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「いやぁ、なんとかなったよぉ。ありがとうねファー君」
「何ともなってねぇんだよ。父さんにはしっかり報告してよ」
こんなに砕けて話せるのは、きょうだいのなかでデュランだけだ。大きな要因は、こいつの子供じみたやらかしの後始末に何度も巻き込まれたから。
誰だってデュランと暮らしていればこうなる。ちなみに僕よりエリー姉さんはデュランのことが嫌いだ。こいつのすぐ下のきょうだいがエリー姉さんだから、僕よりもデュランと暮らしていた時間は長い。
「えぇ、怒られるじゃん俺」
「だったら、家族全員に手紙で報告するよ『デュランが誰かの畑に魔法を打った』って」
「わ、分かった! ちゃんと報告する!」
デュランの打った魔法は土煙を上げて畑に大きな穴を開けた。岩の槍だから、消えることなくても速度は弱めて打ち出すことくらいできたはずなのに、そのまま打つからこうなる。
一際大きな音がなって、畑の所有者らしき男が来たから「休憩していたら魔物が畑を荒らしてまして」と話した。一応、「魔法の威力が大きすぎて申し訳ない」とも話してから慌てふためく二人を魔道車に詰めれば男が分かってくれた。
魔物なんていなかったが、魔法の威力が大きすぎたことは本当だ。嘘だが嘘ではないギリギリの話を信じてくれた男は「まぁ、魔物もあまり見かけなかったから対策してない俺もわりぃな」となぜかお礼まで言われた。食事を誘われたが、二人に話のボロを出されても僕が困る。
だから「ケイドリンまで向かってる最中でして、急ぎでもありまして」と申し訳なかったが誘いを断って、僕らはそそくさ魔道車を走らせている。
「本当にしっかりしなよ。それくらい」
「私のせいで、色々とすみません」
「いいよいいよ! 俺は気にしてないから!」
気にしてほしいと願う。どれだけ強く注意されても、本当に気にしていないデュランにはそういう人だと分からされられている。
ディオネはデュランの言葉を正面から受け取って「ありがとうございます!」と元気に返す。
確かに彼女の対応で間違いはないけれど、後始末をさせられたのは僕だからね?
君たち二人とも混乱して何言ってるか分からなかったんだからな。
結局、僕たちを乗せた魔道車は休憩――もといデュランのやらかしのあと、一度も止まることなく今日の宿場町まで着いた。
そこまで大きな町でもなかったので、魔道車は町の外れにある乗り合い馬車馬の一角に停めさせてもらった。
運転士は専用の宿があるらしく、そこで寝泊まりする。僕たち三人は今日の分の荷物を持って宿を探した。
観光の季節ではなかったのが救いか、すんなりと三部屋分をとれたのは疲れた僕にはありがたかった。
そして、夕日も沈み切って外の街灯が明かりを灯し始めた頃、土煙で汚れた体を拭り終えて二人と共に夕食をとることになった。
夕食付きの泊まりにしたから外に出ることはないけど、それなりに賑やかな外の声に耳を傾けてパンを一口かじる。口いっぱいに感じる小麦の匂いの他にほんのりと香る乳酪が心地良い。このパンは肉に合いそうだが、僕たちが囲む机には豆のスープと申し訳程度のサラダに特産らしい鳥のゆで卵だけ。肉はないらしい。
特産なら、鳥肉の一枚くらい出せよと思ったが、どうせ言っても言わなくても出てこないのは一緒だ。せっかく体を拭ったのにまた汗を掻くのはやめた。
豆のスープを上品に掬って飲んでいるデュランに、口いっぱいに卵を頬張っているディオネ。食事の時だけ静かになる二人に僕はへんな共通点を見つけた気がした。
卵で喉を詰まらせたディオネが急いで水を飲み干すと、デュランの方を見て息を整える。
「あ、あの! 一つ聞いても良いですか?」
「……俺? なになに?」
デュランの言葉に頷いた彼女は、静かに食べるデュランに言葉を選んでいるようで少し間をとってから口を開く。
「えぇっと、この、魔道車って動力は何で動いてるんですか?」
「動力?」
ディオネの質問にデュランは掬っていたスプーンを豆のスープの器に戻して聞き返すと、「あ、えっとぉ」と視線を僕の方に向けた。
多分、昼間のデュランとは全然違う対応にディオネは戸惑ってるんだろうな。初見だったらデュランが怒ってるように見えるからね。仕方ない。
でも、僕はお前の保護者じゃないんだぞ? それくらい一人で――。
「動かす力のことかな? ……それなら、俺のマナで動かしてるよ」と微笑みながらデュランは続けた。「でも操作は運転士の人だから、マナだけ使ってるって感じだね」と言って、すぐにスプーンを持って食べ始める。
「しんどくなったりしないんですか?」
「全然だね。俺こう見えてマナ容量多いから、この町からケイドリンまで一気に行っても持つと思う」
「す、すごいですね……」
驚くディオネは話が終わったと感じてパンをちぎって食べる。
頷きながら食べる姿を見て、デュランの言葉の意味を全然分かってないことが僕にはよく分かった。
「それってどれだけすごいの?」
「うーん? どうなんだろうね? 今日のマナの減り具合で言ってるだけだからね」
デュランはそう言ってまた食べ進める。食事は食事。と区別して考えるデュラン。
一日中こんな調子だったら良いのに――いや、それはそれで不気味だ。
パンを飲み込んで少し考えるディオネは面白くなさそうにスプーンを持って、豆のスープをかき回す。
ケイドリンに着けば、こんな風に気楽に食事はできないだろう。
「マナ……ですか」
「そう、マナ。ディオネちゃんは多くなさそうだね」
「はい、魔法なんて使ったら気を失います」
「じゃあ、ファー君と一緒だ」
ディオネのことを聞いてから、僕に笑いかけるデュランに「一緒って言い方はディオネに失礼だ。僕は使う以前に魔法酔いで失神する」と返す。
マナ関連に関しては、三男と次女の出がらしを一身に引き受けたのが僕だ。
生活する為のマナの消費は問題ないとしても魔法を打つなんて……無理だ。死んでしまう。
「そっかぁ。ファー君は出がらしだもんね」
自分で言うのは苦ではないけど、人に――それも魔法の才能出がらしにした張本人その一に指摘されるのは嫌だ。
「でも、魔術も無理なのかい?」
「十秒持てば拍手喝采って具合だね」
「全然ダメじゃん」
そう、本当に僕にはダメなのだ。もう慣れたけど、子どもの頃はそれはもうデュランとエリー姉さんに劣等感を抱いて仕方なかった。
目の前で座るこいつはそんなこと関係ないと僕に構ってきたけど、エリー姉さんとちゃんと話せ始めたのは、ゼクラットおじいさんが亡くなってからだ。
それまでは恥ずかしいけど、尖りまくっていたのだ。家族限定で。
「だから、アースコット教授の講義を見学にしたんですか?」
「そうだよ。講義毎に失神するより見学していた方が効率が良いって言ってね」
「でも、それで……」
「大揉めしたよ? 結局、教授会議に呼ばれたから無理に魔法を打って分かってもらったけどね」
ちなみに了承と謝罪の説明付きだ。
勿論、失神していた僕をアースコット教授の部屋で寝かせてもらったから、彼と仕事の縁ができたのだけは良かった。哀んだ目で僕を見たアースコット教授に、昔の尖った僕が出てきそうになったのは良い思い出でもある。
「見たかったなぁ、ファー君の魔法」
「何言ってんの? 四、五年前の話だから、もう何の魔法を使ったのか忘れたから無理」
デュランが笑って「そっかぁ」とパンを頬張る。後一枚だったパンだったから、これで夕食は全て食べきった。
そこそこお腹も膨らんで少しばかり眠くなる。目の前の二人は水を飲んで一息ついている。
「そういえば、デュランさんに聞きたいことが……」
「どうしたの? 何でも聞いて」
食卓にコップを置く二人。ディオネは僕をチラリと見てからデュランに聞いた。
「ビクターさんから一緒にって話でしたけど、デュランさんはどうしてケイドリンに?」
ディオネのその質問に、僕もハッとした。
確かにデュランはビクター兄さんに頼まれて僕たちを迎えに来てくれたけど、そもそもデュランはなんでケイドリンに行くんだ?
別に建国祭に出席する必要もないはずだ。
「言ってなかったっけ?」
「言ってないね。聞いてもなかったけど」
ディオネの質問に戸惑っているデュランは僕の方を向く。僕もデュランのとぼけに返すけど、それをまず僕が聞かなかったのはやっぱりデュランの減らず口のせいだと思った。……断じて、ディオネと二人だけでケイドリンに向かう事が不安だったわけじゃない。騒がしい人が一人くらいは欲しかっただけだ。そんな騒がしい人の中でも一際騒がしいヤツが来たのは誤算だったけど。
デュランは少し思い出すようにこめかみを押す。これはデュランが何かを忘れている時にする仕草だ。忘れるくらいの大した用事じゃなさそうで、この調子では帰り道はデュランと別々になりそうだ。
「そうそう! 思い出した!」
夕食も終えて昼間の調子に戻りだしたデュランは食卓を、トンッと軽く叩いて笑顔で僕たち二人を見る。
「ケイドリンにはさ、父さんに来いって言われてさ!」
デュランの言葉に、一気に目が冴える。
目の前で身振り手振りで話すデュランを見て、過集中を起こした時のような周りの音が聞こえづらくなった。
「魔道車も父さんのだし、俺の旅費も父さん持ちで」
デュランが嘘をついている様子ではないのが僕にとってはよろしくない。
夕食後に聞くような話ではないのは確かで、僕は痛み出したこめかみを軽く押しながらデュランの話を聞く。
「出国許可証もだ! 父さん持ちだから、本当に俺タダで旅行中だね!」
「凄いだろ!」と僕に話すデュランに「……凄いもなにも父さんが凄いだけじゃん」と返すのが精一杯で、ディオネに至っては「へぇ、私たちもケイドリンの建国祭って行事に参加するんです」とデュランの話を続けようとした。
「そうなの? 俺も父さんから建国祭に出席しろって言われてるけど? ファー君も?」
嫌な汗が額に滲む。
そうか。デュランも建国祭にか。絶対なにか仕込んでいそうな臭いがプンプンしてきた。
宿の食事場は小麦のよい香りが漂い続けているが、これから先のきな臭さに鼻がもげそうになる。
「おーい? 大丈夫かい? 食あたりでもした?」
デュランの話に答えない僕を心配したデュランが話し掛けてくる。ディオネも不思議そうに僕を見るから、仕方なく答える。
「とりあえず、ケイドリンに着いたらすぐ下ろして」
「なんで? 父さんに挨拶でもしたら?」
そう話すデュランに「会いたくないからにきまってんだろ」と返して立ち上がって宿の部屋に戻る。
後ろから「まだ父さんと気まずいんだ」とデュランの声が聞こえてくる。
当たり前だろ。あの人は、ゼクラットおじいさんの葬儀に参列しなかったんだ。唯一の息子の癖に。
だから、あの人とできるだけ会わないように心掛けている。自分のした事をそのまま返してやっているんだ。




