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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 ゼクラット書店に、オーゲンの一団がやってきてから三日が過ぎた。

 僕は、孤児院にいるディオネを連れて、僕の実家に帰ってきた。

 理由は当然、エリー姉さんへの謝罪の為だよ。


 実家はさほど大きくもない。僕以外のきょうだいも、一人で暮らしている方が多いし両親もこの家とは別に住んでいる。

 今実家に住んでいるのは、ビクター兄さんとエリー姉さんで、使用人さんが数名といったくらいだ。

 

 実家に着いた僕たち二人は、使用人に案内はいらないと伝えたけど、使用人が頑なに案内すると言うので根負けした。

 応接室は、実家の玄関を入ってすぐにあるのにもかかわらず、ものの三分も掛からない案内をしてもらって応接室に入る。

 案内の意味なんてないと思っていたけど、使用人の人たち暇なのかな?

 

 僕たちが応接室に入って、すぐライアンさんも到着したようで、同じ使用人に連れられて応接室でくつろいでいた。


「先に言い訳じゃなくて謝るんだよ」

「そんな子どもじゃないですよ、私」


 ライアンさんが、応接室に入って来てはしきりに何度も注意している。そのことに、ディオネは飽き飽きしているようで、椅子に座って毛先を指でゆっくりいじっていた。


 僕とディオネは、応接室の客が座る方の窓際の椅子に座っているけど、ライアンさんは、家の人間が座る椅子でもなく予備で置いてあったの椅子に座っている。

 そんな光景を見て大丈夫なのか不安になる僕は、エリー姉さんと会うのも久しぶりで緊張するが、配られた水を飲んで気を紛らわす。




 応接室で待つこと五分程度経ったところ、僕たちを案内してくれた使用人が扉を開けた。


 「エリザベスお嬢様がいらっしゃいます」と、淡々と話して部屋から離れる。ディオネは毛先をいじる指を止めて、深呼吸している。

 ライアンさんは、最近も会っていたようだから、特に何も身構えてはいない。


 僕は水を飲みきって、開口一番の怒鳴り声に備えた。


 

 ノックもなくゆっくりと扉が開く。半分くらい開いた扉からは、黒い髪を後ろでまとめて、赤いワンピースを着たエリー姉さんが歩いて入ってくる。彼女はライアンさんを一瞥しただけで、僕とディオネに顔を向けることもなく空いている椅子に座り込む。


「久しぶりね、ファビオ」

「あぁ……そうだね、エリー姉さん」


 棒読みのような言い方で、僕に話してくるエリー姉さんはディオネの方には見向きもしない。ライアンさんはエリー姉さんが入ってきてから柔やかに笑っているだけで、話そうともしないし、ディオネの俯いていて話さない。

 結局僕が、切り出すしかないようだ。


「怒らないで落ち着いて聞いて――」

「落ち着いてるわ、とてもね」


「そ、そう」


 出だしで躓いた。ちょっとかぶせないでほしいよね。エリー姉さんが僕の顔を見てくるが、横のディオネからの視線を感じた。

 何だよ。君から言ったらいいじゃないか。謝るの君だし。

 

「私から言うわ」と、突然エリー姉さんが話し出す。


「ファビオ」

 

 エリー姉さんから僕に声が掛かる。「な、なんですか?」と返せば、エリー姉さんは頭を下げていた。


「ごめんなさい、ファビオ。……あの時感情的になってしまって」


「痛かったよね」と言ってくるエリー姉さん。下げた頭を上げれば、キツく上がっていた目尻は下がっていて、赤い目は少しばかりキラめいて潤んでいる。


 

 え、どうしたの急に。僕の知っているエリー姉さんじゃない。



 暴君として、僕のものは私のものって言ってた幼い頃もそうだし、事あるごとに僕のせいにしては殴りかかってくる魔獣と比べると、とても同じ人だと思えない。

 それに、エリー姉さんから謝られるのなんて、いつ振りだったかも分からない。


「あ、あのー、本の事なんだけどさ……」


 僕を見てくるエリー姉さんを前に、言い出しづらい。

 いつもの調子じゃない彼女を相手にさせられるなんて、思いもしなかった。「僕が話そうか」とライアンさんが助け船をくれた。


「エリー、ファビオ君の隣で座ってるのがディオネ嬢――」

「あの本の作家さん?」


「そうだよ」と、ライアンさんが返す。かぶせて話すエリー姉さんの性格というか、悪い癖はそのままだけど声のトーンが別人のように落ち着いていた。

 エリー姉さんの視線は、僕からライアンさんに移ってディオネに落ち着く。


「ねえ、あなたがあの本を書いたの?」

「は、はい……そうです」


 目が合ったのか、すぐに俯くディオネに、立ち上がってゆっくり彼女の方に向かうエリー姉さん。

 穏やかな顔で雰囲気はまさに、可憐なお嬢さん然としていた。




 お嬢さん然と? エリー姉さんが?




 僕は、すぐにライアンさんを見ると、ずっとエリー姉さんを追っている彼は僕の視線に気づいたようで、たまらず目をそらすライアンさん。

 それを見て、確信した。



 魔獣が猫かぶってる。それも行き当たりばったりの感じじゃなくて、しっかり作り込んだ猫かぶりだ。



「あの本ね、私も読んだわ。よくできていましたね、あなたってすごいのね」

「ほ、本当ですか!」


 エリー姉さんはディオネと話しだした。

 僕にはそれが、魔獣の手のひらの上に、ディオネがいるようにしか見えない。

 二人の話はこれから始まったようで、僕はライアンさんの横に座る。


「これって本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫……多分」


 多分って言うなよ。ライアンさんは未だに笑顔を貼り付けたまま話す。


「私もエリーから提案されたんだよ」

「……それって、いつです?」


 僕の言葉に、話していいか迷っているライアンさんは決心したようで、「昨日だよ。エリーに詰められて、ね」と、僕の方を見る彼の目はずっと泳いでいた。


「殺人とか、本当に大丈夫で――」

「大丈夫だから……」


 話すほどに自信がなくなっていそうなライアンさんは、僕の方をようやく向いた。


「とりあえず、怪我させるような事はないよ。エリーもビクターさんから、キツく言われているから」


「……そうですか」と返せば、僕の手を握ってくるライアンさん。

 とても気持ち悪い握り方に、すぐどけるようにお願いする。


「ライアンさん、不安なんでしょ?」

「そ、そんなことないって」


 嘘だね。とても不安そうじゃん。

 僕はもう、おじいさんから教えてもらった『なるようになれ』の精神でいるから、これからどうなったっていい。


「なんでこんな芝居じみた事を?」

「……芝居じゃないんだけど――」


 それから、ライアンさんは小声で昨日のエリー姉さんが提案した事を僕に、凄く小さな小声で話してくれた。


 とんでもないことを我が姉ながら、考えるものだと僕は感心する。

 要は、ディオネにあの本の続編を書かせたいのだ、エリー姉さんは。


 それも、今芝居じみた事をやっているようなお嬢様みたいな人だと、ディオネに印象づけるため。

 あわよくば仲良くなって、エリー姉さんに都合の良い本を書かせて、社交会で顔を売るつもりらしい。


 そんなことで本なんて、書ける訳ないとライアンさんも思っていたようだけど、とても言い出せる空気じゃなかったようで、今目の前でしている芝居が始まった訳だ。



 

「あれ見て、お嬢様って印象あります?」

「……まぁ、……ない」


 そうだよね、ないよね。ディオネの頭を撫でているけどエリー姉さんの目が笑ってないよ。

 

 僕は、引き攣りそうな頬を軽く揉んでほぐしておく。ライアンさんは、笑顔をもう一度作って二人を見ていた。


 ディオネのまんざらでもなさそうな顔を見れば、僕にはこれからのことを思うと、かわいそうに思えて仕方がなかった。






 エリー姉さんとディオネの話も終わったようで、最初に座っていた椅子に戻ったエリー姉さんは、もう一度僕に「本当にごめんね」と、思ってもいないような事を言ってくる。

 最初に言われた時の気持ち悪さは、エリー姉さんのタネが割れたことで気持ち悪さより、タダでは謝らない根性というかもう、なんと表現すれば良いか分からないそれに恐怖すらあった。


 「も、もう大丈夫ですよ、治ってますし……」


「良かったわ、傷もなさそうだし」とエリー姉さんに返されるが、他人事みたいに言ってくる。

 絶対、反省なんてしてないだろ。


「ディオネさんも、色々と弟が失礼なことしたでしょ? ……ごめんなさいね」

「いえ! 元は、私が勝手に書いた本のせいですから……」


 ディオネはエリー姉さんに見つめられて、恥ずかしそうに俯く。エリー姉さんはディオネの言葉を聞いて、口角が上がりかけた。

 瞬間の事だったからライアンさんも、ディオネも分かっていなかったけど。

 

 僕は見逃さなかったよ。


「ディオネさん、お願いがあるのだけれど」


 そう言って、体をディオネの方に向くエリー姉さんは、続けて話し始める。


「次の本は何を書かれるの?」

「つ、次ですか?」


「そう、次」と返すエリー姉さんに、僕はほぐしたはずの頬が引き攣った。

 エリー姉さんは、すぐに本を書けと催促しているのだ。ライアンさんをすぐに見れば、笑顔が崩れて目を開いている。


 ディオネが僕に助けて欲しそうに見てくるが、正直、声なんて出したくないよ。後からどんな目にあうか分からないじゃないか。

『なるようになれ』精神もこれじゃ意味がない。


「姉さん? 今日は謝罪を受けるだけの話だったんじゃ……」

「次の本書かれないって?」


「そ、そうじゃないけどさ」と返しはするけど、エリー姉さんは絶対に書かせる気だ。目が怒りかけているのがその証拠だ。


「エリー、今日は一旦ここまででいいんじゃないか?」


 息を吐いて下を向くエリー姉さん。ライアンさんの言葉には従うようで、以前のような喧嘩にはならない。


「じゃあ、謹慎解けてからの話ってことでよろしくて?」

「……それでもいいかい? ディオネ嬢」


「いいです」と細い声で話すディオネに、僕は一応の話し合いの終わりを感じる。

 エリー姉さんも、椅子の横に置いてあるコップに口を付けている。あ、目が合った。


 

 ……なんでこっち見てるの? 僕、別に変なこと言ってないじゃん。


 エリー姉さんの目尻が、僕に謝ってきた時よりも確実に上がっている。

 芝居は終わりですか? できれば、僕たちがここを出るまで続けてほしいんだけど。


「よし、今日はこれで終わりだね。使用人を呼んでくるよ」


 ライアンさんは、そう言って応接室の扉を開けて出て行く。僕とエリー姉さんとディオネは黙ったまま、気まずい沈黙が部屋を包んだ。


「頭、重傷だったんでしょう?」

「え、あ、ああ、頭?」


 エリー姉さんが僕に話してくる。コップに口を付けて顔はよく分からないけど、目が僕の頭の方を見ているのは分かった。


「らしいね、ずっと寝てたから僕もよく分かってないけど……」


 エリー姉さんは「そう」と、僕に返してから一切話さなかった。

 



 ライアンさんが使用人を連れて応接室の扉を開ける。最初に応接室まで案内した使用人がまた「案内いたします」と僕とディオネに声をかけた。

 

 もういいでしょ、来た道帰るだけなんだから。と思っても、横のディオネは使用人に先導されて、先に部屋から出て行った。

 僕もそれに着いていくように、応接室に残っている二人から逃げるように歩いた。


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