「あの花の名前」
「・・・待ってくれ!!アネモネ!!」
俺は勢いよく上半身を起こしていた。はぁはぁと荒い息が次第と白く変わる。
外を見ると、辺りはまだ暗く早朝だった。普段はこんな時間に起きることはないのに何故だろう。
ブルルと体が震え、再び布団の中へ潜り込んだ。
夢を見て、目が覚めたのだろうか。深く考えても思い出せない。何か大切で、忘れてはいけないような夢だった気がする。もどかしくなり、寝なおすことにした。今なら、もう一度同じ夢を見れるかもしれない。
だが、いくら待てど、一向に眠気が来なかった。俺は、眉間にしわを寄せ考える。この調子だと、太陽が昇るまで天井のシミを数えることになりそうだ。
決めた!夢のことは気になるが諦めよう。せっかく早起きをしたのだ。朝釣りに行こう、たまには家族に豪華な朝食をふるまうのもいい。それにお気に入りの釣り場の新しい顔が見れるかもしれない。
厚手の上着に袖を通し、愛用の釣り具を持ち、家族起こさないように静かに階段を降り、家を出た。
(父ちゃん、母ちゃん!待っててくれ、たくさんの魚を釣ってくるからな!)
・・・駄目だった。ちっとも釣れなかった。川場に到着した俺は、ノリノリで釣り糸を垂らした。上流や下流、岩場、色々な場所を試してみた。しかし、釣り糸を引く感触は一つも無かった。
魚だって、この時間は穴場でぬくぬくしているのかもしれない。(俺もぬくぬくしていればよかったなぁ・・・。)俺はがっくりとしゃがみ込む。上流から川の流れとと共に、冷たい風が吹く。
春の温かさが、雪を溶かし、この時期独特な土の香りがする。ようやく春の山菜が食べられそうだ。タラの芽やタンポポ、フキノトウもいいな、他にも食べたい山菜がたくさんある。あれ、いつの間にか魚を諦めていませんか?
そんなことを考えていると、「ぎゅるる」と、お腹が鳴った。
誰も見ていないとはいえ、あんなに張り切って村を出て、一匹も釣れないとは恥ずかしい。穴があったら入りたい。俺は空のバケツに視線を向けていた。ブンブンと頭を振る。手もかじかんできたし、お腹もすいた、もう帰ろう。
俺は、重い腰を上げた。山菜を取りに行く気力もなくなってしまった。また今度、父さんと取りに行こう。釣りだって、父さんの方がずっと上手だ。(・・・俺は今日何しにここ来たんだろう。)
肩を落としつつ、滑りやすくなっている斜面を慎重に歩く。山のふもとに向かう道中、木漏れ日が差し込んできた。もう気づけば日が昇っている。まずい、急いで帰らないと怒られる。
小走りで移動していると、「っつ・・」眩し光が向かい側の山頂から差し込んだ。ゆっくりと光に目を慣らす。俺の視界に飛び込んだのは、山頂付近に咲く、花の群生だった。俺は、思わず足を止める。
(あの花の名前は何だろう。)初めて見た、もう15年もこの近くに住んでいるのに。
まるで空を彩るような、赤、青、白に紫、さまざまな色。朝露が太陽の光をキラキラと反射しその花々を一層、煌びやかに見せる。しかし、ここからでは、はっきりと見えない。
もっと近くで見てみたい。釣り具とバケツを草陰に置き、山を登った。自然と早足になっていく、冷たい空気が肺に入ろうが、地面に膝を打ち付けようが、俺は頂上を目指した。
息を切らす俺の目の前には、あの花が咲いていた。夢ではなかった。下で見るよりも花は可憐で美しく、小さな花弁の一枚一枚が上を向き、逞しさすら感じた。花の中心はそれぞれの花弁の濃い色となっており、その花をまとめ上げる、まるでアクセサリーのようだ。風になびくその花はとても綺麗で、漂う花の香りはどこか懐かしい匂いがした。俺は、この花に心を奪われていた。手にとって見てみようか、いや、枯れてしまうがもったいない。どれくらいの時がたっただろうか、俺はこの絶景を目に焼き付けることに夢中になっていた。しばらくして、鳥の鳴き声がが村の方から聞こえてきた。ハッと我に返る。
もっとこの場所にいたい。けど、今日は巻き割当番だ。もうすぐ朝ごはんだろう、寄り道してる時間はもうない。せめて、食材はなくとも、母さんの手伝いはしないと。でも、良い土産話ができた。朝食を食べながら聞かせてあげよう。
また来ればいい、またこの時間に起きればいい。
今日の早起きには意味があった。きっとこの景色を見せたかったのだ。それほどまでに、きれいな花だっだ。俺は自然と笑みがこぼれていた。再び帰路を辿る。さきほどよりも力強い足取りで。
この作品を目にとめていただきありがとうございます。
昔、挫折した小説があきらめきれず、もちもちに進化した、もちもちずんだ餅と申します。
10日に一話のペースでのらりくらり丁寧に作り上げていこうと思いますのでよろしくお願いします。
もうすぐ春ですね、暖かい空気が待ち遠しいです。20代になって気づく山菜の天ぷらの魅力。
タラの芽はレベチでうまいね。
俺も年をとったなぁ・・・(笑)