戦の始まり
「今日の晩ご飯どうしよう……隣の山田さんから貰った玉ねぎとニンジンが残ってたはずだし、ルーを買ってカレーにするか」
メイは夕飯の具材を買うため、スーパーへの近道である人通りの少ない廃工場の近くを歩いていた。
ほぼ毎日メイは放課後にスーパーに寄っており、この道も通り慣れていた道だった。
「あっ、そう言えば今日俺の誕生日か……ケーキの材料買って帰――」
突然体が熱くなり、自分の中から何か強力なものが膨張していく様な感覚がメイを襲う。
(何だ、これ……病気かなんかか?)
地面に膝を着きながら、メイは思考を巡らせる。
だがすぐに体の熱も何かが膨張する様な感覚も弱まって行く。
「何だったんだ、今の感覚……痛っ!」
熱と感覚が治まったと思った瞬間、メイの右手の甲に強烈な痛みが走る。
痛みは数秒間続き、その間手の甲を焼かれる様な感覚がメイに襲い続けた。
「……はぁはぁ」
歯を食いしばって痛みに耐えていたメイは、痛みが治まると走った後の様に荒くなった息を整える。
「ふぅー……何なんだよ、さっきの感覚といい痛みといい……なんだ、これ?」
メイが痛みの走っていた右手の甲を見ると、ドーベルマンの様な犬の顔が三つ並んだ紋章の様なものが刻まれていた。
「犬が三匹? これタトゥーじゃ……俺、彫った覚えなんてないぞ……。ていうかこれ、最悪学校行けなくなるじゃん!」
メイは右手に刻まれた紋章を、擦ったりして必死に消そうとしたが全く意味はなかった。
「頼むから消えてくれよ。そうじゃないとマジで高校退学になる……」
「随分騒がしいガキだな、本当に神の後継者なのか?」
突然後ろから声が聞こえ、メイは振り返った。
しかしそこには誰もおらず、メイは首を傾げる。
「こっちだよ、坊主」
声が聞こえた上の方を見上げると、そこにはこれぞマフィアと言った感じのスーツに身を包んだ黒髪の男が空中からメイを見下ろしていた。
「なっ……」
(……人が宙に浮いてる。マジック……じゃなさそうだな、どう見てもこいつはマジシャンじゃなくてマフィアとかそっちの類だ……)
突然現れた宙に浮いている男に驚きながらも、メイは冷静に相手を観察する。
「どうした? 驚いて声も出ないか」
「いやまさか、心霊現象は見慣れてるもんでね……それで、俺に何の用?」
(薄っすらだけど背中に羽みたいなのが見える……霊か何かが取り付いてるのか? 空を飛ばせる霊なんて今まであったことないけど……)
メイは男の背中に半透明の羽の様な物を見つけ、何かに取り付かれた人間であろうと推測する。
「何を言っている、もう戦いは始まっているだろう?」
男はメイの周りを見渡すと、納得したように再びメイに視線を向けた。
「……そうかまだ案内役が来ていないのか」
「案内役?」
意味が分からずメイが聞き返すと、男は哀れむ様な顔を浮かべて右手を掲げた。
すると男の右手の下に一瞬で、数千年前に使われていた様な古風な剣が現れる。
「では何も知らぬまま死ぬがいい……哀れな後継者よ」
男はそう言った次の瞬間、メイに向かって一直線に突進する。
「マジか――」
メイは咄嗟に左に避けたものの、男の剣が制服をかすめる。
剣がかすめた部分はキレイな断面をしており、メイの額に冷たい汗が流れる。
(マジかよ……こんなもん直撃したら即死だぞ)
メイに攻撃を躱された男は、一瞬驚いた様子だったがすぐに冷静になり体勢を立て直した。
「今のを躱すとは……流石は神の後継者というところか」
男にそう言われると、メイは苛立ち混じりの声で叫んだ。
「さっきから『後継者』とか『案内役』とかって、何なんだよ! 急に出てきた会ったこともない奴に殺されそうになるし……意味わかんねぇよ!」
メイの叫びに対して男は表情一つ変えず、再び剣を構える。
「答える儀理は無い。それなりにやるようだが……アレス様の命に従い貴様を殺す」
(アレス?)
「そうかよ……それで俺が『わかりました、殺してください』、なんて言うと思ったか?」
メイがキレながらそう言うと、男は嘲笑しながら応えた。
「貴様の意見なぞどうでもいい、ただ私はアレス様の為にお前を殺すのみ……死ね」
男が先程よりも数段速い突きを、メイに向かって繰り出す。
「――クソが!」