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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 僕も一年前に酷い高熱を出した時は、辛かったことを昨日のように覚えている。

 本当に今でも鮮明に思い出せるし、弱った体に比例して考えがまとまらない頭の中に心も疲弊するのだ。

 しんどいよな。分かるよ。


「あ、と、はぁ! 返事がくればぁ! 終、わ、りぃ!」


 だからといって、自分の部屋で小躍りしているのは体裁は良くない。

 そんなことは百も承知だ。どうだっていい。

 誰も見てないから。


 いやあ、ディオネのことを思うと可哀想だけど、これだけはしょうがない。

 流行り病にかかったのが悪い。

 無理して晩餐会に出てしまうと、貴族様に移す可能性もあるから僕の判断は英断だったと思う。

 二次被害を出すのはもっとダメだ。そもそも貴族はケイドリン伯爵だけが来るわけじゃないから、当然のことだな。




 そうそう、宿で診察を受けた翌日には、心配してくれた宿の人と相談した。

 当然ディオネは動ける状態ではないし、今日の昼に見に行った時は本格的に熱発で苦しみだしていたから、昨日に続いて治癒院の人もついて看病してくれている。

 女の人に担当してもらって、様子を見ているが順調に流行り病の症状が出ているらしい。

「良かったですよ。違う症状が出ていたらと思うと」とか、言わなくてもいい嫌なことを言う彼女には困ったが、ディオネの様子は問題ないらしい。

 熱に苦しんでいるのに問題ないとは何事かと言いたくもなったが、黙って僕に移らないようもう彼女の部屋には入らないようにした。

 一応、原稿とか諸々の道具は僕の部屋に置いている。ディオネが起きて書き出さないようにするためだ。


 話が脱線したけど、宿の人と相談したことは『晩餐会、辞退の申し出について』だ。

 だって、症状の回復に七日だろ? 無理なものは無理だ。あと三日でどうにかなるわけない。


 結局、宿からケイドリン伯爵宛てに手紙で連絡することに決まった。

 直営の宿らしく、伯爵家の定期連絡便があると教えてくれたから、あとはとんとん拍子に進んで、手紙は連絡便に間に合うように書き終えている。

 もちろん宿の人に失礼じゃない書き方を教えてもらいながら。



 

「まぁ、僕だけでも来いって言われることなんてないだろうし、エレジア様はディオネしか見てないから」


 相談したことも手紙を出したことも、彼女の様子を見て考えて決めたことだし、ディオネにもちゃんと話した。

 さすがに自分の調子が最悪なのを理解したようで、晩餐会の辞退について反対することはなかった。

 結構渋られはしたけど、隣にいた彼女の助言もあったのは助かった。

 やっぱり専門家の意見はありがたい。一言二言多いけど。


「明日、返事が返ってくるかもって、なかなか早いよな」


 ケイドリン伯爵と『ラ・レビアン・ケイドリン』の連携が早いらしい。

 やっぱり領地と離れた場所に居を構えているから、そういった連絡手段は細かく設定しているそうで、宿の人もどこか自慢げに統治が始まってから一度も途切れたことはないそうだ。


 別に町の近くに引っ越せば良いじゃん。とは宿の人の誇らしげな顔を見ると言わない方が身のためだと思った。

 

 夜の食事もほどほどに済ませて、付きっきりで見てくれている彼女にも差し入れを渡して部屋に戻る。


 今日はもう終わったと同然で、外の景色を見ながら一息ついた。

 最近は、あまり疲れていないから寝る時間が遅くなりがちだが、昨日だけは張り詰めた気が抜けたから一人になってすぐに寝れた。

 変わって今日は全然眠れそうにない。


「晩餐会は無理だけど、酒……飲むか」


 もう晩餐会には行けないのは分かっている。

 どうせ返事も『可哀想ね。次回はよろしくね。』くらいの返事に決まっているのだ。




 椅子から立って、部屋の扉の近くに置いた酒瓶とディオネの部屋から没収した原稿を持って、また戻って座る。

 上物ではない果物酒の瓶は、片手で持てるくらいに小さい。

 宿で売っているお手頃な物らしく飲み始める若者には人気だと売り場の人は言っていた。


 予定などないし、予約していた晩餐会の服装のことだけ忘れずに対応すればどうとでもなる。

 それも宿の人からは返事が来てからでも十分間に合うというのだから、特別な対応に勘違いしそうになる。

 他国の平民だということをもう一度しっかり刻んでおかないとな。


「うわ。なかなかの、匂い」

 

 瓶の蓋を開ければ、リンゴの濃い匂いが鼻を直撃した。

 あまり酒は飲まない主義というか、飲んで一日を無駄にしたくない考えだから、久しぶりに嗅いだ酒精の匂いにびっくりした。

 

 まぁ、上物じゃなければこんなものだ。

 僕には少しきついかもしれないけど、朝に起きれば万々歳なのだ。

 寝酒というやつだな。


 椅子の横に置いた下書きの原稿を数枚取り出してから、椅子にもたれる。

 膝に置いた原稿から一枚を片手に持って、もう片手に瓶を持つ。


「初めての豪遊か」


 そう、気分は貴族様だ。さっきは平民だと思わないといけないと思ったよ?

 でも、一人の時くらいはいいじゃん。外の景色が凄いんだから、こんな時くらいやりたいようにしたいのだ。

 デミストニアに帰ったら書店の二階で一人寝るだけの生活に戻るんだ。

 だから、忙しい仕事の合間に休憩って感じ。


「三日後には一人で見て回ってもいいよな」


 それくらい、部屋から見下げるケイドリンの町は綺麗だ。

 二日前くらいから飾り付けが目立ちだした町並みは、昼間は邪魔だった光物の装飾が鮮やかに、そして美しく浮かび上がっている。


「でも、昼はもう少し考えてほしいけどな」


 独り言もほどほどにリンゴの果物酒をあおれば、口の中でリンゴが溢れた。

 そのあとに酒独特の匂いも混ざっていたが、思ったよりも飲みやすい。


 なるほどな。これくらいなら飲み始めの人にはありがたいくらいだ。

 だが、一気にあおってはせっかくの気分も時間ももったいない。

 ちびりちびり飲んでいればそのうち眠気もやってくるだろ。


 そういえば、おじいさんも酒は強くなかったよな。

 夜はいつも酔って、すぐ寝ていたことを不意に思いだした。あの時もおじいさんの口から出るリンゴの匂いはきつかった。


「この酒か?」


 当時のことなどはっきりとは覚えていないけど、これだとすれば……と考えると頬が緩んだ。

 今、僕はおじいさんと同じ酒を飲んでいるかもしれないことと、もう飲める年になったことに気持ちよくなってきた。


 外の景色から、手元の酒瓶を近くの机に置いて原稿を広げる。

 暇つぶしには持ってこいだし、誤字脱字の校正も今できればしておこうと書いてあるタイトルから目を向ける。


『彼方の亡姫、玉座にて。』


 そのタイトルでピンときた。

 これ、エレジア様がモデルだ。


「ダメだって、本当に」


 ロベットさんに釘を刺されているのは僕だけらしく、ディオネは自由に書いているようだ。

 タイトルから構成や登場人物に、書き出しくらいしかない、原稿というより資料のようなものを見て、これはこれで面白そうだと読み進める。



 軽くなってきた瓶と一緒に、僕の頭も少しずつぼやけてきた。

 気分のいいまま原稿と中身のない瓶を机に置いてベットに寝転がれば、そのまま瞼が重くなって目を閉じた。

 ……やっぱり飲み慣れていない酒はよく酔いが回るな。






 * * *






 ケイドリンの町とデミストニアで違うところで言えば、鐘の音が町中に響かないことだ。

 朝、昼、夕方と一日三回鳴る鐘の音は否応なく耳に届く。

 それが、ケイドリンではないのだ。

 各自の責任でしっかり起きることを推奨しているとのことで、慣れない僕はケイドリンに着いてから、ほとんど毎日昼頃から活動している。


 まぁ、寝不足にはならないのはいいことかもしれないが、半日は無駄にしている罪悪感が最近強くなってきた。

 別にケイドリンに滞在している間はそれでなにも支障はないから、甘えさせてもらっている。


 ただ、今日に限っては少し事情が違う。さっきから扉を叩く音と人の声が聞こえているのだ。

 鐘の音より失礼なその音に鬱陶しくベットで寝返りを打ってもう一度寝ようと目を閉じたままにするが。


「おーい! ファー君? 起きてるー?」


 扉の向こうからデュランの声がはっきりと聞こえた。

 重い瞼をこすって目を開ければ、外はまだ暗い。朝焼けどころか静まり返った深夜のような暗さだ。


 こんな時間に何の用か。くだらない話ならぶん殴ってやる。


「いるのー? 起きてー」

「ライフアリー様、物音は静かに」


 扉の向こうから聞こえるあいつの声と、もう一人は誰か分からない。

 初めて聞いた声に顔をこすってベットから立ち上がる。

 デュラン一人だけなら意地でも起きなかったのに、これでは話が違う。


「起きた。あと、デュラン、うるさい」

「あ、良かった! ちょっと扉開けてもらっていいかな?」


 凄く嫌な予感が扉から漂っているのは、僕の目がまだ覚めていないだけなのか。

 それとも本当にそうなのか。


 分かりたくもないけど、「朝にもう一回来てよ」と扉越しに返す。


 僕の声に反応したデュランは「えぇ! 嫌だよ!」と声を上げて、「一旦開けてよ!」と一番大きな声で叫んだ。

 ……うるさいことが分かっていない。いい歳して本当に子どもみたいだな。

 実家と勘違いしてるのか? 頭、大丈夫?


「すみません。治癒院の者なんですけど」


 うるさいデュランとは違った落ち着いた男の声が聞こえた。

 夜中に治癒院とは、ディオネのことか?


「看病してくれていた人は帰りましたよ」

「それは知ってます。ケイドリン伯爵からの要請で来ました」


 そういう男は続けて言った。


「ディオネ様の治療とファビオ様の検診に来たんです。開けてもらえますか?」

「ケイドリン伯爵?」

「はい、ファビオ様の辞退の申し出に――」


 それ以上は部屋に入って話してもらおう。

 夜中でも、誰が聞いているか分からないから。




 治癒院から来たという男の話が終わる前に扉の取っ手を持って開けると、短い金髪のデュランと、同じ背丈の白い上着を着た優し気な顔つきの男が並んでいた。


「おっそいよ。全然起きてくれないじゃん」

「いや、来る時間間違えてるからだろ」

 

 「そうかな」と惚けるデュランと僕に向けて「すみません」と謝る男を手招きして部屋に入ってもらうが、少しばかり頭が痛い。

 ディオネの流行り病が移ったか? そうであってくれ。

 二日酔いとか勘弁してくれよ。


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