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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 ケイドリン伯爵夫人のエレジア様との面談から十日経った。

 父さんから聞いた伯爵夫人の後見の話に頭がこんがらがったままだ。


 勿論、おじいさんの置き土産とかエレジア様の後見が父さんだということも、まだ整理できていない。伯爵夫人という地位の後見にしては、ライフアリー商会の商会長という父さんの肩書きは釣り合わない。

 普通に考えて意味が分からないだろ。他国のお姫様の、じゃなくて伯爵様の夫人の後ろ盾ということはどういうことなのか。


 おじいさんの置き土産って良いものに決まっているのに、あいつは酷くて人の心なんて無いからそう言えるんだ。

 だけど、最近は考えることが多くて困るね。

 知らないことと、知らされていないことが多い。


 まぁ、伯爵様のところから戻ってきて、ゆっくり静かに過ごしていられるのはありがたいと言えるか。

 晩餐会まで忙しなく動くのは体力が持たない。僕は、ね。


「ねぇ、聞いてる?」

「聞いてる」


 泊まっている部屋には、目の前で座っているディオネが原稿を何枚もめくっている。

 今日は貯まっていた原稿の確認日だ。


「本当に聞いてる?」

「聞いてるって、『深窓の令嬢』の次の展開でしょ?」

「……そうね。……合ってる」


 合ってるのになんでそんなに悔しそうなの? ちゃんと話ができているんだから問題ないじゃん。


「……とりあえずさ、外伝っていうかショートストーリーみたいにしていい?」


 彼女はそう聞いてくるが、この感じでは彼女の頭の中はそのショートストーリーとやらで決まっている。


 机に散らばった原稿を整理して重ねるが、まだ下書きだ。

 これがそのままというわけではなく、清書して原板に刻んでから版画だから、大した物じゃない。


「まぁ、好きにしたらいいけど」

「なに? 好きにって」


 やけに突っかかってくるディオネは僕から紙を取り上げた。

 自分で保管してくれるのならありがたい。だけど、それをなくして大騒ぎするのはやめろよ。何回もしでかしてるんだからな。


「その、ショートストーリー? ってやつだよ。やる気なら乗っかるだけだし」

「……確かに」

「だったら、どうしたいの? 聞いてたら三本くらいあるよね、題材」


 彼女の提案したそれは、一冊の本に『深窓の令嬢』の外側を描くらしい。

 大本の物語はあるけど、時間軸も語り手も全部違う、本筋ではない話だ。簡単じゃないはずで、物語を短くても三つ考えることになる。

 ただでさえ頭の中は混乱状態なのに大丈夫だろうか。……僕が考えるんじゃないからいいや。


「余裕。全然いける」

「本当に?」

「なに? 疑ってるの?」


 目を細めて僕を見る彼女に「そんなことないよ」と返すが、疑いもする。

 前に聞いた時はネタが無いって悩んでいたはずだから。


「だったらいいけど」


 とディオネは持っていた下書きを机に置いて、座ったまま背伸びをしている。

 目を瞑って「うーん! 肩いたぁーい」と腕を上に伸ばす。

 元気そうな彼女から色気など感じないが、見ることも憚られる気がして外へ目を逸らす。

 まだ、日は沈んでいないようで夕焼けが丘の庭にかかっていた。

 

「そういえば、あの日からずっと伯爵様のところに行ってるみたいだけど?」

「あの日? ……あぁ、面談の日からね。エレジア様が話したいって」


 僕にはお呼びがなかったけど、彼女は面談した日から毎日城に出向いている。

 送り迎えは伯爵様の専属の御者が毎回しているから、当のエレジア様にとって、ディオネとの関係はまさに作家とファンの交流会のようだ。

 面談の日以降から行っていないから知らないけど。


「ふーん、それって何話してるの?」

「え? なんで聞きたいの? ……気持ち悪いんだけど」


 背伸びを終えて肩を回す彼女は嫌そうな顔を作って椅子に座り直した。

 そんな気持ち悪いか? 別に暇つぶしだから、僕だって興味は……あるか。平民と貴族の共通の話題ってなかなか無いから。


「いいじゃん、減るものじゃないだろ?」

「……そうだけどさ」

「それに、面談の日って緊張しすぎて会話できてなかっただろ?」

「馬鹿にしてる?」


 椅子にもたれかかって肘置きにかけて「そんなこと言うならファビオだって緊張して吃ってたじゃん」と首を回した。

 バキバキ。と彼女の首から骨の音が聞こえる。アンナさんみたいなことして大丈夫かそれ?


「ていうかさ、私のことよりファビオのこと教えてよ」

「知ってるじゃん」


 もう二年も一緒に仕事をしていたら僕のことなんて分かるはずだ。毎日のように会ってはいないけど。


「違うって、ザノアール様とエレジア様のことだよ!」

「あぁ、それね」


 ディオネも気になっているんだな、そのこと。

 でもね、僕もよく分かってないよ?


「全然知らないんだけど、ディオネはエレジア様から聞いてないの?」

「教えてくれないんだよ。本人に聞いた方がいいって言うから」

「エレジア様も本人側じゃん」

「そうも言ったけどダメだった」


 言ったんだ。結構ガツガツ言ったんだね。凄いなお前。


「だからさ、教えてよ! いいじゃん、減るものじゃないでしょ?」


 形勢逆転である。


 僕の言った言葉をそのまま彼女に返されて頭を掻いた。

 勝ち誇った顔をする彼女は、「喉渇いたなぁ」と机の端に置いたコップを覗き込む。

 癪だが、負けを認めるしかないか。


「なんでもいいか?」

「苦くなかったら何でも良い。ありがと」


 彼女はコップを差し出した。

 暇つぶしのつもりでディオネに話を振ったのに、逆に父さんから聞いたことを話すことになるとは。早く夜になってくれないかな。






 * * *






 時間の配分っておかしいよね。

 夕焼けがまだ消えていない丘の庭を見て思う。

 父さんから聞いたことをそのままディオネに話しても、全然夜にならないのだ。おかしいのは時間の進み方か?


「じゃあ、エレジア様は元デミストニア家ってことなんだ」

「うん、それだけしか聞いてない。おじいさんの置き土産で知ったって」


 昨日までは、「もう夜か」くらいの時間の進み方だっただろ。何なんだよ。


「ふーん、だから匿ったって、それだけ?」

「それだけ」


 もっとあったかもしれないけど、聞いた日から十日も経っていれば忘れていることくらいある。

 不満げに僕を見る彼女には悪いが、僕の物覚えではこれくらいが限界だ。


「教えて欲しいんだけどさ、その反乱ってなんで?」

「……よく学園を卒業見込みまで持っていけたな」


 その顔は反乱のことを分かっていない顔か?


「なによ、別にいいでしょ。そんなことまで覚えてたらアイディアなんて湧かないわよ」

「知らないよそんなこと。……はぁ、説明しようか?」

「お願い」


 手遊びをしたまま答えるディオネに「聞こえないなぁ」とふざけてみれば「お願いします、ファビオ先生」と彼女は下を向いたまま返す。

 まぁ、いいや。さっきのお返しにしては甘いが、暇でどうしようもないよりマシだ。


「ちなみにディオネはどこまで知ってるの?」

「え? 反乱で本家の人が死んだって、相続する人も全員死んだってことくらい。原因は知らない」


 上辺くらいは知っているようで良かった。

 何も知らないんだったら、説明に時間がかかっただろう。夜の食事に間に合わないくらいに。


「そこね、デミストニア家の横暴は酷かったらしいよ」

「なにしたの?」

「暴行とか犯罪のもみ消しに、不貞、借金と諸々だね」

「大体やってるじゃん」

「殺人と強盗以外はやっていたみたいだよ」


 阿呆な話だが、国の頂点がそんなことをして反発がないわけ無い。

 起こるべくして起こった当然の反乱ってことだな。


「だったら、エレジア様は危なかったんだ」

「いやいや! おかしいと思わないのか?」

「なにが? エレジア様が? 怖いこと言ってない?」


 本気で言ってるお前の方が怖いけどね。

 言ったじゃん。デミストニア家の人間は死んだって。だから――。


「エレジア様が生きていることがデミストニア自治国にとっては不幸でしょ」

「別に伯爵様の夫人になったんだから良いじゃん」

「そうじゃなくてさ、デミストニア家の血を引いてるってことだよ?」


 デミストニア自治国の前の名前はデミストニア皇国だ。だからエレジア様が本気で、もしもデミストニアを取り返そうとすれば全然できると思う。

 専門家じゃないから分からないけど。

 エレジア様がそんなことをするような人には見えないからいいけど。


「なるほど! 生き延びた姫が国を取り返す物語ってことだね!」

「なんでそんなに呑気なんだよ」

「え? 物語にしたら凄く面白そうじゃん」

「勘弁してくれ」


 目の前で見つめてくる彼女は、目の焦点が合っていない。遠い場所を見ているようなそんな感じだ。

 ……本気で言っているんだろうな。絶対に反対してやるからな。


「じゃあさ、その……おじいさん? の置き土産って何?」

「知らないよ。そこまで聞いてない」

「聞いといてよ!」

「嫌だよ! あいつにお願いするなんて!」


 大声を出す彼女に負けないくらいの大声で返す。

 厄介事をあいつに聞くくらいだったら、ビクター兄さんのお使いの方がマシだ。


「じゃあさ、その人のこと教えてよ。あれでしょ、ゼクラット書店の名前もそのおじいさんの名前じゃん」


 ディオネの目がようやく僕を捉えた。さっきまでどこかに行ってしまっていた金色の目が、僕を映している。

 椅子にもたれている彼女は、顔を背けて窓の向こうを見て「もう夕日の消えかかってるじゃん。早く教えてよ」と催促した。

 彼の話が暇つぶしになるわけない。

 彼のことなら一晩語っても語り尽くせないのだ。


「寝られないけどいい?」

「そんなに語る事あるの? それはそれで気持ち悪いんだけど」


 また同じように嫌な顔をする彼女は、「だったら一言でいいや。なんか胡散臭いし」と言った。


 は? 胡散臭いって?


「おじいさんは優しくて何でも褒めてくれた人だ。知ってる人の中で一番人間もできているよ。素晴らしい人格者だね」


 ゼクラット書店の開業の裏で色々と進めてくれていたんだ。

 亡くなった後も気にかけてくれるなんて、頭が上がらない。僕にとっては聖人なのだ。


「置き土産が酷いらしいのに?」

「それはあいつが言っているだけ。本当に凄い人なんだ。先代の商会長だったし――っておい! 先に行くなよ!」


 語りに嫌気が差したディオネは椅子から立ち上がって、部屋から出ようとした。

 手には何も持たずに出ていこうとする彼女に「原稿忘れてるって!」と言えば「保管しといてー」と振り返りもせずに部屋の扉を開けて出ていった。


 ちくしょう。

 せっかく彼の武勇伝を聞かせてやろうと気張ったのに、消化不良も甚だしい。

 まぁ、暇つぶしというか時間はしっかり経って夕日は消えた。

 外に見えるのは魔道具の明かりだけ。


「食べに行くか。ディオネも行っただろ」


 椅子から立ってコップを片付けようと二つ持つと、彼女は全然飲んでいなかった。

 おかわり頼むなよ。と愚痴るが一人きりの部屋に僕の声はむなしく響くだけだった。


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