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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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20


 父さんの一言は、滲む暑さの東屋の雰囲気を一変させた。

 本当に、この場所だけ気温が変わったような、肌がヒリつく感覚が全身を包み出す。


「……ザック? なんで?」


 夫人は彼の顔を見て楽しそうに笑っているが、その目は僕たちに向けていた目ではない。

 花を愛でているような目が、一言で変わったのだ。


「ゼクラット書店はライフアリー商会のものだ」

「それが何よ? 別に作家の一人二人住んでる国が違うことくらいあるわ」


 冷たい目を向けられるのは慣れているが、これはまるで違う。

 彼女は一瞬で味方と敵に分けたらしい。


 聞きたいんですけど、僕は味方ですか? 隣の男は敵でいいんで。

 あと、ゼクラット書店はライフアリー商会のものじゃないからな。


「彼女は専属作家だからだ。彼女の行動はウチが把握しておかないといけない」

「だったら連絡し合えば良いじゃない。そんなに遠いわけじゃないでしょ?」


「二十年前だったら違うんだろうけどね」と彼女はディオネの方を向いて話す。

 言い返す夫人に煮え切らない様子のこいつが聞こえるように舌打ちを鳴らした。

 実家では聞いたことがなかったそれは、明確に彼女に向いていた。


「ディオネちゃんの才能は枯らすべきじゃないわ」

「それを決めるのはお前じゃないぞ」

「お前?」


 「そういうあなたは何様?」と物言いに我慢できなかった夫人は、席を立って歩み寄った。

 呆れたように首を振りながら向かってくる彼女に対して、奥に見えるディオネは青い顔をして瞬きをしている。

 背丈は僕より低いはずの彼女が纏う雰囲気は険しい。


 もし僕が真正面に晒されたら、五体投地したくなるくらいに鋭いというか尖っている。

 これはもうヒリつくような空気感を超えて、針のむしろに座っているようだった。


「お前の後見人だが?」

「そうね。お義兄様」




 はい?



「それで、お義兄様は伯爵夫人になんて言いようをされるのかしら」

「家に入った側が偉そうにするな。その頭の程度が知られるぞ?」

「あなたにそれを言われたくないわ。甥っ子と親しくないんでしょ?」


 言い合う二人の横で動けない僕。

 空気は全然変わっていないのに、針のむしろかと思ったら、実は綿が敷いてあるらしい。見かけ倒しか。


「商会とは関係ない」

「でも、家族と仲が良くない男に囲われているなんて、ディオネちゃんは可哀想よ?」

「それも関係ない。雇用関係は家族とは違う」


 あのぉ、それって僕に言ってます?


「関係ね。それって上書きしても大丈夫かしら? えぇーっと」


 と僕の方を向く彼女は首をかしげた。

 忘れちゃった。と目を開く彼女を見て、やらかした気配が漂った。


 本気で言ってます? さっきも自己紹介しましたよ?


「ファ、ファビオです」

「……言われなくとも思い出せたわ」


 絶対嘘だ。さっきまでの険しさが消えている。

 あと、後見人って何だよ。そもそもお義兄様って何なんだよ。一人っ子だろ父さんは。


「ファビオ君も困ってるわ。やっぱりディオネちゃんは――」

「困らせたのは奥様ですよ」


 ロベットさんの声に彼女は頬を膨らませた。

 いつの間にか彼が夫人の隣に立って話していたのだ。


「そんなことないわ。ディオネちゃんも宿が気に入ってるでしょ?」


 ロベットさんに目を向けない夫人はディオネを見た。東屋の空気は間の抜けた会議のような、ゼクラット書店の休憩室と似た空気感に変わり始める。

 だが、青い顔で二人のやり取りを見ているディオネは「良い宿ですけど、私はデミストニアの方が……」と続けて「で、でも! ケイドリンも素敵です」と褒めた。まぁ、褒めたのは良いけど、ディオネの話には『デミストニアの方が良いが』という但し書きがあるようにも聞こえた。


「えぇ、ケイドリンの方がいいじゃん!」

「奥様。無理強いは良くないと――」

「私が一番本を読んでいるのよ!」


 ディオネの言葉を僕と同じように解釈した夫人は、いい歳した大人でありながら駄々をこねた。

 ロベットさんは落ち着かせようと「ディオネ様の思いは尊重するべきかと」と話しているが、彼女は「最初に読みたいのに!」とロベットさんの手を払って元いたディオネの横に座った。


 父さんはその様子に話す気が失せたようで、目を背けて花畑を見ている。

 険しい雰囲気は瓦解した。面談も潮時だ。


「忙しいのよね? 寝られないくらい忙しいんじゃないの?」


 夫人はディオネを諦めきれないようで、隣でディオネの手を握って話している。


「ちゃんと、ね、寝てます」

「本当にぃ? ファビオ君が無理させてないのぉ?」


 彼女はどうしてもディオネをケイドリンに来させたいらしい。


「無理させてるのは私の方なんで……」

「ディオネちゃん、本当のことを言っていいのよ?」

「本当なんですけど……」


 よく分かってるじゃないか。

 その言葉を聞けただけで、今日来た甲斐があった。

 自覚してるならすこしくらい態度を改めてくれることを期待してもいいだろうか。


「……仕方ないわね。ディオネちゃんのことは諦めるわ」

「すみません。断ってしまって」

「いいのよ。イレニアさんとも話したけど、ディオネちゃんは可愛らしいわね。お人形さんみたいよ」

「そ、そうですかね」


 座っている二人を見ると、遠慮がちに笑うディオネの手を夫人が握って離さない。話はまだまだ続きそうだ。

 目先のことは問題ないとしても、気になることが一つできた。凄く厄介な話を聞いてしまったから。


 それも一番聞きにくいヤツに聞かないといけないなんて、面談が堅苦しくなくて良かった。もしそうなら僕は息をするだけの置物になっていたから。


 隣でため息を吐く男に顔を向けると、「説明が要るな」と僕の顔を見て呟いた。


「お願いします」


 その気であればもう十分だ。

 目を瞑って息を吸った彼は、東屋で談笑している二人と遠巻きに見守っているロベットさんへ「少し花畑を息子と見て回る」と言って影から出ていった。


 ここで話せばいいのに。なんで暑いところで歩かないといけないのか。

 先を進むこいつの気の利かないところに腹が立つ。まぁ、話してくれるならもういいや。






 * * *






 僕には花の良さがいまいち分からない。

 綺麗だな。とか、よく咲いているな。とか思うことはあってもその花に夢中になることはなかった。

 それに関しては今までもそうだしこれから先もそうだと思う。


 だから、先を歩いている父さんが花を見て微笑んでいる顔が理解出来ない。

 というか引いた。


「すみませんけど、説明してくれます?」


 花を見ているこいつはどこかためらっているようにも見える。

 何をためらう必要があるか。

 夫人の後見のことだ。そんな話がライフアリー商会と関係あるのかが分からない。

 知らないから。


 僕に「少し離れるぞ」と一言言うと、また奥に歩き出す。

 中庭だからそんなに奥まった場所はないけど、三人に聞かれたくないことか。


 後ろを歩く僕に、時折振り返って確認しながら進む彼は、「この辺で良いか」と足を止めた。


「久しぶりじゃないか? こうして二人で話すのは」

「そうですかね? 別に考えたこともないんで」


 そう言われれば、こいつの言った通り久しぶりだ。口ではなんてことないように話すが少しだけ緊張した。


「そうか。それもそうだな」

「えぇ」


 何がそうなのか僕には分からないけど、こいつの頭の中で完結しているのならもういい。

 深く考えることでもない。

 だが、いつまでも上辺だけの話をしているのも時間の無駄だ。


「とりあえず、その後見とか諸々の話を」

「あぁ」


 返事をした父さんは腕を組んで赤い目で僕をしっかり捉えた。

 やっぱり久しぶりだな。こんな真面目に話すのは。

 確か、ゼクラット書店の開業のお願い以来か。


「エレジア……いや伯爵夫人は――」

「エレジア様でいいですよ。名前は聞きました」

「そうか」


 伯爵夫人って言いにくいし、二人でいる場なんだからどうだっていい。

 面談でも言葉遣いがおかしかったんだから、こいつにとっては今さらの話だ。


「端的に言うが、エレジアの出身はデミストニアだ。それも亡くなった本家の娘だ」


 なるほど、だから二十年前云々の話を軽くしたんだ。

 へぇ、デミストニアの本家の娘か。ん?


「ふん、お前はよく顔に出るな」

「いや、茶化さないでくださいよ。伯爵夫人、じゃなくてエレジア様がデミストニアの娘ってことは……どういうことです?」


 引っかかるものがあるが、言葉で表現できなかった。

 僕の話に、仕方ないな。と笑うこいつに言い返す言葉もない。甘んじて受け入れよう。貴族様関係の話は興味なかったからそこまで勉強していないんだ。


「一旦黙って聞きなさい。本家筋は先の反乱で全員が死んでいる。それは知ってるな?」

「まぁ、有名な話ですから」


 僕が生まれる四年前の話だ。その反乱でデミストニア自治国が議会制に移行した。試験にも出る有名な話だ。

 こいつの本家筋と言っていたデミストニア家の人以外にも、可哀想だけど結構な人数が亡くなっているらしい。


 ……あれ? そんな本家の娘のエレジア様が生きているってどういうこと?


「エレジアはライフアリー商会が匿った貴族の娘だ。だから、私のことを年甲斐もなくお義兄様と読んでいるわけだな」


 彼はそこまで話して「聞きたいことはあるか?」と僕に聞いた。

 優しく微笑んで、いつの間にか近づいているこいつは僕の肩に手を置く。


「昨日見た時も感じたが、大きくなったな」

「やめてください。気持ち悪いです」

「すまんすまん」


 その手を払って返事をする。

 笑っているその顔はアレックス兄さんと似ていた。髪も目の同じ色だから特にそう感じた。


「お義兄様って呼ばれていることも言葉遣いがおかしいことも、全部匿ったことで?」

「そうだ。私もエレジアの経歴なんて聞いていなかったから驚いた。その頃にはもうケイドリン伯爵に嫁いでいたから余計な」


 肩をすくめるこいつは首を回して息を吐いた。

 額にかかっている黒髪の間から汗も滲んでいるようで、手で額を拭っている。

 

「その話……いつ、知ったんですか?」




「いつ? あぁ、ゼクラットがくたばった時」




「はい? おじいさんが関係してるってことですか?」

「そうだな。最悪の置き土産だな」


 そう言って笑うこいつは続けて「もうそれも解決したから、過去の話だ」と僕に言った。


 なんでおじいさんの話が出てくるのか。置き土産とか色々な話が宙に浮いたままなんだが、背後の東屋から「急な予定ができたわ! 面談おわりにしましょ!」と夫人の声が聞こえた。

 こいつは僕の顔から東屋に目線を移して「先に行ってるな」と僕の肩を叩いて戻って行く。

 全然考えがまとまらない。何なら嘘だと思いたいが、こいつが嘘をつくとは思えなかった。

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