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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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12


 ケイドリンの夏もデミストニアと同じように暑い。

 十日分移動しているはずだけど、汗ばむ季節なのは同じのようでディオネの後ろを歩くだけでも額から汗が滲んできた。

 賑わう大通りを鼻歌交じりに進む彼女は、五日前に宿まで上がった時よりも軽やかだった。

 平坦な道だからいいのか。よく分からないが、彼女も疲れはないらしい。


「なぁ、もう少しくらいゆっくりにさ」

「え? なんて?」

「……なんでもない」


 振り返ったディオネの生き生きとした顔を見て、それ以上言うのをやめた。

 髪が日差しに煌めいて見えて、不覚にも言葉が詰まった。


 「独り言だった? ごめんね!」とディオネは僕から目を離して前を歩く。

 最近、彼女の顔を直視できなくなっている自分に、嫌気が差す。


 朝食の時も、彼女より先に食べ終えて自分の部屋に戻った。気恥ずかしくて耐えられなかったから。


 ゆっくりと外に出る準備をして、宿の憩い場でディオネを待とうと一階に戻ると、先に彼女が座って待っていた。


 ディオネは朝食を食べて少し休んでいたら軽く寝ていたようで、無防備過ぎるディオネに注意をしたが、それも正直ちゃんと注意できていたか怪しい。

 結局、そのまま二人で昼食に出かけた。

 原稿の確認も含めて昼食を取る、という話はなくなった。また後日、ディオネの準備ができてからになったのだ。


「私さぁ、やっぱりデミストニアの方が好きだな」

「何だよ急に」


 『ラ・レビアン・ケイドリン』を出て、ケイドリンの大通りを進む僕にディオネが言った。

 あれほど楽しそうに話していた町のはずだが、何が気に召さないのか。


「いや、あれだよ。別にケイドリンが嫌なんじゃないよ」

「じゃあ、なんで」


 両手を頭の後ろに組んで空を見上げるディオネは、「うーん」と一つ息を吐いて考えた。

 隣まで進んで彼女の顔を見ると、眉間にシワを寄せている。


「やっぱり、生まれ故郷ってやつかなぁ」

「帰りたいってこと?」

「そうじゃないよ。ケイドリンとデミストニアを比べての話」


 てっきり孤児院のダルダラと双子が恋しくなったと思った。

 まだ彼女は孤児院に住んでいる。もう学園を卒業すれば別の住まいを探すことになるのに、彼女は孤児院に居座ろうとしているのだ。

 あの子どもたちの空気感が彼女には合っているらしい。僕は一日で限界だけど。


「ま、あと……何日だっけ? 建国祭?」

「あと十五日」


「じゃあ、あっという間にデミストニアに帰るんだね」

「帰り道の方が長いけどね」


 ディオネは「そうなの?」と言って、歩調を狂わせた。

 立ち止まったディオネは僕を見ている。細めた目で怪訝そうな表情を作っていた。


「当たり前だろ。帰りは乗り合い馬車だから」


 ディオネはデュランに乗せてもらえばいいと思っているのだろう。じゃないと、こんな話で歩くのを止めない。


「デュランさんに乗せてもらえばいいじゃん」


 ほら、大当たり。

 魔道車は父さんの持ち物だって忘れているようだ。それとも帰りもデュランだけが乗るとは限らない。

 四人と運転士の五人乗りの魔道車だが、あと一人が追加で同席されるのは僕の精神衛生上全くもってよろしくない。

 だが、一つだけ朗報がある。

 

「そんな贅沢はできないけど」

「けど?」


 止まっていたディオネが僕の方まで歩いてくる。少し期待するような彼女の金色の瞳から顔を背けた。

 不用意に近づかれては困るから、まっすぐ大通りを進む。

 曲がり道があればディオネは伝えてくれるだろ。


「ねぇ、先行かないでよ。続きは?」

「別に大した話じゃない」

「なんだよぉ、それ」


 彼女は僕の脇に肘を当てる。少し強めに。


「痛いって」


 黙ったままのディオネはまだ肘を僕にぶつけてくる。


「分かった。分かったから」

 

 ディオネは肘をぶつけなくなってつまらなそうに僕を見た。

 ……楽しくなってるじゃん。


「それで? その大したことない話は?」


 隣を歩くディオネは興味が失せたようだ。適当に話を逸らせば、また肘をぶつけてくるんだろうな。

 面倒臭いな、こいつ。


「帰り道は余裕があったら送迎馬車で帰ろうかなって話」

「帰れるじゃん、行きの費用が浮いてるでしょ?」


 ディオネの言った通り、普通に考えれば、今のところ予定していた出費は大幅に削減できている。

 だが、忘れてはならないのは考えないようにしていた前倒しの宿泊費だ。父さんが払っているのかも分からない。

 それで後先考えずに使えるだけ使えば……あとは言うまでもない。


「あまり使いたくないんだよ。色々あるから、お金は必要な分だけしか使えない」

「じゃあ、これから行く店は?」


 外で食べることは無駄使いなのかと聞いているつもりか。

 ……確かにそうだ。無駄使いだ。


「だったら、宿に戻る? 今なら全然戻れるでしょ?」


 歩いている場所は、『ラ・レビアン・ケイドリン』の門からそう離れていない。そもそも僕たちはまだ大通りを歩いている。

 全然戻れる。

 

「必要経費だから無理!」


 余計なことを聞いたと自覚したディオネは僕の前を歩く。

 別に昼食くらいのお金は出してもいい。送迎馬車に乗ろうとしなければ。


 なにせ送迎馬車は高い。二十日程度の貸し切りでも、とてもじゃないが手持ちの分では心許ない。






 * * *






 賑わうケイドリンの町並みも、デミストニアと比べれば大したことはない。漠然と似ているとも感じる。

 道幅はケイドリンの方がずっと広いが、行き交う人の多さは似たり寄ったり。それ以外は変わらない。


 この町を詳しく見るのは初めてだが、このケイドリンの雰囲気を見ると、ディオネの「デミストニアの方がいい」という話もあながち間違っていないと思った。

 今のところ、宿だけが凄いだけだ。やっぱりビクター兄さんに提案することを本格的に考えようかな。


 初めての土地で、赤茶色の屋根の似た建物ばかりだから、僕が今どこに居るのか見当もつかない。

 既に大通りから何度も曲がって、僕とディオネは細い道を歩いている。


「なぁ、食べ物屋はまだ?」

「もうすぐ」


 大人六人が横に並べるくらいの道幅だが、一緒に歩くディオネは口数が少なくなっている。

 正直、こんなところで迷ったなんて言われたら僕にはどうすることもできない。

 彼女だけが頼りだ。こんな調子では、五日間のうち一日だけでも散策しておけば良かった。


「そういえばさ」

「なんだよ」


 暑さに負けていそうなディオネが口を開く。

 なにか僕に伝えようとしているのか、それとも無駄話か。


「マイケルに頼んでたあれ、どうなってるかな?」

「どうだろうね。連絡来てないからわかんないけど」

「そんな調子で大丈夫?」


 そのままお前に返してやる。そんな足取りで大丈夫か?

 さっきから僕の歩幅に合わせて早歩きしているのは知ってるんだ。


「ちょっと! 速く歩きすぎだって!」

「こんなものでしょ、僕の速さは」

「はぁ? 急に速くなりましたー。本当はマイケルの件、結構気にしてるんじゃないですかぁ?」


 隣でうるさいディオネは僕をからかった。

 マイケルの事が気になっているのは確かだ。

 だが、デミストニアを出て十五日しか経っていないのだから、連絡が来るとしたら二十日前後だ。だから、気になっているけどどうにもならない。


 あいつには本の出版申請の代わりを頼んでいる。何回も修正申請をしているからもう大丈夫だと思うけど、相手は岩頭だ。何が出てきても不思議じゃない。


「マイケル、大丈夫かなぁ? ちゃんと仕事してるかなぁ?」

「なんだよ。そんな顔して」

「いやぁ、ファビオの思っていることを言ってあげてるだけぇ」


 だったらそんなこと思ってないから外れてるね。

 大外れでもないのが癪だが、概ね外れ。マイケルの仕事に心配はしているけど、そんな心配は通過儀礼みたいなものだとアンナさんが言っていた。

 仕事は適材適所、ってことらしいけど、そもそもあいつに適材適所ってあるのか?


「つまんないなぁ。全然反応よくないしさ」

「大げさに手でも上げてみようか? 心配だぁ! って」

「それはそれで白けるね」


 だろうよ。僕も自分でやってこれじゃない感があった。






 二人でケイドリンの町を散策していると、雰囲気が変わり始めた。僕は早く店に入りたいが、ディオネは歩きたいらしい。……本当に迷ってないよな?

 

 このケイドリンにも昼の休憩があるようで、細い通り沿いにある飲食店には色々な仕事着を着た男女が入って食事をしている。


「着いたぁ! ファビオ! ここだよ! ここ!」


 隣で歩いていると思ったら、駆け足で先を進んだディオネは、通りの交差点の一角を指差す。

 

「なんで騒ぐかな。みんな見てるじゃん」


 彼女が騒げば騒ぐほど昼時の町の住民から視線が集中した。

 本音を言えばこのまま踵を返して宿に戻りたい気分だが、「早く来てよ!」と大声を出しているディオネにやめさせないといけない。


 重くなる足取りのまま彼女が立つ場所まで進んだ。


「やめろって」

「なんで? 着いたんだよ?」


 周りの視線など元から気になっていない彼女は、「お腹、減ってきた?」と僕に尋ねた。


「ぼちぼちね」


 ディオネにそう返すが、正直食べるより休みたいくらいだ。

 僕も暑さに参っている。仕方ないだろ、五日間だらだら過ごしてたんだから。


「そっか! じゃあ、入ろっか!」

 

 そう言って、彼女は窓のある店の扉を軽々と開いた。

 その感じでは一度店に来ているようで、聞いていなかった僕は彼女の後ろで小さくため息をついて追った。

 昼時のようで、そこそこに人が入っている。店内はテーブル席のみの飲食店だ。


 白を基調にしたおしゃれで高級感のある装飾を見て、あれ? と彼女に近づいて耳打ちをする。


「おい。ここって高いんじゃ……」


 店に入ってから、ディオネは店員を待っている。

 案内されるまで待っている気のようだった。


「ちょっと。くすぐったいって」


 いきなり僕が耳元で話すのが間違いだったようで、ディオネは僕の顔を手ではたく。

 手に残った彼女の汗が気持ち悪いが、それどころではない。見るからに高そうな店なのだ。


「大丈夫か? あまり手持ちはないぞ?」


 そもそも、デミストニアとワグダラ王国では通貨が違うのだ。

 もちろん両替はしている。だが、持ってきた硬貨は少なくなった。


「大丈夫だって、ここ昼は安く提供してるから」

「本当だな?」

「本当だって。私、一回来てるんだよ? 心配しなくて良いから」


 ……だったらいいか。足らなくなったらディオネを頼ろう。

 だけど、やっぱり心配だな。

 ちょっと数えとくか。


「お待ちの方、どうぞ」

「はーい。ほら突っ立ってないで行こうよ」


 あまり混んでいなかったようで、ディオネに腕を取られて歩く。

 ちょっとだけヒリヒリしてきた僕の気持ちと同じように、肌もヒリついていた。


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