幕間 第二回 ゼクラット書店 採用面接2
僕にとって、人を採用することは、これまでの十九年間の人生の中で二回目のことだ。
一回目の失敗――そう言ってしまうと、マイケルがダメだということになる。まぁ、似たようなものか。
今日は採用面接のためにゼクラット書店を閉めている。僕とマイケルの準備は万全だ。
朝から四人の面接をして、採用者は昼からすぐに研修を始める予定だ。
それくらい、人手不足のゼクラット書店は即戦力を求めている。
「まだかなぁ」
「まだじゃない? カーラさんが連れてくるって言ってましたよ」
休憩室の椅子に並んで座る僕とマイケル。
十一日前と同じ位置に座っているけど、その時とは違う。 特に、緊張の度合いが違う。
「……カーラさんも来るの?」
「そう聞いてますよ」
「僕、聞いてないんだけど」
「じゃあ、今言いました」
僕の言葉に肩を落としたマイケルは、「昨日も、同じこと言ったよね」と言う。
まぁ、言ったね。
あと、休憩室に並んで座っているのは、ディオネが「志望者の緊張している顔つきを見たい」と言ったからだ。
さすがに、少しばかりか結構な角度で性根がねじ曲がっていると思ったけど、創作のネタにしたいからと譲らなかった。
だから、休憩室で待っている。案内は、カウンターにいるディオネがする。
「あぁあ、今日から忙しいの嫌だなぁ」
「最初だけですよ。マイケルの引き継ぎ次第で、休みも増えますから」
「えぇ! 本当!?」
「前、四人で話したこと、もう忘れたんですか?」
まるで初めて聞いたような衝撃を受けるマイケル。
これに関しては、ちゃんと十一日前に決まっている。当然、その場にマイケルもいたから、聞いているはずだけど……忘れていたのか、こんなことを。言わなきゃ良かった。
そもそもの話であるが、人手が足らなくなったのはここ最近の話だ。
『深窓の令嬢の知られざる本性』の刊行の時は、僕とマイケルにディオネとセイラちゃんとレイラちゃんの五人で普通に仕事ができていた。
まぁセイラちゃんとレイラちゃんが完成した孤児院に引っ越して、ここに来なくなったのが人手不足の一因ではあるが、彼女たちはまだ子どもだ。
それを当てにしているようでは、人として間違っていると思う。
でも、よくよく考えればいつかは人を増やさないと厳しいことは経営する身としては分かっている。
世知辛い世の中なことだ、まったく。
「休みかぁ、でもなぁメイリーちゃんになぁ」
「うん? 妹さんがどうしたの?」
嬉しいのか不満なのか、マイケルの態度ははっきりしない。そんなこいつが妹を溺愛しているのは、日頃の言動からよく知っている。
度々、一人で話し出すくらいには妹とのくだらない日常を喜々と話し出す姿に、最初は本当に妹がいるのか怪しいと感じるくらいだった。
どちらかというと、想像の中の妹と話しているんじゃないかと思うくらいだ。
「そうなんだよ、メイリーちゃんが最近冷たくてさ、休みの日も仕事に行けって」
「……大人になっていく証拠ですよ」
知らないけど。
マイケルの家族事情なんて全く興味が湧かない。
そもそも、僕はマイケルの妹に会ったことすらない。この書店でメイリーちゃんに会ったのはカーラさんくらいだ。本当に、どうでもいい。
「おはよう、ってディオネちゃんだけ?」
マイケルの妹話を聞いていると、書店の扉が開く音と一緒にカーラさんの声が聞こえた。
来たか。採用志願者の人を連れて。
「今日は、面接ですからって……なんでいるの!?」
「受けに来たの」
「私達も! ねぇ!」
カウンターで待っていたディオネの声に続いて、久しぶりにセイラちゃんとレイラちゃんの声も聞こえた。
え? セイラちゃんとレイラちゃん? なんで?
マイケルにも聞こえたようで、僕を見て「……知ってた?」と聞いてくる。
僕が知るわけないだろ。
「ディオネちゃんを驚かそうって二人がね」
カーラさんの明るい声が書店に響く。
「二人とも、先に言ってよぉ」
ディオネの力のない声に合わせて、カーラさんと双子の笑い声が聞こえた。
「……ちょっと見てきます」
横で首をかしげているマイケルに言って、椅子から立ち上がる。
僕が通れるように椅子を引くマイケルに「助かります」と言って、休憩室の扉を開けた。
「おお、おはよう。ファビオ君、もう準備できてるんだ」
「おはようございます」
扉を開けた先には、青い髪を下ろしたカーラさんと、彼女の腰あたりまでの身長の双子がいた。
セイラちゃんとレイラちゃんだ。おそろいの淡いピンクの服がよく似合っている。
まぁ、さっき声を聞いたから、ここに来ているのは分かっているが……。
「おはようございます!」
「おじさん! おはよう!」
と、元気に僕に挨拶する双子に「おはよう、あとおにいさんね」と返す。
幾分久しぶりのやり取りに、口角が上がったが、それよりもカーラさんのすぐ後ろにいる二人だ。
「なんでいるんですか? 通運で働いてるはずじゃ」
長い茶髪を後ろで結んでいる女性と、肩にかかるくらいの黒髪の女性。
二人とも同じくらいの身長で、背の高いカーラさんの顎あたりまでだった。
「なんでって、私たちも受けに来たのよ。面接」
「そうなんです。アンナさんと一緒に商会長が……」
カーラさんの後ろから出てくる通運の事務所で働いているはずのアンナさんとマリーさん。
二人とも、通運の制服じゃなくて私服を着ていた。
「ファビオ君、驚いたでしょ?」
「驚いたっていうより……どういうことです? ちょっと理解が追いつかないというか」
「まぁ、そう言うのも無理ないわね。休憩がてら、説明するわ」
そう言ったカーラさんは、「面接というより、もう顔合わせね。四人の採用は決まってるから」と続けて、「ちょっと、暇するね」と便所の方まで歩いて行く。
今日の採用試験は始まる前から終わったようだ。
第二回目の採用面接は、新入書店員との顔合わせに変わった。
カーラさんの後ろ姿見る僕と、カウンター越しでディオネと話すセイラちゃんとレイラちゃん。
それから……アンナさんとマリーさんも書店をキョロキョロと見回している。
「ファビオ君? 何かあった?」
と後ろの休憩室から顔を覗かせるマイケルは、この際はどうでもいいや。
とりあえず言っておかないと。
「採用面接なくなったみたい」
「何で!?」
僕が一番知らないよ。ディオネだってセイラちゃんとレイラちゃんが来たことを初めて知った風だったし、今も二人に聞いている。
これ……朝に面接で、昼からの研修って話は、全部含めて昼までに終わりそうだな。
昼から、僕なにしようかな。
* * *
面接に当てようとしていた時間は、四人の採用に合わせて棚の整理と手狭な休憩室の掃除に当てられた。
とはいっても、ほとんどを僕とカーラさんの二人がする作業だった。
あぁ、ディオネとマイケルは、四人の研修を今している。
まだ、昼の鐘が鳴ってもいない。
マイケルの今までにないくらいのテキパキした説明には、いつもそうしてくれればいいのにと思う。どうせ、はやく帰りたいだけだろうけど。
「それから、会計でもらった硬貨は鍵付きの引き出しに入れてね」
「は、はい」
「あと時間があれば、カウンターの引き出しに帳簿があるから、年齢層や購入内容も書いておいて」
「なるほど、じゃあ性別も書いた方がいいですか?」
「あぁ、……そうだったね。それも書いて、また引き出しに戻してくれれば客対応は終わりかな」
「へぇ、案外ちゃんとしてるんだ」
マイケルには、マリーさんとアンナさんの二人がついて説明を聞いている。
三人のやり取りに思うところはたくさんある。だけれども、ちゃんと説明できているマイケルの調子を崩すのはやめておいた方がいいかな。
拗ねたら面倒だし。
でもこれだけ。
マイケル、お前は時間があっても帳簿に書かないだろ。だから、僕が店番でお前が製本担当になったんだ。
分かってるなら、ちゃんとやれ。
「じゃあ、次は……」
「本の補充と店先の掃除に、今は店番の対応ですよね? 閉める時ってどうしたら」
感心した様子でカウンターの引き出しを開けて中を確認するアンナさんと、まだ説明していない業務を考えるマイケル。
そんなマイケルに、いままで説明した業務を確認するマリーさんの三人。
「あぁ、それだ! ってそれは……」
マリーさんの話に、何かをひらめいたマイケルは、僕の方を見た。
「マイケルがいつもしている事を説明してくれればいいですよ」
「そうなの? じゃあ――」
僕がマイケルに言えば、「休憩室って、もう大丈夫?」と僕に返す。
さっきまで、カーラさんと掃除をしていたから、気になったのかな。もう、それも終わっているから問題ない。どうぞご自由に。
「大丈夫ですよ。まだ、狭いですけど」
「了解、じゃあ、休憩室を案内しまーす」
マイケルは、その調子でマリーさんとアンナさんを休憩室に連れて行った。
彼の後ろに続く二人の後ろ姿を見て、僕は棚の掃除を続ける。
カーラさんは、休憩室の掃除が終わってすぐに通運に馬車の手配関連の話をしに行くと言って、書店から出て行った。
だから、掃除を一人でしているわけだ。ディオネと双子は機材室に行ってから戻ってない。色々と試し刷りをしているようで、版画機が動いている音が聞こえていた。
「こんなものかな」
掃除と整頓が終わったバックヤードの棚。
全員合わせれば六人の書店員が稼働すると考えれば、適当な棚板に荷物を置いてもらうわけにはいかない。
そう考えると、必然的に結構な作業が増えたのは、少し誤算だった。
休憩室で説明しているマイケルたちに機材室でやんややんやとうるさいディオネたち。
もうちょっと、静かにできないものかとカウンターに移動して椅子に座る。結局昼前に一連の作業は終わった。
「これから大変だな」
一人呟くカウンター。
客のいない書店で、明日から新たに働く四人。
セイラちゃんとレイラちゃんはダルダラさんの許可が下りているから問題ないし、カーラさんは二人の為に送り迎えの馬車の手配をしているからその辺りは問題ない。馬車の料金も双子の給金から差し引いてもいいとダルダラさんから、カーラさんに言われたようだけど、それは書店が出すべきだと思う。
あとで、カーラさんと相談するか。
でも、後の二人、アンナさんとマリーさんのことだ。二人してアレックス兄さん経由で採用したらしいけど、ゼクラット書店より通運の方が給金はいいはずだ。ライフアリー商会と密接に関わっている通運だから、潰れることはないし。
「こんなものかな、とりあえずは」
「ご教授、ありがとうございます」
休憩室から出てきた三人。カウンターの方にぞろぞろと歩いてくる。
「ファビオ君の書店だから、どんなものかと思っていたけど、本当にちゃんとしてるね」
アンナさん、ちょっと言い過ぎだよ。初日なのに、もう馴染みそうになってません? マリーさんをみならってくださ……い?
「あれ? マリーさん、昨日書店に来ました?」
昨日の夕方、マイケルの小爆発のあとで会計に来た客がマリーさんに似ていると思った。
人違いなら、別に謝るだけだけど。
「えっと……来ました」
彼女の小さな声に、横にいたアンナさんは口角を上げた。
「マリーはね、ディオネの本が好きみたいなんだ。だから、新規採用をするって話を聞いた時にアレックスさんに辞めます。ってさ」
「ちょっと! アンナさん!」
それにしては、行動力が有り余っている気がするけど。
内気そうな彼女にしては、中々思い切ったことをするものだ。
「じゃあ、昨日来たのは?」
「ちゃんと店内を見ておこうと思って……」
真面目な人だなぁ。マリーさんのその真面目さが沁みてくるね。僕の心に。
「えぇ、そんなことしなくてもいいじゃん。緊張しなくていいよ」
「いえ、マイケルさんや他の従業員さんの顔を一度見ておこうと思って」
なるほど、人見知りの彼女らしいと思う。
初対面で会う人より、一度顔を見ておいたら緊張もしないだろうって話だ。デュラン兄さんも人見知りする人だから、マリーさんの気持ちもよく分かる。
「じゃあ、時間的にはピッタリだったね」
「はい、おかげさまで」
そう返すマリーさんは笑って、「明日から働けますので、よろしくお願いします!」と僕たちに頭を下げた。
「こちらこそです。マリーさんにアンナさんが来てくれて助かりますよ」
と彼女に返すが、アンナさんは何で書店に? マリーさんの事はいいとしても、彼女は?
「ちなみに、アンナさんはなんで?」
「え? 私?」
そう、私。あなた以外に誰がいるんですか。
アンナさんは、「私はねぇ」と含みのある言い方をした。
「結婚したのよ。それで、書店の近所に引っ越してさ。ちょうど良かったわ」
「お、おめでとうございます。……それで」
「そう、それで」
アンナさんは少し笑って続けた。
「通運も悪くなかったけど、マリーが書店に行くって言うから寂しくてね」
溜めた話し方の割に、まっすぐなアンナさんに頬が引きつる。
でも、結婚なら仕方ない……か。
マリーさんのことを気にかけているのは通運の時から知っていたし、仕事が出来る人であるのは間違いないから、アレックス兄さんには悪いけど、二人は書店員として頑張ってもらおう。
「なるほど、通運の時の話をファビオ君から聞いていたけど、頼もしいね!」
「そうですね、また二人と仕事が出来てよかったです」
カウンターの椅子に座る僕を囲むように三人が立っている。
この二人なら、僕が店番を率先してやる事も少なくなっていくと思うと、採用することも悪いことではないなと思う。
「よし! じゃあ、僕は帰るよ!」
とマイケルは僕の肩を軽く叩いて、休憩室の方に歩く。
そんなマイケルを見て、もしこの書店がこの先傾く事があるとしたら、マイケルが一番目の人員削減候補だな。
だって、すぐサボるじゃん。あいつ。




