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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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16


 ケイドリン伯のことを一旦おさらいしておこう。

 丘を登った馬車は城門の前で止まって、御者は邸宅の警備をしている男たちと話をしている。時間がかかるようだから。


 ケイドリン伯が治めている一帯の地域は、ワグダラ王国の首都ワグダラとは遠く離れた辺境地帯だ。

 デミストニア自治国の方が距離は近い。乗り合い馬車なら二十日もかかるが、それでも近いのだ。……魔道車なら十日だったけれど。


 三百年前にあった、デミストニア自治国とワグダラ王国の独立戦争の前線だった場所の後にできた町である。


 ケイドリン伯の伯というのは辺境地でデミストニア自治国との緩衝地帯を治めている伯爵。そういった重要な地域を任されているから、王国貴族の序列でも上から数えた方が早い。

 あくまで僕たちが会えるような貴族では、断じてないのだ。


「ねぇ。馬車、動くの遅くない?」

「遅いも何も、最初の検問所を通り過ぎたんだから怒られてんじゃないの?」

「そうなんだぁ」


 車内で手持ち無沙汰に待っているディオネは、「暇だなぁ」と言って足をブラブラ動かしている。

 僕に当たりそうなところで戻すを繰り返す遊びらしいが、何回か当たっている。


 そんな遊びをするくらいなら壁についたインクをどうにかしてほしいが、エチケット用の布は持っていないようで、「なんとかなるでしょ」と事の大きさを理解していないようだった。


 僕もちょうど良さげな布を持ってきていないからどうしようもない。

 着ている服で拭けば、面談の時に笑われてしまう。

 それに非常識だし、馬鹿みたいだ。




「お待たせしました。これから城門をくぐります」


 いきなり御者台近くの窓から現れた頭巾姿にびっくりして声が出ない。

 だが、僕らを見ている御者は続けて言った。


「大丈夫です? 酔ってませんか?」


 軽く言う彼の声に、咳払いをしてからディオネを確認する。

 僕と同じようにびっくりしているようで、瞬きをしたまま御者を見ていた。

 この調子では僕が返事をする方がいいか。


「今のところは平気です。……お願いします」

「そうですか。では」


 そう返事をされて、窓から頭巾姿が消えた。

 止まっていた馬車が動き始める。


 動いた馬車から、さっきまで御者と話していた警備の男たちが見えた。

 さすがに鎧までは着込んでいなかったが、帯剣しているその恰好と、一挙一動を見逃さない鋭い目つきは、まるで大鷲のような印象を感じる。


「どうも! お勤めご苦労様です!」


 馬車から聞こえた声、ディオネの声だ。

 え? とすぐにディオネの方を見ると、警備の男たちに手を振って挨拶していた。

 男たちはそんなディオネに一瞥するだけだった。


「さすが貴族様って感じだよね」

「そ、そうかな」

「あんな目つきの人、そういないんじゃない?」


 一瞥しただけの彼らに手を振り続けているディオネは、城門の影が馬車にかかるまで続けた。

 すごいなお前。怖くないのかよ。






 城門を抜けた先、ケイドリン伯の敷地というか庭に入ったが、馬車は砂利道を走っている。

 御者が「結構揺れますよぉ」と言ってから、僕とディオネは手すりを持って腰を浮かしている。

 結構揺れるとは言ってくれたが、あまりにも縦揺れがひどい。


「け、結構縦に揺れてるね」

「まぁ……ね」


 だからディオネ。あまり話しかけないでほしい。

 速さによる横揺れではなく、体を上下に揺らされているのだ。昼に食べたパンや飲み物が腹の中で騒いでいるようで気持ち悪い。


「酔ってませんか? もし気分が悪ければ降りてもらった方が――」

「……降ります。……お願いします」


 城門から入ってからの揺れに目の前で「お、おう」と言って楽しんでいる彼女だが、僕はダメだ。

 初めて感じる揺れには対処のしようもない。


「そうですか! 少し待ってくださいね!」


 御者の声の後、馬車が止まった。

 だが、止まるときの揺れは一際大きくガタッと揺れた。


「どうぞ、こちらから」

 

 御者台から降りた御者が扉を開けて言った。

 扉の先、彼の足元には降りるための架台が置いてある。

 仕事の早い人というか、気遣いができるってこういったところだな。


「ど、どうも。ありがとうございます」


 まだ降りていないが御者に礼を言えば手を振られた。

 頭巾姿で表情はよく分からないが、口元は悔しそうに絞られている。


「いえいえ、こっちこそ申し訳ない。慣れない揺れで酔ってませんか?」

「まぁ、少しだけ気分は――」

「ですよね。慣れてしまえば遊戯感覚なんですけど、大体最初に来られるお客様は酔われてしまうこと、配慮が足りませんでした」


 だったら、ディオネはなかなかにおかしい。

 初めての割に全然酔ってなさそうだ。……そういえば、こいつの酔っているところ見たことないや。



「……ディオネ、先に降りなよ」


 酔って目が回りだした僕より先に外を見ているディオネを下ろそうと声をかければ、彼女は気が付いていない。

 横顔を見てみると、初めて見るような強張った目元にディオネもさすがに緊張してきたと思った。


「おーい、おーい、ディオネ。聞こえてる?」

「……へ? え? あぁ、なに?」


 何度か話しかけてようやく僕に気付いたディオネは僕を見る。

 何も話を聞いていないようで、もう一度「先、降りて」と言ってから扉に指さす。


「あぁ! 分かった。……っていうか、大丈夫? 顔色――」

「顔色が悪いのは知ってる。問題ないから」


 ディオネは「しんどくなったら言ってね」と僕に言ってから扉に手をかけた。


「段つけていただいてありがとうございます!」


 と外にいる御者に促されるまま、馬車から降りていった。


「僕も……か」


 ほんの少しだけ時間が稼げたから、気持ち悪さの峠は越えた。腹のムカつきはまだ残っているけど、この調子であれば問題ない。


「では、僕も」

「えぇ、どうぞ」

 

 扉から御者が手を伸ばして僕が降りる補助をしてくれた。


「ありがとうございました」

「いえ、仕事ですから」


 表情はよく分からないけれど、頭巾の下で微笑んでいるのは、見えている口元の緩みで何となくわかる。

 さっきまで昼ごはんを食べていた時間を思い直すと、なかなか進みが速い。当然、馬車の速さのことだ。時間はゆっくりと感じる。


 今日くらいは早く進んでくれても文句はない。諸手を上げて喜ぶだけだ。






 馬車から降り切って両足で砂利を踏めば、ようやく息を深く吸えた。

 だが、まっすぐに顔を上げた先から見た庭には何もない。あるのは足元に敷かれた細かい砂利くらいで、馬車の前で止まっている二頭の足音だけが静かに聞こえた。


「貴族様のお庭にしては……」


 先に降りたディオネも目の前の光景を不思議に感じているようで、横で呟いている。

 さっきまで強張っていたのはこの庭を見ていたからか。なるほど、ディオネの言いたいことも感じていることもよくわかる。


 辺境を治める伯爵にしては、あまりにも殺風景だ。

 砂利敷きの庭に奥にある城。『ラ・レビアン・ケイドリン』の木の門近くの殺風景な庭よりも酷い。

 あっちの庭には小さな木の一本や二本はまだ植わっていたが、ここには砂利だけ。


 何となくライフアリー商会の敷地内を思い出すくらいだ。あそこも馬車とかなければ広いだけの空き地だから。


「あぁ、ここは玄関口ですから侵入者の早期発見も兼ねているんです」


 そう言って笑う御者は砂利を踏みしめ、大きな音が足元から鳴った。


「この音で侵入者が分かるんですよね」

「なるほど! 物音で!」


 あ。

 ディオネのこの感じは新しいネタを思いついた感じだな。

 それにしても、今日は多いな。


「そうなんです。ですが馬には最悪ですのでああして――」


 御者は手を馬の方に向ける。そこまで変わったことはしていないと思っていたが、足元には布が敷かれ、蹄には平らな木の板が付けられている。

 いつの間に付けたのか分からない――あぁ、城門の前で時間がかかっていたのは、これを付けるためか。


「足元に専用の養生をしているんです」


 なるほど、養生か。

 確かに、僕とディオネくらいの体重でもそうだし、御者が踏み込むだけで音が鳴るのに馬の体重でならないのはおかしい。

 だから、音と怪我防止で養生ということか。

 あんな仰々しいものを付けて、嫌がるそぶりを一つも見せない二頭は賢いようだ。少しだけ興味が出てきた。

 

 ……だったら馬車の車輪にもつけてくれよ。馬の足と馬車では違うことは分かってはいるけれども、だ。


「さすがですね!」

「えぇ、砂利を敷いているところを抜ければ外しますから、怪我の危険性もありますけどよく耐えてくれていますよ」


 僕たちから離れた御者は、慈しむように馬の首筋を強く撫でる。

 彼らに吸い寄せられるようにディオネは彼の方に歩いていた。彼女も賢い二頭が気になっているらしく、期待に胸を膨らませてそっと近づいていた。


「あなたも撫でてみますか?」

「い、いいんですか?」


 御者の提案にディオネは肩を竦めて聞いた。そんなことを言われると思っていなかったようだが、彼女がそうしたがっているのが御者には分かったのだろう。


 子どもみたいに好奇心旺盛だからな。ディオネには、面談の時間とか諸々のことについては全く考えていないみたいだ。

 僕だけか。

 夫人と面談するところが分からないまま、ここに来ていることを理解しているのは。

 御者とディオネが馬の近くに寄っているのを、一人取り残されて見ている僕の気持ちを考えてほしい。

 こんな一生入ることもできないようなところで馬のお触りとは……僕がケイドリン伯なら、追い出している。




 恐る恐ると片手を伸ばして撫でるディオネを、馬は首を回して見ている。

 どこか小馬鹿にしているような目つきに誰かと似ていると感じたのは気のせいだろう。


「あ、温かい」

「まぁ、走った後ですから」


 ディオネの感想に御者の口元は微笑んだままだ。

 

「結構、カッチリというか筋肉質なんですね」

「えぇ、こいつたちは長年の相棒ですから」


 怖さがなくなったようで、ディオネは両手で馬の背中や前足の周りを触っている。

 筋肉質っていう表現を馬に使うなんて初めて聞いたが、御者は嬉しそうにしているから合っているんだろう。

 ただ、何を言っているのか分からない。デミストニアに帰ったらアレックス兄さんに聞いてみるか。


「凄く賢いですよね! こんなに動かない馬は私初めて見るかもです」

「恐縮です。馬の畜産も奨励しているので、いいお父さんとお母さんから生まれてくれた子たちです」

「選ばれし馬ってことですね!」


 調子が戻っているディオネの両手は馬のお尻まで触っていた。ディオネは横から触っているから蹴られることはなさそうだ。

 

「選ばれし馬……そうですね、こいつらは本当にいい子たちですよ」


 何となくだが、この御者ってやんごとなき人だったりしない?

 父さんの魔道車専属の運転士さんは普通の人だったけど、この人は違う気がする。……いや、やめよう。

 甘えておこう。気にしたらいけない。


「私も馬、飼ってみたいなぁ」

「いいですよ、お金はかかりますけど風を切る快感は格別ですから」


 馬なんて飼えるわけないし、飼わせない。

 ディオネにどこでも行ける足を与えたら、碌なことにならないのは目に見えている。

 ダルダラさんも言っていた。『あの子は場当たり的に行動する』って。


「もし、この子たちに子が生まれたら、相談させてもらえませんか?」

「それは……」


 ディオネの何気ない提案に考える御者はすこし撫でている手を止めた。

 後ろから二人を見ているけど、もうやめませんか? その二頭ってやんごとなき人の馬だったりしそうだから。


「いいですよ。相談でしたらいつでも」


 いいのかよ。

 もし、ケイドリン伯本人の馬だったら、とんでもない金額だぞ。

 払えるわけないだろ。

 おいディオネ、「いい子を産むんだよ!」ってお尻を触るな。その馬は牡馬だ。


 撫でられている馬が僕の方を見た。

 その、どこか小馬鹿にしているような目つきで一瞥された気がした。

 あぁ、その目つきは岩頭のあいつに似ているんだ。なるほどなるほど、だから近寄りがたいんだ。

 うんうん、あいつね。

 なんでケイドリンまで来てあいつのことを思い出さないといけないんだよ。クソが。

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