13
軽やかに案内する店員の後を歩くディオネ。
それに付いていく僕。
店員が歩く間に何組ものテーブルが視界に入った。
体格の良い夫婦らしい客が優雅に食べていたり、洒落た酒の香りを楽しんでいたりする光景を見て、僕たちはなかなか場違いなところに入ってしまった。
というか、鼻歌しながら歩かないでくれ。
「それではこちらへ」
キョロキョロと周りから見られている僕たちなどお構いなしに、店員の案内が終わった。
「前もここだ!」と目を輝かせるディオネは、店員に引かれた椅子にちょこんと座る。
大人の座り方というより、お行儀の良い子どもの座り方に似ていて、頬がつられた。
もっと優雅にできないのか、と言いたくなる気持ちを抑えて、店員に引かれているディオネと反対側の椅子に座る。
「どうも」と礼を言えば、「滅相もありません」と返してくる店員に、やっぱり高級店じゃないかと頭が痛くなった。
落ち着いた店で、場違いな僕たちに店員は「では、テーブルにメニューがありますので、お決まりでしたらお呼びください」と言って軽く会釈をした。
「はーい」
ディオネの返事に店員はニコリと笑って、別のテーブルに向かって歩き出す。
忙しなそうな店員を見れば彼一人だけでテーブルの全てを担当しているようだった。
やっぱり、礼儀作法の勉強は必要かもしれない。晩餐会では、一つの姿勢すら細かく見られるのだ。
それに僕たちが一番下の身分だろうから、それこそ嘲笑の的になっても不思議じゃない。
「やっぱりさ、場違いじゃないか?」
「もう、大丈夫だって。ほら」
気になって仕方がない僕に置いてあるメニュー表を取って渡すディオネ。
手が触れてもドキッとすることも全くない。いまは早く料理の値段を見たかった。
「見てみなよ。全然安いから」
受け取った僕は、そこに書かれている料理の値段を先に見た。
確かにどれも安く見える。ほとんどが五十ベーラ以下で、コース料理だけが二百ベーラになっている。
だが――。
「ベーラなら安いけど」
「なに?」
小声で言った僕の独り言がディオネに聞こえていたようだ。
ここの料理が安いと思い込んでいる彼女に頭を抱えた。
「なぁ、王国とデミストニアで通貨違うだろ?」
「え? なに急に?」
少し教えてやろうと目の前に座るディオネに話す。
「これさ、ベーラ換算だから安く見えるけど」
「え? 高いの?」
「そこそこ高いね。王国のベーラはデミストニアのベントの五倍の価値になっているから」
「本当?」
やってしまったとディオネは顔をしかめた。
別に払えない程高いと言うわけではないのが救いか。
「なんか、ごめんね?」
「いいよ、それでも安いと思うし」
デミストニアでも高級な飲食店はある。アレックス兄さんやビクター兄さんに連れて行ってもらった時、目をむくような金額が一日にしてなくなったのを知っているから、まだここの金額は安い方だ。ベーラで払わないといけないけど。
「そうなんだぁ。……でも美味しいからさ!」
「そうでないと困る」
「だ、だよねぇ」
空笑いをするディオネは、僕の背後に目を向けた。 店の雰囲気に気まずさはないが、心地良いとは言えない。
静かな店内では、隣のテーブルから食器を置く音も聞こえるくらいだ。
うるさいと苦情があれば、僕は素直に店を出よう。
良い言い訳になる。
メニュー表の料理名も見たところでどんな料理か分からない。
一旦、ディオネが何にするか見てから僕も考えよう。
まだ奥を見ている彼女は、時折首をかしげては左右に振る。
考え事をしているように見えるが、なんだ?
「どうした?」
「うん? ちょっと知ってる人っぽい後ろ姿が見えてさ」
知ってる人って。……デュランか? あいつもケイドリンにいるし――。
「あ。こっち来た。あれ? アレックスさんじゃないや」
こんなところにアレックス兄さんが居るわけないだろ? 何言って――。
いや待て。
アレックス兄さんに似ている家族は一人しかいない。まさか――。
「ここで昼食とは、なかなか背伸びをしてるじゃないか」
その声を後ろから聞いて、やっぱり。と僕は目を閉じた。
それから顔を見られないように俯く。
一応は、僕に気づいているのか。顔を知らないディオネの粗相に悪態をついているのか分からないけど、できれば後者であって欲しい。
「あ! ディオネちゃんじゃん! 五日ぶり!」
あーぁ、デュランもいるじゃん。何なんだよ、ここ。
ディオネのやつ、本当にとんでもないところに連れてきやがった。
「ファビオ? なんで俯いてんの?」
背中越しにデュランの声が聞こえる。
この調子では、最初に声をかけて男も僕に気づいている。
息を吐いてから、諦めて振り向く。
目に映るのは、デュランと隣にいる黒の髪を短く整えて口ひげを蓄えている男。
上等な服に身を包んでいて、男の後ろにデュランがいて、そのまた後ろに数人、僕も知らない大人が何か話していた。
「どうも、気づかなかったですよ」
「いたのか」
わざとらしく僕を一瞥するこいつに、デュランはやってしまったという様子で笑っている。
……笑いごとじゃねぇぞ。
「ディオネの行儀に注意されてると思ってまして」
「そうか。別に昼食くらい大騒ぎしなければどうと言うことはない。そちらのお嬢さんも楽しんで」
アレックス兄さんに似た赤い目はディオネを向いて、僕の方は見ていない。
忌々しいその態度に、腹の底から煮えたぎってくる。
「あ、はい。ここの料理は美味しいですよね」
「あぁ、愚息に払える甲斐性があるのか興味ないが、ここはなかなかケイドリンでも評判の店だからね。お嬢さんが選んだのかい?」
「はい! 一度来た時にファビオも連れてこようと思ったんです! ……ちなみに、愚息って言われましたけど?」
ディオネとこいつが話している。その横でニコニコしているデュランは、後ろで待っている大人とゴソゴソと話しだした。
僕とディオネのことを教えているようだ。チラチラと数人と目が合う。
……はぁ、面倒臭いな。本当に。
「あぁ、すまない。私はライフアリー商会の商会長、ザノアールだ」
「なるほど! っていうことは、ファビオ……君のお父さんですか!」
「そうなるな。勝手に育った末の子どもだが」
うるせぇ。てめぇと母さんが仕事にかまけていただけだろうが。
これ以上ディオネと話されると、感情の制御が上手くできそうにない。
どうせ、もう昼食は終わっただろ? もう帰れ。
「いいですか? デュラン兄さん、商談中なんですよね?」
話すと腹が立って仕方がない。ディオネもこの陰気なヤツと話してもいいことなんてないぞ。
このままではどうしようもないから、デュランに話を振るが、知らない大人と話していて僕のことには気がついていない。
「商談中ではあるが、特に時間はないわけでもないが?」
「いえ、お待たせしていると感じましたので」
「そうか」
「えぇ」
僕の問いかけはザノアールが答えた。
母さんに注意されて父さん呼びをしていたものの、やっぱり口にはできそうにない。
「……小生意気だな」
話が止まると、ようやく男の赤い目が僕を捉えて悪態をつかれた。
苦し紛れに小生意気って、もっと語彙のある言葉くらい見つけてろよ。
「僕も大人になりましたので。あと、ここの料理くらい払えますよ。全然、全くもって問題ないですから」
「ふん。……それはよかった。なにせ商会に金をせびられても困るものだからな」
二年、三年前のことをよく覚えているな。ただ、過去のことだ。
ディオネを専属作家として雇ってからは一度もせびっていない。
そもそも、あんたにせびっていない。全部ビクター兄さんにせびったのだ。はき違えんな。
「じゃあな」
「では」
そう一言だけ交わして、ザノアールは店の出口まで去って行く。あと、あいつの後ろについていくデュランと数人。
「ありがとうございました」と店員の声と共に出て行って姿が見えなくなるが、デュランは店を出る前に僕たちの方を振り向いて手を振った。
「あいつ、緊張感の欠片もないな」
呟きはディオネに聞こえていた。
「デュランさん。なんか凄いね。胆力というかなんというか」
「ただの世間知らずだったらまだマシだけどね」
あれで仕事は真面目にこなすのだから、人とはよく分からない。
血が繋がっていても分からないのだから、それ以外の人なんて、考えるだけでも時間の無駄だ。
「けど、ファビオのお父さんって、なかなか威厳があるよね」
「何考えてるか分からないだけだよ」
「そうかな? でも、お父さんと似てるよ?」
僕を見るその金色の目は、さっきのつまらなそうな赤い目ではなく、興味津々って感じだ。
「どこがだよ。あの人と似てるなんて初めて言われた」
「んーとね、目の雰囲気!」
それは、赤い目があいつ譲りだからか? それで言えば、アレックス兄さんとビクター兄さんにエリー姉さんも赤い目をしている。
「何だよそれ、別に上の兄姉も赤い目をしているだろ?」
「色じゃなくてさ、雰囲気だよ雰囲気」
「余計に分からないんだけど?」
「……感じるものとかないの?」
「ないよ、そんなの」
そう返す僕に話が通じないと首を傾けるディオネは「メニュー決まった?」とつまらなそうに僕に聞いた。
切り替えが早いことで、そんな彼女に合わせて僕もため息をついてテーブルに置いていたメニュー表を見る。
……いや違う。先に決めてもらおうとしていたんじゃないか。
あいつと会って調子が狂った。
「先に決めてよ。僕、どんな料理か分からないし」
「いいの? じゃあさ、私がファビオの分も決めてあげる!」
もう、腹が一杯の感じがしてたまらないが、腹が減っていそうなディオネはキラキラした目で僕に返す。
ディオネの提案は僕にとっては願ったり叶ったりだ。なにか食べたい物もないから楽できるな。
「いいよ」
「料理が来てからやっぱりなしはダメだからね?」
「分かったから、ゆっくり決めなよ」
「太っ腹じゃん! ありがと!」
そう言ったディオネは前に来て食べた料理を思い出しつつ、「今日は何食べようかなぁ」とメニューをじっくり見始める。
やめてくれよ。変に高い料理を頼むのは。
あいつにそう言ったばかりだけどそんなに持ってきていないんだからな。




