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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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幕間 豪商の末っ子、デミストニア山を登る。


 困ったことになった。

 デミストニア山の山師組合から定期的に発注をもらうポスターの納品のために、乗り合い所から組合行きの馬車に乗り込むまでは良かった。


 そこまではね。




「はぁ……はぁ、こんな坂を登るんだから。……馬ってすごいな」


 目の前に続く上り坂と下り坂、その横に敷かれた申し訳程度の階段。

 何段あるのかなんて数えもしない。階段を上っては下りて、疲れて少し休んでを繰り返している。

 これなら、御者と一緒に待っておけば良かったか。

 でも、ポスターの納品は今日中に終わらせたい。下手すると明日になるのは避けたいから。

 山師組合の事務員連中に貸しを作りたくないのだ。

 あいつら、そういう系の話を擦ってくるから。






 デミストニア山の麓には、僕たちが住んでいる町がある。

 そこまで遠くに来た実感はないし、太陽の位置を見上げても、乗り合い所で馬車を待っている頃からあまり変わっていない。

 ただ、登ってきた山の高さを考えれば、綺麗な赤茶色の屋根に覆われた町がよく見える。

 快晴だから、特に綺麗だ。



「綺麗だけど……孤児院と商会と議事堂はここからでもよく分かるな」



 階段の手すりに腰を下ろして、少し休む。

 赤茶色の中にポツンと色が抜けている場所が、孤児院と商会と議事堂だ。白い外観が浮いているように見える。

 それ以外にも大きな通りが何本もあるが、どれもまっすぐ伸びていない。

 中途半端に曲がっていたり、途切れていたりと様々だ。

 

「町の計画性なんて、やっぱりないだろ」


 卒業した学園の授業では、『デミストニアは当時最新の都市計画を取り入れた近代的な町』と教えられた。

 でも、綺麗なのは屋根くらいで、僕が見る限りでは煩雑としている。

 少し休んで階段を上るが、まだ組合事務所までは距離がある。以前は馬車で往復していたから、今どの辺りにいるか分からない。でも、何度か坂は越えたはずだ。

 ただ、事務所までどのくらい残っているのか教えて欲しい。終わりが見えないのは精神的に疲れるから。






 太陽もようやく傾きだした。とはいっても、頂点から少し傾いただけ。

 それでも時間は少し経っている。

 その証拠に、階段の脇には『ここから先 侵入禁止』と書かれた看板が至るところに設置されている。


「前より多いな」


 一人で登る山道では、僕の呟きなんか風の中にすぐ消える。

 夏が終わりかけのこの時期で救われている。

 暑ければ、御者と待つ判断をしただろう。そもそも馬車が壊れること自体、救われてはいないが。

 

 朝から馬車に乗り込んで、デミストニア山に入ってしばらく後、馬車が気持ち悪い横揺れを起こした。

 いくら乗り慣れた馬車でも、初めて体験する揺れ方には久しぶりに気持ち悪くなった。


 さすがに御者も「この揺れは何だ?」という風に一旦馬車を停め、車体をくまなく確認した。

 そして、僕に申し訳なさそうに「車軸に良くない方向でヒビが入っているから、これ以上は走行できない」と言われた。

 そう言われても、どうしたらいいか分からない。

 僕が持っているのは自分の体とポスターを包んだ包みだけ。

 

 困った様子を察した御者が、「この馬車はもうダメだから。あんた、歩くかこのまま俺と一緒に待つか?」と言われれば、さすがに状況が理解できた。

 馬車はもう使えなくて、事務所まで歩くか、多分来るだろう後続の馬車を待つか。ということだ。


 あのいけ好かない事務員じゃなければ、僕も待つ判断はできたが、あの眼鏡野郎のことがちらついて、「歩きます」と言ったことを、今少しばかり後悔した。


 人の良さそうな御者が、馬を馬車から外してから手綱を僕に渡そうとしたけど、それは丁重にお断りして歩き続けているのだ。

 さすがに鞍がないのは厳しい。

 僕、乗馬は苦手なのだ。子どもの頃はもっぱらアレックス兄さんの背中に抱きついていたから問題なかったけど、一人では乗りこなす自信など微塵もない。




「けど、こんなにしんどいところを喜々として歩く人たちもいるっていうのは……なかなか挑戦的だな」


 汗が滲む季節で、山道の両脇の木々の葉は青々と太陽の光を浴びているが、もう少しすると綺麗に紅葉する。

 あの光景は、昔から不思議なものだと思う。

 それに、その紅葉目当てでこの道を歩く人が増えるというのだから、それも難儀なものだ。

 観光で他の町や、他の国の人まで来る時期だから、そんな客商売をする商会は大忙しの時期でもある。まぁ、僕には関係ないけど。


「けど、よくこんな道作れたよね、昔って三百年前とかの話だし」


 あれ? 二百年前だっけ? まぁ、昔は昔の話だから、そこまできっちり覚えてはいない。

 とりあえず覚えているのは、当時の商会長のバーベンさんが山師組合を発足しようと、デミストニア山を整備したという話くらい。

 そこから今に至るまで、大きな事故もないというのだから、当時にしては凄いことだったらしい。


「そういえば……商会設立が……八百二十年だったから……」


 今年は一千二百三十四年、商会も四百年を越えてデミストニア自治国に根を張っている。

 中々の老舗だ。


 バーベンさんが四代目だったはずだから、だいたい三百年前で合ってると思う。

 四百年も続く商会だし、歴代の商会長の名前が思い出せなくても仕方ない。

 次期商会長のビクター兄さんで十五代目だろ? じゃあ、父さんとおじいさんが十四代目と十三代目で……。ファーガソンさんが初代で、その娘のロロメアさんが二代目で……。




「ダメだ。頭がおかしくなる」




 そもそも、記憶力が必要な歴史は苦手だ。

 どちらかといえば計算が得意なのだ。商会の息子だから当たり前だけど。


「……というか、長いなぁ事務所まで」


 階段を上って下りてが飽きる。

 足の疲労度というのか、ふくらはぎあたりが重くなってきた。

 幸いなことはポスターの包みが軽いことと、帰りは組合事務所から町に戻る馬車を待てることだ。

 要は片道だけ歩けばいい。……そう思えば、まだ気持ちは持つ。でも、やっぱり。


「事務所まであとどれくらいかのポスターくらい、つけたら、いいじゃん」


 侵入禁止の看板ばっかりが視界に入ってくるが、望むポスターは見当たらない。

 ずっと歩いて、一つもない。


「デュラン兄さんに言っておかないと」


 僕ら家族の中で、唯一山師組合に加入したデュラン兄さん。

 デミストニア山を仕事場にしている三男だ。

 僕的には、きょうだいのなかでエリー姉さんに並ぶ個性の強い人だけど、話が通じるからまだ好きだ。

 魔物図鑑の時もそうだし、ポスターの納品だって何度も依頼してくれている。

 閑古鳥の巣があるんじゃないかって思うくらい、『深窓の令嬢の知られざる本性』を刊行するまで客の来なかったゼクラット書店には、大変ありがたい人でもある。

 直接は言わないけど、書店にとっては恩人なのだ。


「話し出すと長いから、会わずに帰れればいいな」


 デュラン兄さんの話はよく分からない時がある。

 暇な時間だったらいい暇つぶしになるが、今日のようにすぐにでも帰って体を拭きたい日には会いたくない。

 きょうだい全員が個性的な人ばかりだから、僕くらい普通な性格を見習って欲しい。


「それにしても――」


 組合事務所にはいつ着くんだ?

 そう言おうとすれば、後ろから馬の蹄の音が聞こえた。走っているようで、遅れて車輪の回る音も聞こえる。

 ようやく、いつ着くか分からないこの階段から、解放されると詰まっていた息を吐いた。




 蹄の音も近づいて、さっきまで上っていた階段の横の坂から馬のたてがみが見えて、すぐ、曳いている馬車も見えた。

 ただ、乗っている御者は違う人だ。




 やはり馬車の方が、僕が歩く速度よりも格段に速い。

 坂から見えた馬車は、すでに僕のすぐそこまで来ていて、馬の息づかいがよく聞こえた。

 

「おぉ、君が壊れた馬車に乗ってた子かい?」


 途端にゆっくりになる馬車。

 それに乗っている御者が、僕の顔を覗くように見て目が合った。


「まぁ、そうですね」


 御者にそう返すが、近くに寄ったからこそ、その馬車の車体から僕にとっては嫌な音が聞こえてきた。

 ゆっくり走っているからこそ、少しの段差で車体の中から鳴る音が、さっきまで乗っていた馬車よりも大きく聞こえる。


「悪いね、さっきの馬車の荷物を目一杯に積んだから、人っ子一人も乗れる場所ねぇんだわ」

「そう、ですか。じゃあ……このまま歩きます」


 申し訳なさそうに馬車から謝る御者は「ホント、わるいねぇ」と頭を掻く。

 そんな予感はしていたから、受け入れるしかない。


「そういえば、運賃は組合から返金するようになるから、この先の事務所で忘れずにな」


 御者はそう言った後、「ハイヨォ!」と手綱をしごいて馬を走らせようとした。


「すみません! 事務所までどれくらいですか!?」


 走り出す馬が嘶く。

 それとほぼ同時に言っても、御者にはきこえていたようで、「それなら、あと一つの峠の向こうだ! 頑張れよ!」と小さくなる馬車から聞こえた。


 峠の向こうか。確かに、今いる場所から見えてはいる。

 でも、峠というよりものすごい段数の階段だ。

 

 勢いよく坂を駆ける馬車を見て、やっぱり馬って凄い。

 でも、普通の馬で急坂を平気に駆け上がるのは厳しいだろう。


「ま、馬はなんか魔術でも掛かってるんだろ。じゃないとあんなに速いはずがない」


 身も蓋もないが、そういった魔術があるのは知っている。名前は覚えていないけれど。

 アースコット教授の授業だったし、僕の将来に役立たない教えは試験限りで忘れるようにしているから仕方ない。




 本当にようやく階段を下りきって、一呼吸置いてから最後の階段を上る。

 立ち止まると足が上がらない気がして、重い足に鞭を打つ。

 憎らしいほどに快晴の空を見上げて、手すりを持ちながら上がっていく。頂上が見えても、階段の段数は目がくらむほどに多い。


 バーベンさんもこの階段を上ったのだとしたら、もうちょっと歩くのに優しい選択はできなかったのだろうか。

 昔の人というか、先祖のことを考えても意味がないのは分かっているが、なんとなくビクター兄さんみたいな気の利かない人だったんだろうなと思った。

 こんなことになるなら、書店で製本しているマイケルに行かせば良かった。

 

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