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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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幕間 豪商の末っ子と、原板作り。2


 最近よく思うのは、僕は作家ディオネ・スカンタールのお守り係なんじゃないか、ということ。

 そう考えてしまうようなことが多すぎる。


 何故か。それは簡単な話で、まさに今日の出来事がそうだ。

 突拍子なく書店に現れては、僕を引きずり回すディオネの我が儘に付き合っているのだから。

 でもね、ディオネさん。

 僕はあなたが怖い時があるんです。特に――こんな感じで、大人相手に譲らない時とか。


「だーかーらー! それじゃあ! 色写りが悪いでしょ!」


 そう言ってディオネは薄い原板を手に取って、古い版画機を使って印刷する。

 ホールス商会の小規模製造施設で、作業するディオネのすぐ横には原板作りの職人のラッセルさんが控えていて、彼女の慣れた手つきを見ている。


「ほら! 分かります!?」


 印刷が終わった紙に写るのは黒と青と赤のインク。

 ディオネはその紙を持ってラッセルさんの眼の前に掲げた。


 ――こうなったのは、少し前のことだ。


 ホールスさんと商会の前で会ってから、横にいる職人見習いらしい彼――ラング君――が僕とディオネを連れて事務所を案内してくれた。

 僕は何回か来ているから大体の場所も知っているし、顔を知っている職人も何人か見かけた。

 全員が僕のことなどお構いなしに、各々の作業に没頭しているから味気ない。


 ディオネは案内された場所ごとにギャーギャー騒いで、「あれなんですか?」や「ここは何のための部屋ですか?」と興奮しながらラング君に聞いていた。

 少しは静かにしてほしいのに、全く僕の思いとは逆のことをするディオネを見てため息が止まらなかった。


 このホールス商会には三棟ほど別の施設が建っている。最初に案内された事務所から外に出て、僕たちがいるのは小規模製造用の施設になる。

 他には大規模製造用の施設、修理専門の施設、職人の宿舎がある。

 僕が商談に行く時は、事務所だけしか行かないから他の施設に入るのは最初の顔合わせの時以来だった。


 ――そして今。


 小規模製造の施設でちょうど原板の製造をしていたラッセルさんを見つけたディオネが言い争っている訳だ。

 本当に静かにできないんだな、お前ってやつは。

 

 施設の端でディオネのやり取りを見ていた僕と、案内中のラング君と一緒に少しだけディオネに寄って印刷された紙を見る。

 三色の色が横一線ずつくっきりと色が別れているのが遠目で見てもよく分かった。

 よく出来た原板だと思うのは、僕と横にいる彼を含めて作業をしていたラッセルさんもそう思っているはずだ。

 だって、横一線だぞ? グラグラと線が震える事なくまっすぐに別れているのだ。精度に関しては抜群だと思う。

 ディオネだけだ。それで文句を言っているのは。


「こんなにくっきり色が違うの! 子どもの色塗りじゃないのよ!」


 ディオネは叫んで紙を机に叩きつけた。

 まぁ、紙だから音は鳴らない。

 持っていたのが原板だったら弁償ものだ。というか、その原板ってウチが発注したものじゃない。……はは、どっちにしろ弁償か。

 ホールス商会の原板は他の商会に比べて高いのだ。

 でも、倍とはいかないけどそれなりに値段は違う。

 それを知っている僕は、端から見て冷や汗が止まらない。


「子どもの色塗りって言うけど、そんなことないだろ? 黒で縁取っているわけでもないし」

「あんたの目、治癒院で診てもらったら? 節穴よ」


「ふ、……ふし、あな」

「そう、節穴。それとあれね、頭の中も一緒に診てもらえば。空っぽだから」

「空っぽ……」


 あーあ。ラッセルさんを言い負かそうとしてる。見学どころじゃなくなった。

 ディオネの悪い癖だ。興奮した時に気に入らなかったら、どうも相手をけなしたがる。

 遠回しに言えばいいものを、彼女はまっすぐそのまま打ち抜く。まるでエリー姉さんの拳のように。

 

「いやぁ、元気な人ですね」

「すみません。本当に、ちゃんと言い聞かせますんで」


 横で笑うラング君。

 ホールス商会に二年ほどいる若手で、ディオネと同い年だと彼から聞いた。

 案内中のくだらない雑談でも、ディオネとラング君が盛り上がっていたから、僕が蚊帳の外だったのは記憶に新しい。


「いえいえ、落ち込んでそうな彼も楽しそうですから」

「いやいや、そんなことは……」


 ない。と言いかけて止まる。

 ふと見ると、ディオネにけなされていたラッセルさんは薄い原板を手に持って、彼女と話し込んでいた。

 

「薄いだけじゃ駄目なのかい?」

「駄目ってことはないですよ。おかげで軽いですから、作業はしやすいです」


 ディオネの口調が落ち着いた。

 ラッセルさんが彼女の話を真剣に聞いてくれることが分かったみたいだ。


「じゃあ、その色の境界ってやつが気に入らないってことか?」

「そうですね、この境界があるせいで切り絵みたいになっているんですよ」

「なるほどな。そう言われればそう見える」


 ……案外、そうなのかもしれない。

 机に置いた原板と印刷した紙を見ている二人は困った顔をして話し合っている。

 でも、困り顔でも二人の目は楽しそうに輝いていた。

 ちなみに二人が話す内容は、僕には全てを理解できない。

 でも、切り絵的との言葉には僕もディオネの言いたいことが分かった。


 原板を使う印刷では制約も多い。一点ものの絵画のような複雑な色使いなんてできるわけがない。

 いくら最新の版画機を持っているウチでも印刷するには原板は必要で、それを使うということはディオネが嫌がっている切り絵的な画風になってしまう。

 それについては、仕方ないそういうものだ。とすら言える。


「だったら……今は……手作業でぼかしてないのか?」

「ぼかしてないですよ。そうしたいのは山々ですけど、流石に一日五十部の表紙に手作業は時間が足りないです」

「雇ったりは?」

「まぁ、それも考えましたけど私と同じ感性の人がいないので」

「……なるほどな。そりゃあ厳しいわな」


 二人は原板を見つめたまま黙り込んだ。

 そして、なぜか同時に僕を見て同じようにため息をつく。

 なんだ? 僕の顔見て残念そうにするのは何なんだ?

 

 僕の感性が足りないと言いたげなディオネに少しばかり腹が立つ。

 でも、実際ディオネのその感性のおかげで『深窓の令嬢』シリーズは売れているから、なんとも言えない。




 居心地が悪くなる僕をよそに、ラング君はニコニコしているしディオネとラッセルさんは話し続けている。

 この調子だと一日中ホールス商会にいることになりそうだ。

 ディオネ、今日は見学なんだぞ。今、話しているのは見学している人の態度か?


「ラングー、茶出してよ。とりあえず二人分で」


 ラッセルさんがラング君に向かって言う。

 昼の鐘がなりそうな頃合いだけど、二人には関係ないようだった。


「わかりましたー。……そうだ、ファビオさんも要りますか?」

「……お願いします」


 ラング君が気を利かせてくれる人で良かった。

 僕の知り合いは我の強い人だらけだから、凄く新鮮に感じる。

 マリーさんもラング君と同じような種類の人だと分かっている。

 でも、ホールス商会にこんな優しそうな人が居てくれるのは助かる。

 





 * * *







 ディオネのお守り――というか見守りをしているが、一向に終わる気配はなく、僕は昼飯を食べ損ねた。

 

 真剣に物事に取り組むことはいいことだとおじいさんも言っていたけど、今日はあくまで『見学』だ。

 だったらそれなりの態度で、それなりの時間をかけて適当に帰るのが筋ってものだ。


 ただ、そう思っているのは僕だけで、ディオネには自分の我が儘をぶつける相手を欲していたようだ。


「それでも……綿でぼかすのは厳しいですね」

「……そうだな。一回の印刷で使い切りってのは、費用も時間もかかりすぎる」


「それに、綿では綺麗にうつりきらないですね。凹凸とかインクの量で全然違う模様ができますから」

「一点物ならそれでいいが。ってところだな、量産品なら不良品もいいところだ」


 昼の鐘が鳴ってからも二人の話し合いは止まらなかった。

 今では即興で原板を作っては色々と試行錯誤を繰り返し、ディオネの言う『色の境界』を消す方法を考えている。

 今日の作業などお構いなしに、ラッセルさんもディオネの提案を受けて乗り気になっていた。

 うんうんと唸って考える二人の側にはコップが二つある。ラング君が持ってきた湯気の立っていた茶は、もう冷め切っていた。


「あのー、そろそろ終わりにしませんか?」


 悩んでいる二人に声をかける。

 いい加減、ここにいる訳にはいかない。ラング君だって、いつの間にか消えていた。

 ホールスさんが来るだろ? 分かっているのか?


「えぇー、まだ居たいんですけど」

「何言ってるのさ、もうすぐホールスさんが来るんだ。早く帰ろう」




「俺が来るからなんだ? ん?」


 

 背後から低い声が聞こえて、僕のところだけが影になった。

 うん、知ってたとも。そうなることくらい。

 でも、そうなってもいいように対策することは当たり前の話じゃないか。

 そう思いますよね。ホールスさん。


「打ち合わせはもう終わったんですか?」

「おう、昼までって言っただろ? ファー坊はまだ見学してんのか?」


 怪訝な顔を隠しもせずに僕と話すホールスさんは、朝と変わらない服装で僕の後ろに立っていた。

 圧迫感の塊みたいな人だから、少し歩いて彼の方を向く。


「見学っていうか、試行錯誤っていうか……」


 なんと答えればいいか分からない。状況は順調に悪い方向に流れている気がする。

 

「はっきりしねぇな。男ならハキハキ話せ、ファー坊」

「はっきりと状況を話せないから困ってるんです」


「あぁん? 話せないだぁ?」


 ホールスさんはそう言って、高い身長から施設を見渡した。

 

「おい! ラッセル! 今日の数できてねぇだろ!」

「ホ、ホールスさん! すみません! この子と試作してました!」


 ホールスさんの呼び声に、原板を見て考え込んでいたラッセルさんが僕たちの方を向いた。

 ディオネは初めから僕の方を見ていたからホールスさんが来たことは知っていたようで、「すみませーん! 私が変なこと言ったせいなんです」とホールスさんに答えた。

 余計なことを言ってばかりだな。




「変なことってなんだ?」

「いえ、大したことじゃないんですけど――」




 ディオネは事細かくこの施設に来てからのことをホールスさんに話した。

 『色の境界をどうするのか』や『綿などで試行錯誤してもよくないこと』など、ラッセルさんと話し合ったことをラッセルさんも含めて打ち明ける。

 その話を黙って聞くホールスさんは、僕の隣からディオネの話を聞きながら歩いて、試作した原板を見ている。

 いや、あれは潰した原板の数を数えている。


「色の境界ねぇ、ラッセル、お前はできると思うか?」

「……正直、現実的じゃないかと」


 ホールスさんの言葉に、ラッセルさんは少し考えて返す。

 ラッセルさんの話に頷いたホールスさんは「嬢ちゃんは?」とディオネにも聞いた。


「今日だけではなんとも言えないですけど、時間はかかりそうかなって」

「だろうな。聞いただけだが、現実的じゃないな」


 突然始まった会議のようなもの。

 僕のことなど目にも入っていない三人は、目の前の原板を見たまま黙り込んでいる。

 さっきまで僕も話していただろ? なんでそうなるんだよ。


「……嬢ちゃん、お前はそこまでしてどうしたいんだ?」

「どうしたいって……できると思うからです」


 ホールスさんが腕を組んでいるのを後ろから見ている僕には、彼がどんな顔をしているのか分からない。

 ただ、相当険しい顔をしているんだろうと想像はつく。

 そんなホールスさんに発破をかけるような言葉を返すディオネに、笑い出す二人。


 何が面白いのか分からないけど、剣呑な雰囲気ではない。

 これなら、もう帰ってもいい頃合いだな。


「ディオネ、もういいだろ。帰ろう」

「ファー坊、何言ってんだ。これから嬢ちゃんと考えるんだ」


 僕の言葉にホールスさんが返す。

 あんたこそ何言ってるんだ?


「今日は見学ですから、ディオネと考えるのは後日改めて――」

「原板十三枚、それと今日の業務の遅れ分、請求しようか?」

「どうぞ、今日だけと言わず、納得するまで試行してください」


 原板十三枚とかこんな事で出してられない。

 ディオネ、頼むぞ。ホールスさんの機嫌をとっていてくれ。

 僕には彼の興味は引けないんだ。本当に頼むぞ。ディオネだけが頼りだ。

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