24
デュランと治癒院の彼が部屋に入ってすぐ、僕は検査を受けさせられた。
喉の腫れ、嗅覚、目の反応。それから体の中の音も確認して、最後に顔を触った彼は「問題ないですね」と一言だけ言う。
「もう、検査は終わりです」
そう言う彼は、持っていた検査道具を鞄に戻している。
流れに身を任せていたが、いきなりの検査をされて何ごとかと思ったし、そもそもなんで僕を診ているのだろうか。
「いやぁ、良かったですよ。それでは」
「先生ありがとうございました。ディオネちゃんのことも」
「大丈夫ですよ。これくらい」
僕抜きで会話する二人は、何をしているのかも僕に話そうともせず各々のやるべきことをしている。
だけど、なんで僕まで診られているのか、その理由を聞きたい。
服を着直して、塞ぐように扉の前に立てば、すでに帰り支度を済ませて立っていた彼が「どうかなさいました?」と僕に尋ねた。
どこまでもしらじらしいな。
あと、デュランは早く帰ろうとしろ。
椅子に座って「すっげぇ気持ちいいじゃん」って言ってる場合じゃない。
「色々と聞きたいんですけど」
「色々?」
まるで僕も知っているかのような空気感だが、全然知らないよ?
馬鹿にされているのか、僕。
「こんな夜中に……検査ってなんでです?」
最初の質問はこれくらいでいいか。
僕の言葉に、真正面に立っている彼は「あぁ、聞いてない感じですか」と状況を理解して「座っても?」と続けて聞いた。
「……少しなら」
「ありがとうございます。全然座れなかったんで、足が棒みたいに震えちゃって」
そう言ってベットに腰掛ける彼の足は全然震えていないが、まぁそんなことを突っ込んでもしょうがない。
とりあえず話してくれ。
というか、この部屋で立ってるの僕だけじゃん。
「ザノアール様から緊急の案件をいただきましてね。ライフアリー様が迎えに来てくれたんですよ」
「緊急の案件、ですか」
「えぇ、緊急の案件です。『ラ・レビアン・ケイドリン』に宿泊中のディオネ嬢の治療をと言われまして」
ベットに腰掛けて肩や首を回す彼は相当に疲れているようで、回すごとにどこかしら骨の音が鳴っている。
お疲れのところ悪いけど、結構寛ぐんだな、あんた。
というか、父さん? なんで?
「そうそう! 父さんが結構焦ってたよ! 『まずいことになった!』ってさ」
明かりも消えて何も見えない外を眺めながら補足してくれたデュランは「綺麗なんだろうけど時間が悪いな、これ」といまだに椅子から立とうともしなかった。
「なんで?」
「なんでって、ディオネちゃんが倒れたってエレジア様から早馬で聞いたんだって大慌てだったらしいよ」
「なるほど」
何となくデュランが来たことが分かってきた。
眠気が飛んで、ようやく考えがまとまってきたからかもしれない。
多分だが、僕が出した手紙を読んでくれたエレジア様があいつに連絡したってことだ。
贔屓にしているディオネが流行り病にかかったってことが、伝言で倒れたって伝わったのは大げさだけど。
「けど、ファー君はここぞって時にいないけど、今回は違ったね」
「うるさい」
帰る気配もないデュランの余計な一言を躱す。
こいつと話していたら、面倒だ。
気にしていることをなんとなしに言ってくる。
一つ息を吐いてから、ベットに座って瞼を擦っている彼に「なんで僕もなんです?」と聞けば、「流行り病に罹ってないかの検診ですよ」と返ってきた。
いまいち要領を得ないその返事に、やっぱりこんな時間まで仕事をしているから疲れてどうしようもないんだろ。と思う。
だって、すっごい眠たそうなんだよ。彼。
「移ることは少ないって治癒院の人も言ってましたけど」
「診察されたんですってね」
「……そうですね」
「でも、ザノアール様からは二人分の診察料をもらってますから」
と続けて、「彼女の治療費は後日、また請求させてもらいますけどね」とベットから立ち上がった。
「もういいんですか? この宿でただ泊まりできる機会なのに」
「いいんです。こういうのは自分の金でするからこそ価値がありますから」
人格者だな。デュランも見習えよ。
僕の隣まで歩いた彼は「休ませてもらい、ありがとうございました」と言って鞄を持つ。
その言葉に「こちらこそです。こんな時間まで仕事してらっしゃったんですから」と返すと、微笑んで「それでは」と僕の後ろにある扉に向かって行った。
数歩程度の移動でなんとも良くできた人柄か。深夜でなければ、ちゃんと話してみたかった。
デュランに一言言ってやろうと、深呼吸すると、この部屋から出ようとする彼は「そういえば」と足を止めた。
まだ何かあったかと彼を見れば、その目線はデュランの方を向いている。
「ライフアリー様は帰らなくてもよろしいので?」
確かに。
彼の言うとおりだ。彼に合わせて帰れ。
「大丈夫ですよ。俺はこのまま朝までいますから、乗ってきた魔道車の人と帰ってください」
「そうですか。……わかりました。それでは失礼します」
そう言って、出ていく彼を見送った。
扉が閉まったのをしっかり確認してから「あれ? ファー君は酒飲めたんだ」と僕が飲んだ酒瓶を見ている。
「そんなこと、どうだっていいだろ」
「俺の分はないの?」
「あるわけねぇだろ」
「そっか。飲み明かしたい気分だったけどしょうがないな」と笑うデュランは頭を掻く。
「でも、父さんは本当に焦ってたよ。心配されて良かったね」
「別に心配されてもな。流行り病に罹るなんてどうしようもないから」
「それもそうだ」
笑ったままのデュランに毒牙が抜かれた気がした。
そんな彼は近くに置いてあった原稿を拾い上げて、さらっと目を通した。
「時間はまだまだあるし、少し話そうよ」
僕の目を見て話すデュランの雰囲気が少しだけ変わる。
いつ以来か真剣なその眼差しに少しばかりビビったのは内緒だ。
デミストニアからケイドリンまで、魔道車で向かう道すがらに魔法でやらかしたことは当然覚えている。
それとも、宿の予約日を前倒しにしたことか。
もしかすると、ケイドリン伯爵の馬車に、ディオネがインクをほんの少しだけ零したことか。
どうしようか。
色々と真面目に怒られそうな話がいくつもある。
……でも、僕がしでかしたことはないじゃん。じゃあ大丈夫だな。
「それで? 話って何?」
「何って、何、話す?」
これでは話は進まないぞ。こいつ、夜明けまで居座るつもりじゃないだろうな。
腰掛けたままのデュランに、常温で保管してある水をコップに入れて渡せば、「気が利くじゃん。ありがと」と受け取って一口だけ飲んだ。
僕もデュランが座ったままで立っているのは癪だったから、ベットに座るが、ほんのりと治癒院の彼が座っていた温かさが残っている。
「そうそう、話したかったことがあってさ」
コップを片手にデュランは僕を見ていたから、頷いて返す。
真剣な眼差しはいくらか柔らかくなったが、夜中にこいつと話をする気力は湧きそうにない。
頭も軽く痛いし。
「ファー君はディオネちゃんとは進んでいるの? あれだよ、恋愛的な話」
そういうデュランの憎たらしい顔つきは、今まで何回も見てきた。
くそたっれ。
だから、嫌なんだよ。デュランと二人きりになるのは。
「別に。……そんなことないけど?」
「そうなの? いつも二人でいる感じじゃん。言ってたよ、父さんも」
「まぁ、酔っ払いの時くらいだけど」
二人でいる時しか会わないからそう見えるのであって、全然一人で行動してるよ。
特にディオネなんか、一人で動き回ってたし。
というか、なんでそこを見てないんだよ。
「で、本当はどうなの?」
デュランは僕に詰めてくる。
「本当にない。そもそも仕事の関係というか作家と補助みたいな感じだから」
何かあってもお前にだけは話すわけない。鐘の音みたいに至るところで反響するお前の口のことはよく知っている。
「へぇ、なんか面白い関係だね」
面白がっているデュランには悪いけど、面白くともなんともない。
あいつに一日中振り回されれば分かる。特に一緒に原稿を仕上げて原板の依頼をする時なんてもう、思い出したくもない。
そんな愚痴をデュランに言っても、こいつには楽しい話題にしかならないから止めだ。
話を変えよう。そもそも他人に恋愛事情を話すなんて馬鹿げている。……きょうだいだったか、それでも一緒だ。
「そういえば、一緒のところに泊まってるんだっけ」
手元の原稿を読みだしたこいつに話しかけるが、反応はよくない。
ただの資料だが、事も無げに読んでいそうで集中しているのが分かる。魔法の本を読む時と同じだ。
「聞いてる? 父さんと一緒のところ――」
「聞いてる聞いてる。こんなに良い宿じゃないけど、あっちも程々には良いよ。明日来る?」
行くわけないだろ。父さんと鉢合わせて何を話すんだよ。
それと、目線は手元のまま僕に返すデュランの仕草は子どもの時と変わらない。
慣れている僕だから良いものの、初対面の人にそれは失礼だ。
「行くわけないだろ。ディオネの看病も必要だし」
「大丈夫じゃない? 明日起きれば治ってるかもだし」
「そんなわけ無いって。七日は絶対に安静にしないといけないんだって」
三日前に発症と考えて明日で四日目だ。
まだまだディオネの体調は良くなることは無いだろう。
看病していた治癒院の彼女も「今日が一番しんどいと思いますが、明日以降も辛いですよ」と言っていたから間違いない。
「知ってる? 流行り病なんだけど」
「知ってるよ。だからそれを治したんだって」
ちょっと僕の頭では分からない難しい話になった。全然意味分からないんだけど。
デュラン、ちゃんと寝てるか? いつも寝てない日は言動がおかしいから、今日もそうだろうか。
こいつのことだから、根拠があるようだけど病気を治したって、全くもって信じられない。
「ちょっと。何でそんな目で見るのさ、疑ってる?」
「疑うっていうか、信じられないだろ、普通は」
「ええ! あの人すっごい人なんだけど! 知らないの!?」
矢継ぎ早に返してくるが、やっぱり納得も理解もできない。
病気を治す人って、そういないだろ。
万が一こいつの話が合っているなら、そんな人がただの流行り病のために夜中に来るか? 普通は来ないだろ、馬鹿にしてるのか。
「いやいや、一回ファビオの顔も治してもらったはずなんだけど、覚えてない?」
……それを先に言えよ。
お礼を言う機会を逃したじゃないか。
あれだろ、エリー姉さんに思いっきり頭を殴られた日のことだろ。ディオネの本のせいで。
「思い出した?」
「思い出したも何も、顔を知らなかったから分からなかったんだよ。さっきの人が?」
「そう! ヨハンセンって人! 俺が学園にいた時の先生!」
手元の原稿はもう良いようで、僕にそのヨハンセンって人のことを話し始めた。
長ったらしくそれでいてくだらない話に相づちを打つしかなくなった僕は、結局朝までデュランの話を聞く羽目になった。
晩餐会の前日じゃなかったことが唯一の救いだが、そんなにヨハンセンさんを尊敬しているなら、一緒に帰れば良かったのに。という言葉は最後まで飲み込んだままになった。




