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⑰つづきのつづき








ある日の朝のことだ。

この日の私は調理場に回されていた。

というのも当初洗濯掃除等の雑用を任されていた私のようなメイドは、夫人と旦那様の兄であるギルバート様の婚約者を詠っている令嬢の世話かがりに変更となった。

だが七人は明らかに多い。

その為一部のメイドは調理場等に回されているのだ。

それがこの日私がそうだったということ。

正直奥様を差し置いて、他の女性の世話なんてしたくもなかったが、これも仕事と割り切っている。


きょ~うは~、世話かがりじゃぁ~ないんだぁ~


あの二人の世話をしなくてもいい日はとても心が軽くなる。

私はウキウキしながら通路を歩いていると人が倒れているのを目撃した。

え?なぜ?

と最初は首を傾げ恐る恐る近づいたが、近づくにつれて誰が倒れているのかがはっきりと分かった私はその人に駆け寄った。


「お、奥様!奥様!」


どうして倒れているのか分からない以上変に体を揺すってはいけないよという、私はおばあちゃんの知恵袋が脳裏に浮かび、奥様の肩を叩いて反応を見る。


だめだ!反応なし!


しかもこれ以上の対処なんて思いつかない私は、とりあえず力が強そうな人を頼るために、これから向かう目的地でもあった調理場に急いで駆け込んだ。


「助けて!奥様が倒れているの!!」


鳥のさえずりが聞こえ始める早朝でも、筋肉たくましい料理人達は調理場に勢揃いしている。

助けを求めた私に、揃っていたシェフたちは目の色を変えた。


どういうことだ。なんて言葉はもちろんなかった。

何故なら奥様に直接関わるようなことができなくても、奥様がどのような状態でいるのかは、奥様を心配しているみんなが知っていることなのだ。


私は筋肉たくましいシェフたちを引き連れて奥様のもとに向かった。

そして一番近い“今の”奥様の部屋に運び込んだ。


「……わ、私タオルを濡らしてきます!」

「俺は医者を連れてこよう!」

「俺は…」

「お前たちは朝食作りだ!」


一人のシェフがビシッと指さして指示し、言葉通り医者を連れてくるのだろう、服を着替えることなく屋敷から走り去っていく。


「ッ」


私は発熱をしている奥様を冷やすために、冷たい水にタオルを濡らした。


悔しい悔しい悔しい!


奥様を見て、奥様が不調になっているのを知っていたはずなのに、私は何もできなかった!してこなかった!!!


でも今はそんなことよりも奥様のことを優先しなくては。

私は何度でもすぐに変えられるよう、桶にも水を汲み奥様が待つ部屋へと走る。


自問自答している場合じゃないというのに、奥様のことを考えるだけでじわりと込み上がる涙を拭い、そして扉を開けた。


「……ぁ…」


思わず声が漏れた。

あの時。奥様を見つけて声をかけたとき、奥様はなにも反応を見せなかった。

だけど今目の前には目を開けてこちらをみている奥様が見えたのだ。


再びこみ上げる涙を拭うよりも、私は「奥様!」と駆け寄った。

奥様のもとでふえんふえん泣いた。

もう成人を迎えている大人なのに、私は子どものように泣いたのだ。それほど安心したともいえる。


泣いている私が不思議だったのか、奥様は眉を下げた。


「あの…大丈夫ですか?辛いことがあったのですか?」


後から思い返せば何故畏まった口調なのだろう。

だけどこのときの私はそこまで頭が回らなかった。


「だって、だって奥様が!!」

「“奥様”が?」

「倒れていたんですよ!?私が仕事で起きた時、玄関先の廊下で!!!」

「それは…大変な現場をみたんですね」


まるで他人事のようだと私は思った。

奥様自身のことなのに。それなのに他人が倒れていたように話す奥様に私は疑問を抱く。


「“奥様”?」


私は奥様に尋ねた。

「なに?」とか「どうしたの?」とか返ってくることを祈りながら、嫌な考えを必死で打ち消しながら奥様の返事を待った。


だけど


「……どうして私に向かって奥様というの?」


奥様から返ってきたのは私の願っていた言葉ではなかったのだ。


「え……」

「?」


不思議そうに奥様は私を見る。


これはもうあれだ。あれ。

平民でも知っているあれ。


 記  憶  喪  失 !!


「…あ、あ、ぁ…、た、大変だあああああああ!!!!!!!!!」


その言葉が脳裏に浮かんだ時私の涙はひっこみ、そして大絶叫を上げて誰かに状況を伝えたく、逃げるように奥様の部屋から飛び出したのである。




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