宇宙人、怪我をする。
次の日、私はエトラさんに卵のサンドイッチとハムサンドイッチを作った。
‥まぁ、ほら昨日大変お世話になったし。うん、別にそれ以上の感情はない。そう自分に言い聞かせながらお弁当箱にサンドイッチを詰めていると、お婆ちゃんが台所にやってきて、
「あらま美味しそう!それに綺麗ねぇ」
「ありがとう‥。お婆ちゃんにも作っておいたよ」
「ま、気の利いた孫だこと!誰が育てたのかしらぁ」
「お婆ちゃんと、しいちゃんですね」
「ふふっ、優しい孫に育ってくれて嬉しいわぁ。それにしても随分と食べるのね」
「‥‥‥食べ盛りなんです」
パチンと蓋を閉めると、お婆ちゃんは可笑しそうに笑って「なるほどね〜」なんて言いつつ笑って居間の方へ行ったけれど、なんでああ察知能力が高いんだろう。不思議に思いつつお弁当箱をバッグにしまってから私は大学へと出勤する。
昨日は泣いちゃうし、アイスを奢ってもらうし、慰めてもらうしで、エトラさんにお世話になりっぱなしだったから、先に挨拶だけでもしようかな‥。
ちょっとだけ、早く会いたいな‥なんて気持ちを横目に、私は早速月教授の部屋へ向かおうと廊下を曲がると、女子に囲まれているエトラさんが目に入った。
「エトラさん、すごく面白い人なんですねー!」
「そうそう、いつもお昼とかどこかに行っちゃうから〜」
「メールとかあります?教えて下さいよ」
「えっと、あの‥」
めちゃくちゃ困ってる〜!?
どうしよう、囲まれているけど助けた方がいいかな‥。と、エトラさんは困ったように笑いつつ、
「面白い、ありがとう。でも、えっと、よく日本語わからないから」
と、言うと女子達はきゃっーと声を上げて、エトラさんの腕に抱きついて、
「えー、可愛い!」
「日本語なら教えてあげるよー!」
「え、あのっ‥」
びっくりした様子のエトラさんに、私は思わず駆け寄った。
「す、すみません!その方留学生で、あの、ちょっと事務の方に用事があるので‥」
「はぁ?なにそれ〜〜」
「つーか邪魔すんなし」
うう、散々な言われようである‥。
エトラさんはホッとした顔で「ごめんね」と女の子達に言って腕を離してもらうけれど、そんな姿に胸がチクっと痛んだ。
あ、これはちょっとまずいかもしれない。
自分の胸の中のモヤモヤとしたものを抑え、エトラさんに「事務室の方へ一度来て貰っていいですか?」と、言って一緒に歩き出すと、女の子達の不満の声が聞こえて胸がますます痛くなる。
「イト、大丈夫?」
廊下の角を曲がってすぐ、エトラさんが私の手を握ったその時、
じゅっと音がした。
「え?」
音に振り返れば、私の手を握ったエトラさんの手が火傷したように赤い。
「エトラさん、手が‥!」
「あ、ええと、大丈夫。それよりイト、ぼく何か怒らせちゃった?ごめんね」
「お、怒ってなんか‥、え、待って?怒ってる人を触ると怪我しちゃうんですか?」
私の問いに、エトラさんは気まずそうに目を逸らした。
「‥強過ぎる感情に触れると、時々?」
「時々って‥」
「ちゃんとバリアを張ってれば大丈夫」
「バリア‥」
‥そういえば、月教授が部屋に困った人が来たけれど、エトラさんがいなくて良かったと言ってたことを思い出した。もしかして、強い感情を持った人に会うと危ないから?
それなら私はさっき確かに女の子達に触って欲しくないと思ってしまった‥。
サッと顔が青くなって、
「ご、ごめんなさい。私、エトラさんを怒ってなんかいないです。私は‥」
言いかけて口を閉じた。
‥あと半年したら帰る人を、私だからと任せてくれた教授や、紹介してくれた目々さんの顔が思い浮かんだらなにも言えなくなってしまった‥。
するとエトラさんが火傷をした手で、突然私の手を握った。
「え、エトラさん!?」
「イト、見て」
「え‥」
シュッと音がして、エトラさんが火傷をしたはずの手を広げると、綺麗な手に戻っていて目を見開いた。
「手が‥」
「うん、イトはぼくを傷つけようとしてないから。ちょっと強い気持ちに不意に触れちゃうと怪我しちゃうの‥ごめんね」
「そんな!エトラさんは悪くないです!」
「うん、イトも悪くないよ」
いつものようにニコッと微笑んでくれたけど、私はやっぱり自分が許せなかった。知らなかったとはいえ、傷つけたくなんてなかった‥。
「もしかして、今でもこんな事あったんですか?怪我は大丈夫だったんですか?」
「そういう時は星や光の力を借りて治してたから大丈夫」
安心させるように私の手をもう一度そっと握ってくれたけど、自分の感情一つで傷ついてしまうなんて怖い。これ以上、優しいエトラさんを傷つけたくない‥。
私はそっとエトラさんの手を離すと、
「‥あの今日から仕事が忙しくてしばらくお昼を一緒に食べられないんです」
「え‥」
「これ、少しですけど良かったらどうぞ」
サンドイッチが入ったお弁当を取り出すと、エトラさんはそれを受け取ってくれたけどどこか寂しそうに私を見つめた。
「‥‥仕事、終わったらまた一緒にお昼を食べられますか?」
「えっと、‥お、終わったら」
「良かった、じゃあ待ってます!」
ホッとしたような顔をしたエトラさんに胸がズキズキと痛むけれど、私はなんとか笑って「また連絡しますね」と、言うと急いで事務室へ走り出した。




