているのだ。
ただ、前の人の背丈が高いのも相まって、城の中の様子は見えないが聞こえてはいた。
さっきまで、上品に笑う複数の女性に道案内をしている人の声がしていたのだが、今は静まりかえっている。
「なにかあったか?」
「なに?」
僕の独り言は横で下を向いて待っている彼女に聞こえていたようで、「どうしたの?」と上を向いて不思議そうに見ている。
何も無いとは思うが、「静かになった気がしてさ」と返すと「確かに」と呟くだけで手遊びをし始めた。
全然興味が無いみたいだな。
「辛くなったら早く言えよ」
「分かってる」
「あと、酒も飲まないように注意されたのも忘れるなよ」
「……大丈夫。って、子ども扱いしてる? 売れっ子作家に対して?」
「売れっ子作家でもなんでもだ。二日前まで寝込んでいた子どもだろ」
手遊びに夢中のディオネは「もうすぐ大人なのに」と下を向いたまま呟く。
別に飲んでからといって罰則などはないけど、子ども扱いしてるんじゃなくて治癒院の人に言われたのだ。
「病み上がりでそれも酒を飲んだことがない人がいきなり飲むのはどうかと思います」って。あの余計な一言が多い治癒院の彼女だ。
あの人が言うのだから間違っていない。
「次の方、どうぞ」
前から使用人さんの声が聞こえた。
気づけば、それが届く距離まで列が進んでいたようだ。
「もうすぐってこと?」
「検査がな」
「そうだった。持ち物検査だ、忘れてた」
声に反応したディオネは前を向いて目を輝かせたが、僕の返事に思い出したように興味を無くして、また手遊びに戻った。
さっきまでの、騒ぐほど昂ぶった気分が沈着しているのは良いとしても本当につまらなそうにしている。
僕に、思っている事が顔に出ている。とか言っていたけど、ディオネは顔にも行動にも出ている。人のこと言えないな。
「あのぉ、すみません」
声と一緒に肩を軽く叩かれた。
こんな待っている時に何のようだ? あれか? 順番を変われってか?
「はい、何でしょう?」
仕方なく、本当に仕方なく肩を叩いた人を見ようと振り返る。
デミストニアなら無視を決め込んでいるが、ここはそうじゃない。ちゃんと笑顔で対応しないと。
声の感じからして男の声だったから、そんなに肩肘張ることもない。
……いや待て、貴族様ならどうしよう。やっぱり順番を変わった方が良いんじゃないか?
「人違いなら大変申し訳ないんですけど、ゼクラット書店の方々ですか?」
振り返った先には僕より一回り背丈が低いが、一回り僕より太い男が僕を見ていた。
見るからに不健康そうというか、貴族ではないな。
貴族は体調管理も仕事だ。と最近は全然会っていないライアンさんも言っていた。
「そうですけど? あなたは?」
「わ、私は、オーレリアで商売しているマインと申します。と、隣にいる方はディオネ・スカンタールさんでしょうか?」
目を輝かせて僕を見ているマインさんに、「そうですよ」と返せば、隣で下を向いていたディオネが「何?」と僕たちの方を向いた。
「あ、あの、ここでこんな話をするのは失礼だと承知ですが、出版されている本に関してお話が――」
「話? それなら中で聞きますよ。……助手が」
手をこまねくマインさんが、多分商談をしようと声をかけたようで、僕が答える間もなくディオネが彼の言葉を遮った。
全然気分が上がってないようだな。
また手遊びに戻って、そんなだから僕に子ども扱いされるんだよ。
「そ、そうですよね。……ちょっと気が逸っちゃいました」
「大丈夫ですよ。商談なら私が受けますので、検査が終われば聞かせてください」
「ありがとうございます! それでなんですけど――」
マインさんは商談じゃなくて、雑談を始めた。
話題に事欠かない人みたいで――って、ディオネの奴、僕のことを助手って言ったか?
まぁ、いいや。僕は助手だったな。忘れてたよ。




