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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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7


 もしも、僕たち六人きょうだいで誰と一緒に住むかと誰かに聞かれれば、僕は迷わずビクター兄さんを選ぶ。

 アレックス兄さんは気ままだし、キャロン姉さんは何考えているか分からない。一人飛ばしてエリー姉さんなんて一緒に暮らしたら何個命があっても足りない。

 そんな中、デュラン兄さんだけは僕によくしてくれる。でも、一緒には暮らしたくない。


「ホントさ、ビクターは人使いがなってないよね!」

「そ、そうなんですか?」

「そうだよ! この前だって魔鉱石の採掘を増やせって言ったら減らせってさ」


「困った兄だよ。全く」と僕とディオネに向かい合って、話す口が止まらないデュラン兄さん。

 魔道車の駆動音は静かで振動も少ない。快適な乗り心地だがデュランの話だけは、止まらない。


「それでさ、山師組合も最近は忙しくてね」

「そうなんですか?」

「うん、商会ギルドって連中も参画し始めてね」


 ずっと話すデュラン兄さん――いいや、デュランで。本当にずっと話すデュランにディオネも『そうなんですか?』としか返事を返していない。

 魔道車に乗り込んだ時は、目を輝かせて「初めて乗りました! 中って案外広いんですね!」とキラキラしていた。

 デミストニアを離れてからも、ネタ帳を広げてデュランの話を参考にしていたりとよく相手をしていたが、今はもう死んだ目をしてデュランの話を聞いている。


 この男、昔からそうなんだが一度話し出すと食事の時間になるまで止まらない。

 

 だから、僕はデュランと一緒に暮らしたくないのだ。一人で本を読むなんてことはデュランと一緒に暮らしていたら絶対にできないから。


「けどさ、乗り合い馬車を使うなんてファー君は倹約家だね。前は絶対に楽な方を選んでたじゃん? 心変わりしたの?」

「心変わりというより、お金だよ。ケイドリンまで行くのにちょうど良いのが乗り合い馬車しかなかったから」


 デュランの一人語りが、僕の話題にすり替わった。

 相手にするのは七面倒ではあるが、猫背になっているディオネを見たらいたたまれない。あと、ファー君って言うな。子どもの頃の愛称だろ。お前だけ山に籠って時間の感覚なくなってるんじゃないか?


「そういう所、ビクターは凄いよね!」

「……なにが?」

「だって、ビクターが『ファビオが乗り合い馬車でケイドリンまで行くようだから、乗せていってやれ』って俺に言ってさ」

「ビクター兄さんが?」

「そう! 時間とかも全部ピッタリ当ててんの! やばいよあいつ!」


 お前もやばいけどな。あとあれは、母さんに乗り合い馬車にかかるお金を言ってやったのが、ビクター兄さんに伝わっただけだと思う。別にビクター兄さんは凄くない。可哀想なだけだ。


「それでさ――」


 聞き手のことなんて考えないデュランのことは、もう適当に相づちを打つだけでいい。

 でも、こいつが持っている魔道車については羨ましい。


 そもそも乗り合い馬車場でデュランに捕まってから、こいつは「一緒にケイドリンに行こう!」と元気のない僕を引っ張ってどこかに連れて行こうとした。


 少し歩いて何かを思いだしたデュランが「そういえば……デオンさん? って女の子も一緒だって聞いたんだけど?」ディオネのことを何も知らない様子で立ち止まって、「デオンさぁーん! いますかぁ!」なんて整理員もびっくりの声量で尋ねて回った。

 当然、こいつに捕まっていた僕の耳は潰れかけた。


 おずおずと人見知りを発動させたディオネがデュランまで歩いて「多分、私です」と声をかけるまで続いた大声。

 「君がデオンさんだね! よし! 荷物は持ったかい?」と聞くと、ディオネが急いでマックスに荷物を下ろしてもらっていたのは、少しだけマックスに申し訳なかった。でも別にそれが仕事だから今は何とも思ってない。

 『デオンさん』呼びを続けていたデュランに「デオンじゃなくて、ディオネな」と訂正するまで続いたデュランの暴走――もとい通常運転は一旦収束した。こんな奴でも名前を間違えたことには罪悪感があったようだ。僕は嬉しかったよ。少しは人間力が成長したようだ。


 ……僕よりも五つも上の年に産まれているんだから当たり前だが、それでもどこか幼稚だと思っていたデュランの成長に僕は意外にも感動したのだ。






「おーい。ファー君聞いてる?」

「き、聞いてますよ」

「いや、全然聞いてないじゃん。ずっとそうなんですねってばかりでさ」


 少し早朝のことに思いふけてしまって、デュランが言うように全然分かっていない。

 魔道車の車窓と呼ばれる吹き抜けに肘をかけて、僕をふて腐れた顔で見てくる。

 なまじビクター兄さんとよく似ている顔つきのせいで、絶対にそんな顔をしない商会の執務室で今も唸りながら仕事をしているだろう彼と重なった。


「少し停めて休憩する? この辺はまだデミストニアだし」

「いいんですか?」

「いいよ。そんな急ぐことでもないし、俺はまだまだ余裕だから」


 デュランはそんな調子で、魔道車の前方にある運転士が乗っている席に向かって「あと半分くらいで今日の宿場町につけるはずですよね!」と一際大きな声を出した。


「えぇ、さっきの町の距離を考えれば半分程度ですね」

「そうですよね! じゃあ、休憩しましょう! ちょうど俺も体が凝ってきたんで!」


 運転席に座って、魔道車を操作しているらしい彼は「適当に停めますね。魔物にはお気をつけて」と言った。


「分かりました! 気をつけまーす!」


 運転士にそう返したデュランと彼のやりとりを見ていたディオネは「だ、大丈夫なんですか?」と首やら肩を回すデュランに聞く。


「大丈夫、大丈夫。俺、こう見えて魔術士だし」


 デュランはそう答えて、くすりと笑って片目を閉じた。だが全然慣れていないようで、閉じていない片方の瞼がピクピクと動いている。

 そんなこいつを見て、ディオネはデュランの言葉に一拍ほど置いた。

 明らかに驚いているようだった。


「マ、魔術士ですか! 全然そう見えなかったです!」


 ディオネの言葉に僕は思わず笑ってしまった。デュランはデュランで「見えなかった? よく言われるけどね!」と豪快に笑っているし、前に座っている運転士の肩も笑いをこらえているようで小刻みに動いていた。






 六人きょうだいの中で、誰が何の一番なのか。

 アレックス兄さんは……どうだろ。やっぱり統率力が一番だな、長男だし。

 次いでビクター兄さんは……頭脳だ。今は疲れた顔をしているけど、あの人が学園の試験で間違えたことがない完璧な首席で卒業したのは、今も学園では語り草になっている。

 キャロン姉さんは、総合力か。何考えているか全然分からないけど、大体何でもできるらしい。

 それから、エリー姉さんはやっぱり喧嘩だ。本当に子どもの喧嘩では負け知らずだったし、今でも本気を出せば岩くらい素手で砕けると思う。


 そして、デュランだ。こいつはなんと言ってもきょうだいで唯一、魔法の才能を持っている。

 僕は何度その才能の爪垢程度をエリー姉さんに渡してやらなかったのかと、その理不尽さに憤慨したか数え切れない。


「えぇ……見たいの? 山で使ってる魔法を?」

「はい! 学園でもアースコット教授が偶に魔法の手本とか見せてくれますけど、種類が多くなくて」

「ふーん、まぁいいけど……派手な魔法でもいいんだよ?」

「いえ! 何というか実用的なのが見たいんです!」

「そうなんだぁ。なんかディオネちゃんは変わってるね」


 一面の畑の真ん中。適度に舗装されていてある程度の馬車の往来があるところで、運転士は道を外して魔道車を停めた。

 魔道車から下りれば、心地良い風が僕の体を通り抜けて、滲んだ汗が飛んでいくような感覚さえあった。


 早朝から魔道車にずっと乗っていたせいで、固まった体の関節をひととおり伸ばす。一息ついて、先に魔道車から下りていた二人に向かって歩く。息をするごとにデミストニアでは嗅ぐことがない新鮮な土と花の香りが、僕の鼻を楽しませてくれている。


「ディオネ、そんなにデュラン兄さんを困らせないでよ。あんなんだけど、萎えた時の落差が激しいからさ」

「おいおい、ファー君。そんなことはもうないって、それにあれは魔術士特有の成長期みたいなものだし。アースコットに習っただろ?」


 たしか、魔術士の才能に比例して感情の双極性が増すことがあると教えてもらったが、そんな話は間違っていると思う。だったら、エリー姉さんはどうなんだって。そういうことだ。


「別に何でもいいけど、本当に打つんだったら畑に迷惑かからないようにね」

「あたりまえじゃん。俺だってそんなことはしないよ」


 二人のすぐ近くまで歩いてデュランに注意するよう話すが、まるで子どもの我が儘を聞く親のような顔を僕に向ける。

 僕だってそんなことはデュランに話したくないが、こいつは一度やらかしている。


「忘れたなんて言わないでよ。家の敷地の半分を更地にしたこと」

「……わ、忘れてなんかないさ」


 なんだその間は? 絶対忘れていただろ。

 僕から視線を逸らすデュランはワクワクして待っているディオネに「じゃ、じゃあちょっと軽めに打っても良いかな?」と聞いた。

 元気よく「大丈夫です!」と頷いて答えるディオネは、魔道車に乗っていた時の死んだ目はどこかに行ったようだ。


 なんで、こんなところで魔法を打つんだと頭を抱えたい僕とは対照的に、二人は乗り気だった

 ディオネ、目の前のそいつは面白半分でどんな威力か分からない魔法を平気で打つヤツだぞ。少し位置が違っていたら、きょうだいで唯一の犯罪者になっていたヤツだ。もう、乗り気にさせないでくれ。頼むから。


「じゃ! 山でみんな使ってる魔術『チャージ』を使うね! ディオネちゃん知ってる?」

「し、知らないです! お願いします!」


 その魔術はアースコット教授の最初の授業で習ったはずだけどね。

 とんでもない魔術に使うなよ。頼むから。


「攻勢魔法の威力倍加魔術なんだ! 今回は――」

「【岩の槍(ロックランス)】で、それも小さくしてから『チャージ』して」

「えぇ、【風を巻き上げる魔法(テンペスト)】に『チャージ』して打とうと思ったのに」


 やっぱりバカだ。ディオネの期待に応えたがって、広範囲の風魔法を打とうとしていやがった。だからデュランは面倒なんだ。そんなことしたら、畑にも被害が及ぶ。


「ファビオのお願いだし、それで行くかぁ」


 当たり前だ。それにお願いじゃない。

 ディオネはデュランの横で「テンペスト? ってものも見たかった」と僕にグチグチ言っているが、もう聞こえないふりをする。


「よし! ディオネちゃん見ててね!」


 デュランはそう言って左手を前に出す。

 その手の先から、可視化されたマナが魔法陣を瞬時に書き上げる。少し茶色に見えるその陣の中心から、形成される岩の槍(ロックランス)。小ぶりでデュランの肘から先の腕くらいの長さしかないそれに、デュランは『チャージ』をかけた。


 途端に、倍以上大きくなる岩の槍(ロックランス)。少しデュランから離れたディオネは「すご」と呟いて食い入るように見ていた。


「もういっちょ!」


 デュランのかけ声に、もう一度『チャージ』された岩の槍(ロックランス)すでに最初に形成されたそれよりデュランの身長くらいはありそうな長さになった。


「よぉし、それじゃあ打ちまーす!」


 とデュランは空めがけて大きくなった岩の槍(ロックランス)を打ち出した。

 すぐに空に舞い上がった岩の槍(ロックランス)に「すっごい! 凄いです!」と興奮するディオネに気分が昂ぶっているデュランは「そう? 俺って、やっぱり凄い?」と鼻を触って照れている。


 僕は二人のことなど見ず、空に打ち出された岩の槍(ロックランス)が落ちていく様を見続けていた。明らかに畑の方向に落ちているそれに僕は頭を抱えた。

 あれだ。安全姿勢とこれからのことを考えた掛詞である。


 バンッと大きな音と共に地面が揺れた。うっすら土煙が上がると、デュランはやらかしたことに気がついたようで「やばい!」と慌てれば、何が起こったか分かっていないディオネの顔に野菜の葉っぱが当たった。


「なに! 目が見えない! 助けて!」


 ディオネの慌てふためく様と、デュランの「どうしよ! どうしたら!」と忙しなく足踏みする様子に僕はまだデミストニアを出て半日も経ってない現状に気が遠くなった。


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