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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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 僕とディオネは、座っているビクター兄さんの対面に腰を下ろした。

 部屋に入ってから、ずっと冷たい目をしているビクター兄さんに、僕は今日の話し合いの件を切り出した。


「兄さん。こちらがエリー姉さんのことを書いたディオネ・スカンタール嬢です」


 ディオネが椅子から立ってビクター兄さんに礼をする。

 彼女の横顔を見ると、カーラさんと一緒にいた時より緊張していた。


「君がディオネ嬢か。よろしくね」


 それだけ。

 きょうだいの中で一番礼儀正しいビクター兄さんが、初対面の人にそんな素っ気ない態度を取るなんて。


「それより兄さん、なんでそんなに険しい顔するんですか?」

「険しくもなるさ、今日の分の仕事ができてないんだから」


 それだけではないと思うけれど。

 

 ビクター兄さんの視線はずっとディオネに注がれている。

 僕らがビクター兄さんに合わせて座ってから、一度も僕と目は合っていない。ずっと彼女を見ていた。


 ビクター兄さんは、「それで?」と僕らに問いかけてくる。ディオネは話したくなさそうに僕の顔を見ていた。


「あのー、エリー姉さんに殴られた時の本の事なんですけどー」

「あぁ、あの本の事ね。あれって題名何だったけ?」


「『深窓の令嬢の知られざる本性』です」

「題名面白いよね。エリーの知られざる本性って」


 クスクスと笑うビクター兄さん。

 少し雰囲気が和らいだように感じる。横のディオネは褒められたと思ったのか、嬉しそうに鼻に手をやった。


「でもね。勝手に家族を笑いものにされるのはいかがかな? と思うんだけど」


 「そのことについて、ディオネ嬢はどう思う?」

 ビクター兄さんがディオネに問いかけた。


 いきなりの問いにびくつくディオネは、僕の方を見てくるが、僕は視線をそらした。


 僕が頼りにならないと悟ったのか、観念したようにディオネが話し始めた。


「そのことは申し訳ないと思います。ただ――」

「そうだね。ダメだ」


 ビクター兄さんが、話そうとしたディオネの言い訳を遮った。

 相当に怒っているような感じがする。

 

 僕は、横で萎縮するディオネをかばうつもりはないが、なぜそこまで怒っているのか聞きたくなった。

 エリー姉さんに僕が殴られるのなんて、いつものことだし。


「なんで怒ってるんです? 見舞いに来てくれた時は全然そんなことなかったじゃないですか」


 僕の言葉にビクター兄さんは少し黙った。椅子の背もたれに背中を預けて、少し顔を僕より上に上げた。両腕は椅子の肘掛けに置いている。

 何かを考えているようだ。

 僕はビクター兄さんの言葉を待つ。

 

「うーん。すこし言い過ぎたかな? あまり怒ったこともないから加減が分からないんだ」

 

「でもファビオ、僕はねこの本を読んでそう思ったよ」


 言い返さないディオネ。言葉が彼女に強くのしかかっているのか。

 話を遮られてからずっと下を向いている。

 そんなディオネの様子を見て、ビクター兄さんが口を開いた。

 

「ディオネ嬢、僕はね別にやり返そうなんて野暮なことは考えていないんだ」

「だったら僕たち、エリー姉さんに謝りに行こうと思いますけど」


「そんなことより、だ。ファビオ、ディオネ嬢」


 そんなことではないんじゃないと思うんですけど。

 僕はビクター兄さんの言うことが少し気に入らなかったけど、そこまで言うのだからエリー姉さんに謝りに行くそんなことよりすごい事があるらしいビクター兄さんを見た。


「ディオネ嬢。この本の他に何冊か本出してるよね?」


 そうなのディオネ? 僕はディオネを見た。

 ずっと下を向いていたディオネに、僕とビクター兄さんは彼女が話し始めるのを待った。






 しばらくして、ディオネが何を考えていたのか、それとも覚悟を決めていたのかは分からないが、やがて話し始めた。


「確かに、五冊くらいの……本は書いて売りました。それで、……誰でも売っていい市場の催しで……」


 売ったのか。僕はどんな本を売ったのかは分からない。

 ただ、ビクター兄さんの雰囲気から見れば、よろしくない内容の本を売ったというのは分かる。


「言ってごらんよ。どんな本なのか、ディオネ嬢」


「……えっと、『市場のここが良い悪い』と『急な言い訳の方法』と――」

「そうか、やっぱり君か」


 またビクター兄さんがディオネの話を遮る。

 ただ、その顔には諦めがあった。


「兄さん? どうしてこんな事を聞くの?」

「ファビオ。カーラさんから商会ギルドの事は聞いたりした?」


 ビクター兄さんと目が合う。僕は、「さっき聞きましたよ」と言えば、「ディオネ嬢も聞いた?」とビクター兄さんがディオネに尋ねる。

 

 ディオネは、その言葉に頷いて返す。「それなら話は早いかな」とビクター兄さんが椅子を座り直した。


「二人とも、特にディオネ嬢はよく聞いてほしいんだけど――」


 そう言って、ビクター兄さんは僕らに言い聞かせようと真剣な眼差しを向けてくる。さっきの冷たい目ではないけど、僕がもっと子どもだった頃に叱った時と同じような目だ。


 ビクター兄さんは、服の内ポケットから一冊の本を出した。その本を遠目に見る僕たち。

 ディオネは、それに動揺したようで唾を飲み込む音が僕まで聞こえた。


「この『市場のここが良い悪い』の本のせいで、ライアット通りの商人の売り上げが下がった」

「兄さんが持ってるその本ですか?」

 

 僕の問いかけに、ビクター兄さんが頷く。一冊の本のせいで? そんなことがあるとは思わない。

 ただ、こんな場で嘘をつくような事はしないはずだし、それに、そこまでの影響がある本に何が書いてあるのか気になる。


「そんな目をしたって渡さないよ、ファビオ」


「それにこの本はさっき借りただけだしね。すぐ返さないと」


 無理か。内容が気になるけど、商会ギルドの人に借りたようだったので諦める。

 ディオネが書いたようだし、また時間がある時でも内容を聞かせてもらおう。


「ライアット通りの商人がかわいそうだとは僕は思わないよ、自業自得ってやつさ」


 でもね、と後に続けて話し始めるビクター兄さん。

 ディオネはビクター兄さんを見たまま動かない。


「この本を読んだ人間のことを考えて作らないとね、最悪は命が掛かるものだよ?」


 命が掛かるって。そこまでのことなのだろうか。

 本のせいで売り上げが落ちるって、悪い事でも書かれていたんだろうけど闇市と言われているライアット通りでも生き死にの事まではないと思う。


「命って、そんな重いことまで考えないといけないんですか?」

「いけないよね。現に君が危ないんだから」


 君って僕のこと? 違うか、ビクター兄さんはずっとディオネ見ている。だったらディオネのことか。

 でも、そんなに危険なことがあるんだろうか。正直、ディオネがその商人に逆恨みされているだけなら、バレることなどないと思うんだけど。


「まだ、分からないのかいファビオ?」

 

 ビクター兄さんが僕を見て問い掛けた。

 分からないものは分からない。僕は正直に、「全然わからないです」と言う。


「この本のせいで売り上げが落ちたといった商人はね。それが理由で商会ギルドに加入したんだ」


 加入したからなんだって話だが、ビクター兄さんが続けて言った。

 

「で、商会ギルドの一員になった商人を、商会ギルドは守らないといけない。当然僕らも彼らと同じことをするね」


 商会員となった人を守る。ということなら、それはそうだと思うが、一介の商人にそこまでするんだろうか。


「商会ギルドは君を探している。商人を貶めるような本を書いた人間を」


 大所帯と噂の組織がディオネを探し出すのか。

 非効率というか、そこまでしても大した成果は得られないように思うが。

 ディオネがビクター兄さんの言葉に反応して、口を開く。


「私はそこまで悪口みたいに書いてないですよ!? ちょっとぼったくりだ、とか、カビてるパンを売ってる、くらいですよ!?」

「でも、君が同じような事を書かれたら怒るでしょ? どれだけそれが悪い事だと自覚していても」


 ディオネが黙った。薄々思ってはいたけど言い争いになると弱いのか?


「でも、商人って言っても一人とか小さい商会程度ですよね? そんな大事みたいな話でもないような気がするんですけど」

「その商人が厄介なんだよ。オーゲン商会って知ってる?」


 オーゲン商会。

 ライアット通りの商人連中のまとめ役と聞いている。別にやましい商売をする所でもないと思うけど。

 「知ってますよ」と言えば、ビクター兄さんは「それは知ってるんだ」と少し驚いていた。

 僕に教えてのはビクター兄さんの筈だけど。ゼクラット書店を開業するならそれくらい覚えろって言ってたじゃないか。


「まぁいいや。それで、そのオーゲンが率いてね、ライアット通りの商人連中はほとんど商会ギルドに加入したんだよ」


「そんなことしていいんですか?」


 個人商会が組織に加入した。が一つの商会だけならたいしたことではないけど、ライアット通りの商人が加入したんだ。

 そら、ライフアリー商会のライバル商会が出来上がってしまったのだから。ビクター兄さんが怒っているような険しい表情をしている理由が少しは理解できた。


「で、件のオーゲンはこの『市場のここが良い悪い』の悪評にお冠らしいんだよ」

 

 だから探している。怒る原因の本を書いた作家を。

 

 だったら、僕が探したように、これからは闇市で開業していた連中も商会ギルドの連中も、ディオネを探すってことか。

 学園で多分、違法スレスレかもしれない事をしてすぐ分かったけど。連中も合法的に探すとは思えない。

 僕たちがビクター兄さんの話を黙って聞いていれば続けて言った。


「この本を見た限り、君が書いた証拠はないだろうけど――」


 じゃあ! と言うディオネにビクター兄さんは左手をディオネに向ける。

 まるで話すなと言わんばかりに今日一番の険しい顔をした。


「だからって結構な数の大人に喧嘩を吹っかけて良いことにならないよね?」


 ディオネは、不満そうな顔を隠しもせずビクター兄さんを睨んだ。


 僕は二人を見ていた。上の空というか、あまりにも急激に変わっていく状況に、まるで異国の話を聞いているようで理解しきれずにいた。

 

 ビクター兄さんは、僕にディオネと二人で話したいからと、僕だけ部屋の外に出される。

 外にはカーラさんが待っていた。先ほど一緒に談笑していた時の優しい表情は消え、どこか緊張した面持ちをしていた。

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