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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 エリー姉さんへの謝罪会というか、エリー姉さんの企みが分かった日の次の日も、僕はディオネを連れて町を歩いている。

 ディオネにもビクター兄さんにも、商会ギルドのオーゲンが書店を訪れたことは伝えてあるが、あれからオーゲンや背の高いマックスを見ていない。

 

 ビクター兄さんからは、特に注意することも言われなかったけど、夜道はいつも以上に気をつけるように念押しされた。


「まだですか?」


 ディオネが後ろから、歩きながら話してくる「そろそろだからちゃんと歩いてよ」と僕も彼女に返せば、彼女から返ってくる言葉は文句だけだった。

 商会ギルドと僕が接触した話を、ディオネにしてからというものの、しきりに周りを確認しては何度も安堵するを繰り返す彼女。

 挙動不審すぎて逆に怪しい。僕も彼女を知らなかったら、近寄りたくないくらいには。




 そうして、ディオネを連れて歩いていれば、ゼクラット書店が見えてくる。

 

 今日は、彼女と孤児院の小屋で話した僕の書店を、見せる約束を果たすために連れてきたのだ。

 別に、デートとかではない。ただ、機材とか画材は見えるように配置してはいるけど。


「私、寝てないんですよ? ゆっくり歩いてくれてもいいじゃないですか」

「……もう着いたよ。ここ」


 孤児院を出発してから、ずっと文句ばかり言うディオネに、僕は書店に向けて指をさす。彼女は僕の指の先を見た。


「ゼクラット書店?」


 ディオネは、書店の看板を見て尋ねてきたから「そう」と返して、入口の扉を開ける。

 書店の中を見れば、店番中のマイケルが客の対応をしていた。書店から出る時と変わらない空気感に、僕はちゃんと店番していたマイケルに微笑む。

 僕たちに気づいたマイケルが、僕たちを見て嫌そうな顔をするが、客の対応を続ける。


 「へぇ」と言って書店の中に入っていくディオネに、さっきまでの重たい足取りはない。

 すいすいと歩きながら、書店の本を取ってはめくり、戻すことを繰り返している。


「興味あるの、その本?」


 本をめくる手は止めずに「別にないですよ」と返される。ディオネは『デミストニア山の魔物図鑑』のページをめくる。


「やっぱりいいですよねぇ」


 何か含みのある言い方をするディオネ。僕は「本の内容のこと?」と尋ねる。

 独り言だったのか、僕の方を向いて少し考えてから話し始める。


「あ、内容じゃなくて紙の話です。内容は……特にないです」


 何だ? こいつ喧嘩売ってるのか?

 僕が、デミストニア山で働いてるデュラン兄さんに、書いてもらった本だぞ。依頼料ちょっと高かったんだからな。


 魔物図鑑は見終わったのか、色々と本を物色するディオネ。


 一冊の本を買ってくれた客が、僕の後ろをすれ違って書店を出た。もう、この書店には僕とディオネとマイケルの三人しかいない。


「ファビオ君、お疲れ様」

「いえ、別にたいしたことじゃないですよ」


 マイケルが、客の対応も終わったようで、僕に話しかけて近づいてくる。


「で、どうなの?」

「なにがですか?」


 マイケルは、僕に肘をついてニヤけた気持ち悪い顔を向けてくる。僕らの話が聞こえていないディオネは、お構いなしに書店の中を歩いて回る。

 特にいかがわしいような事は、微塵もない。


「いやぁ、奥ゆかしいというか? デートじゃん? これ――」

「違いますよ、寝言ですか?」


 何故マイケルという男は、人をすぐに茶化したがるのか。自分は茶化されるのが嫌だというのにも関わらず、他人にはしたがる。

 僕は、マイケルとデートかデートじゃないかと話して、ディオネが本巡りを飽きるのを待つ。

 

 昼食時間も終わって、午後の静かな時間帯になった書店の外では、よく晴れた日差しが爛々と照っている。

 

「あの、聞こえてますよ」


 ディオネが声を掛けてきた。手には何も持たずに、僕たちの側まで歩いてくる。

 まさか聞こえていたとは、小声で話していたつもりだったが、書店が静か過ぎて彼女まで届いていたのだろう。


「デートじゃないですからね、私、ファビオさんは興味ないんで」

「え、そうなんだ! 残念だったね!」


 ディオネの言葉に、大げさに驚いてみせるマイケルは、僕の肩を叩いて励まそうとしてくるが、僕はマイケルの手を払う。「カウンターに戻ってくださいよ」とマイケルに言えば、「ちぇー、面白そうなのに……」と書店のカウンターに戻って座った。

 興味なさそうに、マイケルを一瞥するディオネを見れば、マイケルのことも興味ないんだなと思う。

 

「じゃあ、見せてくださいよ、ご自慢の版画機」


 ディオネは店の奥を見ていた。彼女の興味は、僕でもマイケルでもないのだ。

 そんなディオネに「じゃあ、案内するよ」と言って、店の奥に案内する。

 マイケルは、カウンターに肘を置いて僕たちを胡乱な目で見てくるが、僕もディオネも無視して書店を移動する。



 



 最新の版画機が見たいディオネに、僕は休憩室の奥にある部屋を案内する。

 部屋の扉を開ければ、インクの匂いが鼻を刺激してくる。


「……いい匂い」


 ディオネが部屋を見て、一番に言った言葉だった。僕には、この少し酸っぱいような匂いの良さが分からない。

「とりあえず、窓開けるから」とディオネに言って、僕は部屋の窓を開けてから、版画機にかぶせている布を二つどける。

 この部屋は、そこまで大きくない。元は僕が使う部屋だったから、両手を広げた僕が四人くらい入る程度の大きさだ。


「これだよ」と僕が言えば、部屋の中に入ってくるディオネ。


「これって、オーレリアの?」


 彼女はその版画機を見て、僕に尋ねる。よく分かっているようで、それが版画機や魔道具の製造が盛んな、オーレリア産の版画機だと当てる。


「そうだよ、三年前に出た最新機」


 それ以降に版画機の新型は出ていない。まさに最新で、最高の版画機なのだ。


「これ、二つあるんですけど――」

「いるでしょ、二つ」


「なんで?」と聞いてくるディオネに、僕は「二ついるでしょ」と返す。


 

「いらないでしょ!?」


 

 いやいや、いるでしょ。二つないと、困るじゃん。壊れた時とか。

 彼女の大きな声が部屋に響くが、僕には彼女はそんな大きな声を出す意味が分からない。


「どうした? 大丈夫?」


 マイケルが部屋にやってくる。僕は「店番いいんですか?」と尋ねたけど「大丈夫大丈夫、どうせ暇だし面白そうなことしてるんだったら混ぜてよ」と軽く返された。

 ディオネがマイケルを見て話す。


「こんなに版画機要りませんよね?」

「そうだね、要らないね」


 マイケルも、ディオネに同調してくる。僕の方を向く、ディオネとマイケル。「やっぱり言ったとおりでしょ?」とマイケルが話してくるが「いるものはいるでしょ」と返す。


「要らないですって、本の版画も一台でできるじゃないですか」

「壊れた時とか必要になるからいるよ、それに一台は使っていいから」


 僕の言葉に「私が?」と尋ねてくるディオネ。

「そうだって」と言って、「それに絶対気に入るから、見ててね」と一台の版画機を起動する。

 起動にマナを使うけど、版画機が使うマナの量は全然多くないから問題ない。起動音とともに、版画機が静かに動き出すとディオネの目が見る見る輝いた。

 

 このオーレリア産の版画機の凄いところは、なんといっても魔道具なのだ。

 だから、版画が半自動で終わる。

 どう終わるかって言うと、紙を所定の箇所に固定したら自動的に印刷されるのだ。

 インクの補充は必要だし、色ぼけしていないかの確認は必要だけど、それでも一枚ずつ手作業で写す作業に比べたら楽だし速い。今は、なにも印刷の準備していないから何もないけど。

 

 「こんなにスムーズに……」と呟きながら、彼女は版画機に手を伸ばしそうになって慌てて引っ込める。


「確かに、版画機はすごいけど……」


 それでもディオネは、「そんな二つもいるの?」とずっと言ってくる。マイケルは、「楽なんだけど絶対要らないね」と言って僕が起動した版画機を停止させて布をかぶせた。

 僕は、「もういいからさ、これもあるよ」と部屋に備え付けた棚から、大きい台を取り出す。


 この台も魔道具で、当然オーレリア産だ。


「何ですかこれ」とディオネが言ってくる。机に台を置けば、マイケルは「しょうもないですよ」とディオネに言っていた。

 何で、僕の紹介する魔道具をケチ付けるんだよ、すごいんだぞこの台。


「こうやって……マイケル、紙あります?」


 僕の言葉に、マイケルは「これどうぞ」と紙を二枚渡してくる。この台のことをよく分かってるじゃないか。

 彼から紙を受け取って、一枚に自分の名前を書いてから、その紙を下にして台に紙を重なるように置く。

 台を起動すれば、明るくなる台と下に書いた自分の名前が書かれた紙が透ける。


「……すご」


 ディオネが呟く声がする。そうだろ凄いだろ? 高かったけど、良い買い物をしたんだから。


「これも二つあるんですか?」と言ってくるディオネに、「ライフアリー商会に預けてるのが二つだから三つかな」と言った。


「無駄遣いですよ」とディオネが、僕に言ってくる。「そうそう、完全に無駄」とマイケルも、僕に言ってくる。

 二人してしらけた目で、僕を見てくる。僕の事を馬鹿だ何だって言ってくるけど、そんな言葉は僕がここを開業した時に言わないと。


「買った後は使った分だけ売れば回収できるからね、問題なんてないよ」

「全然赤字だけどね、いまだに」


 うるさいぞ、マイケル。これから専属作家になって、もらえるかもしれないディオネが頼みなんだから。

 版画機よりも光る台に、興味津々のディオネは色々と触って、明かりの明暗を試している。


「とりあえずさ、この台も使っていいから」


 「いいんですか?」と聞いてくるディオネに、マイケルが「新品だよ、誰も使ってないから」と余計な事を言って茶化してくる。「えぇ」とディオネが呟いているが、もう無視することにした。

 

「じゃあ、これも使っていいから」

「え? これも?」


「そうだよ」とディオネに返す。


「版画機もこの台も使っていいよ」

「本当に?」


 そのために、ディオネを連れてきたのだ。

 版画機も光る台も全部を使って、いい本を書いてほしいから、そしてその本をゼクラット書店で売るために。


「いいって、何だったらいつでも来ていいよ、ここ暇だし」

「本当ね!」


 食いつきよし。後は、この環境に慣れてくれれば晴れてゼクラット書店の専属作家だ。


「じゃ、じゃあ……今日泊まってもいいですか?」


 ディオネの声が少し上ずった。

 確認してくるディオネに、さすがの僕も「泊まるのはダメだろ、僕ここの二階で住んでるから」と言うが、興奮して光る台を触っている何も聞いてならそうなディオネを離れさせる。


「というか、明日学園だろ。講義終わりでも来ていいから」

「……分かりました、……台だけ持って帰っていいですか?」


 ダメだろ。それ、凄く高かったんだからな。

 

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