宇宙人とタバスコ。
突然現れた宇宙船。
エトラさんが泣いて帰ってきたと言ってたけれど、もしかして私がいつの間にかエトラさんを困らせてた?だから、突然説明会の日に帰っちゃったの?
サッと血の気が引いて、空をもう一度見回したけれど真っ黒い雨雲に覆われた空以外何も見えず、じわっと涙が出てきた。
もう会えないの?
消えてしまったって事は、そうだよね‥。もう、会えないってことだよね。
ボロボロと涙が出てきて、後悔ばかりが押し寄せる。
素直に一緒にいたいのはエトラさんだと言えば、
展示室の前で会った時に照れてないで、説明をすれば‥いや、その前に何かしてしまっていたなら、何も言う機会なんてない‥。せめてメールを送れば何か違った?
後悔が胸の中で暴れて、涙が止まらない。
「うう〜〜〜‥、話を、したかったのに‥」
ビシャビシャな腕で顔を拭ったけど、どうにもならない。
ぐすぐすと鼻を啜りつつ、ひとまず仕事は休ませて貰うか遅れると連絡をしないと‥。スマホを取り出そうと、鞄に手を入れたその時、
「イトさん!大丈夫か?」
「え?」
大きな黒い傘が私を覆い、顔を上げればレイハナさんが心配そうに私を見つめている。
「レイハナさん、なんでここに、」
「宇宙船が突然出現して、それを追っていたんだ」
「そ、そうだったんですか‥」
「‥泣いたのか?」
レイハナさんが心配そうに私の目尻に溜まった涙をそっと拭ってくれて、一度止まったはずの涙がまたボロボロと出てきてしまった。
「すみません!涙はそのうち、止まるので、お、お構いなく!‥でも、あの、もう、エトラさんには会えないんでしょうか‥。私、その話をしたい事があって‥」
「‥イトさん」
「む、無理なら良いんです!すみません、ちょっとだけ聞きたくて‥」
エトラさんが泣いて帰ってきたって言ってたし。
もしかしたら私が何か酷い事をしてしまったかもしれないし‥、ゴシゴシと目尻を擦る私の手をレイハナさんがそっと止めて、真っ白いハンカチで拭いてくれた。
「な、何から何まですみませ‥」
「イトさんはもう謝らなくていい」
「え‥」
「肝心のあいつらにまず話をしないとだな」
レイハナさんの体の周りから、金色の光がゆらゆらとまるで炎のように足元から上がったかと思うと、私の手を握った。
「れ、レイハナさん?」
「行くぞ。あの馬鹿どもの口にタバスコを突っ込む」
「へっ!?」
目を丸くした途端、私の体がギュッと上に引っ張られる感覚がした。
な、何?瞬きをして、もう一度レイハナさんを見ようとすると、雨が降ってない。
「ん?」
雨が降ってない?
横をちらりと見れば、薄暗くて何にもないホールのような場所にレイハナさんと立っている?!驚いて部屋の中を見回せば、薄暗いホールは全面ガラス張りになっていて、その向こうには、私が理解の授業でよく見た「宇宙飛行士が撮ってくれた地球!」の、写真に酷似している地球‥‥。
「‥‥なんだか地球によく似ている気がするんですが」
「地球だからな」
「ええ!?地球!??じゃあここって、」
「ここは宇宙船だ。あの馬鹿どものな」
馬鹿どもって、誰ですかね‥?
レイハナさんは私の頭をそっと撫で、それから「ここで待っていてくれ」と言うと、パッと突然消えてしまった‥。
「消えちゃった‥‥」
ど、どうしよう。
宇宙船に乗ってるって本当?
オロオロとするばかりだけど、ガラスの向こうの地球を見れば納得しかできない。‥地球って本当に青いんだなぁ。
地球の周囲には煌めく星達が見えて、ここから見ると確かにどれがどんな星かわからない。一番星も、エトラさんが住んでいる星も。
じわっとまた涙が出そうになると、後ろからドサドサと何かが落ちた音と、カツンというヒールの音。
「え?」
後ろを振り返れば、レイハナさんが立っていてその後ろにはエトラさんともう一人男性が倒れている。
「え、エトラさん!?」
「イト‥、」
と、ションボリした顔のエトラさんの胸ぐらをレイハナさんがギュッと引っ張ったかと思うと、いつの間にか持っていた激辛タバスコの瓶の蓋をポンと飛ばして、エトラさんの口元へ持っていくと、
「飲め」
「ちょっと待ってーーーーーー!タバスコは飲むものでなく、かけるものです!!」
「だが、イトさんを泣かせた罰としては軽いくらいだ」
「泣いて‥!?」
エトラさんの驚いた顔に、レイハナさんがチッと舌打ちをした。
そ、そんなに怒らなくても‥!私は慌ててレイハナさんへ駆け寄り、
「な、泣きましたけど、それとこれとは別というか、むしろ私が悪くて‥」
「いいや、イトさんは何一つ悪くない。ちゃんと話もせず、勝手に勘違いして一人でメソメソと泣くエトラと、諭すことも調べることもなく勝手に決めつけて宇宙船で駆けつけるそこのおっさんもな」
エトラさんの後ろで縮こまっている男性が「だって、だってぇ」と言ってるけれど、もしかしてエトラさんのお父さん?でも、レイハナさんがその人の前で立ち塞がっているのでよく見えない。
レイハナさんは私を見ると、タバスコを握らせ、
「‥イトさん、タバスコが欲しければいくらでも渡す」
「い、いや、あくまでもご飯にかける用で‥」
「だが武器はあればあるだけいいからな。では、私は後ろのおっさんを連れて行くからエトラとよく話してくれ」
「「え」」
パッとレイハナさんと後ろにいた人は消えて、私とエトラさんは顔を見合わせると、エトラさんは覚悟を決めたように、
「ぼく、飲むよ」
なんて言うから、私はタバスコの蓋を拾ってしっかり閉めた。
タバスコを飲む前に話をして欲しい。まずはそこからである。
最近キムチを食べられるようになったけど、タバスコは無理‥。
友人はそれはもうタバスコと唐辛子の両方をかけるのですが、
見ている私が汗をかきます‥。




