1話『ハロワは私の息子です』
長い旅路を終え、疲れ果てた私を待っていたのは非情な現実でした。
「勇者を騙るとは何事かっ!! 」
ポスンッ、と地面に手を着きます。
王城自慢の屈強な衛兵に掴まれ、投げられたのです。
魔王を倒し国に帰還した勇者であった私は、どうやら衛兵からすると勇者を騙る変な小娘に見えているようですね。
王が遣わした名誉貴族である勇者に対して、何たる無礼なのでしょう。睨みつけてやれば、衛兵の鼻で笑うような態度が返ってきました。
本当に私の事が分からない…?
戸惑いを覚えながらも、一旦は引き返す事決めました。もう一度挑んだって結果は変わらないでしょうから、出直すことにしたのです。
悔しいけれど、仕方がありませんでした。
それから3日────
「ここは小娘が来るところじゃねぇ、出ていけ!! 」
私はポスンッ、と地面に手を着きます。
城下町へ降りてきて3日経っても、私が地面にお尻を着けさせられる現状は変わっていませんでした。
「はぁ……」
がっくり肩を落とします。
お尻がヒリヒリするのです。
私は地面にお尻をくっ付けたまま、顔を上げて視線を鋭く尖らせました。
視線の先には大きく『ハローワーク』と書かれた看板が、蔑むように佇んでいます。
魔王を倒れて魔物がいなくなり、冒険者という職業が無くなった事で増えた職を失った者達。無視出来ない程に増えた無職への救済として、国がつくった画期的なシステム……らしいです。詳しい事は分かりません。ですが、これだけは言えます。国がつくったとはいえ、魔王がいなくなった原因をつくったのは私なのです。
元を辿れば、私が産みの親であるのと変わりないモノと言えるでしょう。
つまり私の子供も同然なわけです!!!!
反抗期というものを16才にして知ることになるとは、昔の私は知らないのでしょうね……よよよ。
いえ、そんな事はどうでも良いのです。思春期で複雑な息子だと思うことにします。
それよりも問題なのは、他の冒険者と同じように私も路頭に迷っていることに尽きます。
街の噂を軽く耳にした程度ですが、一応旅に参加していただけの足でまとい──もといロタニア王国の第一王子、ザイス・ロタニア。
彼が魔王討伐の功績を自分のモノにするため、一足先に帰国して王に嘘をついたみたいなのです。
勇者は魔王と刺し違えて死んだ、ですって? 勝手に殺さないで欲しいのです。
あの馬鹿王子、こんな事の為に転移の宝玉とかいう王家の秘宝を持っていたのですか。不覚でした……。
何にせよ。魔王との戦いで満身創痍だった私には、その場で何か判断する余裕はありませんでしたし、後悔しても遅いんですけどね。
兎にも角にも私が王国に戻った時には、既に葬式がされた後だったようです。
衛兵さんも盛大に弔った勇者を名乗り、堂々と城に入ろうとする少女なんか見たらね。
そりゃあ、摘まみ出しますよ。
勇者の証明たる聖剣は魔王との戦いで光を失ったので、偽物にしか見えないでしょうし……
王家の紋章が入った物も、荷物が嵩むでだろう? とか何とか言った王子に持っていかれてしまいましたし……
証拠無く衛兵さんに信じろというのも酷な話でしたね。
それにしてもあの衛兵、良く良く考えると勇者の尊厳を守ろうとしていたのでしょうから実は良い人だったのでしょうか?
えぇ、結局のところ、何をしてもこの状況を覆すのは難しいと言うことだけは理解出来ました。
3日の成果にしては酷いものですね。
仕方なく金策に走る事にしました。
目についた雑貨店にお邪魔します。
売りに出すものと言っても、目ぼしいものは聖剣と鎧くらいですかね。
厳しい顔をごついおじさんにウインク一つと期待を込めて、大金になる予定のものを手渡します。
凄く嫌そうに歪んでいたのは、刻まれた皺が悪さをしただけなのです。きっと気の所為なのです。
暫くして、金額が提示されました。
それを見て、私の顔が歪みました。
皺は無いので、本当に嫌を示す表情です。
伝説の剣(魔王討伐で力を使いきった)の価値は良く切れる庖丁に見合ったもの。
鎧の価値は冒険者が一斉に売ったせいで駄々下がり、私の物も例に違わずごみ同然の買値でした。
「文句があるなら、他所にいきな」
むっとしますが、堪えます。
値段の説明も受けたので、少し納得している自分もいました。
仕方なく、私はお金を受け取って店を後にします。
金額は拳の中に収まる程度、銀貨8枚の端金です。
一般人が5日働いた給料と同じくらいでしょうかね?
少なすぎですよ…
まったく踏んだり蹴ったりな状況でした。
何度行ってもハローワークには門前払いですしね。 幼い私も救済しやがれってんですよ。
「はぁ……」
改めて受け止めた事実に溜め息をつきながら、立ち上がります。
そしてトボトボと歩を進めました。
そこら中で浮浪者が群れています。
殆どが元冒険者達です。
中には少し前まで良い将来を約束されていたという、元Aランクの冒険者もいます。
何となく聞こえた話によると、彼は魔物がいなくなっても「稼いだ種金で商売をやるぞっ! 」と意気込んでいた前向きな人だったそうです。
まぁ冒険者としての才能があっても、商才があるかどうかは別のお話で、彼は失敗した多くの一人なのでしょう。トボトボと歩く今の姿が結果を物語っています。
優秀な冒険者、かつての小金持ちが見る影もない浮浪者の仲間です。
かくいう私もかつては勇者、今は見る影もない貧乏人の小娘なのですけれどね。
「はぁ~……」
今度は先刻よりも大きな溜め息が出ました。
魔王を倒してから、溜め息ばかりついている気がします。
それに比例して幸せが逃げるのです。
悲しいです。
そんなこんな思い馳せながら暫く歩き続け、スラムと呼ばれる場所にやって来ました。
ここは浮浪者よりも死体が多いという危険な土地です。
衛兵も金を積まれればどんな悪行も黙ってしまうという最低な奴らしかいない、腐った場所です。
勇者だった頃の私だったら絶対に近寄りませんでした。今はそんなことも気にしていられないので、奥へと進みますけもども…
暫く歩き『黒鉄の刃』と書かれた看板が目に止まります。
表向きはただの酒場なのですが、ここは俗に言う闇ギルドですね。
これを知った時は驚きましたねー……。
何やら賑わっている酒場がある思って入れば、扉を開けた瞬間に鋭い目付きで一斉に睨まれましたからね。
まぁ要するに、金さえ貰えば暗殺でも盗みでも何でもする犯罪者の溜まり場ですよ。
嫌な場所ではありますが、あまり咎めることは出来ないんですよね。
私が原因で増えた無職の人たちの殆どが、腕っぷしにだけは自信がある冒険者です。
ある程度の実力が無ければ一生分の蓄えが出来るほど稼ぐのは厳しいのですし、商売を始める元手ぐらいの金があったとしても……
そうですね、あの元Aランク冒険者が良い例です。破産して一時の平穏もなく地におちるのです。
まぁ色々とあって、冒険者の取り柄である腕っ節を活かせる場所は限られてしまいます。
ここは限られた場所の一つの中で、唯一稼ぎが良い所なのです。
だから、仕方が無いのです。
「嬢ちゃん、なに見てやがるんだ?」
おっと、物思いに耽り過ぎていました。
闇ギルドから出てきた大柄な男性が声をかけてきます。
「こんな御時世なので、ついボーッとしていました。お声かけ頂き感謝します」
私は愛想笑いを浮かべてお辞儀をひとつ。
軽く冗談を交え、男の返答も聞かずにそそくさとその場を離れました。
面倒事はごめんなのです。
大柄な男から離れながら、また歩を進めていきます。
スラムを抜けると大通りに出てきました。
ここは仕事なき負け組とは一線を介した紛うことなき勝ち組、商人の区画です。
他とは違い幾ばくかの賑わいが見受けられます。
まぁ、世間話に花を咲かしながら、白熱した情報戦を繰り広げている商人達が殆どなんですけどね。
それに、他より少し賑わっている程度です。
昔の混雑していた面影はなく、人が疎らにいる程度。
ここは多くの人が行き交うのを想定してつくられた大通りです。
これでは、人の少なさが目立つだけですね。
━━━クンクン、クンクン
それにしても美味しそうな匂いがプンプンしますね。
匂いの元を目で辿ります。
するとそこには、こんな御時世でも小さな行列(8人ほど)をつくっている屋台がありました。
昨日は無かったので今日が初出店ですかね。
あれは兎の肉を小さく切って、串刺しにした食べ物ですね。
あの甘辛いタレが絶妙なんですよね!
グゥ………
っは、イケナイイケナイ!
お金も無いのにこんな所に来るべきでは無かったですね。
まったく、反省です……。
私は兎の串焼きを背に、トボトボと商人区画を離れていきました。
...それにしても、王都は無駄に広いのです。
いつの間にか日が暮れてきています。
今歩いている遊郭の店々が、点々と光を灯し始めました。
仕事が無くなったり、魔物が消えたことでの不景気による鬱憤を男女ともに紛らわしているのでしょうね。
夜の遊郭は王都の一日で一番賑わいを見せる場所になるのです。
露出高めな服を着た女性が闊歩し始めましたね。
彼女等のような娼婦にとって、これからは稼ぎ時なのです。
まぁ、私にはお金的にも年齢的にもあまり関わりは無い職業ですね。
...いえ、お金が無いからこそ、まだ若いからこそ、本当は女として関わらなければならないのですかね?
ここでは、私と同じくらいの子供娼婦もチラホラと見掛けるのです。
何だか胸が痛みますよね。
あ、胸と言えば……
余談になりますが、私が娼婦をやらない理由として羞恥や恐怖以外にも、男を歓ばせる程に胸が無いのも要因の1つとしてあったりします。
...自分で言っておいて少し傷ついたのです。
足も疲労を訴え始めたですし、今日はここらで終わりにしましょうか。
私は遊郭を離れ、寝床を探しに裏路地の闇へと歩いていきました。
まだまだ希望は捨てていないのです。