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今日はビクター兄さんが、議会登壇の日に初めて行く日になった。商会ギルドの連中は、孤児院の後からは、ちょっかいを掛けてくる事もなかった。
彼の晴れ姿というか正装を見るついでに、ディオネの様子も気になったので商会本部まで来て玄関口で待っている。
いつもはたくさん並んでいる馬車も、今日はさすがに一つもなくて、この国が議会に注目していることが、外の喧噪からも分かった。
「毎年、本当にこの日はお祭り騒ぎだよね」
ビクター兄さんが僕に声を掛けてきた。
いつもは括らない長い金髪を油で整えて括っている。目元のクマも消えて、目にも力が宿っていた。
服もくたびれた感じがなくて、王国貴族を彷彿とさせる清潔感があった。
王国貴族を、本の中でしか見た事ないけど。
話しかけてきたビクター兄さんに、「そうですね、いつもはうるさいくらいですけど、ここはちょうど良いですね」と返す。
敷地を囲う塀が、外の喧噪を緩和してくれていた。
「今からうるさいところに行くんだけどね、私」
「……まあ、そこは義務ですし」
僕の横で肩を落とすビクター兄さん。商会の方から「ビクターさん、迎えの馬車が来ますので準備お願いしますね」とカーラさんが声を掛けた。
彼が「わかりましたよ」と返せば、カーラさんも僕らの方にやってくる。
「五日振りかしら、ファビオ君元気だった?」
「まぁ……この通り元気でしたよ」
僕に声を掛けてきたカーラさんは、いつも通りにライフアリー商会の制服を着こなしていた。
「カーラさんは行かないんですか?」
「行かない、というか私、王国民だから行けないのよこの日は」
へぇ、そんなルールがあったとは。ビクター兄さんに「じゃあ一人で行くんですか?」と聞いてみれば、顎を触りながら「そうだけど母上もキャロンもいるし大丈夫さ」と答えてくる。
あぁ、そうだった。二人も議員だったか、二人と何年も会ってないから分かんないや。母上は僕がエリー姉さんに殴られた時は、見舞いに来ていたそうだけど。
僕たち三人が他愛のない話をしていれば、大きな鉄扉から二頭の馬が引っ張っている馬車が一台入ってくる。
「あれですね」とカーラさんが言えば、ビクター兄さんは服の汚れがないか確認していた。
僕も彼の服に汚れがないか、特に背中を見て少しの埃がついていたので手で払う。「ありがとう」と言う彼に、服が気になって聞いてみる。
「この服って父上のものですか?」
「違うよ、ゼクラットおじいさんの服を引っ張り出したんだ。ちょうど服の寸法もぴったりだしね」
ビクター兄さんは僕に向かって一回転した。
「似合ってるでしょ」
確かに似合っているその服に「僕も着ていいですか?」と返した。僕の言葉に少し笑うビクター兄さん。
「そうだった、ファビオはゼクラットおじいさんのこと大好きだったもんね」
「今も大好きですよ」
ゼクラットおじいさんは、僕が十歳の時に亡くなったけど、時折思い出すおじいさんとの記憶はどれも宝物だ。
「いいよ、今日が終わったらファビオに上げるよ」とビクター兄さんが答えてくれた。
「ありがとうございます!」
「いいって、別に減るものでもないしさ」
僕が議会に招待されたら、それを着て行くのだ。今後の楽しみができた瞬間だった。
入口から来た馬車が、商会本部の玄関口までやってくる。
ちょうど、二頭の馬がお利口に止まれば、従者の人がビクター兄さんに声を掛ければ、その声に応えてビクター兄さんが馬車に歩いて行った。
おじいさんの服をもらえることが嬉しかったあまり、一番聞かないといけなかった事を今思い出した。
「ビクター兄さん! なんで僕に何もするなって言ったんですか!?」
ビクター兄さんが馬車に乗り込む前、ギリギリで聞いてみれば「言っておかないと馬鹿なことしそうだったからだよ!」と大きな声を上げて返された。
彼は、その後馬車の従者に言われるまま席に乗り込んで、馬車は小気味いい音を奏でながら、商会の敷地から出ていった。
カーラさんは、ビクター兄さんが商会から出たのを見届ければ「じゃあ私も仕事に戻るから、ファビオはどうするの? 四階に行く?」と切り出してくる。
僕に聞いてくるカーラさんを見ても、何を話していいか分からなくて声が出ない。
僕の頭は、ビクター兄さんに言われた言葉が反響していた。
「……僕って、そんなに危なっかしく見えてました?」
「さぁ? 私は分からないわよ、ビクターさんは君のお兄さんだから何か感じたんじゃない?」
カーラさんが僕に答えてくれるが、ビクター兄さんから言われた言葉が、まるで僕が問題児みたいな言い方だ。
ショックを受ける僕に「で、どうするの?」とカーラさんが聞いてくる。「……四階に上がります」と言って、とりあえず商会の玄関から建物に入る。
少しずつ肌寒くなっていくこの頃の天気に僕は、心も寒くなってきた。
* * *
ビクター兄さんの見送りも終わって四階に上がると、ディオネが光る台に顔を近づけて作業していた。
眼鏡を頭に乗せて集中している彼女の仕事を、僕は昼休憩の時間まで見ていた。
四階に上がった時には、遊び盛りの子どもが廊下まで出て追いかけっこをしていたりと無法な状態だったけど、セイラちゃんとレイラちゃんは子どもたちを相手に、楽しそうに遊んでいた。
避難してきた時は元気なかった二人も、時間が解決したようで良かったと、迫り来る子どもを避けながら、赤ん坊とダルダラさんの部屋に入る。
部屋は静かで、休憩していたダルダラさんに挨拶をしてから、部屋の隅で何か集中していたディオネにも声を掛けたが無視された。
それからは、ずっと彼女の横にいて何を書いているか見ているけど、よく分からない魔法陣を書いていたから、アースコット教授の手伝いをしているのは分かった。書いている内容は全然分からない。
「もう、昼だよ、食べないの?」
ディオネに聞いてみるが一向に返事がない。どれくらいの時間を集中して書いているのか。
途中から来ている僕には分からない。
「ディオネの頭、叩かないとダメだよ」
起きている赤ん坊の相手をしているダルダラさんに、そう言われた。続けて「いつものことだよ、けどその台を使い出してからはひどいけどね」と言って苦笑いを浮かべるダルダラさん。
そういえばとダルダラさんに聞いてみる。
「避難することになった原因ってディオネに聞きました?」
「聞いたよ、セイラとレイラにも聞いた。じゃないと今頃はひどい事になっていただろうしね」
答えてくれたダルダラさんの目は、優しげに細められている。
「怒らなかったんですか?」と、返えば「怒りはしないさ、たくさん笑っただけ」と応じてくれた。
そうか笑っただけか、さすが肝っ玉母さんだけあるかもと思ったが、横から「ダルダラ、うるさい。あぁ、ファビオさん、いたんですか」とディオネが声を掛けてきた。
「うるさいって、結構前からいたからね、僕……君も、もう昼休憩したら?」
「昼? 晩ご飯の時にもう一回呼んでください、晩ご飯は食べるので」
そう言ってまた、光る台に顔を近づけて書き進めるディオネ。
「ディオネ! その台取り上げるよ!」
「嫌だ!」
ダルダラさんがディオネに声を張って言えば、ディオネも応戦するように、声を張って返す。
「だったら、休憩しなさい。そのまま書いてたら本当に取り上げるからね!」
「……わかった」
ディオネはダルダラさんの言葉に観念したようで、台から顔を話して眼鏡も台に置いて立ち上がる。
「少し寝ますから。ファビオさんの昼休憩が終わった頃に起こしてください」
彼女は寝ている赤ん坊の隣で寝転んだ。
「いつもはこんな感じなんですか?」と自由奔放というか、我が儘がすごい彼女を見てダルダラさんに聞いていれば、ディオネも聞こえていたようで「いつもこんな感じですけど文句あります?」と吐き捨てるように言って目を瞑る。
僕とダルダラさんは目を合わせて、二人して笑ってしまう。
「じゃあ僕は、下で食べてくるので」
ダルダラさんに「何か持ってきましょうか?」と聞けば、「要らないよ、職員が持ってきてくれるから子どもの分までね」と続けて「あんたはゆっくり食べてきな、私がおっきい赤ん坊を起こすから」とディオネを見ながら言う。
ずっと優しそうに赤ん坊に接しているダルダラさんに、余計な事をしても申し訳ないか、と考えて静かに部屋を出ることにした。
部屋を出れば、四階に上がってきた時よりも廊下で遊ぶ子どもの数は少なかった。
さすがに、あれほど暴れるように遊んでいれば疲れるかと思って、子どもたちがいる部屋を覗けば、外をじっと見ていた。
並んで外を見る子どもたちを不思議に思って、子どもを抱えて一緒に見ていたレイラちゃんに声を掛けた。
「レイラちゃん、外に何かあったの?」
僕の声に少し肩をピクリとさせて、僕に振り向けば「おにいさん」と続けて、「お外でおとなの人がね、はしってたりしてるから見てるの」と言う。
僕もレイラちゃんの上から、外を覗くように見れば、確かに職員が大きな鉄扉に向かって、急いで走っては本部に戻ってを繰り返している。
今日そんな急ぐ事なんてあったっけ? 議会登壇の日は確かに、お祭り騒ぎで一日中町がうるさいけど、商会がすることなんてないはずだった。
「何だろうね。一階に下りて職員さんに聞いてこようか?」と僕が聞けば「いいんですか?」とレイラちゃんが答える。
聞こえていた周囲の子どもには「きいてきて! きいてきて!」と催促された。
僕が「お兄さんに任せなさい!」と言えば、子どもは喜んで僕に「はやくいってきて!」と催促してくる。
子どもの催促の勢いに押されて、部屋を出るけど、不意に子どもたちに振り向く。レイラちゃん含めて、皆が僕の事など誰も見ていない。
あまり頼まれた感じもしないが、まあいいか。
昼のご飯を食べに商会の一階に下りる。
大所帯の商会だから、食堂が一階に併設されている。ありがたいことに格安の値段設定だから、商会の職員の大体はそこで食べていたりする。
一階に着けば、四階で子どもたちと見ていた時と同じように職員が慌てていた。
何故、急いでいるかの聞こうと何人かに話を聞くけど、誰も彼もが僕の事など気に掛けることもなく、走り去っていく。
「本当に何があったんだ?」
僕の独り言は、慌てている職員の声と足音で消える。
落ち着いてからでいいや。これじゃ、先に食べに行った方が早いまである。
職員に道を譲りながら食堂に向かうが、「ファビオ君!? ちょっといい!?」後ろからカーラさんが声を掛けていた。
彼女まで慌てて走っていたのか、息が上がっている。「どうしたんですか」と僕が聞けば、外から『開いたぞぉ!』と声がした。
何のことかと、「ちょっと待って!」と止めてくるカーラさんから離れて商会本部の窓から外を見た。
五十人ほどか。派手な服を着て、長い棒を持った男たちが商会本部に走ってくる。
見た感じで分かる荒くれ者が、職員に体当たりされて倒れていく。
「何ですかこれ?」
カーラさんに聞くと、彼女は顔を両手で覆った。
「……商会ギルドの連中よ、……押し入っちゃった」
えぇ、やばぁ。
とりあえず、窓から離れてカーラさんに聞く。
「ディオネの事ですよね?」
「それしかないでしょ!」
カーラさんの声が商会本部の建物によく響いた。
急いで四階に上がる。後ろでカーラさんもついてきているの分かった。
ディオネ! お前寝てる場合じゃねぇぞ!




