剣と炎と絶望と
「ハァ、ハァ……」
全速力で走って二分ほど経つと火事の起きている地域へと入ると、火事だけでなく家屋の倒壊や切り傷を受けて倒れている人など明らかに何者かに襲われた形跡が見受けられてくる。
(どういうことだ? 火事にしては家屋の壊れ方が不自然すぎる……まるで人の手で壊されたみたいな……それに……)
外では豪雨が降っているのにも関わらず、火災が起きているエリアでは雨が一切降っていなかった。
そのため火の手が弱まることがなく、家屋を包む火は増していく一方だった。
「何かがおかしいな……とにかく急がないと……」
火災の状況を疑問に思いながら進んでいくと、今までよりも火の手が強いエリアに突入し逃げ遅れた人たちが見え始める。
「痛い……痛いよ……」
「助けてー!」
「誰か手を貸してくれ……妻が、妻が下に……」
「うぁぁ!」
火事の様子を不審に思いながらもメイが走っていると、どうやら消防はまだ到着していないようであちこちから悲鳴や助けを呼ぶ声が聞こえてくる。
「くっ……」
聞こえてくる悲鳴に申し訳なく思いながらも、メイは唇を噛みしめてスイセンへ向かって走っていく。
スイセンへと近づく程に火の手は強くなり煙も段々と濃くなっていき、メイは時折煙を吸って咳をしながらも足を止めることなく走り続ける。
地獄の様な炎と悲鳴の中をようやく抜けて、メイはスイセンのある場所へと辿り着いた。
「なんだよ……これ……」
メイが辿り着いたのは確かにスイセンがあった場所だった。
しかし既にスイセンの建物は完全に倒壊し、庭にあった花たちや子ども達が協力して作った秘密基地も何もかもが炎に包まれてただの燃えカスに代わってしまっていた。
「嫌だ、助けて……」
「いやぁぁ!」
燃え盛るスイセンの跡を見てメイが立ち尽くしていると、聞きなれた子供達の声が聞こえてきた。
「今のは……チビ達の……」
子供達の声が聞こえて立ち尽くしていたメイは急いで声のした方向かった。
(良かった、まだ生きてた……兄ちゃんが今、助けてやるからな)
子供達がまだ生きていた事に喜びを感じながら、メイは声のした燃え盛る建物の裏側に到着する。
「みんな、助けにきたぞ!」
メイが到着すると炎の方を怯えた顔で見ながら尻もちを付いているスイセンの子供がいた。
「悠!」
メイが声を掛けると悠は安堵の表情を浮かべて立ち上がり、メイに向かって走りだす。
メイは膝を付いて屈んで、悠を抱きしめるように両手を広げて待ち構える。
「メイ兄ちゃ――ぐっ……」
「えっ?」
メイが待ち構えていると突然、悠の心臓を貫いて背後から剣が飛び出した。
貫かれた悠から飛び散った血が顔にかかったが、メイは状況が呑み込めず息絶えた悠を力のない目で見つめている。
そのままメイは崩れ落ちとのと同時に悠の体から剣が抜かれて、悠の遺体がメイにもたれかかる。
「思ったより早い到着だったな……ハデスの後継者」
声を掛けられたメイは、ゆっくりと顔を上げて声のした悠の背後に視線を向ける。
「全員殺してから磔にして待っててやろうと思ってたのに」
メイの視線の先には人を馬鹿にした様な笑みを浮かべた、灰色の髪をしたガタイのいい男が立っていた。
「誰……だ……お前……?」
メイは悠が殺された事をまだ呑み込めておらず、目の前の男を見ながら無意識的に問いかける。
「俺か? わざわざ名乗ってやる義理もないが……まぁいい、気分がいいから教えてやろう」
メイを見下しながら男は、金の装飾の入った上着をずらして首にある刻印を見せつけてきた。
男の首の右側には古代ギリシャの兵士の様な兜と盾と槍が重なった刻印が刻まれており、その刻印を見た瞬間にメイの中に沸々と怒りが湧いてきて意識がはっきりしてくる。
「……お前は」
悠を殺した男は灰色の前髪はオールバックで長い髪後ろ髪をまとめて団子にしており、黒に金の装飾の入った男物のチャイナ服を纏っている。
身長はメイと同じくらいだが全体的に筋肉質であり、丸いサングラスの下から覗く赤茶色の鋭い瞳も相まって肉食獣の様な威圧感を感じた。
「俺の名はアレ――ではなかった、軍盾刻だ。アレスの後継者にして、いずれお前たちの上に立つ者だ」
軍と名乗った男はメイに高らかに自身の名を告げると、傲慢さを感じる笑みを浮かべる。
その顔を見てメイは悠の遺体をそっと地面に置いてからゆっくりと立ち上がった。
「そうか……軍って言うのか……お前……」
そう呟くメイの瞳からは光が消えており、禍々しさすら感じる程の怒りと殺気を放っている。
そんな殺気を放つメイを見て、軍は笑みを浮かべたままいつでも動ける様に姿勢を正す。
「……殺す前に名前が聞けてよかったよ」
暗く落ち着いた声でそう言うとメイはアレスの部下から奪った剣を顕現させ、右足を後ろに下げて突きの体勢に入った。
そしてすぐに剣を構えると、軍との間合いを一瞬で詰めて突きを繰り出した。
「死ね」
メイが突きを繰り出した次の瞬間――
パキーン!
甲高い金属音と共にメイの握っていた剣の刀身が真っ二つに折れ、宙を舞った折れた刀身が地面に突き刺さった。
「なっ!」
メイの剣は軍が顕現させた円形の盾によって防がれており、軍は冷めた表情でメイを見つめていた。
「バイデントは持っていなかったか……もういい、お前への用は済んだ」
冷たい声でメイにそう告げると、軍は盾を持っていない右手を固く握りしめる。
「……喰らえ」
「ぐはっ!」
気が付いた瞬間攻撃を防がれて無防備な状態で立ち尽くしていたメイの腹部に、軍の強烈な拳が撃ち込まれる。
軍の拳を受けたメイは勢い良く吹き飛ばされ、燃え盛るスイセンの瓦礫に打ち付けられた。
「かはっ……クソが……」
瓦礫に打ち付けられたメイは口から血を吐きながら軍を睨み付ける。
「どうだ、かなり効いたろ?」
「うるせぇ、こんなのすぐに治――」
軍の挑発に応えようとした瞬間に腹部に強い痛みが走り、メイは顔を歪める。
(痛っ! ……肋骨が折れてたとしても、殴られただけでこれは回復が遅すぎる)
実際に軍の打撃で肋骨は折れていたものの神の後継者であるメイの体の回復力はすさまじく、本来であれば二十秒もあれば完治しているはずであった。
しかし攻撃を喰らってから十秒以上経っているのにも関わらず、メイの肋骨は一切治り始めておらずに激しい痛みが走り続ける。
「ぐっ……」
メイは痛みに耐えきれずにしかめた顔で脇腹を抑えてうずくまった。
「ふっ、こんなものか……わざわざ日本にまで来てやった甲斐が無いな」
軍は右手に神器の槍を顕現させ、ゆっくり歩いてメイに近づいていく。
「素手で殴り殺しにしてやってもよかったが……記念すべき一人目の命だ、俺の神器で狩ってやろう……ありがたく思えよ」
そうメイに告げて軍が槍を構えた瞬間――。
空から激しい落雷と共にライが二人の傍に降りてきて、メイを貫こうとしていた軍が手を止めた。
「……ハァ」
「貴様は――」
軍が振り返ろうとしたその時、ケラウノスの雷で加速したライが勢い良く蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされる直前に咄嗟に盾を構えていた軍は、すぐさま空中で体勢を立て直して地面にきれいに着地した。
「随分と物騒なあいさつだな……ゼウスの後継者」
「あぁん? 誰だか知らねぇけど、これやったのお前だろ?」
ライは燃え盛るスイセンと悠の遺体に視線を送った後に、鋭い眼光で軍を睨み付ける。
「……そうだと言ったら?」
軍は挑発するように笑みを浮かべて、ライに聞き返す。
「……ぶっ殺す!」
聞き返されたライは、ケラウノスから雷をバチバチと散らしながら言い放った。
そのままライは殴りかかろうとし、軍も迎え撃とうとして身構える。
「待て、ライ!」
ライが攻撃モーションに入った瞬間に、メイが叫んだ事でライと軍は動きを止めた。
「なに兄ちゃん……まさか『殺すな』なんて言わないよね?」
「言わねぇよ……ただ……」
イラついた様子のライに問いかけられたメイは折れた肋骨の辺りを抑えながらゆっくりと立ち上がり、光の消えた瞳で軍を睨みつけた。
「こいつは俺が殺す……」
「……兄ちゃん」
メイが軍に対して明確な殺意を向けるのを見て、ライは驚きと同時に恐怖の様な物を感じて体が強張る。
それと同時にライが降りてきた場所から雨が遅れて降り注ぎ、三人の体を濡らしていく。
「……さっきので、結界が破れたか」
自身に降り注ぐ雨を見上げながら軍が呟く。
「なによそ見してんだよ……さっさと殺り合おうぜ」
「まぁそう焦るなよ、ガキども……」
メイの言葉に対して軍がそう言うと、雨で背後で燃え盛っていた炎が弱まりアレスの部下達が現れる。
「今日は確認事項があったのと、平和ボケしたお前たちに戦とは何たるかを教えてやるために来てやっただけだ。戦場は別に用意してある……」
そう言って軍は二人に背を向けて歩き出した。
「詳しい事は、ヘルメスの後継者に聞くんだな……」
「待て、どこに――」
立ち去ろうとする軍をメイが呼び止めようとするが、アレスの部下達が現れた辺りから爆発が起きて爆炎と煙で視界が遮られる。
「くっ……」
「チっ……」
少しして爆発の煙が薄れたがそこには軍の姿は無く、既に立ち去った後であった。
「クソ、逃げられたか……どうする兄ちゃ――」
軍に逃げられイラつきながらライは相談しようとメイに話しかけようとするが、何かを見て立ち尽くすメイを見て言いよどんでしまう。
「なっ……」
立ち尽くすメイの周りの炎が雨で弱まっていき、炎で隠れていた軍達に壊されたスイセンの様子が見えてくる。
「……鈴」
メイの視線の先にはアレスの部下に刺殺された女の子の姿があった。
「奏……真治、剛志……渚……」
鈴の遺体のそばでは他の子供達も殺されており、皆の遺体には深い剣の跡が刻まれていた。
「……院長!」
子供達の遺体のそばには院長の遺体も倒れており、子供達を庇おうとしたからなのか両手を広げた状態で右肩から腹部にかけて深い切り傷が刻まれていた。
「……ただいま、今帰ったぞ……どうした? 家族が帰ってきたら『おかえり』だろ……」
「……兄ちゃん」
スイセンの皆が殺されたことを受け入れられないメイは、虚ろな目をしながらウロウロして死んでいる家族に向かって声をかけ続ける。
しかし死んだ人間から返事が返ってくる事は当然無く、メイの声が虚しく反響するだけであった。
「なぁ、誰か返事をしてくれよ……なぁ……」
徐々にスイセンの皆の死を実感しだしてメイは膝から崩れ落ち、その目からは涙が溢れ出す。
「ウァァァァァ!」
激しい雨の音が鳴り響く中、絶望するメイの叫び声が響き渡るのであった。




