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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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17

 

 孤児院からライフアリー商会まで走る間、オーゲンの手下には出くわさなかった。

 途中でゼクラット書店に寄ると、暗い店先に戸締まりされた扉があった。マイケルはちゃんと店じまいをしていたようだ。


 商会の敷地に入ると、ライフアリー商会の四階に明かりがついていて、出稼ぎの職員が泊まり込むその階がやけに騒がしい。


「ファビオ君!」


 名前を呼ぶ声がした。

 魔道具で照らされた玄関口に、カーラさんとさっきの職員が手を振っている。

 彼女たちに向かって歩くと、馬車も魔道車もない敷地が、やけに広く感じた。

 

「カーラさん、孤児院のこと聞きました?」

「聞いたよ、ダルダラさんから」


 カーラさんは横にいる職員の肩を叩く。

 

「この人が足をつったらしくてね。いきなりダルダラさんが現れて大騒ぎだったのよ」

 

 彼女の目線は、職員の足を見ていて、苦笑いをしている。

 職員も彼女に「久しぶりにあんなに走ったんですから」と頬を掻いている。

 カーラさんの言い方だと、ダルダラさんはここにいるようだ。


「孤児院から僕も走って来ましたけど――」と僕が言えば、「足つった?」と茶化してくる職員。

 カーラさんは、そんな職員の背中を叩いて「とりあえず、中入ろう」と言って玄関の扉を開ける。




 


 足を引きずる職員は、商会に入れば違う用事があると言って、奥の部屋に歩いて行く。

 僕とカーラさんは、閑散としている一階を通って四階まで階段で上がる。

 子どもの大きな声が、上の階から聞こえてくることに心の底から安堵した。楽しそうな子どもの声と、あと何故かマイケルの大きな声も聞こえてくる。


「あの、マイケルも来てるんですか?」

「そうなのよ、職員が足をつったでしょ? それで肩貸しながら彼もここに来たのよ」


 なるほどね、そんな人間味があいつにもあったのか。

 僕たち二人で階段を上がりきれば、マイケルが廊下に出てきた。


「僕は君らのおもちゃじゃないぞ!」


 マイケルの後を追って、小さな子どもたちが大勢駆けていく。


「やめろって! もう帰るんだよ!」


 マイケルは、足にひっつく子どもを剥がしながら、階段を上がりきった僕らを見た。彼の髪には赤いリボンが結ばれていて、色々と面白いことになっている。

 僕たちがマイケルの方に向かえば「カーラさん! なんとかしてよ!」と懇願するマイケルに、カーラさんはため息を吐いて、子どもたちと同じ目線までしゃがんだ。


「おじさんは、もう帰るんだからもどりなさいな」


 カーラさんが子どもたちに、諭すように優しく言う。

 渋々と、マイケルから離れていく子どもたち。小さな女の子がマイケルの側に残っていた。


「リボン、かえしてぇ」


 女の子がマイケルの頭を指差す。


「いつリボンなんてつけたんだよ」とマイケルは心底疲れたような顔をして、女の子に場所を教えてもらいながら外そうとするが、四苦八苦している。

 髪に絡んで見えていないから、時間が掛かりそうだ。

 僕が「ちょっと待って、取るから」と言えばマイケルは、「……ありがとう」と頭を僕に向けて話してくる。


「取れたよ、はい」と僕が女の子にリボンを渡せば、女の子が嬉しそうに受け取る。


「ありがとう! えぇっと――」


 何か言いたそうにキョロキョロと見渡す女の子に、「ファビオおじさんだよ」とマイケルが教えると、女の子は笑顔で頷いた。

 

 小さな女の子は笑顔で、「ありがとう! ファビオおじさん」と言って、他の子どもたちのところへ走っていく。

 

 横にいるマイケルより僕の方がずっと若いのに、おじさん扱いか。


「ファビオおじさん」

「それ以上言ったら、僕の拳がどうなるか僕も知りませんよ」


 疲れた様子でも僕を茶化す彼に「もう帰るんでしょ?」とカーラさんが面倒そうな顔を隠しもせず話す。


「そうでした! とりあえず、ファビオ君」


 とマイケルが僕に向けて、「皆、無事だから安心していいよ」と言ってくる。

 その言葉に、胸の奥がすくような気持ちになって、目頭が熱くなる。

「よかったです、でも孤児院はダメですね」と僕は声を張って言った。

 カーラさんは「一旦忘れようと思ってた話がまた……」と呟く。


「でも、書店は無事ですよ」と、こめかみを押さえているカーラさんに言う僕に「どこかが無事じゃなかったら意味ないんだよ」と返された。


「じゃあ、僕はここで!」とマイケルが階段の方に歩いていくが、ふと思い出したように戻って僕に「忘れるところだった、これ渡すね」と言って書店の鍵を渡してくる。


「気をつけてね、あと明日もよろしくね」


 僕が、階段を下りるマイケルに言えば「わかってる」と返してくる。僕とカーラさんは、苦笑いが込み上げてきたが階段の方から振り返って子どもたちの声がする部屋に向けて歩いた。






 マイケルを追いかけていた子どもたちが部屋に入れば、ビクター兄さんがいた。

 ダルダラさんと何か話しているようで、部屋を目一杯使って遊んでいる子どもたちに退いてもらいながら彼らの方に歩く。


「ビクターさん」


 カーラさんが、ビクター兄さんに声を掛ければダルダラさんも僕たちの方を見てくる。


「ようやく来たね」とビクター兄さんが言えば、「あの時の……」と以前孤児院であった時より、幾分礼儀正しいダルダラさんに挨拶をされる。僕は、感じが違うダルダラさんの様子に戸惑うけど、子どもが僕の足にもひっつく。

 

「あんたたち! もう少し静かにしなさいよ!」とダルダラさんが大声で子どもを叱れば、小声で遊び出す子ども。

 肝っ玉母ちゃんぶりは変わらずなんだ。


「いいですよ、子どもは遊んでこそですから」とビクター兄さんがダルダラさんに話す。「でも、余所さまのところなんで――」と食い下がる彼女に「じゃあ場所変えましょう」とビクター兄さんが言う。


「カーラさん、少しの時間子どもの相手お願いできます?」

「少しでお願いしますよ」


 カーラさんが、ビクター兄さんのお願いを引き受けた。ビクター兄さんは「ファビオもついてきて」と僕に言ってゆっくり歩き出す。


「昔のエリーとファビオを見てるみたいで懐かしいよ」と僕に向けて言ってくるビクター兄さんに「僕はおとなしかったでしょ」と返す。ビクター兄さんは僕の返した言葉に笑って「一緒に暴れてたけどね」と言って進んでいく。


「子どもの頃なんてそんなものだよ」

「いやいや、さすがに暴れてたは言い過ぎでしょ」


 ダルダラさんが僕を擁護しようと話してくるが、エリー姉さんの幼い頃なんてとんでもない猛獣だったんだよ? 僕も猛獣だったってビクター兄さんは言っているのだ。許せないかもしれない。





 * * *






 ビクター兄さんに、ダルダラさんとついていけば違う部屋に入った。

 そこには、以前に孤児院で会ったレイラちゃんとすれ違ったセイラちゃんが、まだ寝返りも打てなさそうな赤ん坊をあやしていた。


「セイラ、それにレイラもありがとうね」とダルダラさんが、二人に言えば目を腫らした二人が僕たちの方に向いた。


「とりあえず、ファビオが無事で良かったよ、マイケルから孤児院に行ったって聞いた時は、私もヒヤっとしたんだよ」と僕にビクター兄さんが話し始める。ダルダラさんは、赤ん坊の世話を二人から変わる。セイラちゃんとレイラちゃんは、部屋の隅の方に歩いてしゃがんだ。


「孤児院も襲撃は僕も聞いたし、ボロボロになった事も聞いた。それでね――」

「私たちのせいなんです!」


 レイラちゃんがビクター兄さんの話にかぶせて言った。僕はレイラちゃんを見れば、その瞳に涙がたまっていて泣きそうになっていた。セイラちゃんは、以前のような快活な雰囲気がなくて、鼻をすすって泣く声が聞こえる。


「違うよお嬢さん、私たち大人がちゃんと守ってやれてなかったからなんだよ」と優しくレイラちゃんに話すビクター兄さん。「レイラ、お兄さんらはお話中だからね、向こうの部屋に行ってなさい」とダルダラさんがレイラちゃんを諭した。レイラちゃんはセイラちゃんの手を引いて、向こうの部屋に歩いていった。


「まぁ、なんとなく分かるかもしれないけどね、セイラちゃんとレイラちゃんがオーゲン商会の連中に話しちゃったらしいんだ」


 なんとなくとも分からないんだけど。


「でも、だからって襲撃されるのは……」

「言い過ぎたみたいだよ」


 ビクター兄さんの口元が緩む。

 

「ディオネ嬢の本に書いてあることは本当だって、ライアット通りはぼったくりで粗悪品ばかり売ってるって」


 ビクター兄さんは、噛み締めながら笑う。

 それは言い過ぎだなと思うけど、だからって子どもの言ったことを真に受けて襲撃までするのは大人としては、完全にやり過ぎだ。

 

「やり過ぎだけどね、ふふ」とビクター兄さんはまだ笑う。


「ビクター兄さん、ディオネがいないんですけどここに避難してるんですよね」

「してるよ、いまはたしか――」



 

「戻りましたぁ」




 声のした方を向くと、扉を開けてディオネが入ってきた。彼女の後ろにさっきの職員もいる。

 ディオネは、何かの台を持っていて、部屋の机に置いた。


「ファビオさん、来てたんですか?」


 彼女は僕を見て、何でもないようないつも通りの口調で言った。

 

「心配したんだぞ?」

「まぁ、いきなり押しかけられてびっくりしましたけど、みんな無事に避難しましたよ」


 何でもないように言うディオネに、開いた口が塞がらない。


「そういうところなのかな」とビクター兄さんは首をかしげながら言って、「危なかったですよ、ディオネに抜け道の事教えてもらってなんとか避難できましたから」とダルダラさんが赤ん坊を抱っこしながら言う。


「あ! そうそう、ファビオさん、この台、商会の人から借りてるんで」とディオネが台を起動すると、光り始めた。

 

 状況が整理できない僕は、ビクター兄さんに「ちょっと……詳しい話は執務室でしませんか?」と提案するだけで精一杯だった。

 さっきまで、危険な目に遭っていたはずの彼女たちは、普段通りに見えて、意味が分からない。


「そうだね、落ち着いて話せる場所はそこくらいかな。私も話しておきたいことがあるし、孤児院の詳細を聞かせてもらおうかな」


 僕は、ビクター兄さんの提案に頷いて返す。ディオネは、台を起動してから凄い勢いでペンを走らせていた。

 職員は役目を終えたようで「私はこれで」と言ってから、部屋から出て行く。


 とりあえず、彼女たちが無事で良かったよ。本当に。

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