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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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8


 応接室から出た僕達は、ディオネの案内で孤児院の外まで歩いた。

 頻繁にすれ違う子どもと挨拶したが、その数は途中から数えていない。というか数え切れない。

 朝から遊ぶ子どもは最初に玄関を駆けた時より多くなっていた。

 

 ディオネの後を僕も歩けば建物の外に出る。

 中庭なのだろうが、雑草が所々に生えていて野原のような有様だった。玄関周りの花壇が散らかっていたあの場所の方がまだマシだった。

 ディオネは、その野原でも比較的雑草が少ない道を進む。ついていく僕の目には木の陰から、それは古い掘っ立て小屋が見えてくる。


「あの小屋の中でもいいですか?」

「ああ。問題ないよ」


 ディオネの問いに僕は答えるが、その掘っ立て小屋の外観は孤児院の建物よりも古い。

 外から見ている僕も遠目から見えるくらいには隙間が開いていたり風で軋む音が小屋から鳴っている。


「すごく古そうだけど倒れない? 大丈夫?」

「大丈夫、です。ずっといるけど倒れてないから、です」


 言葉に怪しい所があるディオネ。彼女が倒れないと言うのであれば信じるしかない。

 案内していたディオネは、その足取りのままで小屋に向けて歩く。

 ディオネの後に続くが不安な気持ちはそのままだった。


「狭いところだけど、適当に椅子あるんで座ってください」

「あぁはい」


 狭い。

 それしか考えられないくらいに狭い。どれくらいかとかそんなものじゃない。古くなった服やら机に椅子。奥には箪笥のような物まであって、足の踏み場もない状態だった。

 それに、照明もなかった。屋根と壁の隙間から入ってくる光ぐらいだ。

 

 ディオネは床を歩かずに、置いてあるそれらを伝って上っていく。僕もそれに習うが、落ちないか心配になった。

 外より中の方が何倍も危険だと思う。


「あの……学園で見かけたんですけど、同い年ですか?」

「違うよ。僕も学生だけど僕の方が一つ上の年だね」

「え? 私のこと知ってるんですか?」


 おっと。まずい。

 書類のことは秘密だった。言っちゃいけないことまで話しそうになる。僕以外は、個人情報を知らない事になっているのだ。マイケルとアースコット教授にはちょっと話しているけど。


「一応僕もライフアリーの人間だからね。こんな調べ物は簡単にできるんだよ」

「へぇ。いいですね。疑問をすぐ解消できるって。」


 私なんか調べ物一つにすっごく時間掛かるんですよぉ。とディオネが返してくる。

 本当に、ライフアリーの名前を出せばそれで済むのはすごい事だよね。

 普通に考えれば、他人の個人情報なぞ調べることなんてできるわけない。それこそ、それ専門の仕事をしても膨大な時間が掛かる。

 僕は、これ以上ディオネの情報元がどこなのか、聞かれるのは困るので話を変える。鞄に入れていた本はそのまま。


「そんなことより本の事だよ。君は知っているんだよね。『深窓の令嬢の知られざる本性』のこと」


 何でこんな題を付けたのか。作家に聞きたいくらいだね。

 適当に座り直したディオネは、その本のことですか。とまた鞄に目を向ける。

 どこかの王様のような座り方のディオネ。比べて僕の座る位置は、王にひれ伏す罪人のようだ。

 適当にあった椅子など座れる訳がない。全部グラついていたし、座ったせいで落ちたくないから。

 けど、実際は僕が王様のように話してディオネが罪人のように答える。


「知ってますよ。それ書いたの私ですし」


 ふーん。君が書いたんだ。

 そうかもしれないとも思っていたけど、そんなすぐ白状されたら反応に困る。

 僕は、とりあえずの元凶を探し終えたが、これでは達成感などなかった。

 

「それで! その本……読んだんですか? ……どうでしたか。感想教えてください。 ……できれば」

 

 ずいずいと、僕に近づいてくるディオネが矢継ぎ早にまくし立ててくる。

 動かないで。色々崩れてるから。


 近づくディオネは興奮していた。

 感想を。と言われてもディオネに伝えてどうするというのだ。


「まぁ、面白かったよ。全体の構成もちょうどいいし、テンポもいいから読みやすさもある」

「それで!」


 それで。また近づくディオネ。

 当たり障りない感想でごまかせなかった。なんでそこまで感想が欲しいんだ?


 初対面の俯いた顔は何だったのか凄くキラキラしているディオネの顔。

 それで。と、感想を言え。と言われてもなとは思う。

 だが、本の感想については、本屋を経営していた身として嘘はつけない。


「正直、構成はいいテンポもいい。よく表現されている描写に本の中で躍動する様は圧倒的だったと思う。ただ――」

「待って! 反省点は聞く準備をしてからちゃんと聞きます!」


 そう言ってすぐに、ディオネは背中を弄って木の板と筆を取り出す。それと眼鏡。眼鏡!?

 そんなところになんてもの隠しているんだ。もう隠してないよね?

 初対面の印象と全然違うディオネに頬が引き攣る。


「準備できました! どうぞ!」


 どうぞ。と言われてもなのだが。

 まぁ言うが。


「ただ、キャラクターが多すぎて読んでる時に混乱する。あと最後に向けて早足になる展開は読んで疲れる人もいると思う」

「……グッ。……はい」

「文章についてはそれぐらいだよね。それでも凄く完成度高いし、ちゃんと出版すればものすごく売れるよ」


 手放しで拍手喝采の本ではないけど、良い読了感をくれる本だと思う。


「……文章について、は?」

「そこも聞く?」


 まだ欲しがるのか。一応の反省点も言ったし、良いところももちろん言った。

 本の内容とは違う所に、本を出版する仕事をしている僕達だから分かる所まで言わなくても良いんじゃないかな。

 まぁ言うが。


「えっとね。途中で挟まれてる絵が汚い。あと、文の版画も汚い。古い版画機でも使ってるんじゃない? この本」

「……きたない?」

「うん。汚い」

 

「はぁ! こちとらない金を必死でかき集めてやっと出した本だぞ!? あんたに何がわかるんですか!?」


 え、怖。情緒どうなってるの?

 全然いい出来だって、ちゃんとしたところで出版さえすれば。

 だけど、インク周りは適当なマイケルも汚いって言うぐらいだ。ページにインクとか散らばっているし。

 いきなりの怒り様はさすがに怖い。


「私が! 私の! なけなしのお金で! 書いたんだ! 悪いか!」


 悪いか。まぁ悪いよね。文章も絵にも飛び散っているインクはその本の出来を左右しかねない。

 ページをめくって本以外が目につくようなことは読者に失礼でもある。


「版画機持ってる? ちゃんとしたものがあればいいけど」

「持ってるのは古くさい物だけだよ! 悪かったわね!」


 そう言って、僕にくってかかるディオネ。その勢いは、エリー姉さんには届かない。

 だが、このままじゃ話なぞできないやしない。様子を見て話題を変えよう。

 

 目の前でずっとうるさいディオネ。そろそろ話題かえようかな。

 

「これって、学園の喧嘩とか参考にしたり――」

「した! なんかこう、ビビッときたんだ。これ書けるじゃんっていう――」


「やっぱりそうか! 覚悟しろ!」

「えっ!? なんで!? 暴力反対! 暴力反対!」

「うるせぇ! お前のせいで僕は死にかけたんだぞ!? 一発ぐらい殴っても足らないんだよ!」


 僕とディオネが肩を掴み合う。

 『深窓の令嬢の知られざる本性』の参考資料はエリー姉さんの喧嘩だった。もっとわかりにくくしろよ!

 

 ずっと動いていたディオネと僕に、崩れかかっていた家具類が耐えられる訳もなく崩れる。


 僕とディオネは気づく事もなく、崩れた山の頂上で掴み合っていた。


「別にいいじゃん! この本のために商会の人が来たってなんでよ! 悪い事してないじゃん!」


 こいつ。

 参考資料が僕の身内とか全く知らないんだろう。

 こいつの頭には、ひらめきと書きあげるための道筋しかない。


 能天気に書いたせいで僕がどんな目に遭ったか。ディオネが書いた話の顛末を教えてあげよう。

 それでも、反省しなかったら一発殴ってやる。






 * * *






 崩れた山の頂上で僕は比較的安定している椅子に座る。

 それはまるで罪人を見下ろすようで、僕の目線の先にはディオネが足をたたんで頭を下げていた。

 しっくりくるその光景。僕はうるさい下の者――ディオネ――を見る。


「何卒! 何卒! 退所命令はなされませんよう深くお願いいたします!」

「僕は、ただの本屋だよ? そんな権限はないよ」


 僕がそう言えば、目の前のディオネは顔を上げて安堵したような顔をする。

 最初のあの人見知りと、途中の鬼気迫る感想クレクレはどこいった?


 よかったぁ。と口にするディオネを見て、茶化したくなる僕。


「でも、商会長と次期商会長は僕の家族だからなぁ。言っちゃえば退所命令ぐらい僕の思い通りにできちゃうなぁ?」


 まぁ無理だが。孤児院の経営は全てを母上が管理している。僕が口出せる話ではない。

 さっきからディオネが言っている退所命令って、多分孤児院から追い出される事を言っているのだと思うけど、僕はそんな命令があること自体今知ったぐらいだよ。

 それでも、目の色変えてまた頭を下げるディオネは、何卒! と連呼している。その光景に笑いが込み上げてくる。

 

「靴なめます!」

「そこまでしなくていいよ。反省してる?」

「してます! すっごくしてます!」


 そこまで言うならもういいかな。

 僕の気は収まるように落ち着くことにする。エリー姉さんは知らない。本当に殴られても僕は知らない。

 でも、これからどうしようか。


 未だに頭を下げているディオネに、頭下げなくていいよ。と言えば、下げていた頭を上げる。

 黒い瞳が僕をまっすぐ見てくる。その真剣な眼差しに少し、ほんの少しだがドキドキしたが、別にたいした事じゃない。


「まぁ、とりあえずなんだけどさ。一緒に商会行こっか」

「何卒! 何卒!」

「もういいって。全然進まないんだけど」


 せっかく上げた頭を下げて僕にお願いしてくるディオネ。

 そろそろ、これからの話をしていかないと。


 でも、今はまずディオネを起こさないといけない。

 僕は、座っていた椅子から立ち上がってディオネに寄る。

 ずっと喋ってしんどくないのだろうか?


 とりあえず、ディオネの仕事場見せてもらおうかな?

 ビクター兄さんには、それから行っても文句はないだろう。

 思ったより早く見つけたのだから。何なら褒めてくるかもしれないね。

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