13
アースコット教授から手紙を受け取った後、商会まで走って戻ったがビクター兄さんには会えなかった。
カーラさんから聞いた話では、ビクター兄さんはトレンティアに二十日間の出張らしい。
アンナさんは「会食」だと言っていたが、彼女はそう思い込んでいただけだった。
僕の拳の行く先は、今はどこにもない。
だって、ビクター兄さんはこの国にいないのだから。
「おーい! 次! この荷物だから!」
通運の職員が休憩中の僕を呼んだ。
倉庫に運び終えたばかりなのに、今日もかなりの数を事務所と倉庫を往復している。
「これですか」
「そうそれ。第十三番倉庫までな」
綺麗に梱包された箱を両手で抱えて荷車に乗せる。僕の腰高くらいはあるが、思っていたよりも軽かった。
腰に力が入りすぎて攣りそうになる。
「何、入ってるんです? これ」
「知らねぇよ。まだまだ荷物あるんだから。さっさと行った」
そう言って職員は受付の方に戻って行った。
背を向ける職員の奥に見える受付カウンターには、我先にと押し寄せる人が見える。
「今日はまだ少ないな」
事務所の裏手で呟くと、さっきの職員が僕の方を振り向いた。
「ぼさっとすんなー。仕事仕事」
と手を叩いて僕を急かす。
「すみません。行きます」と職員に返事をして、僕は荷車を押して第十三番倉庫まで歩く。
通運で手伝い始めてから、四十日。
新規受付を通運でも再開してから、今日で十日目だ。
一日過ぎるのが早く感じる。
アースコット教授の部屋からここに戻ってから僕の一日は、学園で講義がある日以外を通運の事務所で過ごしている。
事務所から歩いて、一番から十二番倉庫を過ぎて、第十三番倉庫に着けば一人の職員が扉の前で椅子に座って休んでいた。
今日は彼が倉庫番か。四十代くらいの無愛想な男で、名前は知らない。
「すみませーん。この荷物、この倉庫なんですけど」
僕が声を出す前から、彼は立ち上がって倉庫の扉を開けていた。
倉庫の盗難防止と荷物の出し入れという重要な仕事を、実直に守る彼には好感が持てる。
「大変だな。今日も」
「そうですね。でも、今日は昨日より受付の人少なかったですよ」
荷車を倉庫の前で止める。
倉庫番の彼が、荷車に乗せていた箱を持って言った。
軽々と箱を持っては、僕の返事など聞いていないかのようにすぐさま倉庫の中に入っていった。
ぶっきらぼうなその態度でも、もう何日も会っていればそんなものかと機嫌を悪くすることもない。
開いている倉庫の中を覗くと、朝は空だった倉庫の中に、大小様々な箱が所狭しと置かれていた。
今日も大量だな。
皆はいったい、何を届けたいのだろうか。
「よし。もう行って良いぞ」
扉を閉めながら話す彼は、一連の作業が終わったようで椅子に座り直す。
すでに僕に興味もないだろう彼だが、「今日は受付の数、少ないといいですね」と話し相手になってもらいたくなった。
だって、事務所に戻ってもまた倉庫まで往復しないといけない。
朝から歩き続けて、僕の足はパンパンだ。
「そうだな。今日は早く帰れるといいな」
本当に人との会話に興味のなさそうな彼は、椅子の横にある小さな机に置いた本を読み始めては、僕の話を適当に返す。
ただ、世間話して時間を潰したいだけなのに。
「そうですね。四日前みたいに夕方から忙しくならないといいんですけど」
「四日前な。俺、休みだったから知らねぇけど忙しかったらしいな」
そうだ。本当に忙しかったのだ。
朝から夜までずっと荷運びさせられていた。
昼休憩などあるはずもなく、ひっきりなしに荷物が届けられていたのだ。
「あの日が休みだったなんて、ついてますね」
「おう、ありがとな」
それだけ? ……あなたと話しても全然続かなそうだし。もう事務所に戻るよ。
「また、荷物運んできますね」
乗せていた箱がなくなって、幾分と軽い荷車の向きを事務所の方に変える。
彼に言えば、本を読んだまま僕に手を振った。
それは、アースコット教授の部屋から出る時と同じで、さっさと行けと言われたみたいだ。
はぁ、もう嫌だ。何で僕がこんな下働きみたいなことしないといけないんだ。
ただの手伝いのはずが、もう通運の職員みたいになっている。
「アレックス兄さん、早く戻ってこないかな」
疲れたよ。本当に。
今日もこれから、書類整理も待っていると思うと、気が遠くなる。
今日も何だかんだと言って、結局事務所で寝泊まりする羽目になりそうだ。
「ちょっとー! お手伝いさーん! 遅いよ!」
下を向いて歩いていたら、もう事務所の裏手まで着いていたようで、受付をしているあまりよく知らない女性職員から僕に声がかかった。
お手伝いさんは僕しかいないからすぐ分かるけど、なんか職員でもない言い方をされると何故か分からないがしんどくなる。
「今、行きまーす!」
それでも、呼ばれたからには行かないと。疲れたけど。
事務所の裏手で、全然大きくない箱を両手で持つ職員の前まで荷車を押す。
止めた荷車に、職員が箱を置けば「ちゃんと、運んだら戻ってきてね」と軽く注意されて「勤務態度でお給金の額も変わるんだから、しっかり働いてね」と言って颯爽と事務所の中に戻っていった。
「すみません! この荷物は何番倉庫ですか!」
背を向けて戻っていく彼女は、僕の声に気がついたようで振り向く。
「あぁ、ごめんごめん。その荷物、第十八番倉庫までお願いね」
「……十八番倉庫。分かりました」
さっきの十三番倉庫よりも遠いじゃないか。
それに給金の話だけど、僕もらってないからね? あくまで善意だよ。善意。アレックス兄さんに頼まれなかったら、そもそも手伝いなんてしてないしここにもいないんだよ。感謝しろよ、全く。
* * *
事務所の会議室でようやく休憩できたのは、十八番倉庫から戻ってから何回も往復して日も落ち始めた頃だった。
こんな日が九日連続で続いているのだ。
僕の足は、今日もクタクタに疲れた。
「ふぅ、今日はあんまり人来なかったですね」
「そうね。それにマリーも慣れたみたいで良かったわ。おかげで私も今日は楽させてもらったわ」
書類の塔の合間から見える二人は笑って、そこらの机に置いてあったビクター兄さんの差し入れを啄んでいた。
僕は椅子に座る元気もないから、床に腰を落ち着けている。だって、次立ち上がるのもしんどいし。
けど、彼女らがこの部屋に来たって事はもう終業時間も近い。
鐘が鳴る時間まで随分と休憩し過ぎた。
これから本来のお手伝いをするために、近くにあった机に手をかけて体を浮かす。
重い腰が上げれば、二人は僕に気づいたようで「もうファビオさんの方は終わったんですね」とマリーさんが食べている途中の差し入れを置いて僕に話す。
「えぇ、おかげさまで」
と返せば、アンナさんは「勤務態度がよろしくないそうだけど?」と余計な事を挟んできた。
首をかしげるマリーさんを横目にアンナさんの話に応じる。
「給金、もらえればそれなりに態度改めますけど? そうします?」
「それは、ビクターさんと話し合って。私の管轄じゃないから」
素知らぬ顔で差し入れを食べ終わったアンナさんが立ち上がった。
どういうことかとキョロキョロと僕とアンナさんを交互に見るマリーさん。
「マリー。お茶を淹れに行きましょう。今の話も聞かせてあげる」
とアンナさんはマリーさんに手を差し伸べた。
「お願いします」とマリーさんは答えて、彼女の手を握れば二人はそのまま会議室の扉まで歩く。
足が一番疲れていたが、思っていたより腕も疲れていた。
ため息と一緒に軽く揉んでいれば、会議室から出ていったアンナさんとは逆に、マリーさんが振り向いて僕を見た。
「お茶、要りますか?」
「お願いします。凄く濃いめで」
「凄く濃いめですね。分かりました」
そう言ってアンナさんに続いてマリーさんも出て行く。
扉が閉まるまで他の職員の声が微かに聞こえて、その声だけで楽しそうにしていたのが分かった。
僕は全然楽しくもない。
会議室に追いやられた書類の塔を見てため息が延々と出る。
カーラさんにビクター兄さんの出張の話を聞いた後、僕は律儀にも通運の事務所に寄ったのだ。
あの日の朝に見た人だかりが心配だったし、何よりあれだけの申し込みを捌ききれないと思ったからだ。
事務所の表玄関からは、人が多すぎて入れそうにもなかった。今考えたら当然だよね。だから今日の朝みたく、裏手から中を覗いたらなんとあれほど積まれて放置されていた数多くの書類の塔が綺麗さっぱりなかった。
まさかと思って、あの時受付の後ろで右往左往としていたマリーさんを呼んで、書類の事を確認してみれば案の定だった。
開店前に、会議室に全部移動したと言われた。忙しそうに走り回っている職員を避けて、僕も会議室に入ると一番最初に見た書類の塔がまた乱立していた。
それも、以前よりも増しているのだ。
すぅーと意識が遠くなりそうになったのを、今もよく憶えている。あの感覚は商会ギルドの連中が襲撃してきた時以来だ。
ただ、貯まっている書類の整理と決裁も慣れた作業だから、十日も経てばある程度は終わらせられると思ったが……手も付けられていない。
だって、僕が手伝い始めた時は、商会が新規受付を肩代わりしていたから書類は減るだけだったわけで、その日から新規受付の書類の決裁も確認しないといけなくなったのだ。
……そろそろ決裁と整理を始めないといけないな。
過去のことなんて、終わった話だ。やらないといけないことをしなくちゃ。
でも、全然書類は減ってない。増している気さえする。
あまり数えないようにしよう。精神的にクるものがあるから。
一度二度と深呼吸をして、ちゃんとまとめてくれている今日の決裁書類を確認する。
確かに今日の分は昨日よりも少ないが、それでも一々確認していたら朝までかかる量はあった。今日の分だけで。
放置されていた書類も、いいや。放置書類なんて今日も手を付けられない。
どうしようもないけど、やっぱりどうしようかと考えていれば、会議室の扉が開いた。
それと同時にお茶の香りも部屋を包む。
最近は、夜も少し肌寒くなってきて窓も閉めているから余計にお茶の香りがよく分かる。
何やらと話ながら入って来た彼女を横目に、今日分の決裁を始めるが、マリーさんが僕の方に盆を持ってやってきた。
「凄く濃いめにお茶淹れましたよ。ファビオさんは、今日は泊まられます?」
そう言って、彼女は僕が座っている椅子と近い机に、コップを置いた。
強烈に香るお茶が、僕の鼻から伝わって、頭を刺激する。
「今日、も。泊まりますよ。終わらないんですから」
言い捨てるように彼女に言えば、「勤務態度、ですよ」とからかわれた。
そんな事を言うような人じゃないと、勘違いしていたのかな僕は。
隅の方でクスクス笑うアンナさんの声が聞こえるが、目の前で僕を見ているマリーさんに「きょ。今日も泊まらせてもらいます」と返す。
「分かりました。警備員さんに伝えておきますので、お仕事続けてください」
そう言って、彼女はアンナさんの方にスタスタと戻っていった。
どうしよう。僕、今凄く暴れたくなってきた。




