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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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4


 遺憾ながら、ケイドリンに行くことが用件のようで、店のこととか本の出版申請のことにどうしようと考えるだけで肩が重たくなる。

 びっくりもできないくらい、とんでもないところに僕とディオネを行かせようとしている。他国だぞ? 馬車で二十日だぞ? 勘弁してくれよ。本当に。


「じゃあ、ディオネちゃんは初めての王国ってことね!」

「そうです! ちょっと不安ですけど、楽しみです!」


 僕は大いに不安です。誠に心配になります。


「なんでそんな死んだ目をするのよ。ちょっとした旅行だと思えば楽しみでしょ?」


 僕の方を見た母さんは、僕の態度が気に食わないようだ。

 ケイドリンに行けと言ったのは母さんだ。感情が抜けても良いじゃないか。昨日の今日知らされているんだぞ、僕たちは。

 あと、ディオネ。お前もなんで乗り気なんだよ。


「……旅行って、馬車とか諸々の算段をこれから考えないといけないじゃないですか? やってくれるんですか?」

「する訳ないじゃない。あなたも大人でしょ? 一人でできるわ。それくらい」

「いつまでにケイドリンに着けってことも、なにも聞いてないのにできるわけ――」

「夏の建国祭にはって書いてるわ。良かったわね、あと……」


 一日中暇にしている母さんだから、日にちの感覚も分からなくなっているようで、「どうだったかな?」と考えている。

 仕事を引退してそんな一年くらいしか経っていないのに、そんなことも忘れたか。僕では面倒を見切れない。


「王国の建国祭でしょ? 八十日くらいあるんじゃないかな? まだまだ時間はあるけど」

「そうなのね! だったらファビオ、お願いね」


 仕組まれた感はどことなくあるけど、それはもう母さんに会いに来た時点で覚悟していた。

 ケイドリンに行けなんて話までは予想していなかったけど。


「助かるわぁ。ありがとうね二人とも」


 手うちわで扇ぐ母さんは、椅子にもたれたままだ。

 話す内容もなくなった様子で、ディオネと止まらずに話し続けていたさすがの母さんも、話のタネがなくなったようだ。そんなに満足されても困る。

 ケイドリンに行けと僕たちに言っただけで、その建国祭までにという約束事は誰とした? そもそもケイドリンにはどんな用事で行くのか聞いていない。


「母さん、あのさ」

「なによ」


 なんで、そんなに満足しているのか? まぁそんなことはもう聞かない。意味なんてないんだろうし。

 ディオネだって、僕が話し始めたら少し不審がって眉をひそめている。横にいても見えるんだぞ。お前の顔。


「ケイドリンには何で行くんですか?」

「そんなの馬車でしょ? あなた大丈夫?」


 あんたの方が大丈夫か? 何で行くんですか? って聞いて……まぁ馬車で行くんだけど、そうじゃないじゃん。どんな用事でってことじゃん。


「イレニア様、ケイドリンに行く目的ってなんですか? その建国祭? って言う日の前に着くようにって話でしたけど」

「そのこと? あぁ、ファビオはそれを聞きたかったの?」


 得意げな顔で僕を見るディオネは一旦見ないようにする。腹が立つから。

 なぜなら、私の方が相手を思って伝わるように話してますけどぉ。とか思っていそうな顔をしているのだ。見ない方が精神的に楽できる。

 母さんが僕に「仕方ないなぁ」と話す。最初から話してくれればそれでいいのに。ここまで話すだけでも疲れてくる。


「そうねぇ。どこから聞きたい?」

「最初から全部聞きたい」

「しょうがないなぁ」


 怒りは自分で制御する。でないと身が持たない。

 母さんは手紙を片手に話し始めた。


「最初からねぇ。議長の時の話だからそこまで覚えてないけど――」


 一年以上は前の話だな。

 待ってくれ。この話って結構長くなりそうなの? 僕、余計なことしたか?


「ザックが――あぁ、ディオネちゃんにも分かるように言わないとね」

「あ、ありがとうございます。助かります」


 父さんが絡んだ内容? 聞きたくないんだけど。今からでも辞められます?


「なによ」

「なんでもないです」


 僕の視線に気づいた母さんが鋭い視線を僕に返す。そういうところは全然変わってないのが怖いところだ。エリー姉さんの親って感じがする。

 まぁ、言い返して怒られるのは嫌だから、とりあえず母さんの話は全部聞くことにしよう。昼の店番は……もう無理だな。昼と知らせる鐘が鳴った。


「もう昼ね。ファビオどうする? 話し続ける?」

「続けてください。夕方に町役場に行く用事があるんで」

「そうなの? 経済広報課?」

「はい」


 よくもすらすらとここまで嘘を言えたものだ。町役場に行く用事なんてないが、そうしないと時間が経つばかりで肝心の話が聞けない。

 だからディオネ、そんな顔をしないでくれ。まるで犯罪者を見るような目じゃないか。


「じゃあ、手短に話そうかしら」


 そう言って、母さんは手紙を見て昔を懐かしむように微笑んだ。

 子どもの頃の僕が今の母さんを見れば、何と表現するのか気になる。多分『エリー姉さんと瓜二つだ』とかそんな感じの感想だろうな。

 横に立て掛けている絵画の雰囲気とまるで同じそれに、やっぱり親子なんだなぁ。と感心させられた。

 横に座っているディオネもツバを飲み込んで喉を鳴らす音が聞こえた。




「私にね。どうしても相談したいってケイドリンの人を夫に紹介されてね。私は初対面でその人のことはよく分からなかったんだけど、受けちゃった」


 うん? 父さんの紹介で初対面の人に相談を受けるのは分かるけど……それがどうして僕たちにつながるんだ?


「受けたことはいいんだけど、夫から説明があるかなって待ってても全然こなくてね」


 う、うん。そうなんだ。父さんから説明なかったってこと?


「それでねぇ……忘れてたの。相談のこと」

「忘れてた?」


 声に出してしまった。

 途端に母さんから滲む怒気に鋭い視線。


「何? ママだって忘れることくらいあるわよ、ファビオは私にどんな想像してたのよ」

「すごく仕事できる人だと」

「そう? まぁ、ファビオの想像通りなんだけど私も人間よ。忘れる時くらいはあるわ」


 母さんの指向性のある怒気が霧散して、どう射抜くか観察しているような視線も柔らかくなった。

 言葉通りに受け取ってもらえて何よりだ。こんなところで怒られて、ディオネのいる空間でそんなことされてみろ。次の日には「原稿ができました!」とか言って今日のこと原稿にしてくるぞ。


「まぁ、ファビオもちゃんと話聞いてね」

「すみません」


 母さんの一言でなんとか最悪の事態を免れたが、まだ肝心の内容は聞いていない。突っ込みたくても耐えろ僕。

 おい、ディオネ。お前なんでネタ帳持ってんだ? それ、どこに隠してた? ショートパンツに? ……器用なことで。


「えっと、たしか……」

「イレニア様、お忘れになった時からです」


 話の続きを忘れた母さんを助けるディオネ。それに関しては助かる。僕が言えば一言くらいは余計なことを言ってしまうから。

 

「そうそう、そこからね! ありがとう、ディオネちゃん」


 ディオネの助けを借りた母さんは、手紙に目を向けることなく僕たちに微笑む。

 

「それで、夫から手紙が来てね。『ケイドリン郷のこと忘れてないか?』って手紙で思い出したってことなの!」

「ケイドリン郷?」

「そうよ、ファビオ。王国貴族からディオネちゃんに会いたいってファンがいるの! 凄いことよ!」


 そんな凄いことを忘れる人がいるようだな。我が母親ながら、なんと表現すればいいのやら。

 感情豊かにコロコロ変わる母さんの表情と、驚いているディオネ。僕にとっては、だからなんで? と疑問しか浮かばないし、繰り返しているように感じるのは僕だけみたいだ。


「それで、なんで僕とディオネがケイドリンに行くんですか? その貴族様から招待されて建国祭に参加するってことでもないでしょ?」

「あら、ファビオ。よく分かってるじゃない。あなたの言った通りよ」


 母さんに褒められてもこの年では嬉しくともなんともないが、そうか。建国祭に招待されたのか。僕とディオネ。ふーん。ん?


「それって……本当の話? 誇張しているとか?」

「ないわ。ケイドリン郷が私に直で会ったのよ? 国も違うし、あなたもディオネちゃんも未成年だし。去年は無理だと断ったけどね」

「じゃあ、なんで今年は――」

「あなたが成人して、ディオネちゃんも今年が卒業の年だからよ」

「それだけで?」

「それだけよ」


 なんでだよ!

 と立ち上がって抗議する事はできるが、そんなことはしない。なぜなら相手が母さんだから、後のことが怖いのだ。

 ビクター兄さん相手だったらそうしていたかもしれない。後の事なんて関係ないくらい厄介な仕事を持ってくるから。

 母さんの物言いに少しだけ息が荒くなっている僕に代わって、ディオネは立ち上がった。


 言ってやれ。ケイドリンなんて行きません。って。

 僕は父さんが関係しているかもしれないこれに、行きたくないのだ。それに他国だし、片道二十日だし。


「私のファンですか!? 凄いですね!」

「凄いことよ! さすがねディオネちゃん!」

「ありがとうございます! でも……」


 よし、言ってやれ! 「でも、私行きたくないんです!」って!


「でも、礼儀作法とか諸々習ってないんですけどいいんですか?」

「そんなの良いに決まってるわ! 私も一度建国祭に行ったことあるけどそんな作法なんて誰も気にしてなかったわ。大丈夫よディオネちゃん」

「そうなんですか。……じゃあ、私行きたいです!」


 肘が痛い。

 この肘置き付きの椅子はダメだな。すぐ掛けた腕が外れる。

 だけど……ディオネさん、やっぱりあなたはそうなのね。専属作家の契約をしていなかったら、ぶん殴ってやりたい。

 なんで行きたがるんだよ! 片道二十日だぞ!?


「楽しみです! 少し遠いみたいですけど物語の参考になりそうです」

「本当? そう言ってくれて助かるわ」


 ……僕のことは? 二十日も店を開けることが決定した僕のことは?


「最近、ネタ……じゃなくて物語の展開に苦労してたので、イレニア様のお話は本当に助かります! 私、良い物語を書けるように色々勉強してきます!」

「あら! 嬉しいことを言ってくれるのね! ザックに感謝しないと、新しい本期待してもいいかしら?」

「はい! 真っ先にイレニア様に読んでもらえるよう頑張ります!」


 そこからディオネと母さんの話はまた枝が伸びて、昼の食事まで実家で食べることになった。

 運良く、そのあとお開きになったが、ケイドリン行きの概要は後日母さんが紙にまとめて僕に送ってくれるらしい。

 僕はずっと頭を抱えて肩が落ちたままだった。


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