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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 通運の仕事を手伝い始めてから十日経った。

 未だ、会議室の書類は減らず、そびえる塔の数は以前と同じく保ったままだ。

 だが、その塔の高さは順調に低くなっていて、二日目の時みたく倒壊する恐れはない。


 この十日間の出来事を語る必要はない。

 朝から晩まで書類を読んで、苦情か決裁かを確認し、それを分けて決裁印を押す簡単な仕事。




 

 ……だったらどれほど良かったか。

 

 まだ、昨日まではゾトーさんが一緒に居てくれて、僕の補助というか指導をしてくれたからなんとかやってこれた。

 昨日の帰りにビクター兄さんから、「もうファビオだけで問題ないよね」とゾトーさんの補助終了の知らせを受けるまでは。


 

 会議室の書類の数を見てから物言え。

 と思っても、頭を掻きながら「商会の対応が追いつかないからさ」と僕の文句は封じ込められた。

 

 どこか申し訳なさそうな顔をして話したビクター兄さんの顔を見たら、目元に濃いクマをつけて長い金髪にも所々に埃がついていたし。

 最低限の身だしなみを整える彼が、そんな事すら出来ないのだったら何も言えやしない。

 僕よりも忙しそうな人を見たら文句なんて言えない。

 

 商会に関しても、十日前の混み様から日増しに人の数は増えるばかりだし、猫の手も借りたいくらいなのは分かってはいる。

 ずっと愚痴を言っていたゾトーさんだって、商会では偉い方の人なんだから戻したいのもよく分かる。

 だけれど、この仕事は十八歳に任せるものではない。


「すみません。この書類の束、商会に渡してもらって良いですか?」

「……また、ですか。……いいですけど」


 会議室では、三日目から通運の職員が二人ほど一緒に整理をしてくれている。

 昨日まではゾトーさんもいたから、四人体制だったが今日からは三人体制だ。

 

 まとめた苦情の書類を渋々といった表情で受け取る職員のマリーさんは、「これもなかなかな量ですね」と言って両手で書類を抱える。

 長い茶髪を後ろで一括りにしている彼女は、慎重に書類の塔を崩さずに歩いて進む。

 マリーさんの仕事は、僕の代わりにビクター兄さんまで書類を持って行き、その場か後日に指示をもらう仕事だ。

 

 マリーさんに渡した書類の束も、朝から数えて三回目だ。

 一日目なんて書類の仕分けすら充分に出来なかったから、それなりに僕も出来始めて今まで以上に整理と決裁が進んでいる気がする。


 そのまま書類を持って行こうとする彼女は、もう一人の職員に小声で何かを言われたようで、ハッとした顔をしてから「では、行ってきます。……それと、昼休憩ももらいます」と開いている会議室を出て行く。

 

「分かりました。また昼からよろしくです」


 と返事をすれば、小さく「こちらこそです」と聞こえた。

 彼女はあまり人付き合いが上手ではないようで、仕事以外の事で何か話すのは相当に仲良くならないといけないらしい。

 そのことはもう一人手伝ってくれている職員の、アンナさんから教えてもらった。

 

 マリーさんと初めて会った日なんて、何を言っているのかさえ分からないくらいに声が小さかったことを思い返せば、今は順調に仲良くなり始めている。


 そっか、もう昼休憩か。

 朝からしていた仕事が一段落ついたか怪しいくらいに、まだまだ書類は減らない。

 だが、ゼクラットおじいさんから教えてもらった『飯を食わねば戦は出来ぬ』の言葉の通り、空腹では昼からの仕事も手に着かない。

 

 ふぅ。と一息ついて両手を上に背筋を伸ばす。

 思いのほか気持ちよくて目を閉じれば、コキッ。と背中から音が鳴った。

 小気味のいい音に続けて首も回せば、パキッ。と首からも音が鳴る。


 固まっていた体がほぐれる感じがして目を開けると、アンナさんが少し引いた目をして僕を見ていた。

 黒髪をエリー姉さんと同じように肩あたりで切りそろえて、手には書類を持っている。

 マリーさんとは年の差が離れているようで、マリーさんの直属の上司らしい。

 

「どうかしました?」


 と彼女に聞いてみるが。


 「若いのにおじさんみたいなことしてるなと思って」


 とアンナさんは肩をすくめた。


 彼女の失礼な物言いに、「僕、まだ十八歳ですよ」と言っても「仕草がおじさん臭いんですよ」と返された。

 それに返す言葉がなく、ため息をついてアンナさんに「僕も昼休憩もらいますんで」と言って部屋から出ようとしたけど、彼女に呼び止められる。


「決裁の書類、どうします? 机に置いてたら良いですか?」

「良いですよ。アンナさんも昼休憩ですか?」


 と聞くと、アンナさんは首を横に振ってため息をつく。


「違いますよ。今日は昼までなんで」


 と続けて、机に書類を置けば、またため息をついて口を開いた。


「朝にも言いましたよ。憶えてないんですか?」



 

 そうだった。

 今日は、アンナさんは昼までだった。

 彼女の担当は、決裁の書類を整理して僕に渡して、押印済みの書類をこれまたビクター兄さんまで持って行ってもらう仕事だから、てっきり今日も一日中仕事してくれるものだと思ってた。

 

 不満げな表情のまま、ため息すらつく彼女に切り出す。


「忘れてました」

「はぁ。まだまだ書類あるんですから、しっかりしてくださいよ」


 アンナさんにそう言われて、「……すみません。善処します」と返す。

 気の強い彼女はそのまま書類の塔を、ツカツカと歩いて避けて部屋の入口にいる僕まで進む。


「では、お疲れ様でした」


 と貼り付けたような笑顔で言いつつ、そのまま僕を横切る。

 会議室を出た彼女が肩を回せば、バキバキッ。と彼女の肩から音が鳴る。


「いい音鳴りましたね」


 少しばかり気が抜けていた僕の口が、アンナさんに勝手に話す。

 慌てて右手で口を塞ぐと、前を向いていたアンナさんが僕の言葉に振り向いて、射貫くように見つめる。

 無言のままのアンナさんに「……失礼しました」と謝れば、「次はないですよ」と釘を刺された。


 鋭い眼差しのまま僕から目を離して、早歩きで事務所の休憩室に戻って行く彼女を見送れば、朝の仕事がようやく一段落ついた気がした。

 





 * * *






 通運での仕事で一番困ったのが、昼休憩の時の昼飯をどこで食べるか問題だ。

 通運で働いている職員は、毎日昼飯を持参しているようで、僕みたいにどこかで買う人はいなかった。

 それは、昨日まで一緒に書類の整理をしてくれていたゾトーさんも一緒で、二人で商会の食堂で食べてから、また通運の事務所に戻って仕事をするのを繰り返していたのだ。

 

 歩いてすぐの距離にある商会だから、普段であれば別にたいしたことではないけれど、今は混雑している商会の一階を一々抜けるのが非常に面倒だった。


「すみません」


 昼休憩なのに、休憩するどころか体力的に疲れるどうかしていると思う。

 最初は苛立ちを募らせていたけど十日も経てば、僕も人の間を抜けるコツを掴めそうで、徐々にではあるけど楽しくすらなってきた。

 今日だって同じだ。

 欲を言えば普通に通りたいけど、今はどうしようもない。


「あのー」


 アンナさんとマリーさんが手伝ってくれるまでは、僕かゾトーさんが商会に書類を持って行っていた。あの二人には感謝すらしている。

 人に押されて歪んでしまった書類を、ビクター兄さんに渡してため息をつかれた時は、久しぶりに拳が出そうになった。

 今日だって、マリーさんには朝から三回と昼から一回の四回も商会と通運を往復してくれたのだから本当に助かる。

 

「えぇっと」


 昼休憩が終わってからの仕事は、アンナさんが整理してくれた決裁の書類に押印する作業で片付きそうだ。

 あと二十枚くらいか。

 書類の小さな文字を軽く読んでは押印をするだけで簡単だけど、書類をめくっては同じような事を書いている書類に僕の目も霞み始める。


 それよりも、一番は決裁印の印鑑が僕の指と同じくらいの大きさなのが、辛いところだ。

 余計な力を込めているからか、何回も押印をしていると前腕が痛くなる。


「ファビオさん!」

「はい!」

 

 いきなりの大声にびっくりして、決裁印を机に押してしまった。

 すぐに顔を上げて声の方向を見れば、マリーさんが僕に申し訳なさそうな顔をして見ていた。

 前髪を触っている彼女の様子からして、声の主は彼女だろう。それにここにはマリーさんと僕しかいないし。


「どうしました?」


 とマリーさんに声をかければ、「もう終業時間なので先に帰ります」と消え入りそうな声で僕に話す。


 もうそんな時間かと窓に目を向ければ、外は暗い。

 そういえば、ちょっと前に会議室の明かりをマリーさんが点けてたっけ。


「もうそんな時間なんですね。すみません集中してて分からなかったです」

「いえ、……ご兄弟の為に働いてらっしゃるんですから」


 と彼女が言ってから何かを言いたそうにして僕を見る。

 だが、その何かが言えないのかキョロキョロと目を動かした後、「……帰ります。……お疲れ様でした」と言って会議室の扉の方に向けて歩く彼女。


「相談事だったら、力になれるか分からないですけど、聞きましょうか?」

「……大丈夫です」


 と言ってそのまま扉を開けるマリーさんを見て、「そうですか。お疲れさまでした」と彼女に言えば、僕に軽く会釈して会議室から出て行った。


「面倒事じゃなければいいけど」


 と一人会議室で呟く。

 昨日までは、僕の横でゾトーさんのありがたくない愚痴話に相づちを打ちながら仕事をしていたけど、今日はこの会議室には誰もいない。

 今日は、というか今日からが正しいか。


「さ、あと二十枚。頑張るか――」


 マリーさんには、今日の分の決裁済みの書類は明日渡したらいい。

 とりあえず、この二十枚に決裁印を押して今日は終わろう。






 あと五枚くらい残っている決裁待ちの書類を手元に持ってきた時、突然会議室の扉が開いた。

 

「ファビオー? いるじゃん!」


 と上機嫌なビクター兄さんの声が聞こえる。

 会議室の照明は点いたままだから、僕がいると確信した様子だった。


 面倒そうな予感がヒシヒシとするが、隠れるより先にビクター兄さんを書類の塔の間から見る。

 昨日と同じように目元のクマは酷いけど、髪と服は小綺麗にしていた。


 ただ、彼の顔は赤らめていて右手には何かが入った袋を持っていた。


「いますよ。ここです」


 ビクター兄さんに言って、椅子から立ち上がって手を振る。

 彼は僕を見て、「今日もお疲れ!」と右手を僕に突きだす。


「これ、お土産!」


 と言うビクター兄さんは「ここに置いとくから、食べてね」と言ってそのまま会議室を出て行った。


 嵐のようなビクター兄さん。

 あの様子を見て、今日は会食だったんだと察した。

 

 僕はこんなに書類と格闘しているのに良いご身分だこと。

 と辟易しつつも、ビクター兄さんが置いていったお土産の袋を覗けば、以前アースコット教授のところで食べたお菓子の詰め合わせが入っていた。

 会食での交渉が上手くいった証拠だろうか。

 そう思えば、少しは許せる気がした。


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