背を向けて
「それじゃあ、母さん、……俺は兄ちゃんと少し寄り道して帰るから」
「わかった……あまり遅くならないようにね」
廃工場へと向かう前にメイとライは、ライの家族を見送っていた。
「……メイ君、辛かったり苦しかったら気にせず私達に相談してね?」
ライの養母は気品が溢れる富豪といった雰囲気を纏ったキレイな黒髪の女性で、今年で四十歳になるというのに二十代後半と言われても信じれる程若々しかった。
そこまで車に興味が無いらしく乗っている車はそこそこ値段は張るものの、一般的な家庭でも買えないことはない様な車だが彼女が助手席に座っいるだけで高級車の様に見えてしまう。
「大丈夫だよ、おばさん……あんまり悩んでばっかいたらチビ達に笑われちゃうから」
「……そう、でも本当に辛くなったら相談してね? 必ず力になるから」
ライの養母は納得というよりは無理強いしない方がいいと判断した様子で、メイの返答に了承した。
「ありがとね、おばさん……今日の葬式の事もだし、俺のことを気にかけてくれて……」
「いいのよ、メイ君とはほとんど家族みたいなものなんだから」
ライの養母は太陽の様な笑顔でメイに笑いかけた。
ライの養母にお礼を言ってその場を離れようとした瞬間、車の後部座席の窓が開いた。
「メイ君!」
開いた窓からは肩まで伸びたキレイな茶色の髪をした、童顔の少女が顔を出してメイを呼び止めた。
「セナちゃん……」
窓から顔を出した少女は、ライと同じく時城家に引き取られた妹のセナであった。
セナは翡翠色の澄んだ瞳を潤ませながら、今にも泣きそうな震えた声でメイに声を掛ける。
「あ、あのね……お母さんやライ兄に比べたら頼りないかもだけど……」
震えた声で話しかけるセナを、スイセンの子供達に向けていた様な優しい目でメイは静かに見守る。
「私もメイ君の力になるから……だから――」
「ありがとう、セナちゃん……」
言葉を詰まらせながらもメイを支えたい思いを口にしようとするとセナに対して、メイはぎこちない笑みを浮かべて遮った。
「でも大丈夫だから……心配しないで」
「あっ……う、うん」
セナは気持ちを押し殺すようにして、渋々頷く。
そしてライの養母が運転手に指示を出して車が出発すると、セナは車の窓から徐々に遠ざかっていくメイを悲しそうな目で見つめていた。
「あんな顔しないでよ、メイ君……ライ兄と兄弟なんだからわかるよ、その顔は信頼してない人に向ける笑顔だよ……」
セナは幼いころに見た、ライが信頼してない大人や友人に向けていた笑顔と先程メイが浮かべた笑顔が重なり静かに涙を流すのであった。
「よかったの、兄ちゃん……セナにあんな遠ざける様なこと言って?」
養母とセナが乗った車を見送るとライが、そうメイに問いかけた。
「いいんだよ、これ以上俺達の戦いに身近な人を巻き込むわけにはいかないんだから……それに……」
メイはライの問いに答えながら拳を強く握りしめる。
「相手が人の命を何とも思わないようなクズだとしても、俺達は人を殺そうとしているんだ……そんな人間が、平和な世界で暮らすあの子の傍に居ていいはずがないよ……」
メイは噛みしめる様にそう言うと、セナ達の乗った車が向かった方に背を向けて廃工場に向かって歩き出した。
「……二人共行くぞ」
メイが呼びかけると、ライとアレクトは静かに頷いて後に付いていく。
「……わかった」
「……はい」
そうして三人はガニメデと、捕まえたアレスの部下達がいる廃工場へと向かっていった。