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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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幕間 豪商の末っ子と、原板作り。1


 僕は、作家ディオネ・スカンタールの何係だろうか。

 そう考える時間が増えてきた。


 こだわりの強い彼女だから、どこまでも完璧に自分の理想とする本を創り出そうとするディオネの熱意を僕も認めている。

 だからこそ、『深窓の令嬢の知られざる本性』の再構築版を出したいと我が儘を言ったディオネが『もっと表紙と挿絵に色を使いたい』と言うのは予測できたはずだ。

 特に、絵に強いこだわりを見せるのだから。


「ファビオさーん、まだですかぁ?」


 何でもない今日、開店準備中のゼクラット書店に颯爽と現れたディオネが「原板を制作している所を見たい!」と言った時は、僕を含めてアンナさんもマリーさんも口を開けて驚いた。

 興奮した様子のディオネに頬が引きつらせながら理由を聞けば、「表紙って色の境界がはっきりしてますから、ちょっとぼかしたくて」と変なことを言った。

 僕らにとってはそれが版画機とか原板の色の使い方だと知っているし、絵画のような複雑な色を使えないのは常識だった。


 朝から始まったディオネの突拍子のなさに頭を抱えていると、「じゃあ! 原板を依頼している商会に連れてってください! 今日! 今から!」と言って、僕の腕を掴む。全然離そうとしないし、変な掴み方をするから、肘が痛い。

 腕を掴んだままのディオネは、アンナさんとマリーさんに「ファビオさん、借りまーす」と言って僕を書店から連れ出した。


 そして今、二人でライアット通りを歩いている。

 デミストニア山は紅葉の時期で、観光客が多い。

 いつもなら立ち止まることなく歩ける通りには、人が溢れて仕方なかった。




「ねぇ、聞いてます?」

「……聞いてる」


 横を歩くディオネは学園用の服を着ていない。

 動きやすいように薄手の服に丈の短いズボンを履いている。これからまた寒くなる季節だというのに元気なことだ。


「まさか……怒ってます?」

「怒ってないと思ってた?」


 恐る恐るといった顔で僕に話すディオネ。

 僕が怒っていると分かると少し後ろに下がって、シュンとした様子を演じる。

 ……そう、演じるのだ。こいつは。

 誰の入れ知恵なのかも分かっているから、そんなことしても無駄だ。


「はぁ、もういいから。はぐれるなよ、まったく」


 探すのが面倒だから。


「いやぁ、良かったですよ。ファビオさん、怒りすぎると体に良くないですから」


 こんなことになったのは、誰のせいだ。と言いたくなるが、抑えてため息をつく。


 さすがの僕でも、いきなり取引先の商会に行くことになれば怒る。そもそも、誰だって怒るだろこんなの。

 それに、取引先だっていきなり僕が来れば多少は慌てるだろう。

 申し訳ないことは後から自分に返ってくると、おじいさんから教えてもらった。


 だから、こんな僕でもビクター兄さんにはほとんどしない日取りの調整を、他商会にはちゃんとしている。

 今日のように何も連絡せずに行くことは、下手したら悪印象を与えてしまう。それは、零細書店には大打撃だ。

 まぁ、あの親父さんだったら不義理を働いたらすぐに腕っぷしに頼るだろう。

 ディオネが受けるならいい。でも、そういうのは後日に僕が受けることになるのだ。

 ディオネはそのことをわかってるのか? ……いや、分かってないな。分かっていたら、まず相談するはずだ。






 人の多いライアット通りをディオネと二人で歩いて、町の郊外に出る。

 音の出る建物や臭いのきつい職業が郊外にあって、それ以外の販売系の商会が通りに面している。

 これも、当時の最新何とかという計画をもって整備されているらしい。

 だったらライフアリー通運はどうなんだ? とはなるが、どうせ父さんが幅を利かせていたんだろうな。


「こんなところまで歩くんですか?」

「そうだよ、っていってもすぐそこだから」


 横で歩く彼女が、怪しむような表情をする。

 郊外の治安は町の大通りに比べて、よくはない。職人同士の殴り合いなんて日常的だ。


 ディオネは本当に目的の商会に辿り着くのか疑問に思っていそうだ。

 この二年と少しの交流でよく分かる。ディオネは案外思っていることが顔に出る。

 そういうところは、正直でやりやすい。




 そういえば、ディオネに件の商会について教えてなかった。

 あの親父さんのことを言っておかないと。ちょっと気難しいから。


「これから向かうところなんだけどさ、ホールス商会って言うんだけどね」

「ホールス商会? 知らないですね」


 知らなくて当たり前だ。商会間でしか仕事をしない商会だから。

 関係ない商会や、そもそも商会に所属していない一般の人は絶対に知らないところだ。

 あと、僕の話は途中だからな。


「ま、まぁ、これからその商会について話すけど」

「あぁ、はい。お願いします」


「元々は帝国のオーレリア出身の商会で――」

「版画機とかもそこから買い付けしてるんですよね」


 説明を受ける気がさらさらないディオネに肩を落とす。

 もう、簡単に説明するか。ホールス商会はすぐそこだし。


「とりあえず、ホールス商会の看板が見えると思うから、あんまり騒ぐなよ。そこの商会長は気難しいんだ」

「……わかりましたぁ」


 本当に分かってる? 怒られるの僕なんだから、しっかり大人の対応をしてくれよ。本当だぞ。






 * * *






 ホールス商会とは、オーレリアから商機を求めてこのデミストニアに居を構えた商会である。

 魔道具の修理から製造までを主な商材として扱う商会で、その特異な形態はデミストニア自治国の中でも一風変わっている。

 この国では、デミストニア山から採れる魔鉱石の研磨や販売が主な業種だから、魔道具を専門に扱う商会は珍しい。

 ちなみにライフアリー商会は、その魔鉱石の最大手になる。


「ほら、ホールス商会の看板があるだろ」

「あぁ、あれですか?」

「そうそう、それ――」


 色々な商会の建物が並んだ区画の開けた敷地に看板が立っている。

 『魔道具のことなら、ホールス商会まで!』と書かれた看板の下では、男が二人何かを話していた。



「おい! 修理の納品はどうなってる! 今日までだろ!?」

「はい! 今、梱包中です! 昼から送りに行きます!」

「バカ野郎! そんなのは、向こうから取りに来させろってんだ!」

「すみません! 依頼人に連絡いれます!」



 年配の男に敬語で話す若者。二人のすぐ横には農業用らしき魔道具があった。

 それを梱包していた若者に叱りつける男、そんな男に萎縮する様子のない若者は手を止めて奥に見える平屋の建物に走った。

 ……そんな連絡は事前にしてあげればいいのに。依頼した人が可哀想じゃないか。


「お、おぉ。昔ながらの職人って感じ」

「……ただの横柄なおっさんの偏屈商会だよ」


「え? 気難しいって話は……」


 そう言ったけど、それは取り繕った上辺だけを見た時のホールス商会のことだ。

 商会同士でしか仕事をしないのも、個人で受ける修理や詐欺まがいの買い付けに嫌気が差して、信用できる商会とだけ取引しているだけだ。

 そんなことをしてでも、続いている商会なんだから腕は確かだ。

 オーレリアでも結構名が売れていたとビクター兄さんからも聞いている。

 まぁ、正直ビクター兄さんから紹介されるまでは、僕もホールス商会なんて知らなかった。




「んあ? ファー坊じゃねぇか! 今日はてめぇと会う約束してねぇぞ!」


 僕とディオネが歩いてくるのを見つけた男は僕を威圧するように大声でまくし立てた。

 あんただけだよ、僕のことを『ファー坊』って呼ぶの。

 ただ、いつもの話し方から二割くらい不機嫌そうな彼に嫌な予感がする。


「すみませーん! ちょっと野暮用で!」


 まだ距離はあるが、僕と男――もとい、ホールス商会の商会長ジャックル・ホールスさんに、僕も大声で返す。

 せっかちな人でもあるから、ゆっくり話しても機嫌を悪くする。本当に人としてどうしようもない。

 魔道具修理の腕が悪かったらこんな商会とは取引しないのに、この町ではピカイチだから困ったものだ。


 横にいるディオネは後からついてくる。

 僕は、小走りでホールスさんの立つ場所まで行くと、「野暮用って何だ?」と眉間にシワを作って僕を見下ろした。


「いやぁ、ちょっとウチの作家が原板作りを見学したいって言うので」

「あん? 作家が原板見てどうするんだ? ウチの原板が気にくわねえってことか?」


 遠くから見れば、それなりの体格があるように見えるが、近づけば大男だ。

 癖のある黒い長髪を後ろで結んでいるが、長い髭はそのまま手入れをしていないようなモサモサ具合。

 低く響く声と合わさって、初見の子どもが泣きわめくほどには凶暴な風貌をしている。


 高い位置から見下ろすその顔は僕のことを警戒しているようにさえ見える。

 まぁ、そう受け取るよな、普通は。ホールスさんの言うことは正しい。

 ……ディオネ、やっぱり帰ろう。殴りかかられるまえに。


 僕の気分が最低値を更新したところで、ホールスさんは僕の後ろを見て「おおん?」と左瞼を引き上げた。




「いきなり、走らないでくださいよ!」


 後ろから僕についてきたディオネが走ってくる。

 軽く息が上がっているところを見ると、レイラちゃんの言ったことが正しかったようだ。

 いい運動になっただろ? 聞いてるぞ、孤児院でグータラしてるって。


「まぁ、いいじゃん。運動だよ。運動」

「……それは、自分でしたい時に、するもの、なんです」


「あんたは?」


 ホールスさんの声に、ディオネは彼を見上げた。彼の顔や雰囲気に押されることなく息を整えている。


「私は、……ってファビオさん、私から自己紹介しても?」

「いいよ。別に」


 そもそも、ディオネの自己紹介に許可がいるのか分からない。

 それくらい自分で考えてやれ。


「えー、それでは。……私はディオネ・スカンタールと言います。ゼクラット書店の専属作家です」

「お、おう。よろしく」


 ディオネの物怖じしない挨拶に少し押されるホールスさん。

 あんたが押されてどうするんだとは思うが、口には出さない。

 初対面で、それも相手が凶暴な顔をしているのにディオネは笑って「こちらこそです!」と快活に話す。

 本当に妙なところで豪胆な彼女を横目に、僕は頭を掻いてホールスさんに話す。


「彼女が原板作りを見たいって言いまして」

「そ、そうか。……じゃあ」


 よそよそしいホールスさんは少し考えて「はぁ、昼からは製造場だけ忙しいからそれ以外でな」と言って事務所の方に振り返る。


「おーい! 客人が来た! 手ぇ空いてるヤツいるか!」


 事務所はおろか周りの建物にまで響きそうな声に耳鳴りがした。

 横にいるディオネも耳を塞いでいたから、その大きさは桁違いだろう。

 ホールスさんの声から、すぐに事務所から出てくるさっきの若者。


「おぉ、あいつか。」


 彼はそう言ってディオネを一瞥してから僕を見る。


「俺は、今から製造の打ち合わせがあるから案内は若いのにやらせる。満足したら帰れよ」

「彼女が満足すれば、今でも帰りますよ」


 彼の言葉に、素直な気持ちを返す。

 嘘なんて僕にはつけないから仕方ない。


「じゃあ、見学できるんですか!? やったぁ!」


 ディオネは両手で握りこぶしを作って喜ぶ。

 そんな彼女を見て、ホールスさんは走ってくる若者に声をかけに行った。

 頼むぞディオネ。本当にすぐ満足してくれよ。僕はお腹が痛くなってきたんだ。

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