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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 ビクター兄さんに続いて執務室に入ると、書類の束が至る所に散乱していた。

 孤児院の倒れた小屋のように足の踏み場がない。

 器用に書類を避けて歩くビクター兄さんが自分の椅子に座ると、僕も来客用の椅子に慎重に座った。


「ごめんね、忙しくてまとめられなくて……」

「いいですよ、議会の準備で忙しいのは分かってましたから」


 「気を遣わせちゃったね」と言うビクター兄さんに、「構いませんよ」と応じる。今の時期が忙しいのは生まれてから知っているから。

 この国で起こった反乱以降、国家の運営は議会が担っている。

 議会の開会日は一年の中で特別視されていて、主要な権力者や著名人は招待されれば出席が義務付けられているのだ。


 そんな日には、当然ライフアリー商会の商会長も招待されているから、今までは僕たちの父上が出席していたけど、今年に限っては父上は欠席で次期商会長のビクター兄さんが出席する。


「でも、今の時期にこんなことになって倍以上忙しいですよね?」

「仕方ないよ、いずれはディオネ嬢の事で忙しくなるんだ」


 そう言っては、目頭を押さえているビクター兄さんに、「寝てます?」と聞いてみる。「……ぼちぼちね」と返されるが、この調子だと寝てないんじゃないかな。


「もう本題に入りましょうよ、それから早く寝てくださいね」

「ありがとう。でも仕事が終わらないから……仕方ないさ」


 諦めた顔のビクター兄さんに、孤児院の現状を話す。


「孤児院を見に行ったんですけど、正直ボロボロにされてましたよ」

「僕も聞いたよ、母上にも報告はしたからそれは指示待ちかな」


 職員に聞いたのだろうか、ビクター兄さんは僕の話を落ち着いて聞いているようだったので、あの話もしよう。


「あと、現地の人がですね……」

「どうしたの?」


「現地の人が撤去作業をしてくれたので、報酬を出してほしいんです」


 僕の言葉に固まるビクター兄さん。


「言った?」と聞いてくるが、これは僕が現地の人に報酬とか給金の話をしたかを聞いている。

「……言いました」と正直に話せば、大きなため息が聞こえた。


「どうするかは考えとくよ、とりあえずファビオはそれくらいかな?」


 ビクター兄さんは、額に手を当てている。本当にそれに関しては、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「そうですね」と知らぬ顔で返せば、ビクター兄さんは「まあ今後は注意してね」と僕に呟いてくる。


「じゃあ、私だね、色々聞きたいと思うけど、黙って聞いてね」


 ビクター兄さんの話に頷いて返す。


「ファビオは抜け道の事知ってるよね?」と、僕に聞いてくるビクター兄さんに「教えてもらってますよ、どれくらいあるかまで知らないですけど」と返す。

 というより必要な人間にしか抜け道を教えない決まりだそうで、全部知ってるのはビクター兄さんと父上くらいだ。


「そうだね、それくらいは知ってるか。実は、ディオネ嬢には万が一の時に抜け道を使うよう事前に伝えていたんだよ、こんな時のためにね」


 じゃあ、孤児院の皆が避難できたのは、ビクター兄さんのおかげになるか。けど、そんな話をディオネに話す時間ってあったっけ?

 ビクター兄さんに「ディオネに、いつ話したんですか?」と切り出す。


「いつかって? あぁ、あの最初にディオネ嬢と会った時だよ。最後にファビオだけ出て行ったでしょ? その時にね。で、ダルダラさんにも話が伝わってたみたいだから、うまくここに避難できたわけだね。」


 あの時か、それなら納得できる。でも、ディオネもよくダルダラさんに話したな。

 商会ギルドに捜索されてることも話していないと、何も分からないから全部打ち明けたのだろうか。

 

「でも、今日に襲撃されるの分かっていたんですか? じゃないと、こんな簡単に避難できないでしょ?」

「あぁ、それはね、背の高い男が襲撃前にダルダラさんに教えたそうだよ、調べてみたら男は孤児院出身者らしいし。だから内部事情に詳しかったんじゃないかな」


 背の高い男? 最近会った、オーゲン商会のマックスを思い出す。ビクター兄さんは僕のことなどお構いなしに話し始める。


「といっても、あの女の子たちが話した相手も背の高い男って言ってたから同一人物かな?」

「たぶん、同じ人だと思いますよ、一人心当たりがあります」


 僕の返した言葉にビクター兄さんが「知ってるんだ」と呟く。「それって誰だい?」と僕に聞いてくるビクター兄さんに、「マックスっていうオーゲン商会の商会員だと……」と応じた。


「へぇ、そんな良心的な人がライアット通りで働いていたんだ。……意外だね」



 

 ビクター兄さんとは、それから明日からの事を話した。

 急ぎで孤児院の現場調査を進めるらしく、いったんは、孤児院は営業停止らしい。あと、避難している子どもたちは、騒動が収束して仮住まいが決まるまで商会で、面倒見ることにしたと教えてもらった。

 

 途中でカーラさんが入って来て「まだ、終わらないんですか!?」と荒げて乱入したから、そこで今日はお開きになったけど最後にビクター兄さんから「ファビオは、何もしないでいつも通り生活してね」と言われた。

 ここまで僕も絡んでいるのに、何でそんなことを言うのか。

 ビクター兄さんに、その理由を聞き出そうとしたが、何も話してくれなかった。







 * * *







 孤児院の襲撃事件から二日経った。孤児院は結局、建物自体が古いこともあって、取り壊して新たに建て直す事が決まったらしい。

 ディオネからその話を聞いたら、奥の方で鼻歌を口ずさんでいるダルダラさんが上機嫌で赤ん坊をあやしていた。相当に嬉しそうにしているから、建て直しは本当の話のようだった。


 セイラちゃんとレイラちゃんが、オーゲン商会の商会員に話したことも、彼女たちの言い分を信じればマックスに言ったと判断したビクター兄さんが、聞き取りをマックスにする予定だということもディオネに教えてもらった。

 ビクター兄さんは、あの後ちゃんと寝たようで元気いっぱいに仕事をこなしている。まだ、何もするなと言われたことの理由を、教えてもらえていない。


 執務室での話から一夜明け、いつもの講義を終えてアースコット教授の部屋を訪れれば、部屋でお茶を飲んでいる。


「本当、色んな事に巻き込まれてるよね、もう才能じゃないか?」


 アースコット教授が自分の分のお茶を淹れながら、笑って言う。

 本当に、その通りだから笑えない。彼から見れば他人事で面白いのかもしれないが、とんでもないことになっている。

 笑うのは不謹慎だと思う。


「孤児院の建て直しまでするんですよ、それでも笑うんですか?」

「いやいや、それは知らないよ私は……ふふ」


 笑ってるじゃん。

「笑う暇あるんだったらできた原稿くださいよ」と、話を変えたくてアースコット教授に切り出せば「分かってるよ」と机に置いていた書類を渡してくる。

 受け取った書類の厚さに驚いた。いつもなら片手でも持てる程度に軽くて薄い原稿が、両手でもっても重たく感じる程に厚い。まさか、これほど書いてくれたとは思わなかった。


「すごい量ですけど?」と彼を見て話す。


「そうでしょ、レインフォードから資料もらえたからね、後は僕の執筆速度が速くなったからかな?」


「すごいでしょ?」と自慢げに話して、お茶を飲むアースコット教授。

 確かに、倍以上の原稿を渡してきている。「それにしても多いですよね」と返す。


「まぁ、ディオネさんに手伝ってもらっていたからね」

「ディオネに?」


 驚いて聞き返すと、彼は嬉しそうに答える。


「そうなんだよ、彼女すっごく絵が上手だよね、さすが社交会で話題になるだけある」


 たしか、前に彼女がアースコット教授に呼ばれていた事って、このことだったりしないか? 途端に、個人情報の書類の事が気になって「あのこと書類の事とか話してたりしないですよね」と口にする。


「してないしてない、そんなこと話したら僕も危ないんだから」と手を振って否定するアースコット教授。それを信用することにした。


 ただでさえ、こんなくだらない事で商会ギルドの連中と揉めているのに、学園でもくだらない事で問題がおこるのは、本当に面倒くさいから止めてほしい。


「けど、当分はディオネは学園に来ないんで自分で書いてくださいよ、頼みますよ」


 ディオネはライフアリー商会に、避難してから休学している。

 商会ギルドに狙われているから、警備して学園に通うよりライフアリーでかくまっていた方が効率が良いらしい。一応、カーラさんがその間の勉強を教えることになっていた。

 

「それは大丈夫だよ、彼女からライフアリー商会の本部に送ったらやれるって手紙が来たからね」


 その言葉を聞き返す僕に、同じ事を言うアースコット教授。

 まさか、僕よりも先に専属作家というかディオネを助手にされるとは考えたことがなかった。

 アースコット教授は続けて「とりあえずさ、支払いは僕が六割でディオネ君が四割で払ってほしいんだけどいける?」と僕に聞いてくる。


「別にディオネと話ができているんなら良いですけど、一応ディオネにも話聞いておきますよ? いいですよね?」

「いいよいいよ、彼女とも話はつけてるから大丈夫」


 何というか、負けたような感覚が僕を襲ってくる。横からアースコット教授にかっさらわれた、まだ専属作家じゃないけど。

「まぁ、いいですけど……」と自分でも分かるくらいに眉間にしわが寄る。


「よし、原稿も渡したし支払いの話もしたね」

「えぇ、聞きましたよ」


「じゃあ私は帰るよ」とアースコット教授が立ち上がって言った。確かに、窓から見える外は夕日が落ち始めて、魔道具の照明が所々に点いているのが見える。

「僕も帰りますね」とアースコット教授に言えば、あのことを思い出した。

 鞄から一枚の紙を出して帰り支度をしているアースコット教授に話す。


「この紙に『賢者オーダの魔術教本』の修正点とか書いてるんで」

「……結構前の原稿じゃない?」

「えぇ、次は完全版で出せればお得かなって思って」


 そう言って紙を渡す。「やらないとダメかい?」と聞いてくるが「僕がやっても良いですよ、原稿料は全部もらいますけど、いいです?」と返す。

 

 少し悩んだ彼は「……私がするよ」と、とにかく嫌そうな顔を僕に向けて言った。


「ディオネにやらせたらディオネに原稿料全部払うんで、これは」と最後に言って、部屋を出る僕にまでアースコット教授のため息が聞こえた。


 いい気味だね、ディオネはゼクラット書店の専属作家にするからね、アースコット教授の助手なんてやらせられないよ。

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