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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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3


 昨日はディオネとネタについて、というより今後の制作についてあーでもないこうでもないと一緒に悩んだ。彼女は服装のことで悩んでいたけど。

 ただ、僕にとっては初めての経験ではあったが、僕より動揺していたディオネは何度もネタがない経験をしていたようで、休憩室での一件はディオネを迎えに来た送迎馬車の音で終わった。

 ここ最近はいつも悩んでいるし、こういった経験はあると言うディオネに、少し無理させていたのか不安になったが、そうは言ってられない状況なのは間違いない。

 ビクター兄さんとの条件も達成していないのだ。もう少しだけ無理をしてほしいところである。


 そんな昨日から一転して、今日はディオネと一緒にライフアリー商会に来ている。待ち合わせは小さい方の鉄門の前だ。書店から一緒に歩くのはディオネの無駄話を聞くのが面倒だから。それに、もっと面倒なことは朝のうちに終わらせたい。

 母さんに昼から店番すると言えば帰らせてくれそうだし。

 今日の店番もマイケルとセイラちゃん、レイラちゃんの三人だ。二人はしっかりしているからマイケルのこともちゃんと見てくれる。

 生意気加減も大きくなっているから、特に問題はないと思う。


 鉄門の前で少し待っていると、これから夏に差し掛かろうとしている季節を先取りして、真夏の服装を着たディオネが歩いてきた。

 短いショートパンツに少しオーバーサイズの白いシャツ。あとは、……大きなツバの麦わら帽子を被って。


 ……普段着かな? 昨日あれだけ服装を悩んでいたはずなのに、答えは普段着だ。……本当にディオネのことがよく分からない。


 結局、順調に合流した僕とディオネの二人で商会の中に入る。中は特に目新しいことはなく、通運は忙しそうに走り回って商会の前には馬車と魔道車が停まっている。少しだけ魔道車の比率が増えてきたかなって感じだけど、僕には関係ないことだ。


「それで? イレニアさんの話って何だろうね」

「知らないよ。僕だってディオネと一緒に知ったんだから」


 隣を歩くディオネは僕に「本当にぃ?」と嫌みっぽく聞いた。

 そんなことで嘘をついてどうするんだ、とは思うが、彼女に突っかかったら面倒だからそのまま実家に向かって歩く。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 ディオネが僕の後ろで叫ぶがどうせ小走りで追いつく程度だ。待つ必要なんてない。

 嫌だなぁ。母さんと会うの。話が本当に長いんだから。






 実家に着けば、ここには母さんしかいない。

 厳厳密にはビクター兄さんが商会の建物で仕事をしていて、アレックス兄さんは通運で仕事をしているはずだから、この敷地には家族が三人いる。

 でも、エリー姉さんがタングリング領に嫁いでから、実家で暮らすのは父さんと母さんとビクター兄さんの三人だけだ。

 アレックス兄さんはエルマリカさんと二人で暮らしている。――あぁ、少し前に赤ん坊が産まれているから三人か。


 父さんは帰っていないようだし、ビクター兄さんは仕事が終わるまで家には帰ってこないから今実家にいるのは母さんだけということだ。


「ディオネちゃん! これも見てよ! 良くできてるでしょ!」

「本当だぁ! 凄く可愛いですね!」


 実家の応接間で僕と母さんとディオネの三人で話しているけど、案の定僕は蚊帳の外である。それは分かっていたことだ。

 今も、母さんはディオネにアレックス兄さんの子どもの絵を見せて、キャーキャーと話している。母さんが議長職を引退してからというもの、ずっとこの調子なのだ。


 けれど、実家の玄関を開けた先が花と絵画で埋め尽くされているのは、僕も驚いたよ。入った時、とんでもない量の花が僕たちを出迎えて、一瞬、他の人の家かと思ったくらいだ。


 あまり思い出のない実家ではあったが、僕もそれなりに愛着はあったようで、その変わりように悲しくなった。


「ほら! ファビオも見なさいな! あなたの姪っ子よ!」

「何度も見てるし、実物にも会ってんだから別に良いよ」

「何言ってるのよ! ファビオもあんなに可愛かったのに、こんな大人になって」

「それは画だから、ずっとそのままだけどね」


 仰々しい仕草は親譲りか。

 別に、画の中のその子はそのままなのだから、見たい時に見られる。そもそもそれを描かせたのは母さんだけど。


「エリーちゃんも嫁に行って、私寂しいわ」

「そうですよね。イレニア様、一人で広いお屋敷に住まわれてるんですから。私もそう思います」

「ありがとう、ディオネちゃん。でも、いいの。息子連中は不甲斐なくてもザックが帰ってきてくれれば」


 しれっと、僕を見て遠回しに貶す。

 母さんは一人で実家を満喫してそうだけどね。僕は言わないけど、ビクター兄さんは嘆いていたよ。「早起きに付き合わされるのが辛い」って。


「そうだ! エリーちゃんの婚約姿の絵もあるのよ! ディオネちゃんも見る?」

「いいんですか!? 是非見たいです!」

「ちょっと待ってて! 最近届いたから持ってくるわ!」


 途切れる気配もない母さんとディオネの無駄話はエリー姉さんの婚約まで枝が伸びた。

 この調子だと、実家に泊まっていけって言われるような気がする。

 まだ昼にもなってないけど。


 母さんが応接間から出て行けば、さっきまで楽しそうに話してエリー姉さんの絵を待っているディオネを呼ぶ。


「母さんが戻ってきたら、ここに来させた用件を先に聞くから。いいよね?」

「えぇー、見たいんだけどエリザベスさんのウエディングドレス」

「……婚約姿ね。まぁいいけど、脱線してまたここに来るのは面倒だから。ディオネも頼むよ」

「まぁいいですけど」


 なんで、不服なんだよ。

 絵画なんだからいつでも見られるだろ? それにディオネも婚約式に行ったじゃないか。実物を見たんだから絵なんて見なくてもいいだろ。

 やっぱり面倒なことになった。だからここに来たくなかったんだ。

 

「ディオネちゃん! これよ!」

「すっごい綺麗です!」

「でしょでしょ! やっぱりエリーちゃんはお人形みたいに可愛いし綺麗よね!」

「ですね! さすがエリザベスさんです!」


 応接間に戻ってきた母さんは一枚の絵画を持って戻ってくれば、ディオネとの話がまた始まった。

 なんでいつもこうなんだ。まだ朝なのに、起きてから全然時間経ってないのに、凄く時間が経っているように感じるのは僕だけだろうか。






 * * *






 ようやく、母さんとディオネの雑談が終わったと思う昼前。

 まだ昼前か。二人の甲高い声に両耳をやられた僕に、本当にようやく今日の用件を聞く機会が巡ってきた。


「やっぱり若い子とお話するのは良いことね。そう思うでしょ? ファビオも」

「全然思わないね。僕はまだ若いし、その感覚が分からない」

「まだ若いって、十年もしたら一気に老けてくるわよ」


 うるさい人だ。

 いつまでも、年齢より本当に若く見えてしまう母さんにそう言われるのは違うと思う。

 逆行している人じゃん。あんたは。

 そんな人に、老けるぞ。って言われても実感なんて湧かない。


「別に老けても良いよ。大人の渋みが出ると思うし」

「……その時は汚い大人って笑ってあげるよ」

「うるさいディオネ」


 二人して僕をからかうな。

 ディオネだって、もう十年、二十年もすれば……いやこれ以上はやめとこう。良くないことを言ってしまいそうになる。

 最近は僕だって言って良いことと悪いことの分別もそれなりに正解しているんだ。……アンナさんとマリーさんはまだ研究中だから間違える時もあるけど。

 一旦、気を取り直して応接間で対面に座る母さんを見る。

 ニコニコと笑顔なのが癪に障るが、まぁ今は置いておこう。こんな調子だったら、いつまで経っても用件なんて聞けない。


「それで、母さん。なんで実家に来いって?」

「え? ……何だったかしら」


 は? 忘れたのか? 昨日の今日で呼び出しておいてなんだよ。それ。

 本当に忘れていた顔をする母さんの言葉に肘置きに掛けていた腕が外れて、ガクッと姿勢を崩してしまう。

 少し痛い肘を擦りながら、母さんの方を見るが困った顔をしていた。


「ファビオ、そんなことはいいじゃない」

「いやいや! いやいや! 呼び出しておいて忘れたの母さんじゃん!?」


 この人、去年までデミストニアの議長だったよね!? 町のだけど!

 初めて執務室で仕事してるのを見た時は仕事できる人感を出してたけど、今になって本性を現したのか!


「……仕方ないわね。ちょっと二人とも待ってくれる?」


 そう言って椅子から立ち上がって、母さんはまた応接間から出て行く。部屋から出たところで「ごめんね、手紙もあったような気がするから取りに行くわ」と申し訳なさそうではない面倒そうな顔で出て行った。

 なんであんたがそんな顔できるんだよ。


「大丈夫か? 我が母親ながら心配なんだけど」

「大丈夫でしょ、イレニア様なんだから」


 独り言がディオネに聞こえていたようで、隣に座る彼女は手先を弄りながら僕に返した。

 興味のあるなしで態度が変わるディオネの言葉の軽さにまた、肘掛けから外れそうになる。


「……まぁいいや。用件も聞けそうな感じだし、ゆっくり待つよ」

「それでいいんじゃない? 時間なんていくらでもあるんだから」


 いくらでもはないと思うよ。

 昨日のこと忘れてる? 「もう夜じゃん! なんで時間経つの早いのよ!」って焦って送迎馬車で帰っていったじゃん。

 彼女も忘れっぽいようで、頭を抱えたくなる。


 そんなディオネの相手をすることなく、母さんが戻ってくるまでボーッと応接間を見る。

 ここはエリー姉さんに謝りに行ったときとは、印象がまるで変わっていた。

 やっぱり花が多すぎるし、絵画の数も倍以上は増えている。まるでどこかの美術館の中で座っているような感じがした。


 母さんが戻ってくるまで、そんなに時間は経っていないが、変わってしまった実家に思いを馳せる時間はあった。これでは、ビクター兄さんが可哀想になる。

 これじゃ、仕事から戻ってきても気が休まらないんじゃないか? また、会った時聞いてみよう。面白そうだから。

 

「二人ともごめんなさいね。ちゃんと机に置いてたのに、忘れてたわ」


 戻ってきた母さんは紙を机においてまた、椅子に座る。


「別にいいですよ。それで、何ですか?」


 一息つく母さんに早く用件の話をしてもらいたくて聞くが、「ちょっとくらい待ちなさいよ」と置いていたカップに口をつける。


「せっかちね。そんなことしていたらモテないわよ」

「ふん、母さんにモテても嬉しくないんで」


 何を言っているんだ、と思うが、母さんはそんな人だ。孫を見たくて仕方ないようで、アレックス兄さんはそんな母さんから逃げられたけど、僕とビクター兄さんはいつもそんな話になる。デュラン兄さんはそもそも帰ってこないから知らないが、あの人のことだからまだ独り身だと思う。


 そんな僕に面白くなさそうな母さんは、口をつけたカップを机に置く。その手で紙を持つと僕と横にいるディオネに目線を配って紙を見た。

 

「じゃあ言うわね」


 もったいつけて話す母さんに僕は頷く。

 ディオネも「お願いします」と少し緊張した声色で返した。え? 緊張するところあるの? 話すだけじゃん。




「オホン、ファビオとディオネちゃんの二人でケイドリンに行って欲しいの」




「……ケイドリン?」


 母さんの話にディオネが返した。

 僕は黙ったままだけど、気が遠くなった。


「あら? ディオネちゃんはケイドリンを知らないの?」

「まぁ、地理は苦手で」


 確かにディオネの地理学の成績は良くない。僕も試験勉強を教えるときは手こずったけど、ケイドリンかぁ。まぁ知らなくても当然か。


「ファビオは知ってるでしょ?」

「……他国だけどね。知ってますよ」


 デミストニアからだったら二十日くらいかかるけどね。

 行って欲しいっていうけど、そんな軽く言って「はい。わかりました!」っていける距離じゃない。用件ってそれですか? 違うって言ってほしい。お願いだから。

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