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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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7


 急なアレックス兄さんの来訪でも特に慌てることもない。

 ただ、怖じ気ついて固まっている二人には悪いけど。


「事情はまた今度ね。ちゃんと話すからさ」と二人に話せば、「だったらさ、明日聞いてもいい?」と目を輝かせて返してくるマイケルと、「怖いんで、聞かなかったことにします」とディオネは目を泳がせる。


 二人のその正反対さに、面倒くさいなと感じていればアレックス兄さんが、「ごめんね。よかったらこれあげるよ」と薄い紙を一枚ずつ二人に握らせる。

 二人が広げて見れば、『ライフアリー通運送迎馬車割引券』と書かれていた。


「そ、送迎馬車!?」とマイケルが声を上げて驚く。

 ディオネは、そもそも送迎馬車が分からないようで紙を見つめていた。


「高級な馬車の割引券だね」と彼女に教えれば、「……別に要らないですけどね」とすぐさま服にしまう。


「じゃあ、僕にくれよ!」

「私がもらったんですから、私のものですぅ」


 二人して小声で言い合っているが、僕らしかいない書店にはその会話は丸聞こえだ。

 ため息が出る僕に、二人の様子を見て笑っているアレックス兄さんは、「まぁ、二人とも。もらったって事は……わかっているよね?」と言い合っている二人に話す。

 途端に、止まる二人は「「分かってます!」」と元気よく返した。

 二人して調子がいいことだ、まったく。


 さっきまで、面倒くさそうな態度をしていたマイケルは、「僕はこれで帰ります!」と担いでいる鞄に割引券をすぐに入れて、軽い足取りで書店から出て行く。

「君もそろそろ帰らないとまずくないか?」とディオネに聞けば、「えーっとぉ、どうしよっかなぁ」と、どこを見ているか分からない遠い目をしていた。

 高級な馬車って聞いただけで、そんなに想像が膨らむものなの?


「ディオネ、おーい」と肩を叩けば、「はい!」と戻ってきた。


「そろそろ、時間的にまずくないか?」

「え? あぁ、本当だ! すみません、帰ります!」


 ようやく気づいてくれたようで、カウンターの下に置いていた鞄を拾って、「お邪魔しましたぁ!」と帰っていった。

 今度カーラさんに会った時は、今日の事は見逃してもらうよう話しておくか。遅くなったしね。

 

 あぁ、アレックス兄さんの事は黙っておくよ。もちろん。


「楽しい仲間そうでよかったね」

「あれがですか? 騒がしいだけの二人ですよ」


「顔を見れば分かるよ」と笑うアレックス兄さんが続けて、「早速なんだけどさ、話聞いてくれないか?」と聞いてきた。


「良いですよ。割引券三枚くれたらですけど」

「くぅー、さすが俺の弟だな。 よし、三枚!」


 執務室でのアレックス兄さんとは違って、性格が少し陽気に感じるけど、これがアレックス兄さんなのだ。

 仕事と私用の切り替えは、きょうだいの中で一番だ。

 アレックス兄さんは、服の内ポケットに手を入れて券を渡してくる。受け取った券は、かすかに暖かくて少しゾワッとした。






 * * *







 書店の戸締まりを終えて、僕が寝泊まりしている二階で、アレックス兄さんと夕食を食べている。

 もちろん、夕食を作ったのは僕だ。

 アレックス兄さんは、あちこちと二階を見て回っては「ちゃんと生活できてるね!」と夕食を作っている最中に、いちいち話しかけた。

 僕がそんなダメ人間な訳ないだろ。と思いつつも、「一人で暮らすには、これくらいできないと」と返す。

 振り返れば、彼はもう違う場所を見に行っていた。

 

 とにかく、動き回るのも長男アレックス・ライフアリーの個性だ。


「おいしいね。この目玉焼きは、俺が作るよりおいしいよ」

「アレックス兄さんは、まだ野菜は嫌いなんですか?」


「ファビオ、知ってるかい? 野菜は食べなくとも病気にならないんだよ。果物があればね!」と気分がいいのか、彼は夕食をすぐに食べ終わった。

 

 デミストニア自治国では、果物は総じて高い。

 だから、野菜で補っている家庭はたくさんあって、「じゃあ、果物を輸入してくださいよ」と返せば「鋭意尽力していますが不甲斐ない」とアレックス兄さんは頭を掻いた。

 そんな彼を横目に、目玉焼きを崩してから葉野菜と一緒に食べる。

 パンを一口の大きさにちぎって口に入れれば、良い感じに塩気が効いた目玉焼きにパンの甘さが、僕の口の中を楽しませてくれる。


「へぇ、そんな食べ方したことないなぁ。まだおかわりある?」とアレックス兄さんは、葉野菜が残った皿を持って聞いてくる。

 口の中のものを飲み込んで、「作り置きはしないんです。腐ったらもったいないでしょ」と彼の残した葉野菜をもらい受けた。

 昔からの野菜嫌いは、健在のようで一緒に暮らしている時は、とにかく食べさせられたのは懐かしい思い出だ。


「そっかぁ、残念だなぁ。もう食べられないかもしれないのになぁ」

「また来たらいいじゃないですか。今日はこんなものですけど、前もって言ってくれれば――」


「もう来られないとしたら?」と優しい目で僕を見つめてくる。

 対面に座るアレックス兄さんは、話を変えるようだったので「どういうことですか?」と僕は彼に聞くしかなかった。


「まぁ、見合いのことだよ。明日の見合いで父さんと母さんの二人とね」

「喧嘩したんですか?」


 喧嘩したんだとしたら、それはとんでもないことだ。

 アレックス兄さんは、きょうだいの中で一番父上と母上と過ごす時間が長い。

 普通に考えて、僕よりも二人の人となりを分かっているはずのアレックス兄さんが喧嘩とは。


「違うって、軽い言い合いにはなったかもしれないけどね」


 それでも、だ。

 それでも僕とエリー姉さんを叱ったり、見開いて見つめてきたり、と存外に怒られているかもしれない僕には、アレックス兄さんが父上と母上の二人と言い合う事なんて見た事がなかった。


「アレックス兄さんでも、父上と母上に物申すというか、言い合うんですね」

「物申すって、難しい言葉知ってるね。ゼクラットおじいさんの影響かな?」


 少し茶化されて「まぁ、家族とは言い争いたくないけどね。譲れないんだよ」と含みのある言い方をしてくる。

「譲れないって、何がですか?」と言い渋る彼に尋ねて、先に帰った二人と違う面倒くささを感じた。

 

「……自由だよ、俺自身のね」

「アレックス兄さんの自由?」


「ファビオは覚えていないと思うけどさ、元は俺がライフアリー商会の次期商会長になる予定だったんだよ」


 そのことは知っている。

 有名な話だし、ゾトーさんにもカーラさんからも何度も聞いた。

 アレックス兄さんは、僕が知らないものだと思っているようで、一応知らないふりをしておこう。

 

「……最初からビクター兄さんだと思ってましたけど?」

「そうだよね、ファビオが商会の勉強をやり始めた時にはもう――」


 アレックス兄さんのライフアリー通運は、開業していた。

 僕が、ライフアリー商会の勉強をやり出したのは、十才の頃あたりだったはずだから、もう八年は経営しているのだ。

 

「次期商会長を蹴った理由ってなんですか? そのアレックス兄さんの自由と関係あるんですか?」


 既に学園も卒業していた彼が、後継者として次期商会長になるのは当たり前のこと。

 元はライフアリー商会の一事業を引き継いだとはいえ、通運業の過酷さは聞いている。


「目の色変わったみたいに聞いてくるね。まぁ、今更だしいっか」


 と彼は両腕を組んで、少し間を置いた。






「旅がしたくてさ。色んな所を見て回りたかったんだよ。レグトンみたいに」と僕の問いかけに答えてくれた。


 レグトン? 「レグトンってたしか……」と呟けば、「習ったはずだよ。憶えてるかな?」と僕を煽る。

 レグトンと言えば、僕らのご先祖さんの名前のはずだ。


「あの、バーベン・ライフアリーのお兄さんでしたっけ?」

「よく憶えてたね。賢いねファビオは」


 危ないところだった。初代のご先祖は憶えていたけど。そのレグトンって、歴代の商会長じゃないし忘れていた。

 昔の勉強って、案外憶えているものだね。ビクター兄さんの教えに助けられたよ。

 

「それくらいなら、まぁなんとか」と内心ヒヤヒヤだった僕に、笑ってくれるアレックス兄さん。

 腕は組んだままでも、どこか物思いにふける彼が口を開く。


「レグトンみたいに、デミストニア山を駆けたりさ。ワグダラ王国を回ったり、色んな旅をしたかったんだよ」と続けて、「でも今は、レグトンに近い事が出来てるから幸せ」

 

 確かに動き回っているし、通運の仕事で他国に行くことは頻繁にあるから、一年の間で何回も会えない。

 昨日のようにビクター兄さんの執務室で会うことも、ゼクラット書店にアレックス兄さんが来ることも珍しいし、ましてここに来るのは初めてのことだ。

 

 水瓶からコップに水を注ぐアレックス兄さんは「ファビオも要るかい?」と尋ねてくる。

 僕のコップを見れば、残っている水は一口程度しかない。


「ありがとうございます」といえば、「どういたしまして」と返ってくる。

 ゆっくりと注ぐ彼に、一つ、気になったことを聞く。

 

「じゃあ、アレックス兄さんはビクター兄さんが次期商会長になって欲しかったってことですか?」


 目を丸くするアレックス兄さんは、注ぎ終わったコップと水瓶を置いて、「そうだね。だって……」とまた腕を組んだ。


 「ビクターはバーベンみたいになりたくて、俺はレグトンみたいに飛び回りたかったから」と一息ついて、「ビクターの方が商会長に向いてる」と微笑みながら答えた。


 ビクター兄さんが、アレックス兄さんよりもライフアリー商会の商会長に向いているとは、僕は思わない。

 だって、ライフアリー通運を他国とまで貿易できるまで大きく成長させたのは、目の前にいるアレックス兄さんだ。

 

 笑顔でビクター兄さんの方が商会長に向いていると言えることが、僕には分からない。

 だけどアレックス兄さんは、そんな嘘やでっち上げを言う人ではないから。

 一旦、この話はここでお終いとしておこう。納得は出来ないけど。


「じゃあ、父上と母上には話したんですよね? その、次期商会長の辞退の話は」

「もちろんだよ。社交会でのお披露目前にね」


 アレックス兄さんは、事もなさげに答えてくることに「え、お披露目の前ですか?」と返す。


「そうだよ。あの時は社交会が始まっていたからさ。打ち明けるのに勇気がいったよ」


 勇気というか、それは向こう見ずが、過ぎるんじゃないかな?

 見合いを飛ばそうとするのは、次期商会長を辞退した時と同じような感じかもしれない。

 だったら、あの時の周りも大騒ぎだったはずだ。


 アレックス兄さんは、結果的に辞退に成功してビクター兄さんが次期商会長になったけど、今度も大丈夫だと思っているのだろうか?

 昔の一件と、今の状況はまるで違うように思うけれど、本当に深く考えた末のアレックス兄さんの結論なのか?


 僕には判断がつかない。


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